その2
しかも事態はこれだけで済まなかった。つくづくオレの『悪運』はとことんオレに厄介事を持ち込んでくる。
「どうした!? 何か今聞いた事のない奇声が聞こえてきたぞ!?」
保健室に騒々しく男子生徒が入ってきたらしい。その声、俺の近くでうるさくしていた奴か。
「静かにしろ、
「すみません! それで、今の奇声は何なんですか!? 先生もとうとう実験薬を!?」
「やっぱり鎮静剤を打つか。いやそれとも睡眠薬か、三日くらい起きないように」
何か騒々しさと物騒さで言葉のチャンバラが起こってるんだが、そんな事より今のオレが陥ってる状況の方が大事だ。
「先生、オレ女になってるんですけど!?」
「わかっている。ここに運ばれた時から既に身体が変化してたからな」
わかっていたんかい! だったらハッキリ言ってくれよ!
「女になってる!? 何だその面白現象、俺にも見せてくれ!」
騒々しさがカーテンを開いた。
長身の男が子供みたいに目を輝かせながら、じっとオレを見ている。見世物じゃないし、珍獣でもないぞ、オレは。
「その服、さっき俺が運んだ奴だな。本当に女に……なってんだよな? 確かに顔つきとか違ってるし髪の毛伸びてるが、おっぱい無いぞ」
「そこで判断するな!」
思わず胸の所を両腕で隠してしまった。
言われて気付いたけど、確かに胸は大して変わってないように見える。でも今隠した時の感触でわかったけど、触ってみたら確実に、男の時には無かった膨らみと柔らかさを感じるから、まったく無いわけじゃない、はずだ。
「本当に女になってるんだよ。まったく、オレの『悪運』もこんな事をするなんて……」
「『悪運』?」
「……オレの『
この学園は生徒も教師も皆『
異能力とは『常識の範囲を超えた、努力や才能では得られない能力』の事だ。わかりやすい所では超能力や魔法がそれに当てはまるが、他にも常に二回り以上桁外れのトップセールスを取る歌唱力等、それによって引き起こす現象そのものが常識の範囲内でも異能力として扱われるものがある。
この学園に通う以上、オレも異能力を持っている。それが『悪運』だ。しかし厄介な事に、オレの異能力はオレにメリットをもたらした事はない。
「簡単に言えば、『厄介事に巻き込まれる』効果だ。今みたいに、オレ自身がその厄介事の中心に立つ事もある。街を歩いたら交通事故が目の前で起きるし、電車に乗ったら痴漢騒動がオレの隣で起きる。一番酷かった時なんか、コンビニに買い物に行ったらコンビニ強盗に遭って腕を切りつけられた。ほら、ここにデカい傷跡があるだろ」
「おー、マジか……!」
左の袖をまくって腕の傷を見せたら、ソイツは驚きの声を漏らした。
大概の奴はこれを見せるとオレを「可哀想」と言う。そうでないにしても、オレに対して気を遣った態度で接するようになるし、最悪のパターンだとオレを疫病神だと中傷した奴がいた。幼稚園の時はわからなかったが、小学と中学ではそれを自覚した。
それがオレはとにかく嫌だった。はれ物でも触るかのように扱われたり、数々の暴言を吐かれたりして、学校に行く事を止めようかと思った事もあった。
「もういいだろ。さっさと帰ってくれ」
この学園でも、結局は同じ事になるんだろうなとオレは諦めていた。だからこうやって身の上を話したんだ。
だがここからがこれまでと違っていた。
「――お、」
「ん?」
「面白いじゃねーか!!」
「はあ!?」
ダイヤモンド並みに輝かせた目ででオレを凝視しながら、そいつはオレの手を思い切り握ってきた。なんだコイツ?
