第144話 再会そして……
ルーは未だに目の前の光景に半信半疑だった。
確かに恋いこがれまちのぞんだ光景ではあった。だからこそ、あまりにもあっさり現実のものになると、どことなく疑いの目を持たずにはいられなかった。
彼女の経験上、あまりにあっさりと望むものが手に入ると必ず手痛い代償を支払わされてきた。その恐怖感が目の前の光景を全面的に受け入れることができなかった。
クウヤはルーに微笑みかける。ルーから見ると待ち望んだ笑みであったが、いざ実際に目の前に現れると簡単には受け入れられなかった。
「……本当にクウヤなんですね?」
ルーは念を押す。クウヤは笑みを絶やさずうなずく。
「本当に……本当にクウヤなんですね?」
ルーの再三の確認に流石のクウヤも苦笑いする。
「俺は俺だ。それ以上のものでもそれ以下のものでもないよ」
クウヤはルーに少し意地の悪い笑みを浮かべ、答えた。
「……まったく貴方って人は」
ルーはクウヤの意地の悪い笑みに呆れながらどことなく嬉しそうにつぶやいた。
「お帰りなさい……」
ルーはクウヤの手を取り、静かに話す。クウヤもルーの手を握りしめ、彼女の目をじっと見つめる。
「……なんかすまんな。俺がいない間にいろいろあったみたいで」
その場の雰囲気にテレが出たのかクウヤは謝罪する。ルーは首を振る。
「謝罪なんていりません。この埋め合わせはどこかできっちりしてもらいます」
ルーが小悪魔的な笑みを浮かべる。クウヤはその笑みに何か黒い意図を感じ、身体を震わせた。
「ところで……どうなんだ……?」
クウヤがその場の空気を変えようと話題を変える。
「どうなんだとは……なんのことでしょう?」
ルーは多少不満げにクウヤへ聞き返した。
「あーなんだ……世界情勢がどうなった……とか」
クウヤは不満げなルーの機嫌をできるだけ損ねないようにと気を使い恐る恐る聞いた。
「はぁ……間違いなく、貴方は貴方ですね……」
ルーは半目でクウヤを睨みつつため息をついた。
「仕方ないですね。貴方と別れてから――」
ルーはかいつまんでクウヤに世界情勢説明した。
世界情勢を高みの見物を決め込み、ひたすら利益確保に腐心するカウティカ、宰相たる公爵がいなくなり、内政の実務者の不在から身動きの取れない帝国、上皇ディノブリオンの反乱より、大魔皇帝側にすり寄り始めたリゾソレニア、それらの国々を統制する求心力を失い迷走するマグナラクシアなど、もはや人類が協調して大魔皇帝に当たることなど事実上不可能になった惨状をルーはクウヤに話した。
クウヤは静かに聞いてはいたが次第に両手の拳が強く握られ、ベッドのシーツのしわが次第に深くなっていった。
「はぁ……惨憺たる状況だな。それでも……何もしないわけにはいかない。どうしたものか……」
クウヤはため息をつきながらも頭をひねる。
「まずはこの国、リゾソレニアからの脱出ね」
ルーはまっすぐクウヤの目を見て、断言する。クウヤもうなずいた。
クウヤとルーがそんな話をしていた時、ふいに治療室へはいってきた者たちがいた。
「よう、二人とも」
クウヤが何気なく手を上げ挨拶する。
「クウヤ……くん……?」
ヒルデは目を見開いてクウヤを見る。
「クウヤ……おまえ……元に戻ったのか?」
エヴァンも驚きのあまり、ヒルデと同じく目を見開き、クウヤをみた。
「ルーちゃん、クウヤくんは大丈夫なの?」
驚きで多少混乱したヒルデはルーに確認する。
「ええ。前のクウヤに戻ったという意味では大丈夫です」
何か含みのある言い回しでルーは答えた。その表情は何かいたずらを仕掛けた子供ような笑みを浮かべていた。
「……ルーさんや、何か引っかかる言い回しなんですけど。もうすっかり大丈夫なんですけどね」
クウヤはルーの笑みに嫌な予感がしたため、ルーに一言言わずにはいられなかった。
「あら、クウヤにしては察しのいい……記憶をなくす前のクウヤには戻ったという意味では大丈夫と言いましたが……ふふ……今日のところは回復祝いにこのぐらいにしておきましょう」
