28 家系

 わたしが東京に出て行ったのは田舎に大学がなかったからだ。

 もっともそんなことを言ったら高校だって田舎にはなかったのだがそちらは隣町まで出れば通うことが出来る。

 わたしの父方の家系は没落した資産家だったので家は大きかったがお金はない。

 わたしの母方の家系は今でも成功している資産家だったのでわたしたちが暮らしに困ることはない。

 母の母は母とは違って普通の人だ。

 母の父も普通の人だが仕事では怖い豪商だ。

 父の父と母は家の没落の過程で失踪していて現在も行方知れずだがおそらく両者とも死んでいるだろう。

 それに根拠があるのかないのかわたしは知らなかったが母方の家系の成功は父方の家系の没落の上に成立したと誠しやかに噂されている。

 無論その真偽をわたしは知らない。

 父の父の父の故郷であるこの田舎の土地にまるで似合わない洋風の家屋を建てたのが父方の家系の最後の豪奢な浪費だ。

 今では古びるに任せているがそれでも大層掛かるらしい屋敷の維持費は母方の家系から提供されている。

 母の母は母のことを嫌ってはいないようだが疎んでいる。

 自分の子供ではない母のことを哀れに思うと同時にどう扱って良いか掴みかねているのだろう。

 わたしのことは赤ん坊の頃には可愛がったようだが長じてわたしがいよいよ母そっくりになると困ったように自分から遠ざけてしまう。

 わたしが小学校に上がってからは田舎の家に尋ねて来たことが一度もない。

 ただし伯父に連れられて東京の家まで遊びに行ったときにはわたしを邪険に扱わない。

 母方の祖母はわたしに良い印象しか与えていない。

 一方母の父はわたしたち親子の許を一遍だって訪れたことがない。

 母の母よりも母の父の方が母を扱いかねていたようだ。

 母と母の父は噂に寄れば血が繋がっていたようだがわたしにはそれが怪しく思われて仕方がない。

 何故かといえば母方の祖父に母の匂いがしなかったからだ。

 母方の祖母にそれがないのは当前だったが同様に祖父からもそれを感じられなかったのだ。

 理由は知らない。

 理由なんてわからない。

 それでも祖父は母の本当の父親かもしれなかったがそれはわたしには今更どうでも良いことだ。

 母の父はわたしが東京の家に遊びに行くと大層わたしを可愛がる。

 すごく不思議な気がしたが祖父の態度に嘘はない。

 そうやって祖父は母のこともかつて可愛がっていたのだろう。

 母はほとんどいつも無口で無表情で動かない人形だったが祖父の前では笑みさえ浮かべる。

 白くて丸い顔の上に笑みを浮かべると母はますます本物の人形のようにわたしには見える。

 抗躁薬とは効能が真逆の坑鬱薬にもいくつかの種類があって大別すると三環系抗鬱薬(第一世代)/ 同(第二世代)/ 四環系抗鬱薬/トリアゾロピリジン系/スルピリド/精神刺激薬/SSRI/SNRI(選択的セロニトニン&ノルアドレナリン再吸収阻害薬)のように分類される。

 良く知られているように鬱病は脳内の神経伝達物質の均衡が崩れて引き起こされる精神疾患だ。

 モノアミン類の神経伝達物質にはノルアドレナリンやセロトニンがあってノルアドレナリン(米国ではノルエピネフリン)は注意と衝動の制御に一方のセロトニンは心の安らぎに関連する。

 鬱病の場合は主にこの二つ物質の分泌量が減少して患者に意欲の低下や不安及び焦燥感が引き起こされるのでこれらの濃度低下を抑えれば治療効果が現れる。

 これが鬱病治療薬の基本的な作用機序だ。

 仕事においては鉄面皮で悪も辞さない母の父が鬱病治療薬の常用者だと知ったときには少なからず驚いたものだが人の生理とはそのようなもので作用が反作用を生んで同時に反作用が作用を呼びそれらを上手く掴んだものだけが人生の勝者となるのかもしれない。

 そういえば伯父も幼い頃にパニック障害を発症していたという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る