15 叔父

 夢の中で伯父がわたしの中に押し入ってきたときは痛さで目が覚めそうになったが頭がぼおっとして身体が怠くて視界は膜で覆われたようにはっきりしなくて伯父が何かを言ったようだが聞き取れなくて結果として目は覚めない。

 翌日目覚めたときに股間は汚れていなかったがヌルヌルとして気持ちが悪かったので真っ先にトイレに向かう。

 すぐに流してしまったので尿に血が混じっていたかどうかわからなかったが気にしない。

 そのときにはそれどころではなかったからだ。

 頭がズウウンと重い。

 身体も熱があるように関節がズキズキと痛む。

 それで部屋に帰ってもう一度寝る。

 あの日家にはわたしと姉と伯父の三人しかいない。

 父と母は連れ立って葬式だか結婚式だか謝恩会だかに出かけている。

 帰ってくるのは翌々日の予定だ。

 コントミン/クロルプロマジン(散剤10%1g、顆粒10%1g有り、12・5mg錠、25mg錠、50mg錠、100mg錠)は認可が一九五五年の歴史あるメジャートランキライザーでアンリ・ラボリがその効用を発見する。

 正確にはコントミンの成分であるクロルプロマジンの発見だがまあ良しとしよう。

 第二次世界大戦時に外科医として従軍していたフランスの生化学者アンリ・ラボリは元々抗ヒスタミン薬としてフランスの製薬会社ローヌ・プーラン社(当時)により開発されたクロルプロマジンをその用途で用いていたが戦後に予想を遥かに上まわる鎮静作用があることに気づいてこれを統合失調症の患者に与えたところ患者が劇的に回復する。

 それ以来国際一般名(INN)クロルプロマジン/CAS登録番号50‐53‐3は精神疾患の治療に頻繁に用いられる薬となる。

 だが副作用がないわけではない。

 その主たる副作用はパーキンソン症候群だ。

 薬剤性のパーキンソニズムは多くの薬剤の副作用として起こると考えられている。

 そういえば作家YTの小説に登場する楽器製作者はパーキンソン症だったがそれはこの際関係ない。

 コントミンはウインタミンと同成分だが日本ではクロルプロマジンの迂回発明が大阪地方裁判所(昭和三十五年九月十一日言渡・判例時報162号23頁)で認められたので吉冨製薬がその迂回発明に拠る製法特許を取得して市場の半分ではコントミンが占有販売されている。

 一方製薬会社ノバルティスファーマーからの輸入品はウインタミンの商標で塩野義製薬から販売されている。

 ニューレプチル/プロペリシアジン(細粒10%1g・液剤1%1mLも有り、5mg錠、10mg錠、25mg錠)には残念ながら前者のような興味深い開発秘話は見つからない。

 もしかしたらあるのかもしれないし開発当事者だったら語りたいことはいくらでもあっただろうが残念ながら寡聞にしてわたしは知らない。

 ヒルナミン/プロペリシアジン(細粒10%1g散剤、50%1gも有、5mg錠、25mg錠、50mg錠)についてもわたしの知識は似たようなものだ。

 伯父が最初にわたしの夢に出てきたのは小学校三年生の頃だったろうか。

 ただの夢ならそれ以前にも見たことはある。

 わたしは伯父が大好きだったからだ。

 伯父は父よりわたし好みの顔をしている。

 手も足もすらっと長くてずいぶん女の人にモテたようだが特定の恋人を作ることをしない。

 その理由をわたしは知らない。

 五十歳を過ぎた今でも伯父はまだ独身で過ごしている。

 当時のわたしは母が伯父と結婚すれば良いのにと思っている。

 今ではわたしは母が伯父と結婚しなくて良かったと思っている。

 母と伯父が結婚してしまったら母がわたしの恋敵になってしまうからだ。

 けれども真の恋敵は現在にはいなかったのだと後に思い知らされることになる。

 その本当の理由を当時の主たるわたしが知らないわたしの構成要素のどれかが知っていたかどうかは今ではもうわからない。

 ピーゼットシー=PZC/ペルフェナジン(散剤1%1gも有り、2mg錠、4mg錠、8mg錠)は自殺念慮が強いときやマークシート検査でヒステリックと診断されたときに処方されることが多い治療薬だと聞いている。

 アカシジアという副作用(座ったままでいられない/じっとしていられない/下肢のむずむず感が自覚される/下肢の絶え間ない動き/足踏み/姿勢の頻繁な変更/目的のはっきりしない徘徊)が発生し易いとも聞いている。

 だがこれは力価の高い抗精神病薬ではわりと良く出る副作用らしい。

 そういえば伯父の夢を頻繁に見るようになった頃わたしも軽いアカシジアに罹っている。

 普段は本物の人形のように動かないことが楽だったわたしだがその数ヶ月間は落ち着きがないAD/HD(注意欠陥/多動性障害)みたいな子供になる。

 幸いなことにその後AD/HDの症状は消えるがふと思いついたので尋ねてみると母も子供の頃に同じ症状を経験したことがあると言う。

 落ち着かないのは身体なのだけれど心も一緒に落ち着かなくて人形遊びが出来なかったわねと語ってくれる。

 母に直接伯父のことが好きかどうか訊いてみたことがわたしにはない。

 訊くのが怖かったからというより既に答を知っていたからで確認しても仕方がないと思っていたのかもしない/そうではないのかもしれない。

 この分類最後のメレリル/塩酸チオリダジン(10mg錠、25mg錠、50mg錠、100mg錠)は日本ではかつて武州薬品とチバガイキーから販売されていたがチバガイキーの製品には散剤10%1gのものもあったようだ。

 副作用の多さや飲み合わせの悪い医薬品が多数存在するため二〇〇五年末に販売中止となる。

 またこの薬は人によっては肥満の原因にもなるようだ。

 そういえば一時期伯父は太っていたことがある。

 太った伯父は伯父には見えなくて母と一緒に別人になったと笑ったことを思い出す。

 太っていても母もわたしも伯父のことが大好きだったが今思うと当時とても健康的な生活を送っていた伯父がやがてまた痩せて元の姿に戻ってしまう。

 伯父があの時期何を考えていたのか結局わたしにはわからなかったが母にもきっとわからないだろう。

 そんな所もわたしたち二人は似通った親子なのだ。

 親子というより歳の離れた姉妹のようかもしれない。

 姉は当然わたしより母とは歳が近いが姉と母は親子に見える。

 幼い親に大人びた子供だ。

 でもわたしと母の場合は余りにも外見がそっくりだというのに何故か親子には見えない。

 強いて喩えれば同じ作者による製作日時の違う人形だろうか。

 あるいは日々現実味を帯びてきている先輩後輩のクローン同士か。

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