第146話 波間に消える

輸送隊は水晶宮を取り囲むように造られたリゾソレニアの首都といううべき中心都市ヌクロース・リゾソレニアに到着した。


 水晶宮の外縁都市の建物の壁は黒く、日の光を浴びて光り輝く水晶宮の影のようにも見えた。外縁都市の外側はやや無骨な灰色の石材を積み上げて造られた城壁となっており、きらびやかな水晶宮をさらに際立たせている。


 外周の壁には街から外へ向かう街道のところに関所兼砦となっており厳重な警備体制がひかれている。


 輸送隊はの一つの関所へ向かう。関所でもクウヤの魔法攻撃を確認しており、巨大な門扉を厳重に閉め、外からの脅威に備えていた。


「インマンへの輸送任務完了し、ただいま帰還した! 門を開けられたい」


 門の前に隊長が砦に向かって叫ぶ。


「輸送隊の証を掲げよ!」


 関所から大声で返答がある。


 隊長は懐から、身分証明代わりのメダリオンを取り出し、頭上に高く掲げる。


 関所の見張り台から一条の光が隊長のメダリオンに向けて照射される。その光がメダリオンに当たるとメダリオンは青白く光を放つ。


 その光に反応するように関所の門が軋みを上げ開き始めた。


 完全に開き切ったのを確認した隊長は輸送隊に合図をだし、門の中へ進んでいった。


 輸送隊が完全に街の中に入ると門が閉められた。


「……やっと到着ってことね」


 ルーが胸を撫でおろそうとしたとき、輸送隊を関所を守る衛兵たちが取り囲む。


「何? 何か問題でも?」


 ルーたちは馬車の中で事態の急変を見守るしかなかった。


「馬車にのっているものも全員降りろ」


 衛兵は高飛車に命令する。衛兵は輸送隊の馬車を取り囲み、槍を構え今にも輸送隊を攻撃し始めるような雰囲気を醸し出している。


 仕方なくルーたち全員馬車から降り、衛兵の前に並んだ。


「そこの戦士、ちょっと話を聞かせてもらおうか」


 相変わらず高飛車な態度で命令し、クウヤを一人連れて行こうとする。


「ちょっと待ってください」


 ルーは徐に許可証をとりだし、衛兵の兵長を睨む。


「少なくともこれを持っている以上、状況の説明はしてもらわないといけないですね。私たちは畏れ多くも上皇猊下のもとへ急いでいる途中です。この意味はお分かりですね?」


 そう言ってルーは兵長にすごむ。予想していなかった許可証の登場に兵長は明らかに動揺している。 


「……し、失礼いたしました。畏れ多くも上皇猊下のおわすヌクロース・リゾソレニアの近郊で大規模な魔法による破壊の兆候を関知しましたので警戒を厳にしておりました」


 兵長は敬礼もそこそこルーに説明を始めた。その説明によると大規模な魔法による火柱を見張りが見て、何者かの襲撃の可能性があると街の出入りを厳しくしていたところにルーたちの輸送隊がやってきたため、取り調べたとのこと。


「まさか猊下ゆかりの方とはつゆしらず、大変失礼いたしました」


 ルーはダメ押しとばかりに兵長へ圧力をかける。


「では、猊下のもとへ向かっても構わないですよね?」


 ルーの圧に押されながらも、兵長もわずかながらに抵抗する。


「はっ……ですが……」


 ルーは兵長の抵抗にいら立ちを隠し切れない。


「ですが……? 何か?」


 恐る恐る兵長は自分の懸念を口にした。


「失礼ながらこちらの戦士は件の戦士の特徴に……」


 ルーは兵長の言葉が終わるか終わらないかのタイミングで兵長にとどめの言葉を投げつける。


「猊下の許可証を護った戦士に失礼では? それとも許可証を下賜された私たちを猊下のもとへ行かせない特別な権限をお持ちとでも?」


 そこまで言われては単なる現場責任者の兵長には抗弁しようもなかった。当然ルーの圧勝となり、兵長はルーの言いなりになる。


「はっ! 失礼いたしました! どうぞお通りください」


 おもちゃの兵士のようにぎくしゃくした敬礼でようやくルーたちの通過を認める。


 輸送隊は関所を離れ街の中心にある水晶宮へ向かって出発した。しばらく街並みを進むと市場が開かれる広場についた。


「さて、お嬢。我々はこのへんで……」


 隊長がそう切り出した。輸送隊はここでルーたちと別れるというのだ。


「そう。御苦労様。水晶宮へは私たちだけで行きます」


 ルーたちは隊と軽く挨拶し、そこで別れた。


「結構世話になったんだろ? そんなあっさり行かせてもいいのか?」


 クウヤがルーに尋ねる。


「いいのよ。いまごろ胸を撫でおろしているわ、あの人たち。私たち、相当厄介な乗客でしたからね」


 ルーは去っていく輸送隊を見送りながら思い出し笑いしている。


「ま、それならいいけど。行くか」


 クウヤは仲間たちと水晶宮へ向かう。


――――☆――――☆――――


「相変わらず、無駄に荘厳な建物……暗い部分を光で隠しているようだな」


 クウヤが珍しく毒づく。クウヤたちは水晶宮の前に到達した。目の前の水晶宮はクウヤの言う通りこの国の暗部をその贅を尽くした光り輝く装飾で覆い隠すかのように光り輝いていた.。


