事故物件 ~家賃3万 1R バストイレ別 異世界付き~

MrD

第一章「最悪だ、俺の新生活は最悪だ」

第一話 「朝起きたら俺の玄関がドラゴンだった」

朝起きたら俺の玄関がドラゴンだった


「あの、すいません」


朝起きた俺のドラゴン玄関が喋り出した


「お水一杯もらえませんかね?」


俺のドラゴン、水を欲しがりだした。

ははーん、さては水属性だな。





『おはようございますー。篠吾野しのごの不動産です、どうされましたかー?』


引っ越し初日からトラブルが起こったんですけど。なんだこの部屋は。


『最初に言いましたよね。この部屋は「ワケあり」で格安だって。』


ドラゴンが出るとは言ってない。

普通「ワケあり」といったら自殺者が出た、とか幽霊が出た、とかだろうが。


『幽霊を信じるとか』


ドラゴンは信じていいのか。

うちの部屋の玄関から首だけドラゴン。

タンスにゴン、玄関にドラゴン。


『あー、その子は“生命の宝珠”の守護者ケテル君ですね』


ちょっと待て、いま日常生活では絶対に出ない単語が出たぞ!


『そそっかしいけど気の良い子ですよ。』


そこは聞いてない。


「新しい入居者の人にご挨拶しようかと思いましてー。でも入ったら寝てるじゃないですか。」

「で、起こしたら悪いかなーって思ってるうちに“扉”が閉まっちゃったんですよ。」


そっちには聞いてない。


………“扉”?


『何年か前の人が勝手に異世界へと繋げてしまいまして。

 あっちの世界の“扉”を通ると部屋にやってくる、これが「ワケあり」物件です。』


こんなところ住めるわけないだろう。出ていくから金返してくれ。


『それは構いませんがー』

『月々お家賃が3万、一年間住まれることを条件に無料賃貸フリーレントが4カ月分。』


突然底冷えするような淡々とした物言いに変わる。


『すでに8ヶ月分24万お支払い頂いておりまして、日割り計算で24万弱ほどになりますが、いえね、うちは返金するのは結構ですよ。勿論、構いませんとも』


そう言われるうちに俺も認めたくない事実にジワジワ気付かされていく。


『 3 月 末 の今、 良 い 物 件 が 見 つ か る と 良 い で す ね ぇ 』


鼻の奥につーんとしたものがこみ上げてくる。

勿論そうだ、入学式まで一週間もないのに今から部屋を探していられるわけがない。

引越し費用だってかかる。

でも、それより何より…。

親から12ヶ月分36万受け取ってしまってることがやばい。

浮いた金でソファや小洒落たティーセットなんかに使ってしまっている。


『あ、遅れましたが大学ご入学おめでとうございますー。それではー。』


最悪だ、俺の新生活は最悪だ。


『大体平均2日ですね。最短は2分でヴァンパイアが出てきた人です。』


通話切ってないのかよ。


『いや、お客様より先に通話を切るのは接客業としてどうかと。』


なんでそこだけ常識的なんだよ。


『何ですか、常識的ではいけないと?

 お客様より先に切って、後で常識がない、と因縁つけるおつもりですか?

 モンスター・レジデント住人ですか?』


モンスターは今俺の目の前に居るよ!!


「すいません、自分モンスターじゃなくて守護竜なんですけど。」


知ったことかぁっ!!





「“扉”が閉じてると帰れないんです。」


“生命の宝珠”の守護竜ならなんとか人智を超えた名案が出ないのか?


「う~ん……、トラップの作り方なら詳しいんですけど。」


嫌なドラゴンだ。


「あ、でも侵入者には使わないですよ。個人的な趣味です。」


死ぬほどどうでもいい。

ドラゴンは再び目を伏せて唸る。

それを見てまぶたがあったこと、意外とまつげが長いことに感心してしまう。


「そんなに褒められたら恥ずかしいです。」


首を振って照れるな。





くねくねするドラゴンを尻目に、自分も水を一杯飲む。

時間はもう10時を過ぎている。妙に小腹が空いてきた。

冷蔵庫を開けると魚肉ソーセージ。

泣く子も黙る魚肉ソーセージ。

犬歯で金具の下を半分噛みちぎり、金具を甘噛みして……

ラインを一気に引き下ろす。

同時に手首を回してフィルムを一気に剥ぐ。

常人は3アクション使うところを俺は2アクションでこなす。


「…ちょっと格好いいですね」


……食べる?


「あ、頂きます。」


冷蔵庫からもう一本取り出してドラゴンの口元に持っていく。

噛め。


「だいぶ無茶言いますね。」


俺の目の黒いうちはこの「スパイラル・バイト」以外の食べ方は認めない。


「名前までついてる。」


ドラゴンが口を開ける。

下の歯の間に魚肉ソーセージを差し込み、上の歯でプツリと穴を開けさせる。

歯を立てさせたまま、しゅるりとフィルムを剥く。

どうだ?魚肉ソーセージは。


「魚肉ともソーセージとも違う味。」


だろう?

