第138話 暗がりの襲撃

 ルーたちは市場にいた。インマン行の輸送隊を探すためだ。

 

 ルーたちならば徒歩でも国境を目指すことはできた。しかしリゾソレニアという特殊な国の排外的な雰囲気を考えると、徒歩では住民と出会う可能性が高く、できるだけこの国の民との接触は避けるために他の手段を探さなければならなかった。


 それに徒歩で国境を目指すよりも馬車を使うほうが早いとの考えからでもあった。


 ルーたちが先を急ぐのは排外的なこの国からできるだけ早く立ち去りたいという気持ちがあるからだけでなく、噂の戦士がクウヤならば早く合流したい気持ちがそういう選択をさせた。


「なかなか見つからないね」


 ヒルデが半ばあきらめたようにため息をつく。


「ま、しょうがない。魔物がうようよするようなところへ行くなんて半分死にに行くようなものだしね」


 エヴァンがヒルデを慰めるように相槌をうつ。


 魔物の襲撃が始まって以来、国境との定期的な往来は途絶えてしまった。なので定期便となっている隊商キャラバンは期待できない。あるとすれば突発的な依頼による隊商か守備隊に対する補給だけだった。


「さて、どうしますかねルーさんや。インマンへ行くような隊商はないみたいだけど」


 エヴァンが茶化すようにルーに尋ねる。


「何も、隊商だけが移動手段ではないわ……そうだ、輸送隊でも探しましょう」


 隊商が途絶えたとしても、国境警備等の関係で守備兵などへの補給は定期的に行われているはずだった。ルーはその可能性にかける。


「とにかく、インマンへ向かう輸送隊を見つけないと。愚痴る暇はないわよ」


 ルーは他の二人に発破をかける。ルーは少し目を血走らせ、辺りをにらみながらインマン行きの手段について情報を探す。


 鬼気迫るその様子にヒルデですら、若干ひいた。


 鬼気迫るルーに恐れをなしたのか、市場の警備をしている衛士の一人がインマン行きの輸送隊の情報をもらした。ルーは脇目も振らず、その輸送隊の隊長を探す。しばらく探し回ると街を守る門の近くに愚連隊のような一団を見つける。


 ルーはその中で一番偉そうな人物に話しけ事情を説明する。


「で? なんでアンタらを運ばないといけないわけ?」


 タバコ煙管を加えた貧相な中年オヤジの隊長が心底嫌そうにルーに答える。あまりにも邪険な対応に内心腸はらわたが煮えくり返る思いを飲み込み、ルーは下手にでてお願いする。


「……そこをなんとかお願いします。我々は急ぎインマンへ行かなければならないのです」


「はっ! こっちは魔物の襲撃で余裕がないんでね。お願いするなら、他の隊にしな。お子様のお守りなんてやってられないんでね。それに最近野盗の類がうようよ湧いていて、アンタらみたいなお子様はいいカモだ。面倒なんか見きれない」


「……」


 けんもほろろの対応にルーは言葉がなかった。ルーはやむを得ず最終手段にうったえることにした。


「……なら、これでもだめですか?」


 おもむろに水晶宮でもらった許可証を取り出す。隊長は胡乱な目でルーの行動をみている。


「なんだ、なんだ嬢ちゃん。何を出したってだめなものはダメ……ちょっと待て!」


 許可証をみた隊長は途端にワナワナと震え出す。顔はあおざめ、まるで突然巨大な龍種に出くわしたかのような絶望的な表情を浮かべる。隊長は恐ろしく狼狽して目の焦点さえ合っていないようだった。


「……じょっ……嬢ちゃん……い、いや…、お……お嬢様、こ、これはど、どこで……」


「これは水晶宮で上皇猊下から直接賜ったものです。何か困ったときはこれを提示するようにと……」


「じ……上皇猊下、直々……!」


 ルーの説明に隊長は絶句した。そして許可証の効果は絶大だった。


 大慌てで隊長は隊員を集めだす。


 隊長がひれ伏すのは当然のごとく、辺りにいた愚連隊まで隊長の一喝でひれ伏した。


「……お願い聞いていただけますね?」


 ルーのどすのきいた声が辺りに響く。許可証におそれおののく隊長を始めとする輸送隊の隊員たちの中に異議を唱える者は皆無だった。


 追い詰められた表情で隊員と何か話し込んだ隊長は悲壮な表情で意を決する。


「インマン第四三一輸送隊、これよりお嬢様方の指揮下に入り、下僕として仕えます」


 先程までの態度はどこへやら、真反対の対応にルーは戸惑う。


「いかなるご下命でも我ら輸送隊、拝命いたします!」


 ルーの目の前には、先程のゴロツキのような兵の姿はなく、死の気配を察知した顔つきの一隊が存在していた。悲壮な決意を秘め、死地に向かう決死隊のような悲壮感すら漂っていた。


