第11話【気亡】


 元父親が倒れ、弟が倒れた。

 僕は二人の見舞いに行き、元父親には酷く裏切られたものの、弟は至って普通だった。

 大学受験によるストレスで倒れたのだという弟は、腕の痺れが未だ取れないそうだが、それでも明日にはどうにか退院して学校へ戻ると言った。

 頻りに彼は言っていた。

 「役立たずになったらダメだから」

 と。

 七月二五日の事だった。

 僕はその言葉を、そう重いものとは受け取らなかった。

 七月二六日までは。

 僕はあれから数日経った今になって、やっとその意味を理解した。

 そして、これからのマジョリティの価値観を思い知った。

 キッカケは何でもいいし、些細な事でもいいのは『彼』が証明した。

 そして、僕と付き合いのある若い友人達や、

 僕を今までクビにしてきた上司達の言葉。

 それ等全ての点は線になり、新しい世界の絵図を僕へと見せた。

 僕の生きていけない世界を。

 僕の生きる必要のない世界を。

 僕と同じ価値観を持つ人々が異を唱えているのも見た。

 でも、彼等は皆見当違いな批判をしている。

 役立たずは死ね。

 その言葉が自分へ返ってくる事も分からずに使うほど、人間は莫迦じゃない。

 正しくはこうだ。

 私が役立たずになった時、面倒事なく殺される社会を作ってくれ。

 つまり、

 合理主義の生んだ地獄へ、気兼ねなく飛び降りれるアトモスフィアとシステム。

 それを求めている。

 僕は今、やっと分かった。

 目の前の緞帳の向こう側で着々と建設が進められている……のかもしれないディストピアを知って。

 死にたいだとか、殺してくれだとか、でも生きたいだとか、

 それは全て僕の自分勝手だったのだと。

 死ぬ時は来る。

 必ず来る。

 それが殺される事によってか、自然死かは分からない。

 でも、

 僕は死ぬ。

 その事実を前に僕は何も出来ない。

 他の人々と同じ様に!

 ……だからこれ以上、何も書けない。

 足掻いても、励んでも、遊んでも、乱れても、

 狂っても、

 死ぬ。

 だからもうこれ以上何も書けない。

 全て無意味になる宿命だから。




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