低価格、低脂肪、低カロリー、そして高タンパク。

泣く子も座り小便して馬鹿になる魚肉ソーセージ様だ。

臆病者は道をあけろ。


「言ってる意味はわからないけど、なんか癖になりそうな味ですね」



満足そうに咀嚼するドラゴンの目線が俺に向く。

もとい、俺の少し後ろに向く。

突如、ドラゴンの口が開き、正面にある俺のベッドが窓の方に吹き飛ぶ。

その後やってくる突風と轟音。

魚肉ソーセージの匂いがする。

生臭い。


「あ、あ、あ、違うんです。違うんです。」

「ちょっと驚いて大声出しちゃっただけです。わざとじゃないんです。」


わざと俺の部屋の家具を吹き飛ばしたんなら許さんわ。

殴る、魚肉ソーセージで、死ぬまで。


「待ってください、その後ろ!後ろをみて!」


飛天魚肉流抜刀術の構えのまま、言われる方向に目をやる。

流し台の近くに買ったばかりで置いといたサラダ油1Lが据え置かれている。


「あれ油ですよね?“扉”と首の間に垂らしたら抜けるんじゃないかなって。」


そんなハマった指輪を外す主婦の知恵みたいなものを語られても。


「でもでも!なんか抜けそうな感じはあるんですけど、キツキツに締め付けられてる感じがしてるんですよ。だからひょっとしたらイケるかなぁって。」


それなら俺が前から押しこんだらいけるんじゃないか?


「ちょっと待って下さい、無理やりは駄目ですよ!」


そーれ、どっこいしょー!どっこいしょー!

ドラゴンの鼻先に両手を当てて全力で踏ん張る。


「痛い痛い!首の骨すっごい圧迫されて痛いです!」


エン ヤーレン ソーラン ソーラン ソーラン ソーラン ソーラン


「メキって、メキって言いましたよ、今メキって言いました!」


沖のカモーメーに しおーどきー問えーばー わたしゃー……。


「アーーー!」


瞬間、俺の体がものすごい衝撃を受けて宙に舞う。

ドラゴンの口から出る空気の塊に吹き飛ばされる。

魚肉ソーセージの臭いがする。

生臭い。

そして一足先に窓に立てかけられたベッドで受け止められ、大事には至らなかった。

だが一瞬とはいえ、俺の体は制御できない レベルの加圧を受ける。

体中の筋繊維が破滅の音を立ててパンッと張り詰める。

想像してほしい。肉離れの、のた打ち回るような痛みを。

それが四肢、首の後、そして背筋等々に同時に起こった激痛を。



「ご、ごめんなさい。物凄く痛くて我慢できずに声が……」


いや、いい。もう、いい。

たしかに俺が悪かった、だから、いい。

もう大丈夫、だから、いい。俺、許す。


「そんな生まれたての子鹿みたいな姿勢で無理しないでください。

 しかも微妙にカタコトですし。」


生まれたての子鹿を馬鹿にするなよ、鹿だけど。

流し台までなんとか辿り着いてサラダ油1L(298円税込み)を手に取る。

“扉”の近くまで寄って、新品のサラダ油のフタを開ける。

ドラゴンの首と“扉”の境目のあたりにトプトプと油を垂らす。

大体行き渡る程まんべんなくかけたところで、袖をめくる。

パン、と大きく手を打ち鳴らし、“扉”の中に手を入れた。

確かにきつい。硬いゴムみたいな感触だ。

ドラゴンの首と“扉”の隙間に手を差し込んで油を塗りこむ。

どうだ?痛くないか?


「はい、大丈夫です。」


かゆいところございますか?


「はい、逆鱗のあたり……ってありませんから、守護竜には。」


ずに、ずに、と粘ついた音を立ててゴムのような質感の闇に油を塗りこむ。

あ、ちょっと柔らかくなってきた。


「手で温まったからですかね、昨日寒かったですし。」


そう聞くと手で擦ったりして盛んに温めてみようという気になる。

そっち寒いの?