「そんな人生普通は歩んでこられないぜ! 俺なんて今まで事故だの強盗だのに遭った事は一度もないんだ、うらやましーぞ!」
いやいや、何を言っているんだ? 普通はそんな目に遭う事を望まないぞ。
「つまらねー人生を送るなんて、退屈で仕方ない! だから俺は何かありそうだったら首を突っ込んでるが、今確信した。俺の努力は無駄じゃなかったと!」
ヤバい、コイツは危険人物だ。つまりコイツは自分でトラブルメイカーだと言っている。
「なあ、お前高校からの入学組だろ? 今日の入学式に出てたからあそこにいたんだろ? って事は俺と同い年だな。名前は何だ? あ、俺は『
「待て待て待て、落ち着け。そんなまくし立てられて答えられるか」
ってか手を放せ。オレは男と手を握り合う趣味は持ってない。
「その前にお前ら、保健室で騒ぐなら出て行け。さもなくば鎮静剤で打つぞ」
「あ、はい」
言われてオレと巧人は廊下に出て行った。
……ん? 何か今、先生の言葉の助詞がおかしかったような?
「――二葉史勇、史勇か」
何か納得したように首を縦に振っている。何に納得したんだ。
「よし、これからお前は『シュー子』だ! いいだろ!」
「よくない!? 何でいきなりあだ名付けられなきゃならないんだ! しかもそれじゃ女みたいだろ!」
「今のお前は女だろ」
「身体的にはそうでも精神的には男のままだ!」
そんなあだ名で呼ばれるのは絶対に嫌だ。間違いなくそのあだ名が定着して、呼ばれる度に不快になる事が目に見えている。
「いーじゃないかシュー子! それに俺はお前の事をすげー気に入ったんだ。こんな面白い奴を放っておけるわけないだろ!」
「それも迷惑だ!」
さっきコイツはトラブルメイカーだと自称していたが、今まさにそれを実感している。コイツが関わると普通のヤツでも面倒な事に巻き込まれるし、オレだとそれが加速度的に増える、そんな予感が脳細胞を突き刺す。
そしてその予感は、とどめと言わんばかりに核爆弾を投下した。
「じゃあ、いっその事俺と付き合おーぜ!」
「はあ!!?」
「この想いはもう止められない! それに付き合ってシュー子が俺の事を好きになれば、万事オールオッケーだろ?」
頭の中がお花畑どころか、サイケデリックな世界になっているんじゃないか、コイツは? どういう思想を巡らせたらそんな発想になるんだ。あと「万事」と「オール」が被っている。
「何でオマエと付き合わなきゃならないんだ! だいたい付き合ってるうちにオレがオマエを好きになるなんて百パーセントありえない! オレは男だから男と付き合う趣味なんてない!」
「俺は男だろうが女だろうが構わない! 俺はシュー子が気に入ったんだ!」
「オレが構うんだよ!?」
カッコいい事を言ったつもりかもしれないが、オレにとっては迷惑極まりない。
「俺をここまでワクワクさせたのはお前が初めてなんだ。俺のせいで女になったのは悪いと思ってるが、むしろ結果オーライだ!」
駄目だ、まるで話が通じない。同じ言語を使っているはずなのに意思疎通が全く出来ないとは、困惑を通り越して恐怖すら感じる。
「ってか、お前のせいかよ!」
今の発言が事実なら、好意を寄せるどころかむしろ恨みの対象になるぞ。
「ああ、本当に悪かった。ごめんな。才音が新しい薬を開発したと聞いてすぐさま見に行ったら、あいつが逃げ出して追いかけたんだ。そしたらその先にシュー子がたまたまいてな、後はシュー子も知ってる通りだ」
何という事でしょう、コイツのせいでオレは女に変わってしまったのです。
「ふざけんなよ、本当に!! 戻せ、今すぐオレを男に戻せ!!」
暴力を振るうのを辛うじて抑えてるが、気分は既に顔面にストレートをぶちかます五秒前だ。
「元に戻せるとしたら、あの薬を作った
「なら今すぐ連れて来い!」
「ンその必要はなぁい!」
突然、オレの後方からオレや巧人のものでない声が聞こえてきた。
振り向くとそこには、白衣を着て変な箱状の機械を背負った、同い年くらいの少女が仁王立ちしていた。
「
この声、もしかしてさっきオレが苦しんでた時に巧人と言い争っていたヤツか?
