第145話 ハウスフォーファーの謀

「それで、どうするんです?」


 クウヤはハウスフォーファーに尋ねる。ハウスフォーファーは邪悪な笑みを浮かべる。


「多少面白い趣向があってね。付き合ってもらうよ」


 ハウスフォーファーはクウヤに『趣向』を説明する。クウヤはその説明を聞けば聞くほどハウスフォーファーに似た黒い笑みを浮かべる。


「なるほど、うまくいけば面白い趣向ですね。しかしうまくいくんですか?」


 クウヤの疑問にハウスフォーファーはこともなげに答える。


「うまくいくか可能性を尋ねるのではなく、どううまくやるか、方法を問うてください。世の中大抵はそのほうが建設的です」


 クウヤは何が一体『建設的』なのかはわからなかったがハウスフォーファーの言葉に成功を感じた。少なくとも、ハウスフォーファーに具体的な方法の腹案があることは確信した。


「とにかく仕掛け次第で成功するのかどうか決まります。そのあたりは任せてください。あとはクウヤ君の立ち回り次第。しっかり立ち回ってください。楽しませてもらいますよ」


 とハウスフォーファーはなお一層邪悪さを増した黒い笑みをクウヤに向ける。クウヤは苦笑いするだけだった。


「とにかく、細かい段取りは先生におまかせします。どうすればいいのか指示してください」


 クウヤはその場をまとめ、次の行動に移る。


――――☆――――☆――――


「お世話になりました」


 ルーはタナトスにそう言い、アジトを去る。当然ヒルデとエヴァンはルーに同行するがクウヤは別行動となった。


「なんでぇ、やっと釈放かよ……」


 輸送隊もルーたちの出発とともに釈放された。獣人たちから説明はなく、輸送隊の面々は事態の急展開に首を傾げながらも解放されたことに安堵している。


「……予め警告しておきます。このアジトのことを公にするならばそれ相応の報いを甘受せざるを得ない事態になることを覚えていてください」


 獣人たちのとりまとめ役のキツネ獣人は狡猾そうな細い目をさらに細め、輸送隊の面々に警告する。


「それは脅しかい?」


 虚勢を張りつつ隊長はキツネ獣人に突っかかるように答える。

 キツネ獣人はそんな隊長をせせら笑い、さげすんだ目で輸送隊を見る。


「脅し以外の何だと思うのです? ふ……間抜けな質問ですね。まぁいいです、警告を無視すれば身を持って体験することになるでしょうし……」


 キツネ獣人は隊長をみて、くくくと嘲笑する。


 隊長はいら立ちキツネ獣人に食ってかかろうとする隊員を宥めながら、キツネ獣人をにらみつける。


「おお、怖。人間はなんて野蛮なんでしょう。こちらがわざわざ温情で解放してあげたというのに……いやだ、いやだ」


 キツネ獣人は心底嫌そうに輸送隊に背を向けアジトの奥の暗闇へ消えていった。


「……大きなお世話でしょうけれど、彼らの言う通りにしておいた方が長生きできるわ」


 ルーは隊長に忠告する。隊長も頭では理解しているものの、獣人たちに対する差別心からかあからさまに納得していない不満顔を隠そうともしなかった。その顔は隊員たちも全く同様であった。隊長が宥めなければおそらく全員キツネ獣人もろとも全ての獣人たちを根絶やしにするべく、アジトを襲撃しかねない雰囲気だった。


「さぁ、行きましょう。長居は無用よ」


 ルーはリゾソレニアの民の頑迷な獣人たちに対する差別心にあきれつつ、アジトを後にした。


――――☆――――☆――――


 輸送隊は森の中をゆっくりとリゾソレニアの中心たる水晶宮へ移動している。当然、魔物に対する警戒をしていたがそれだけではなかった。獣人たちの襲撃は少なくとも水晶宮へたどり着くまではないはずだが、それでも警戒せずにはいられなかった。


 そうしていないと下等で下賤と信じてやまない存在に情けをかけられた屈辱感に気がふれてしまいそうだったからである。


 ルーたちも輸送隊の面々と変わらずさえない表情をしている。隊の陰鬱な雰囲気のせいだけではなかった。ハウスフォーファーの策に信頼がおけなかったからである。


 クウヤの話を信じればハウスフォーファーは手練の工作員らしい。しかし、謀略を好み、策を巡らせることに無上の喜びを感じているような雰囲気のせいで、素直に彼のことを信じることができなかった。謀略の駒として使われる自分の立場がその思いを強くする。