「……さてさて、例のあの人と面会と参りますか」


 クウヤは大きくため息をついて、水晶宮の入口へ近づいた。


「何者であるか? ここはディノブリオン上皇猊下のおわす水晶宮である。許可のないものは立ち去れ」


 入口の衛兵たちは槍を構え、クウヤたちを威嚇する。


 クウヤは傍らにいるルーへ目配せした。ルーは懐から許可証を取り出す。


「上皇猊下の命により、辺境地域の治安を乱す輩について調べてまいりました。どうか猊下との謁見をお許しください」


 ルーは衛兵たちの面前に許可証を突きつけるように見せ、水晶宮へ入る許可を求めた。形式的には衛兵に許可を求めている形ではあるが、上皇の許可証を面前に突きつけられて拒否できる衛兵はこの国にはいない。


「お……お役目ご苦労様でした。どうぞお通りください」


 最初クウヤたちを威嚇した威勢はどこへやら、急にクウヤたちの言いなりになる衛兵たち。クウヤたちは衛兵を尻目に水晶宮へ入っていった。


 衛兵たちはクウヤたちの通過を疑いの目で見送るしかできることはなかった。


「さて大タヌキとご対面だ」


 クウヤたちは水晶宮奥深く、謁見の間に通された。


「上皇猊下のお出ましです」


 近習の声にクウヤたちはとりあえず跪く。


「ルーシディティ公女、良く戻ったな。して任務は果たしたのか」


 さして関心を示していないように抑揚のない声でルーに聞く。ルーは特にディノブリオンの対応を気にせず、淡々と述べる。


「はい。例の噂は単なる噂でした。猊下の御代を乱すような輩は存在しません」


 慇懃にルーは答える。その答えにディノブリオンは眉をわずかにしかめる。


「そうか、それは重畳。ところでそこの戦士は?」


 ディノブリオンはクウヤを指差し、ルーに尋ねる。


「彼は私たちの仲間です。この聖都に到着する寸前、猊下から賜った許可証を守ることに尽力した功労者です」


 ルーはひざまずき恭しく答える。ディノブリオンはさして関心を持っていない様子で鷹揚にうなずくだけだった。


「それはご苦労だった。何か褒美をださねばならんな。何がよい? 言ってみろ」


 ディノブリオンは機械的にルーに聞いた。ルーは少し間を開ける。

 さしてルーに興味を示さなかったディノブリオンがルーのほうを一瞥する。


「……ならば猊下、ここにいる仲間全員での出国とマグナラクシアへの帰還をお認めください」


「ほう……これはずいぶんと控えめな褒美じゃのぉ」


 ディノブリオンはルーを蔑む目で見る。しかしルーはまるで動じない。

「もちろんですわ。猊下のおわす神聖な国土を移動できただけでも僥倖、そのうえ猊下と拝謁賜り、過分な褒美は失礼と存じます。我らの望みは猊下の神聖なる国土からの速やかな退去にあります」


 ルーはこれ以上ないかと思えるぐらいの美辞麗句を並べ立たて、慇懃に一礼した。ディノブリオンはこのルーのふるまいに自尊心を満足させられたのか目をを細め、満足そうな顔をみせる。