 さすがのルーもこの豹変についていけず、呆然としている。


「……ま、まぁよろしくお願いします」


 なんとかインマンへの足を手に入れたルーたちは輸送隊とともにインマンへ出発した。


――☆――☆――


「――とすると、姐さん方は例の戦士を探しているんですかい?」


 揺れるバシャの中、隊長はルーに旅の目的を聞いていた。ルーも目的を伏せる必要なかったので隊長に話した。隊長は若干胡乱な目をしている。


「ただ、例の戦士が神出鬼没でどこにいるのか特定できないんです。隊長は何か知りませんか?」


 ルーは隊長に聞く。聞かれた隊長は首をひねり、申し訳なさそうに答える。


「……あいにく、噂話程度しか」


「……そう」


 ルーはそっと目を伏せる。情報の乏しさに頭をひねる。


「例の戦士は魔物の襲撃が激しいところへ現れるともっぱらの噂です。最前線のオルシへ行けばあるいは……」


 隊長はルーの顔色をうかがいながら話す。


「……そのオルシの街へは行ってくださるので?」


「ご命令とあれば。ただできれば――」


「できれば?」


「――できれば、立ち寄りたくはないですなぁ。自暴自棄になった獣人どもが野盗化して襲ってくるとの専らの噂でさぁ。魔物と獣人……どっちも相手したくないですな。そんなことになったらお手上げです」


 隊長は文字通り両手を上げた。


「野盗の類は私たちで排除できるから、心配しないで。とにかく私たちをオルシまで送ってくれればいいわ」


「分りました。仰せのままに」


 隊長は不承不承ながら了承する。納得いっていないことが明白だった。


 しかし、たとえ隊長が非協力的であっても、輸送隊がルーたちが選択できるほとんど唯一といっていい移動手段である以上、どんな文句を言われたとしても目的地まで運んでもらわなければならなかった。


 そのためか、お互いギスギスしたものを抱え、移動はルーたちにとっても、輸送隊にとっても針のむしろの上を歩かされるような不快なものなった。


 暗いうっそうとした森の中を輸送隊はゆっくりと移動してる。相変わらず雰囲気は悪かった。いつ魔物や野盗などの襲撃を受けるか分からないため、過剰なほど警戒しているためだけではない。隊長以下輸送隊員とルーたちとの溝が雰囲気を悪くしていた。


 隊員からすれば自国の絶対的権力者からの権力を与えられた存在が毛嫌いする外国人よそもので、しかもわけのわからない子供が上から目線で魔物や野盗が跋扈する死地へ向かえという。


