34 対決

 それは綺麗で美しい女の子だ。

 わたしはその女の子の手を引いて先程伯父と母が睦み合っていた祭の座敷に引き返す。

 廊下に両膝をついて頭を垂れながら入ってもよろしいですかと許しを乞い返答がないのでしばらくそこで待ってから障子を開ける。

 そこには裸の母だけがいる。

 伯父の姿は消えている。

 わたしは母に少しだけ伯父さんをわたしに貸してくださいと用件を告げる。

 それに母が無言で応える。

 ありがとうございますとわたしが母に言うと服を纏った伯父が座敷の向こうに現れる。

 わたしは子供の手を引いて伯父の前まで歩いて行って伯父を見上げてこう言うのだ。

 見えるでしょ伯父さん/これは伯父さんとわたしとの子供よ/わたしが九歳のときの子供です/この子も九歳になっているわ/さあ受け取って/この子を犯してくださいな/伯父さんの望みは願いはそれ以外にはないんでしょう。

 あのとき伯父には確かに自分の子供が見えていたはずだ。

 伯父の目の動きからそれがわかる。

 けれども伯父の目に映るわたしたち二人の子供はもしかしたら人の形をしていなかったのかもしれない。

 ヒュウと咽から息を漏らすと伯父がその場に崩折れる。

 それと同時にわたしの伯父への未練も消える。

 わたしは本当に要らないんですねと念押しすると伯父とわたしとの愛の結晶である色のない子供を自分のお腹に引き入れる。

 その子はぐずることなくすぐにわたしのお腹の中に戻っていく。

 踵を返して座敷の端まで歩くとそこで振り返って母に言う。

 お母さんは幸せになってくださいね。

 それから続けてこうも言う。

 伯父さんはたぶんお母さんを愛せると思います。

 お母さんならば愛せると思います。

 その愛の対象が子供ではない今の年齢のお母さんであってもきっと。

 わたしのその言葉に母は目を丸くして驚かない。

 既に服を着た人形の姿に戻っている。

 わたしから見てもそれはとても可愛い母の姿だ。

 では今日はこれでとわたしは母に背を向けて座敷から出て玄関に向かうと家はわたしを拒絶しない。

 けれどもこの家は母の家であってわたしの家ではない。

 だが家は必要ならばまたわたしを迎え入れてくれるだろう。

 わたしは家にさよならと挨拶して玄関から外に出ると一面黄昏色に暮れなずむ夏の世界に飛び出したのだ。

 あのときやっとわたしはまだ始まってもいなかったわたしの人生をスタートさせわけだがそれが茨の道になるだろうということは世間知らずのこのわたしにだってわかっている。

 わたしの目からは過去と未来が涙となってぼろぼろとこぼれ落ちている。

 総じて統合失調症の原因は脳内ドーパミン(中枢神経系に存在する神経伝達物質でアドレナリン/ノルアドレナリンの前駆体でもあり運動調節/ホルモン調節/快の感情/意欲/学習などに関わる)量の増加であると言われているのでその治療には脳内ドーパミン量を減らす薬――具体的にはD2遮断薬――用いる。

 不眠症の薬について今回は漏れてしまったがいずれ語る機会もあるだろう。(了)


【参考文献】

 一 神経症・精神病・睡眠薬系 薬品一覧

   http://www.geocities.jp/mikasmentalsite/drug.html

 二 ピルブック薬の事典2012年版、発行・販売ソシム、編集・製作じほう、製剤写

  真協力・八王子薬剤センター)

   ※ その他、個人的に知りえた情報以外はウィキペディアの各項目を参照した。

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崩落の家(改行版) り(PN) @ritsune_hayasuki

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