 万が一のとき、割りを食うのはいつも駒として使われる側であって、自分たちを駒として使う側ではないからである。


「……本当にうまくいくのかな?」


 ルーは誰に語るともなくつぶやく。


「とりあえず、クウヤくんを信じようよ。ね?」


 ルーの雰囲気を察したヒルデはハウスフォーファーではなく、ハウスフォーファーを推したクウヤを信じるよう提案する。そうしないと、ヒルデもルーもやりきれないからだった。


「……ふ。そうね、クウヤを信じましょう。そうよね……」


 ヒルデの気持ちをよく知るルーは彼女の言葉に同意する。そして自分の疑念をごまかすようにつぶやく。


 その姿に複雑な表情をしながらも、若干安心するヒルデ。


 二人とも薄氷を踏むような不安感の中なんとかこれからの行く末に希望を見き出そうとしていた。


「お嬢、あと少しで水晶宮でさぁ」


 隊長がルーに報告する。

 特にこともなく、リゾソレニアの領域に入り水晶宮まであと少しというところまでたどり着く。


「ふう……特に変わったことはなかったわね」


 ルーが安堵なため息を強くついた瞬間だった。


 突如、けたたましい轟音に包まれる輸送隊。行く手を阻むように地面が爆発した。


「どうしたのっ!?」


 その音にルーは反射的に身構える。


「どうやら、やっかいなお客さんがおいでなすったようですぜ、お嬢」


 当たりの様子をうかがいながら隊長はルーに警戒を促す。


 ルーは馬車の幌のかげから外をうかがった。はっきり姿をとらえることはできなかったが、鼻を衝く異臭と下品な鳴き声から魔物の襲撃と確信した。


「こんなところで襲ってくるなんて、なんていやらしい……」


 ルーは魔物が襲ってきたことに恨み言を漏らすが事態は急を告げている。


「とにかく、魔物を迎え撃たないと先へすすめないわ。みんないいわね」


 ルーはそう言うと馬車から飛び出す。ヒルデとエヴァンも外へ飛び出し、戦闘態勢をとる。


 外へ出ると、周囲の木々の暗がりから得体のしれない鳴き声が聞こえる。魔物の気配はするが姿をとらえることができない。


「まったく……面倒ね」


 ルーは弓を構え、姿をとらえられないことに恨み言を吐く。


「う……うわぁぁ!」


 姿の見えない敵の重圧に耐えかねた隊員の一人が狙いを定めず、でたらめに弓をうち始める。


 暗がりから、ヒキガエルを潰したような気持ちの悪い鳴き声が聞こえる。


 どうやら何匹か魔物を倒したようだ。


 それでも魔物の気配は減るどころかますます増えてくる。


「やっかいね、どんどん増えてきているわ」


 流石のルーも、どんどん増える魔物の気配に危機感を隠せない。


「どうする、ルー?」


 エヴァンは獲物を構えながら、どう行動すべきか尋ねる。エヴァンの顔にも不安の色が現れている。


「この暗がりで安易に森へ入り込むとこっちが各個撃破されるわ。当面守りを固める以外に手はないようね」


 周囲の木々の暗がりから、風を切りながら飛び出してきた。


「ぐぇ……」


 隊員の一人に命中する。隊員の肩に短い槍状のモノが刺っている。その隊員は肩を押さえ、しゃがみ込む。


「どこから……?」


 いまだ、はっきりと敵の位置を掴めないルーに焦りの色がはしる。


「今引き抜いてはだめです。そのまま固定して、馬車の中で治療して」


 ヒルデが撃たれた隊員に指示し、馬車の中へ待避させている。


 また、暗がりから槍が飛んでくる。今度は単発ではない。複数の槍が微妙に角度を変えて飛んでくる。


 エヴァンが自分の愛剣を振り回し、飛んでくる槍を防ぐ。


「まったく、これじゃジリ貧だ! 何とかならんのか」


 エヴァンがいやらしい角度から飛んでくる槍を防ぎながら、誰に言うともなく叫ぶ。


「耐えなさい!」


 ルーがエヴァンを一喝する。エヴァンは舌打ちするが、目の前の脅威に集中する。


 エヴァンは半ばやけくそになって、飛んでくるモノを打ち払っている。


 ヒルデもエヴァンを援護し、魔法を発動させているが疲れの色は隠しようがなかった。


「……でも、このままじゃ持たない。クウヤが来てくれれば……」


 ルーも内心、限界に達していた。四方八方から襲われる感覚は歴戦の戦士でも長時間持つものではない。目の前の攻撃をしのいでも、あらぬ方向から攻撃される恐怖感。一時も気を抜くことのできない張りつめた緊張感。そのどれも、年端のいかぬ少女には過剰な重圧として押しつぶそうとしている。


(誰か……たすけて!)


