トランス・パニック・スクール!!

紅羽根

第1章「トランス・セクシャル・アクシデント」

その1

「○×△□☆◇▽+!?!?」


 オレは今まで出した事のない音を喉からひねり出した。ひねり出してしまった。

 自分に起きた事を認識した途端に脳細胞が一斉に騒ぎ立てたんだ、仕方ないだろう。

 その起きた事というのは、


「お……女になってるーーーっ!?」


 性別が男から女になった事だ。

 今まで数え切れないほど厄介事に巻き込まれていたオレ、『二葉史勇(ふたばしゆう)』の人生だが、今日のこの瞬間、文字通り降りかかってきた厄介事がそのワーストワンをあっさり塗り替えた。



 時間は二十分ほど前にさかのぼる。


「あ痛うぷっ!?」


 私立宮内新命くないしんめい学園の入学式が終わって学生寮に戻ろうとした所で、突然オレは頭に何か硬いものが当たったと同時に変な臭いのする液体を被ってしまった。


「ンあああぁぁぁっ!? 私の薬があっ!?」


 何か妙な悲鳴が聞こえてきた。というか何か怪しげな単語が聞こえてきた。

 今、「薬」って――


「ぅあっ……!? か、身体が、熱、痛……!」


 急にオレの全身に襲ってきた、地獄の責め苦のような熱と針のむしろにくるまれたような突き刺す痛み。一体何が起こってるのか、オレには全くわからなかった。


「お、おい、大丈夫か!? 何かヤバいのか!?」


 誰かの声が聞こえてきたけど、近くのはずなのに遠く感じる。

 あれ、これマジでやばい? 身体を動かしたくても悶えるくらいしか出来ない。もしかして、オレはこのまま死ぬのか? 人生を十五年で終えてしまうのか?


「おい! お前の薬ってまさか毒じゃないだろうな!?」

「ン馬鹿を言うな! 自分で使うつもりの薬が有害なわけだろう! むしろ身体が熱

くなったり痛かったりするのは、正しく作用している証拠だ!」


 口論が聞こえるが、こっちはそれどころじゃない。

 何か骨が直接締め付けられてるような激痛までしてきたし、頭もぞわぞわしてきた。


「な、何でもいいから、助けてくれ……!」

「あ、ああ! 今保健室に――」

「ンいや、そのまま経過を見させろ! 私の薬に間違いが無い事を証明する! こいつを使って!」

「何か症状が出てからじゃ手遅れだろ! お前が何もしないってんなら、俺が運ぶ!」


 そんな言い争いが聞こえたかと思った瞬間、オレの身体は誰かに抱きかかえられた。目眩がして自分の状況や周りがどうなってるのかよくわからない。


「ン貴様ぁ! 私の実験薬に続いて実験の観察まで奪うか!」

「お前の実験より他人のピンチの方が余程大事だ!」


 オレを運んでくれてる人の好意はありがたいが、せめて声のボリュームは下げてくれ。鼓膜まで痛くなってきた。

 本当に死にそうだ、オレ……。



「――気分はどうだ?」

「……何とか落ち着いてきたみたいです」


 保健室に運ばれてからおよそ十分後、ベッドの上でオレはゆっくりと身体を起こした。

 さっきまでずっとオレを襲っていた熱さも痛みも収まり、大分身体が楽になっている。どうやら死なずに済んだようだ。

 しかしあまりにも急激な事だったからか、妙な違和感はある。あと何か自分の声も変に高く聞こえる。


「ああ、うん、大丈夫ならいいんだ」


 何か妙に歯切れの悪い言い方をするな、このイケメンの先生。


「オレ、変な事になってるんですか? 特におかしな事はないような……あれ?」


 ふと自分の身体を見てみると、服が少し大きくなっていた。この学園は私服登校だから自前の服を着てきたんだけど、ピッタリだったはずの上着の袖が余っている。さっき被った薬とやらのせいで服が大きくなったのか?

 いや、それだけじゃない。

 よく見たら手が細くなってるし、肌の色も少し白くなってる。これじゃまるで女の子の手だ。

 それに髪の毛が妙にさらさらしてる上に肩より下まで伸びてるし、気のせいか身体のあちこちが柔らかくなっている気がする。ズボンも何か緩くなっていてずり落ちそうだ。


「……いや、まさかそんな」


 オレの脳裏に嫌な予想が浮かび上がってきた。

 待て待て、そんな事があってたまるか。いくらオレが『悪運』持ちだからって、こんな事に巻き込まれるとか――十分にあり得る。


「すみません、ちょっとカーテン引いてもいいですか」

「わかった。確認なら手短にな」


 先生はこれからオレが何をするかわかったらしい。それがオレの悪い予想に一層の確信を持たせる。

 落ち着け、落ち着くんだ、史勇。まずは深呼吸、そして素数を数える。二、三、五、七、ええと、十一。


「……よし」


 覚悟を決めた。オレは男だ。

 一番手っ取り早い確認方法は、やはり下着の中を触ってみる事だろう。もしオレの予想が間違っていれば、そこには変わらぬマイサンがいるはずだ。というか、いてくれ。

 祈るような気持ちで、オレは下着の中に手を差し入れて探ってみた。


「……ない!?」


 いくら手を動かしても、あるはずの竿の、玉の、感触がない。代わりにあるのは、なだらかな肌の感触のみ。

 これで確信した。確信してしまった。


「あ――」


 その瞬間、オレの脳細胞が騒ぎ立てた。


「○×△□☆◇▽+!?!?」



 ――これが現時点のオレがわかる『女になってしまった』事の顛末だ。

 どうしてこうなったんだ。

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