第4話【隣死】

 その日。

 私にしては珍しい事だが、親の代わりに祖母の見舞いへ行った。

 京都市営地下鉄に揺られ、いつの間にか近鉄線に揺られ……辿り着いたのは、酷い田舎町だった。

 何も無いと言っても過言ではない。

 矢鱈と綺麗に作り直された駅と周りの田園地帯との対比は、そのチグハグさが却ってこの地の悲惨な寒村らしさを強調していた。

 唯、腹痛に悩まされながら電車に揺られていた私を救ってくれた事は確かであるが。

 さて。祖母の入院する病院へと行く道も、当然の事ながら見果てぬ限りの田園地帯である。

 といってもこの季節の田園地帯は、生命育む泥色でなければ、若々しく希望を感じさせる青色でもない。

 当然、豊穣の黄金とも程遠い。

 謂うなれば、荒野だ。

 私は黒い曇天の下、見果てぬ限りの荒野の中、遠くに見える無骨で工場じみた姿の病院を目指しひた歩く。

 何処からか煙たい、焚火か何かの匂いが私の鼻を擽りに来て、その焦げ臭い匂いに顔を顰めながらも、ここ一年程度で似た様な所を歩いた記憶が蘇った。

 そう。

 知人を訪ねに、同志社大学京田辺キャンパスへ赴いた時だ。

 あの時も大概「何だこの恐ろしい田舎は……塩元帥しか飯屋が無いではないか!」と慄いたものであったが、此処にはその塩元帥すら無い……最早言葉すら思い浮かばない。

 が、足は勝手に進みゆくもので、心の内で沸々と不平不満を煮え滾らせている間に病院の入り口まで着いてしまった。

 入り口を探し回る事五分、漸く見つけて中へ入り、私は看護師と医師に案内されるまま先ずは主治医の先生と顔を合わせ、祖母の現状について話し合った。

 事態は思っていたより複雑で、私は何と親へ報告したものかと悩んだ。

 そうしている内に、ふと部屋の入り口に気配を感じた。

 懐かしい気配だった。

 私は怖かった。

 もう何年も顔を合わせていなかったから。

 やつれきって別人の様になってはいないか。

 私の事を恨みに思ってはいないか。

 ……と。

 恐るおそるに振り向いたそこには、驚く程にあの頃と何も変わらない祖母がいた。

 少し細くなり、髪に白髪は増えたが、確かに私の祖母であった。

 私と祖母は、限られた時間の中で、静かに話を交わした。

 祖母は死の毛色を感じさせぬ様相で、時に笑い、時に耳が遠そうにしていた。

 私の知っていた祖母はもっと欲深く、もっと無根拠に気高く、何か嫌味な人であったが……。

 と、ぼんやり考えながら上の空で話をしていたら、いつの間にか帰らなければならない時間になっていた。

 私は祖母と有るのかも分からない再会の日の約束をした後、病院を去った。

 祖母はもう大丈夫だ。

 混濁し、過去も、現在も、実像も、虚像も、全てが同一線上に存在する記憶の中で、何度でも私と会って言葉を交わす事が出来るだろうから。

 私は昔を思い出しながら、新たな豊穣の儀式の時を待つ広野を歩く。

 野焼きの薫りさえも愛おしい。

 あの暗鬱とした少年時代は、もう二度と戻って来はしないのだから。

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