第4話2周目-1 予選
開いてる店はコンビニぐらいの時間に早起きしても、既に外は明るかった。
「じゃあ、今日明日とよろしくお願いしますね」
白色のマキシ丈のワンピースに、空色のタンガリーシャツ。後ろで縛った髪の上にカンカン帽を載せた
「いえ、こちらこそよろしく」
用意されたハイブリッドバンの後部トランクには、色々な荷物が既に詰め込まれており、最後に
「じゃあ早速行きますよ」
高速道路を使うとはいえ、会場までは県境を大きく越えてさらに向こう。およそ3時間ぐらいの道のりとなる。
「そういえば、ひとつどうしても疑問に思ってたことがあるんですけど」
高速に乗ってしばらくしてから、視線は前から離さず問う
「何かしら?」
助手席の
「どうしてセレブなお嬢様が、自宅でコース作らずに新倉模型へ行ってるんです?」
そう。
ジャパンカップ・ジュニアサーキット自体は、ひと組で2万円もしない。
「そうね、みんなそう言うんだけど」
再び前を向き、少し遠いような目をする
「私がまだ小さかった頃、ミニ四駆を最初に買って作ったのは、
「だからかな。あそこが原点っていうか、すごく落ち着く感じがしてね……今のコースは元々お店にあったのと、私が個人で買ったのを足したのが半々ぐらいになってますけど」
いわゆるホームコースというやつなのだろう、と
「あとは……ううん、何でもないです」
「そういえば、
「いいえ、朝早かったので胃が受け付けなくて……」
「じゃあ同じですね。もうすぐサービスエリアのようですし、何か食べましょうか」
そう言っているうちに、2人を乗せた車はサービスエリアの入り口に吸い込まれていく。駐車場の埋まり具合は6割方で、売店棟のすぐ近くに車を止めることができた。
「あの
「……私、そこまで世間離れしてるつもりはありません」
「あと、
「最終予選ってどんな感じなんです?」
売店棟のレストランスペースで、和食セットの卵焼きをつまみながら、
「
「ジュニアクラスとオープンクラスに分かれていて、私達が出られるのはオープンクラス。コースはそれぞれ別ですから、間違える心配はないですよ。
百番単位で区切って呼び出されますから、聞き漏らさないようにしてくださいね。2回は1次予選のチャンスがあるはずです」
優雅な手つきでマーガリンを塗り、パンを口に運ぶ
「1次予選を勝つと、通過証明のタスキっていう紐がもらえるので、無くさないようにしてくださいね。2次予選に出れなくなっちゃいますから。
2次予選を勝つと次は準決勝ですが、タスキじゃなくて決勝参加券っていうチケットがもらえます。みんな
準決勝前には、ジュニアとオープンの各コースとも少しコースをメンテナンスします。その作業の間に、コンクールデレガンスをやってですね、それが終わったら各クラスの準決勝です」
「……結構長い道のりですね」
「準決勝を勝つと、ピットに戻ってのセッティング変更はできないですから注意してくださいね。
準決勝を勝って、決勝で3位以内に入ればめでたしめでたし。日曜日の本大会に出られるわけです。終了時間は大体18時ぐらいかな?」
すらすらと説明を終えると、
別に
「私は、1ヶ月前の地区予選で優勝してるので最終予選は出ませんから、外野から応援してますね」
「でも笠……ええと、
「コンクールデレガンスの全国大会、
「結構混んでますね」
会場となるイベントセンターに着き、ハイブリッドバンを臨時駐車場に止めて。
2人で必要な荷物を持って正門付近まで行くと、開門直後にもかかわらず長蛇の列ができていた。
「人は多めみたいですね。暑いですし、とりあえず早く入場してしまいましょう」
入り口でオープンクラスの運営協力費として500円を支払い、公的な身分証明書を提示。身分証明書に記載されている氏名を入力してエントリーシートが発行される、という煩わしい仕組みが長蛇の列の原因だった。
ペラ紙1枚のエントリーシートを配り、左手にスタンプを押すだけだった昔と比べて、水際での参加者の管理は徹底されている。過去、悪質な不正エントリーがいかに横行したかの証左でもあった。
「隅の方のテーブルは、まだ空いてるようですね」
広大なピットスペースには、レース場を囲うように大量の長 テーブルとパイプ椅子が配置されている。無事にエントリーを済ませた2人は、そのピットスペースの隅の方に対面して座る。
「コースレイアウトは、それほど凝ってるわけではなさそうですね。スピードレースになるかも」
ピットボックスを開けながら、コースの方を見やる
ジュニアクラス用に1セット、オープンクラス用に2セット用意してある関係か、それぞれのコース自体はさほど長いものではなく、上から見ると