ルーは手を口に当て含み笑いし、流し目でクウヤを見た。クウヤは頭を抱えるしかなかった。
「ふふ……やっぱり元のクウヤくんに戻ったみたいですね。よかった」
ヒルデは前のようなクウヤとルーのやり取りを見て、目に溢れるものをぬぐいながら微笑む。
エヴァンもクウヤとルーの様子に安心したように笑う。
しばらく、四人で他愛のない話に興じ、久しぶりに穏やかな時間を四人で過ごした。
「おやおや、ずいぶんと和やかな雰囲気ですね」
歓談する四人の下へ現れたのはタナトスである。
「ああタナトスさん、ご迷惑をおかけしてます」
クウヤはタナトスに挨拶する。
「おやクウヤ殿、そのようだと……」
タナトスはクウヤの様子に納得したような顔になる。
「ええ、まぁ。全快と言えるかどうかまだ分りませんが……とにかく大丈夫になりました」
クウヤは恐縮しながらタナトスへ礼を述べる。
「その様子だと、全快と判断しても問題ないでしょう。これで貴方たちの問題は解決ですね」
タナトスはそういったが四人はうなずかなかった。特にルーは俯き、タナトスの言葉を沈黙否定していた。
「何か問題でも?」
タナトスは四人に聞く。四人を代表してルーが答えた。
「クウヤと合流できたのは良かったのですが、次はこの国からいかに脱出するかです、問題なのは……」
ルーは言葉を途中で切り、タナトスの反応を見ている。
「それで……私が何かできると?」
タナトスはややぶっきらぼうにルーに返す。
「タナトスさんにはいろいろお世話になったけれど、お世話になったついでに精一杯お世話になろうかと」
クウヤがタナトスとルーの会話に割って入る。クウヤは意味ありげな笑みを浮かべ、タナトスの反応を待つ。タナトスは困った顔をして、フッと破顔した。
「仕方のない人ですね。私に何ができるというんです?」
「とりあえず、秘密裏に国外逃亡を手助けしてくれる人を紹介してくださいな」
クウヤはかなり無茶なお願いをあっさり口にする。それを聞いたタナトスも予想の範囲内だったのかたいして驚きもしなった。
一度、小さくため息をつくタナトス。少し間をおいて、クウヤの申し出を引き受ける。
「確かにお世話になった人はいますが……わかりました。一度連絡してみましょう。ただし神出鬼没の方なのですぐに会えると限りませんよ」
クウヤはタナトスに「それで構わない」と言って承諾した。タナトスはそのまますぐに治療室を出て行った。
「……大丈夫なのか? あの人にそのスジの人とつながりがあるようには見えないけど」
エヴァンがクウヤに耳打ちするように聞いた。
「さぁ? たぶんだけれど、俺たちが知っている人が絡んでくると思うよ」
クウヤは思わせぶりな笑みを浮かべた。
「あ……あの人ね」
ルーはなんとなくクウヤの思い浮かべている人物が想像できた。
「ま、答え合わせはすぐにできるんじゃないの?」
クウヤは先に起きることを予想済みの様子だった。
――☆――☆――
体調の回復したクウヤは仲間たちと周辺の森で魔物狩りにいそしみ、リハビリに努めた。
そうこうしているうちに数日が経ち、タナトスに呼び出される。
粗末ながらも、タナトスは自室を持っていた。ここがタナトスの居室であり執務室として機能しているようだった。
部屋に入ってきたクウヤたちににこやかに挨拶するタナトス。
「先日の約束、果たせる時が来ました」
タナトスはそういって、部屋にいた壮年の男性を紹介する。
「クウヤ殿は分らないけれど、他の皆様は面識がありますよね?」
タナトスに紹介されたのはハウスフォーファーだった。クウヤを除く三人はマグナラクシアからリゾソレニアへ向かう船内の出来事を思い出していた。
「やっぱりね」
ルーはハウスフォーファーの顔を見たとたんつぶやく。途端にルーはハウスフォーファーを値踏みするように見つめる。
「いやいや、どうやら任務を果たしたようで何よりです」
にこやかにハウスフォーファーはクウヤたちに挨拶する。一見しただけでは人のいい壮年の男性にしか見えなかった。遠巻きにハウスフォーファーを見ている四人の中からクウヤが一歩踏み出す。