「ちょうど良かった、才音! さっきシュー子――こいつが被った薬で女になったんだ」
「おお、ン私の調合に間違いは無かった! だがせっかく私自身に使うために女になる実験薬を作ったのに、それ台無しにした代償は果てしなく大きいぞ、巧人!」
「ちょ、ちょっと待て。女になる薬って言ったか? しかも自分で使うだって?」
元から女なのに女になる薬を作って自分で使おうとしていた? どういう事だ?
「ああ、才音はあんな身なりをしているが、性別は男だぞ」
「女装かよ!!」
ぱっと見じゃ気付かないくらい完璧すぎるし、声も高かったからまったくわからなかったぞ。完成度高いな、おい。
「ンこの女装を身に付けるまでも苦労したのだぞ! 限界までダイエットして身体を細くし、身体のラインが見えにくい服を選択し、声も常に高音で出せるように特訓し、仕草も不自然にならないように身に付けたのだ!」
凄い涙ぐましい努力をしていたんだな、この才音というヤツは。
「ンそしてその上で生物学的にも女になるべく、あの薬を作ったのだ。それなのに、それなのに……!」
「何でそこまで?」
「決まっているだろう。合法的に女の裸を見たり触ったり、あまつさえ【ピーッ】したいからだ!!」
「ただの変態じゃないか!!」
もっとまともな理由かと一瞬でも考えたオレが馬鹿だった!
こんなヤツが下らない理由で作った薬で、オレはこんな目に遭ったと思うと、涙が出てきそうだ。
ってか、こんな所で下ネタを口にするな! コイツの品性がオレの中で一気にストップ安だぞ!
「ン何を言うか! 健全な男子なら誰もが抱く欲望ではないか!」
「それを理性で抑えるのが一般的だろうが!」
理性によるタガが外れたらここまで才能を無駄遣い出来るんだな、人間は。
「ともかく、オレを元に戻してくれ。オマエにとってもオレをこのままにするメリットはないだろ」
「俺としてはシュー子はこのままでもいいんだがな」
タクトは余計な事を言うな。オレはお前のためにこのままでいる理由もないんだ。
「ン断る!」
「はあ!?」
「貴様には私の薬を台無しにした代償として、私の調査を受ける義務がある! 元に戻すならその後だ!」
冗談じゃない。こんなヤツに自分の身体を預けるなんてしたら、何をされるかわからない。
「それこそお断りだ」
「ンならば腕ずくでも!」
そう言いながら才音が構えをとると、才音の背中の機械が音を立てながら変形して、巨大な二本の腕となった。
「って、なんだその不思議変形!?」
「才音の作った機械だからな!」
そんなんで説明つくのかよ。
「あいつの異能力だよ。設計図無しに機械を作り、調合のレシピも無しに薬を作る。あいつの作るもの全てはあいつにしか作れない。シュー子が被った薬もそうだろうな」
つまり何かを作る事において、常識の枠を越えた天才だという事か。
……いや、だとしてもあんな質量保存の法則を無視した変形をするのは納得出来ないぞ。
「それよりも、才音にシュー子を渡すわけにはいかない!」
巧人がオレをかばうように前に立つ。言っている事とやっている事が一件まともに感じられるが、
「シュー子は俺の彼女だからな!」
「どうせそんな事だろうと思ったよ!」
さっきの発言を鑑みれば下心があると見抜けた。会ってまだ一時間くらいしか経っていないのに、コイツの行動パターンが読めるようになってしまったのが悲しい。
「いいだろう、巧人には先程薬を奪われた恨みもあるからな」
口を三日月型にしてよこしまな笑みを浮かべる才音は、マッドサイエンティストを彷彿とさせる。ってか、これまでの事を聞くに本当のマッドサイエンティストだ。
だけどここで派手に暴れたりしたら、まずいんじゃないか。迷惑がかかるどころか、下手したら犯罪レベルだ。
「――そのいさかい、『審判委員会』が預かる」
「なっ!?」
何だ、いきなり俺達の間に上級生と思わしき眼鏡の男が立ちはだかったぞ。
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