直線が多くスピードに乗りやすいレーンチェンジに、2連結のドラゴンバックとU字アイガースロープ。さらに、アイガースロープ直後の90度カーブは、曲面ではなく平面を組み合わせたような形で、マシンを左右に揺さぶり不安定さを誘発するデジタルカーブとなっている。
「今では割と平均的な難易度ですね。グレードアップパーツの、衝撃吸収タイヤが開発されるまでは、かなり難しいレイアウトだったようですけど」
ミニ四駆に採用されているのは、通常はノーマルゴムやシリコン製のムクのタイヤなのだが、スロープの着地で全く跳ねないという謳い文句の、特殊衝撃吸収ゴム製のタイヤは、恐ろしく高価ながら確かな効果があった。第2次ブーム時代のショック吸収タイヤとは違い、特殊ゴム専門メーカーと共同開発した新素材と複合構造を採用することで、根本的な部分から超衝撃吸収性を追求したことが違っていた。
「フロントが、2つ目のドラゴンバックに引っかかりさえしなければ、確かに問題はなさそうですがね」
「越えるのはいいの。スピードがどうかっていうのをお忘れのようね」
声は背中から聞こえてきた。
「あ、
「ごきげんよう、
「違いますから。こちらは、
言葉を遮るようにピシッと言うと、
「紹介しますね
「
左手を差し出す
「
言い残すや否や、あっさりときびすを返す
「あの人は顔が広いですから……彼女の周囲の人も強いですよ。気を引き締めてくださいね」
広いピットスペースも、レース開始時間のだいぶ前には既に人で埋まっていた。この予選が最後のチャンスだけに、参加者も多い。
「では、エントリー番号200番までの選手、車検場へお越し下さい」
ウグイス嬢のマイクを通じた声が、スピーカーを通して会場内にこだました。深夜に録画で一部始終を放送する地元ケーブルテレビ局と、ライブ配信しているインターネット中継のために実況席が設けられているので、司会進行と選手呼び出しは別々に行われている。複数台のカメラを使い、さながら冬季競技のスキークロス中継によく似たアングルで映像は配信される。
「
「では行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい……私も見に行きますけど」
マシンを持ち、
順調に列は捌け、いよいよ
「よかった、3コースなら悪くないわ」
「ええ、今日の鬼門は1コースだしね。大して名の知れた選手もいない組に入ったし、練習通りの走りならいけそうね彼」
前の組のレースが終わり、
強いライト、レッドランプが
「スイッチオン」
スタート台の制御ハンドルを持ったスターターが、5人の選手に促す。スイッチを入れ、斜め45度にセットされた青色のコース上に、マシンを構える。五台のモーター音が唸りを上げる。
ごくり、と誰かの喉の音が鳴ったと思った刹那。
ピィーッ!
けたたましい音とともに、シグナルが赤から青に変わる。
――シグナルスタートには、ちょっとしたコツがあるんですよ。
練習走行直後に言われた、
「1次予選スタート! 3コースがいいスタートを切った、これは速いぞ」
スタートの直線で一気の後続を突き放し、90度カーブを綺麗に曲がる。
関門となる高速立体レーンチェンジはまだ中盤。レーンチェンジの橋桁の下をくぐり、もうひとつ90度カーブを曲がると、このコース最大の関門、ドラゴンバックが控える。
「先頭がドラゴンバックに突入、ひとつめ、ふたつめも……うまく越えた3コース」
ドラゴンバックを越え、さらにふたつの90度カーブを過ぎると、今度はU字型に組まれたアイガースロープ。ここもブレーキングでうまく制御して難なくクリアし、1周目を終えて後方とは約ストレート3枚分の差をつけた。
「2周目、3コースが順調に後続との差を広げているぞ」
ストレートの加速力は、車重が軽い分だけ他のマシンに勝っているのか、ドラゴンバックやアイガースロープでの減速でやや詰められる差も、ホームストレートで広げることができている。
加速するごとにコースアウトの不安は増えるが、3周目のレーンチェンジとドラゴンバックも、やや不安定になりながら何とか越えて5周目。
「ファイナルラップに突入……依然トップは3コース、続いて5コースと二コースが追い掛ける! 4コースはだいぶ遅れたか」
既に1コースは序盤でコースアウトしていた。どうやら1コースのドラゴンバック付近は、フェンスの噛み合わせがよくないらしい。
速度が乗って一番不安が大きくなる、5周目のドラゴンバックも見事クリア。後続2台はドラゴンバックを一気に飛び越えようとする作戦が裏目に出てコースアウトし、勝負あり。
「ここで3コースがゴールイン!」
司会の声とともに、スターターが手に持ったフラッグを振る。
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