 輸送隊から見れば理不尽この上ない状況である。雰囲気をよくする要素を探すのが困難な状況で当然の帰結といっていいだろう。


 ルーたちと輸送隊は刺々しい雰囲気のまま、国境付近までやってきた。


「そろそろ、国境付近ですぜ、姐さん」


「なんとか無事着いたようね……え!?」


 安堵し外の様子を確かめようとしたルーのそばを一本の矢がかすめる。


「敵襲ー! 敵襲ー!」


 危機を察知した隊長が叫ぶ。それと同時にルーたちも馬車から飛び出る。


 ルーたちが馬車から飛び出るのを狙っていたのか、ルーたちが飛び出た瞬間、矢の雨が降る。


「ちっ! こいつはやっかいな……」


 矢の雨を剣でさばきながら隊長は何かを察し毒ずく。


「隊長さん何かあったんですか?」


「こいつらはただの野盗じゃねぇ。軍隊に近い! 統率されているからヘタすりゃこっちが殲滅される」


「なんですって?」


 隊長の言葉に危機を悟ったルーは直ちに詠唱する。


「稲妻よ、我に仇なすものを消し去れ!」


 矢羽が風を切る音をかき消すように雷鳴がとどろく。


 たちまちルーから稲妻が四方八方へ飛び散る。放たれた稲妻は雨あられのように撃ち込まれる矢を次々撃ち落とす。


 次々と撃ち込まれる矢をうち落とし続けるルー。しかし矢は途切れることなくうちこまれ続ける。


 ヒルデやエヴァンもルーの援護をしながら、矢を払いのけ続けるが切りがなかった。


「く……切りがないわね。いつまでこんなことじゃいずれ……」


 さすがのルーでもいくら撃ち落としても飛んでくる矢に恐れをなす。


「このまま押し込まれたら……」


 ルーはじり貧になる自分の状況に焦りを感じ始める。


 なおも矢は木陰から撃ち込まれ続ける。射手の気配は感じるものの、気配が周囲全部に広がっていて位置が特定できない。


 ルーの焦りがピークに差し掛かった時、突如矢の雨がやんだ。


「……何があったの?」


 突如訪れた静寂に不気味な雰囲気が辺りに流れる。


「……無駄な抵抗はやめてください。これ以上の抵抗はあなたがたの利益にはなりませんよ」


 森の暗がりから、投降を求める声が聞こえる。


「へっ……! 何言ってやがるっ、そっちから喧嘩吹っかけてきて! ふざけんじゃねぇ」


 隊長が森からの声に反論する。


 いきがる隊長の横で、ルーは違和感を感じた。一方的に仕掛けた上で投降を呼びかける。その上軍隊並みの統率。どれをとってもただの野盗とは思えない。


 ルーも隊長も襲ってきた敵の正体が分からず、戸惑っている。


「た……たいちょお……」 


 どこからか、情けない声が聞こえてくる。


「おまっ……なにやってんの!」


 隊長が情けない声に反応し怒鳴りつける。ルーはその声に驚く。


「どうしたのですか?」


 隊長はルーに今の状況を説明する。その様子は敗軍の将さながらである。


「……お恥ずかしい話ですが、隊員が捕まったみたいです。人質を取られました」


 ルーはその話を聞いて、ため息をつき頭を抱える。


「人質……情けない」


 その言葉に隊長は拳を握りしめ、必死に耐えている。その様子にヒルデが我慢できずにルーへ一言言わずにはいられなかった。


「るーちゃん、そういう言い方はないでしょう。隊員さんたちもまじめにやっているのだから」


 ヒルデの言葉もルーにはあまり響かない。


「この状況で賊に捕まること自体がたるんでいます。まったくどんな訓練をしていたのかしら……」


 散々な言われように隊長も黙っていることができなかった。ルーに対して、早口でまくし立てるように抗議する。


「……そうは言われやしてもこちとらただの輸送屋で戦闘は専門じゃないんでね。戦闘は姐さんらの担当じゃなかったんですかい?」 


 隊長の辛らつな言葉にルーは思わず隊長をにらむ。隊長もこの場ばかりは引き下がれないのかルーを睨み返す。


 ヒルデは二人の間でおろおろするばかりだった。


「お二人さん、どうでもいいけどどうやら親玉の登場のようだぜ」


 ルーと隊長の膠着状態を打ち壊すようにエヴァンが森の奥から出てくる存在に注意を促す。


 エヴァンが指し示す森の暗がりから、獣人が幾人か現れた。後ろ手にされた隊員の姿も見える。


「さてさて、どういう状況かは言わなくてもご理解できていると思いますが――」


 切れ長の目をしたキツネ獣人を先頭に獣人の群れがルーたちの前に進み出る。キツネ獣人が代表のようだ。その声には優位になっている愉悦がわずかながらこもる。


「うちの隊員をどうする気だ。扱いによってはこっちにも考えがある」


 隊長は獣人の代表にすごみ、虚勢を張る。


「はっはっはご冗談を。まだこの状況を理解されていないと見える」


 キツネ獣人は細い切れ長の目を更に細める。その表情は多くの人が見ればいらだちや侮蔑を感じるものだった。


 獣人たちはルーたちにとらえた隊員を見せつけるように転がす。キツネ獣人はその隊員を足蹴にし、ショートソードを突きつけ、不敵な笑みを浮かべる。


「少なくとも貴方がたの選択肢はそう多くないと思いますが。この人質を犠牲にして戦いますか? それともおとなしく投降しますか? お好きなほうをお選びください」


 足蹴にされている隊員は剣を首筋に突きつけられているせいか、何か叫ぼうにも叫ぶことができない状態のようだ。何か言おうとしているがキツネ獣人の剣が怖くて声が出せない。


「さあ、ご決断を。こちらもあまり長くは待てません。それに……」


 キツネ獣人は最高に嫌味な笑みを浮かべる。


「我ら獣人にとって人間なぞ、そこいらにいるウサギやネズミと変わらないということをよく考えてくださいね。くっくっくっく……」


 キツネ獣人は愉悦に浸っている。


 ルーは手に汗握り、努めて冷静さを保とうと、奥歯をかみしめる。


 ヒルデも得物の短槍を構え、戦う姿勢を取り続ける。


 エヴァンも大剣を下段に構え、獣人たちの動きを警戒している。


 ルーたちは追い詰められ、ぎりぎりの選択をしなければならなかった。

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