「ハウスフォーファー先生……とお呼びするべきでしょうか?」
クウヤは開口一番、ハウスフォーファーに語りかける。
「君がそれで構わないならばそれでいいよ、クウヤ君」
笑みを絶やさずハウスフォーファーは答える。
「おや? クウヤ殿とお知り合いで?」
タナトスはハウスフォーファーに尋ねる。
「ええ。実は彼はリクドーにいたときの教え子でね」
ハウスフォーファーは答える。タナトスは少し身を乗り出してハウスフォーファーの話を聞いている。
「教え子としてはかなり優秀な子でね。将来は帝国の施政官にもなれると期待していたのですが。まさかこんなふうになるなんて思いも寄りませんでした」
ハウスフォーファーとタナトスはクウヤをダシに昔話を始めようとする。
「昔話はまたの機会に。早速お願いしたいことがあるのですが」
ルーはハウスフォーファーたちの話を断ち切るように切り出す。ハウスフォーファーはルーのほうを向く。
「……だいたいの予想はついていますが、用件とは?」
ハウスフォーファーはルーに尋ねる。ルーはひと呼吸おいて、用件を切り出した。
「この国から脱出し、マグナラクシアへ行く手引きをしてほしい」
ルーは言葉を飾ることもなく、単刀直入にお願いする。するとさっきまで人当たりのいい笑みを浮かべていたハウスフォーファーの表情が変わった。
「なるほど……用件は分りましたが……」
ハウスフォーファーは言いよどみ、アゴに手を当て考える仕草をする。
「何か問題でも?」
ルーはハウスフォーファーの仕草に疑問を感じ、尋ねる。芝居がかった言い回しでハウスフォーファーが説明しだす。
「一人二人ならばなんとかなりましょう。しかし四人ともなると……」
部屋のなかを少し歩き回り、深刻な表情をするハウスフォーファー。
「ごまかしがきかないと……?」
ルーは恐る恐るハウスフォーファーに確認する。
「ま、そんなところです」
ご名答とルーに答えるハウスフォーファー。相変わらず芝居がかった振る舞いをやめない。
「とはいえ、マグナラクシアには『火種と火消し』がいるでしょう。先生ならつなぎがあるんじゃないですか?」
クウヤがハウスフォーファーに黒い笑みを浮かべ尋ねる。ハウスフォーファーは苦笑いする。
「クウヤ君に隠しても仕方がないですが……確かにつなぎを取ることは可能ですね」
「……クウヤよう、『火種と火消し』ってなんだ?」
クウヤとハウスフォーファーとの会話についていけなくなったエヴァンがクウヤに尋ねる。
「簡単に言えば、マグナラクシアの諜報謀略部隊のことさ」
そう言って、国々の裏を知るクウヤは両手を広げ首を振り、国々の現実に嫌悪感を示す。
マグナラクシアの『火種と火消し』の活動を知れば各国の諜報謀略活動についても望まないことまで知ってしまう。
どの国も自国の権益と存続のためには手段を選ばないことを肌身で知っているクウヤであった。
「え……? マグナラクシアも裏で色々やっていたのか?」
国家間のやり取りについて関わりのなかったエヴァンは驚きを隠さなかった。
「まあな。諜報謀略なんて表ざたにしないだけでどこの国もやっていることだ。帝国だって、リゾソレニアだって……どの国も多かれ少なかれ何らかの諜報謀略活動に手を染めている。……当然カウティカもね」
一番最後にカウティカに触れたとき、ルーとヒルデは一瞬身震いする。まさに彼女たちがクウヤに隠れてしていることがカウティカの諜報謀略活動の一部だったからだ。
「さてさて、国家間の一般的な関係論の講義は以上かな、クウヤ君。そんなことよりもっと重要度の高いことがあるんじゃないか?」
ハウスフォーファーが脱線した話をもとに戻す。
「ええ、そうでした。とにかくマグナラクシアまでの渡航を手配してもらえませんか?」
クウヤは改めてハウスフォーファーに頼む。
「かつての教え子たっての願いとあれば無下にはできません。分りました。少し時間はもらいますが何とかしましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます