第5話【愚誓】


 酷い流行り風邪が漸く治った。

 だけど僕の体力は未だに戻らないままなものだから、風邪をひき始めた頃より出来ない事が更に多くなった様に思える。

 新しい仕事は風邪をひく前に一週間ほどやっていたものの、あまりの薄給で悲しくなりとっととやめた。

 そして今。金は出ていくばかりで、全く収入は無い。

 特にここ数日の医者代は手痛く、この先の生活に関しても不安しかない。

 犬は実家へ帰した。

 僕も実家へ帰りたい。

 だが、それは出来ない。

 それだけは。

 ここを離れれば、今よりも更に夢へ至る為の道は遠くなるだろう。

 それだけは、どうしても嫌だ。

 僕は夢を捨てられる程大人になれなかった。

 その為にどれだけ惨めな思いをしても、それでも僕は考えを改められなかった。

 だから改めない。そして後ろは向けない。

 泣き言をどれだけここにぶちまけて、叫び散らして、血を吐いて、その果てに死んだとしても……否、死ぬ事すら僕は認めない。

 僕は作家になる。

 文字を並べて文を作り、文を積み上げ物語を紡いで飯を食う仕事を、必ず手にする。

 それまでは絶対に死ねないし、此処から後ろへは絶対に退けない。

 もう決めた。今度こそ決めた。二度と考え直せはしない。

 恩師に才能を否定されても、友人が先に壇上へ登ってしまっても、そんな些細な事でもう止まれない。

 僕は呪いの為に生かされる。呪いの為に永遠に生き続ける。呪いを喰らい、呪いに喰らわれて生き続ける。

 それだけが僕に残された最後の生きる道であるが故に。

 死の運命に抗い続ける為の、最後の手段であるが為に。

 縋りついてきた数多の歴史も、神話も、未来もこれからは何の意味も成さない。

 僕は抗うのではない。

 待つのでもない。

 波と風の向きを見て、何度でも挑戦する。

 何百回拒まれようと、何千回断られようと、無理を押して道理が曲がるまで。

 僕はあの場所に立ち、社会へ問い掛けたい。

 僕はあの場所へ至り、社会と和解をさせて貰いたい。

 僕は知りたいのだ。

 その塔の上から、彼等が何を見下ろしているのかを。




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