「寒い、っていうか万年雪の山奥ですねー。」

「一応神殿の屋根の下ですけど、壁とか無いから吹きさらしです。」


それはきついな。俺冷え性だから絶対無理、そこ住めない。


「えー、家賃タダでいいですよ。ルームシェアします?」


無茶言うな、人と竜、どう足掻いても共存すること叶わぬ存在だ。


「なんでちょいちょい言うことが格好いいんですか。」


その後なんとなく無言のまま、油を闇ゴムと鱗の間に摺り込み続ける。

乾いてきたら更に追加して懸命に揉み込む。




しばらくすると、ドラゴンのほうからポツリと声が漏れる。


「なんか、本当にごめんなさい。」

「嬉しかったんです、久しぶりに人に会えるのが。」


額から汗が出てくる。30分はやっているだろうか。


「もう宝珠を求めてくる人とか全然来ないし、神様たちは配置換えの申請を聞いてく れないし。返事が千年単位で遅いんですよ……。」


痴呆老人もビックリだな。


「それで“扉”が久しぶりに出てきて……。嬉しかったんですよ。」

「でも、自分ドラゴンじゃないですか。絶対驚かれると思ったんです。」

「だから夜の間にこっそり覗いて、それで帰ろうって決めてたんです。」


首の下に潜り込んで下側の鱗にも油を塗りこむことにする。

聞いてるぞ、続けろ。


「でも、やっぱり顔見ちゃうとお話、したいな、って……。」

「声とか聞いたり、なんでもないような話したり、色々他愛もないこと……。」


独りぼっちは、寂しいもんな。


「はい……。それで、あれこれ迷ってる間に抜けなくなっちゃって。」

「結局迷惑かけてて……だから、ごめんなさい。」


……馬鹿だな。


「はい、馬鹿です……。でも、迷惑かけておいてこんなこと言うのも何ですけど。」

「今日のこと、自分、一生忘れません。すごく楽しかったです……。」

「ありがとうございました……。もう、二度と来ないので安心してください。」


首の下の闇ゴムも柔らかくなってきたので、もぞもぞと這い出てくる。

俺が馬鹿だと言ったのは、そんなことじゃない。

勝手に迷惑かけて謝って、勝手に終わらせるつもりなのを馬鹿だ、と言ったんだ。


「………。どういう意味、ですか?」


意味を聞くな、結果だけ聞け。

俺達の間に言葉はいらないはずだ。

俺たちは魚肉でつながった間柄、「ギョニ友」だろ?


「そこは略すんですね」


訂正、「魚肉ソーセージフレンド」だろ?

額の汗を腕で拭って精一杯のエエ顔をしてみせる。


「ありがとうございます……、ありがとうございます……。」


そしてお前がそれを拒んだところでお前はもう魚肉ソーセージの魅力にメロメロだ。

心が拒んでも体が魚肉ソーセージを食べたくてまたノコノコとやってくる。

それが魚肉ソーセージの刻印を受けたものの宿命なのだ。


「はい……。魚肉ソーセージ食べに、また来ていいですか?」


勿論。もし俺が寝てたら起こしてくれ。

こう見えても寝起きが悪いんだ。


「じゃあ、中くらいの声で呼びかけますね。」


ドラゴンの、いやケテルの目が細くなり、口から牙が覗く。

多分笑っているのだろう。いい顔するじゃないか。




「あー、すっごいスムーズですねー。」


俺のテクニックでとろけた闇ゴムが、ケテルが前後するに合わせて形を変える。

油で多少首がぬるつくだろうが、それは我慢ほしい。


「大丈夫ですよ、保湿効果高そうですし。」


ドラゴンが乾燥肌を気にするのか。異世界は深いな。


「それじゃあ、また来ますね。」


また、明日、かな?


「それはどうでしょうか。“扉”はあっちこっちに開きますから。」

「また自分のところに“扉”が開いた時は必ずきますから。」

「だから、それまで出て行かないでくださいね。」


さすがに次は20年後、だと厳しいが、善処するよ。

首はすでに“扉”の向こうに消え、頭部だけを残すケテルに冷蔵庫の中に残っている

魚肉ソーセージの残りを放り投げる。


「剥いてくれないんですね。」


口の中に収めたケテルが器用に返答する。

魚肉ソーセージフレンドなら一人で開けられるように努力してほしい。


「そんなご無体な。」


批難がましいことを言うわりに嬉しそうな声をあげるケテルはそのまま下がって

“扉”の闇の中にチャプン、と水音に近い音を立てて消えていった。

無音になった部屋。

ぐるりと見渡すとケテルの声で酷い有様になっている。

とりあえずベッドを床の上に安置して、テーブルの上から散乱したものを乱暴に

束ねて、元に戻す。床の上にペットボトルの中身が溢れなかったことが幸いだ。

外を見ると既に一面朱に染まっている。

不意に外から音楽が聞こえる。スピーカーと思しき音質で童謡が流れている。

そうか、この辺りは17時になると音楽が流れるのか。

なんだか突然日常が返ってきた気がして、不思議と笑いがこみ上げる。

異世界、いいじゃないか。

こんな体験、お金を払っても出来るもんじゃない。

ちょっと驚いたが案外気のいい奴ばかりなのだろう。

そう思うと一気に肩の力が抜けて、再び俺の胃袋が動き出す。

そうだ、魚肉ソーセージ一本食べたきり何も食べてないんだ。

妙に晴れ晴れとした気分の今、部屋に篭もる気になんてなれなかった。

散策がてら外食をしよう。

今日の良いことを思い出しながら楽しい食事をしよう。


そして帰りに魚肉ソーセージを買わなければ。


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