「ふ……そのぐらいささやかな望みならかなえてやろう。案ずることはない、出国に関しては望み通りにするがよい」


 ディノブリオンは言うことを言ってルーへの関心を失ったのか急に話題を変える。


「……ところで、許可証を守ったという戦士はそこのものか?」


 クウヤのほうを見ながらルーに尋ねる。ルーは無言で首肯する。


「ほほう……お前はどこかで見たことあるような……」


 ディノブリオンは目を凝らしクウヤを見つめる。


「ふふ……面白いのう」


 ディノブリオンはクウヤを見つめ侮蔑の笑みを浮かべている。


 クウヤは何も言わず膝をつきうつむいている。


「……敗残の兵は語らず……ということか? ん?」


 ディノブリオンは明らかに目の前の戦士がクウヤと分かったうえで挑発的な言葉を投げかけている。


 ディノブリオンは侮蔑の言葉を投げつけても反応しないクウヤにさらに蔑む視線を浴びせ、醜い笑みを浮かべている。


「……ふぉっふぉっふぉ。かつての英雄も堕ちれば憐れなものよのう。みなかつての英雄をわろうてやれ。はっはっは」


 ディノブリオンと彼の近習との侮蔑と嘲笑の合唱が謁見室に響き渡る。


 あからさまなディノブリオンのクウヤへの侮辱にエヴァンがディノブリオンへ殴りかかろうと身体を動かそうとする。しかしそれは止められた。


 エヴァンが振り返るとクウヤがエヴァンを止めている。クウヤはさすような視線でエヴァンをみてゆっくりと小さく首を横に振った。


 エヴァンは拳を握りしめ、友への侮辱に耐えた。


「……まぁ、よい。お前たちの役目は終わった。言葉通り早々にこの国から立ち去るがよい」


 クウヤ一行はディノブリオンに一礼し、謁見室を立ち去った。


 謁見室に残った近習がディノブリオンにささやく。


「よろしいので? 大魔皇帝側の要求は彼奴目きゃつめの抹殺だったのでは……?」


 近習の言葉にディノブリオンは黒い笑みを浮かべる。


「なに、功あるものには褒美を与えねばワシの沽券こけんにかかわる。彼奴らの望みが『この国からの退去』なのだからその望みは叶えてやらねばな。その後は……わかるだろう?」


「……なるほど。そういことですか。わかりました。早々に退去するよう手配します」


 ディノブリオンの言葉にしない意図を悟った近習は恭しく一礼し、ディノブリオンの下を去っていく。


「ふふふ……まだまだ子供よのう、彼奴は。ふふふふ……」


 謁見室にディノブリオンの侮蔑の笑いが響いた。


――――☆――――☆――――


 クウヤたちは港へ向かっていた。


「ったく、なんなんだよ、あの生臭は!」


 エヴァンはディノブリオンの侮辱がよほど腹に据えかねたのか、水晶宮を離れても不満を漏らし続けていた。


「エヴァンくんの気持ちは分かるわ。私もあんなに腹が立ったことないもん」


 めずらしくヒルデがエヴァンと同じように不満を漏らしている。


「ま、あのオッサンにはせいぜいぬか喜びさせておけばいいさ。これから楽しくなるんだしな」


 当の本人であるクウヤは飄々としており、ディノブリオンの侮辱がまるで無かったかのように振舞っている。


「さて、マグナラクシア行きの船に乗ってこの国からさっさとおさらばしようぜ」


 クウヤはそう言って先を歩きだした。


 ふ頭つくとハウスフォーファーがいた。


「先生、終わりましたよ」


 クウヤはハウスフォーファーに声をかける。ハウスフォーファーも手を上げ応える。


「さ、この国での用事はすんだようだな。向こうにマグナラクシアラクシア行の船を用意してある。早速乗り込むといい」


 ハウスフォーファーはそういって桟橋に横付けしているとある船に案内した。


「な……なんじゃこの船は……」


 エヴァンはハウスフォーファーに案内された船を見て絶句する。


 目の前にあった船はつぎはぎだらけで、およそ外洋の航海が可能とは思えないような老朽船だった。


「ははは、ま、乗った乗った。心配しなくてもこの船でマグナラクシアまで一直線さ」


 白い歯を光らせながら、ハウスフォーファーは屈託なく笑った。


「……先生でなったかったら、殴り飛ばすレベルだな……」


 エヴァンはがっくりと肩を落とし、ぼろ船に乗り込んだ。


 クウヤたちが乗り込んでまもなく、ぼろ船は港を離れた。


 ぼろ船は波に翻弄されながらも、順調にリゾソレニアから離れ、一路マグナラクシアを目指す。


「っ!」


 どこからともなく現れた砲船がクウヤたちの乗る船を砲撃した。クウヤたちの船は航路を右に左にとり砲撃をギリギリのところで交わす。


 しかし、ぼろ船では限界があった。


 ついにぼろ船はバラバラになり波間へ消えていった。


「目標撃沈。これより帰投する」


 砲撃を行った船の船長は加盟する。船長の後ろに控えていた人影が船長に尋ねる。


「船長、やったのか?」


 声をかけたのはディノブリオンのあの近習だった。

 

 船長はうなずくが不満顔だった。


「あんなぼろ船、砲撃しなくても追いかけまわすだけで自壊しましたぜ?」


 船長は近習に「なんて無駄なことを」と言いたげな口調で尋ねる。


 近習は片方の眉を上げ、船長に告げた。


「……上皇猊下の思し召しだ。ただしこのことは口外禁止だ」


 冷たく言い放つ近習。その雰囲気に息をのむ船長。


「わ……わかりました。このことは墓場まで持っていきます」


 その言葉に満足したのか近習は船長から離れていった。


「まったく……わけがわからない。嫌な仕事だぜ……」


 砲撃を行った船はリゾソレニアへの帰途についた。


 その海域にはぼろ船だった木切れが波間にただよっていただけだった。

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