32 帰郷
目覚めよと声が命じる。
わたしはそのとき珍しく自分のマンションにいたが不意の声の訪れにギクリと身体を固くする。
真夜中のことだ。
時計の針に塗られた蛍光塗料は暗い空間にぼおっと午前二時十分という時刻を浮かび上がらせている。
田舎の家へ帰れ!
耳を澄ますと声が告げる。
そこにお前の求めるものがある。
わたしはベッドから起き上がるとパソコンを立上げて電車と列車の経路と時間を確認する。
ついで目覚まし時計に明日起きる時刻を再セットして家を出る時間まで眠ることにする。
気が昂っていたので寝られるかどうか不安だったが心配もなく目的の時間までぐっすりと眠る。
まるで死んだように朝まで眠ったのはここ数年で初めてかもしれないとそのとき思う。
翌日の午後にわたしは田舎の駅に到着する。
汽車の時刻に合わせてバスが待っていたのでそれに乗って自宅に向かう。
自宅に着いたときには午後四時を過ぎていたが夏の陽が高くて蒸し暑い。
ただいまと言って玄関を開けたが奥からは誰の返事も返ってこない。
母には聞こえないにしろ女中のMが聞き逃すはずがないのでMの不在がわたしに知れる。
現在わたしの家には母とMの二人しか暮していない。
姉はずいぶん前にわたしに殺されていたが以前見舞いに来た姉のクローンは地方都市の短大を出て伯父が取締役をしているその都市の会社のひとつに就職したんだよ忘れたのかとわたしに言う。
女中のMは父の両親がまた健在で失踪前だったときにこの家に引っ越して来て以来家のすべてを取り仕切っている。
父の両親が失踪してからは主に人形の母の世話係となって母の初めての出産のときに慌てて産婆を呼んだものMだ。
玄関に鍵がかかっていなかったのでMは母に用事を言いつけられて近所に出かけているのだろうと推測する。
そう推測しながら自分の家に上がるとわたしは目指すものを求めて探索を始める。
わたしが相談しようとしても声が沈黙していたので自ら探し出さなくてはならなかったのだ。
気になる部屋を一つ一つ探りながら家の奥に進んで行く。
母がいつも祭りに使っていた部屋の前まで来ると気配がする。
そこで障子を細く開けて低い位置から中を覗くと伯父と母が抱き合っているのが目に入る。
なるほどそういうことかと思い至る。
それは伯父の保険だったのだろう。
母だってまだ十分子供が生める年齢なのだ。
わたしは伯父と母との愛のない性の現場を覗き見ても少しもショックを受けない自分の心を訝しく感じる。
だがそのとき声がここではないと告げたので注意して音を立てないように障子を閉めてさらに家の奥に向かう。
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