第6話【新約】


 闇の奥深くまで。

 淀みの底へ再び、僕は落ちてゆく。

 人はそれを懐古と謂い、罵るだろうか?

 ならば僕は言おうじゃないか。

 これは過去の自分ともう一度向き合っているだけに過ぎない。

 足跡を振り返って、前を見直した時に、

 道を見失う様な奴はそれまでだ。

 と。

 今までの僕はそんな奴だった。

 でもこれからの僕はそんな奴で終わってたら、

 死ぬ。

 だから過去に引き摺られはしない。

 同じく、過去から逃げる事もしない。

 僕は最悪の男だった。

 人を誑かし、或いは憎ませ、悲しませもした。

 事実は変わらない。

 僕は悪者だ。

 だけど、謝罪し続けて溺れ死ぬつもりはない。

 つまり僕は、開き直る事以外の選択肢が無い。

 だからもう一度、僕は見ているんだ。

 自分の歩いた道を。

 自分が苦しめてきた人達の事を思い出しているんだ。

 僕は最悪の男だ。

 だけど、今は違う。

 けれどあの人達はそんな莫迦々々しい話を信じない。

 僕だってそうだ。

 こんなに簡単に変わる訳がないと理性では結論付けている。

 でも、性格って感情の世界の産物だと思う。

 だから僕は、まともかどうかは置いて、

 少なくとも誰かを苦しめそうな事をしていると気付けたときは、

 それなりの行動を心掛けているつもりだ。

 つもり、だから完璧じゃないだろうけど。

 それでも人間を憎悪して世界の破滅を願って生き続けてきた、

 この三十年近い人生を全否定しておきながら、

 その世界の破滅を願って三十年近く培ってきた価値観と向き合い、

 使えるところを拾い上げている今の姿は、

 果たして芸術者としては過去の遺産に縋る塵芥に成り下がったのか、

 或いは、小説家の卵としての自覚が出来つつあるのか。

 僕には判断がつかない。

 これを読んで下さっている方、少しの質問を許して下さい。

 僕の何処がダメなのか、教えて頂けませんでしょうか?

 僕はまともじゃない。

 何も分からないのに、

 何もかもが憎くて、

 何もかもが赦せなくて、

 何もかもが愚かしく見えて、

 何も出来ないまま突っ走っている。

 きっとこのままだと、また鬱期が訪れて、今度こそ僕は正気を失ってしまう。

 怖い。

 助けて下さい。

 もう僕一人の力ではまともな人間に戻れないんです。

 手を差し伸べて下さい。僕が断って暴れても、押さえ付けて下さい。

 僕に教えて下さい。

 人間としての生き方の全てを。

 僕は動物性を否定していたつもりでした。

 だけど、気付いた時には人間性すらも拒んでいたんです。

 僕はまともな人間になりたかったのに、

 僕は、

 僕は、

 僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は、

 僕はバケモノになっていたんです。

 必要なのは愛です。

 愛情を、慈愛を教えて下さい。

 僕に、あたたかい人間の感情のベクトルを。

 ……というのが過去の自分だった。

 今の僕は知っている。

 愛を持たない人間は、愛を愛と分からない。

 だから踏み躙ってしまえる。人間と謂うモノを、いとも容易く。

 それが僕だった。

 そしてその過去を幾ら否定したところで、

 未だ僕は人の心が分からない。

 わがままに僕自身の欲望の為だけに生きて、

 今もきっと僕は認識できていないところで誰かを虐げている。

 だから僕は、分かった振りをやめた。

 救いの手を求めない事にした。

 そして、僕の信じる救いを撒き散らす事にした。

 誰も僕の聖体からは逃げられない。

 救われないなら、救ってやる。

 僕の言葉は聖体だ。

 受け取るがいい。そして頭を可笑しくしてしまえ。

 ……というのも過去の自分だった。

 結局のところ、救われもしない人間に人は救えない。

 僕には、何もない。

 だから何をやっても無駄だし、

 何をやっても結実しない。

 仕事も、

 趣味も、

 全て。

 無価値。

 だから。

 僕も。

 人生も。

 終わり。

 始まらず。

 終わり。

 ……。

 ……。

 …………。

 …………………。

 というのも昔の僕だった。

 虚無主義を壊してくれたのは、これを読んでくれているあなたです。

 そりゃあ誰でも気分悪い事書いてたら嫌うし、

 毒にも薬にもならない事書いてたら見ないでしょう。

 変わる必要があるのは僕だった。

 でも、変わり方を知るのに青春の全てと若さの殆どを費やしてしまった。

 僕はそんな程度の、能力の低い人間なんだろう。

 だからといって自殺する事はないんだけど。

 だって僕もやれバケモノだ人の心が分からないだ言ってたって、

 結局人間だから。

 で、人間はエゴの生き物だから。

 だから嫌われたって死なない。

 それに生きてたらやっぱり、

 誰かから嫌われる事って大なり小なりあると思うし。

 そこで一々色々考えてても仕方ないよね。

 僕の能力が足りな過ぎるとか、そういうの除いたらの話だけど。

 あと、別に救いとかそういうクソ重い事を、

 こういう軽薄な男に求める人ってそうそういないよね。

 そもそもだ。

 ファンと共依存になりたいなら、

 バンドマンやアイドルにでもなれば良かったんだろうね。

 小説家が読者に求めるべきは、物語への注目であって、

 自分自身への注目じゃない。

 そういうのはリアルの人間に求めた方が良い。

 僕はリアルの人間っていうと家族以外とほぼ関わりないけど。

 っていうか長過ぎだね今回。





 要するに僕が言いたい事をまとめると、

 こんなクソみたいな男で本当にごめんなさい。

 でも許してくれないならそれまでです。さようなら。

 それだけ。

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