 ルーは一瞬の隙をつかれ、槍が肩を掠る。思わずその場に倒れこむ。


 実際の傷の痛みより、隙をつかれたことに驚くとともに自身の限界を感じた。


「ルー! 大丈夫か」

「るーちゃん、立って!」


 エヴァンとヒルデもルーの危機を察知したが動くに動けない。彼らも周囲からの脅威と闘わなければならなかった。


 なおも攻撃は止まず、どんどん追い込まれていくルーたち。


 もうだめかそう諦めかけたとき、大音響とともに馬車の周囲が爆炎に包まれた。


 突如起きたことに呆然とするルーたち。


「よう、楽しんでいるようだな」


 爆炎を背に、黒ずくめの戦士が突如現れた。クウヤである。

 炎を背に歩く姿は地獄の獄卒のように禍々しい雰囲気を持っていたが、ルーの目には違って見えていた。


 ルーはその姿をまじまじと見る。


「……もう。遅すぎる!」


 ルーは怒ったような口調だが目には涙をいっぱい貯めている。


「ま、主役は派手に現れないとな」


 愛剣を肩におどけてみせる。


「そんなことやっている場合か! 何とかしろ。周りにゃ敵だらけだぞ」


 エヴァンがルーとのやり取りにじれて突っ込む。


「さて、さて……」


 クウヤは愛剣を地面に突き刺し、詠唱を始める。


「一気にけりを付ける! 『来たれ、地獄の黒炎』」


 クウヤを中心に魔法陣が形成され、ルーたちを包み込む。魔法陣の外側に黒い炎の壁が形成され、高くそびえたった。


「ふんっ」


 クウヤが気合を入れると黒炎の壁は一気に拡大し周囲を焼き尽くしながら拡大していく。黒炎の壁が通り過ぎると魔物の断末魔と黒焦げの塊が残されていた。


 黒い炎の壁は遠くになると次第に薄くなり、消えていく。


 クウヤたちを中心に円形の焼け野原を残して、辺りが静まり返った。森の木々の焼け残った残骸の合間に炭化した魔物の死骸が横たわる。

 

「……とりあえず、終わったみたいだな。大丈夫かみんな?」


 構えをとき、クウヤはルーたちに話しかける。ルーたちはゆっくりクウヤのところへ集まった。


 輸送隊の面々がクウヤたちを遠巻きに見ている。


「……あんた、もしかして噂になっている黒い戦士かい?」


 隊長が輸送隊を代表してクウヤに尋ねる。


「さぁね。そんなことはどうでもいいことなんでね」


 クウヤは隊長の質問にまともに答えなかった。


「それよりも、上皇様から賜ったという許可証が無事だったんだぜ。そのことを忘れないでほしいな」


 クウヤの言葉にハッとする隊長たち。彼らリゾソレニアの民は常にヴェリタの信徒であらねばならず、そのヴェリタを束ねる上皇の存在は絶対だった。その絶対の存在から与えられたものの当然のごとく絶対のものだった。


 許可証を下賜されたルーたちが無傷でいるということは間接的に絶対的な存在を守ったことになる。少なくともヴェリタの民の理屈ではそう以外は考えられなかった。


「なるほど。リゾソレニアの民として感謝申し上げます。まもなく水晶宮です。御同行願います」


 恭しく隊長は感謝の念を述べ、水晶宮までの同行をクウヤに申し出た。


 クウヤとしても狙い通りだったので否応もなかった。


 クウヤたちはそのまま水晶宮へ向かう。


 そんなクウヤたちを魔物の残骸の陰から見つめる存在があった。


 ハウスフォーファーその人だ。


「ここまで段取りしたのだからうまくやれよ、クウヤ君」


 ハウスフォーファーは踵を返しいずこかへ消えていった。

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