第139話 牢獄の騒乱
ルーたちの前に立ちはだかるキツネの獣人は見るものをいらだたせる笑みを浮かべている。
「さあ、どうなさいますか? ここで全滅するもよし、投降して我らの軍門に下るのもよし、お好きにしてください」
ルーたちは徐々に追い詰められる。
「……姐さん、どうなさるんで? その許可証がある限りいくらでも犠牲は甘受しますが」
隊長の語気は荒かった。そのあたりは腐っても部隊を率いる人間というべきか。言っていることとは裏腹に『隊員に犠牲をだしたら、恨むぜ』と言わんばかりの語気であった。
「……無闇矢鱈に犠牲を強いる気はないわよ。私だって犠牲はない方が良いもの」
ルーも言われっぱなしでは我慢できないのか、語気荒く言い返す。
一触即発のピリピリした空気が流れ、隊員たちも動揺し始める。
その様子にキツネ獣人は細い目を更に細め、ほくそ笑む。
「どうなさいますか? あまり時間を取るつもりはありませんので」
ルーの額に冷や汗がにじむ。強く握る拳が小刻みに震える。
「……やむを得ません」
ルーは自分の得物を足元へ投げ、両手を上げる。
無造作に投げられたルーの弓は音をたて、地面に転がる。
ヒルデやエヴァンも渋々ながらそれに続く。
ヒルデの槍やエヴァンの大剣の転がる金属音があたりに鳴り響く。
隊長は安堵したような悔しがるような複雑な表情を浮かべ、ルーたちに続いた。輸送隊隊員たちも一人、また一人と隊長にならう。
「懸命な判断です。贅沢を言えばもう少し早く決断なされば無駄な時間を費やすこともなかったのですが……ま、良しとしましょう」
嫌味な笑みを浮かべ、キツネ獣人は配下に合図する。配下の獣人たちは手早くルーたちを後ろ手に縛る。それと同時にルーたちの得物を回収していく。
「それでは参りましょうか」
キツネ獣人にひきいられ、ルーたちは森の奥へ連れて行かれ、その闇に消えていった。
――☆――☆――
「たいしたおもてなしもできないが、ここでゆっくりされるといいでしょう。くっくっく……」
ルーたちは投獄された。キツネ獣人をはじめ、獣人たちはニヤニヤしながらルーたちの様子を見ている。
ルーたちはいくつかの牢に分けられ、収監された。
獣人たちはルーたちを奇異な目でながめると三々五々その場を立ち去っていった。
「行っちまったな……ルーさんや、これからどうする気だ?」
エヴァンが外の様子をうかがいながら、ルーに尋ねる。
「どうもこうもないわよ。当面様子をみてスキを探す以外にないわ」
そう言い放ち、それ以上何も言わなくなったルーの様子をみて、エヴァンはため息をつく。
「へいへい、了解です……」
エヴァンとしては何か一言言いたかったが、この場で言ったとしても何一つ状況が改善するはずもなかったので、あえて言葉を飲み込んだ。
ルーは牢の中から外を観察する。外には獣人をはじめ、亜人が牢番として見張っていた。獣人だけでなくその他の亜人もこのアジトにはいることをルーは確認する。
「なんで亜人たちがこんなに……? 何かあるの」
ルーは亜人ばかりがこのアジトにたむろする理由を考えだす。
亜人たちは、同族では集落をつくって生活をすることはあるが、このアジトのように狭いところに寄せ集まって異種族どうしが住むことは極めてまれである。そこから考えると何か特段の事情がありそうだった。
そのあたりが分かれば、現状を変える糸口をつかめるかもしれない――ルーは淡い期待を持った。
「ちょっと、ちょっと。聞いている?」
牢番をしている亜人にルーが話しかけた。声は届いているようだったが、全く無視を決め込んでいる。自分のこん棒をさも大事そうに磨いている。
「ちょっと! 聞いているんでしょう、無視しないで」
ルーは牢番にしつこく声をかける。あまりにしつこいのでとうとう牢番が折れた。
「……なんだ、うるせーな。おとなしくしていろ!」
ルーはわずかに口角を上げる。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
彼女としては目いっぱいの笑みをたたえ、質問した。しかし牢番は胡散臭いものを見る目でルーを見ている。
「何が聞きたいのか知らんが、答えんぞ。だいたいヒトのいうことを聞くとろくなことにならん」
けんもほろろな対応と渾身の笑みを胡散臭いもの扱いされたことに傷つきつつも、ルーはこらえる。
「……まぁそう言わないで。いろいろ教えてくださいな」
本人にしてみれば超人的な努力で渾身の笑みを続け尋ねた。
「うるさいな、静かにしてろ。お前、自分の立場が分っていないのか?」
牢番はなおも態度を変えない。流石のルーも次の言葉が出なかった。
「牢番さん、いい得物をもってますねぇ。さぞかし腕っぷしは強いんでしょうねぇ」
苦戦するルーを尻目にエヴァンが牢番を持ち上げ始めた。ルーはエヴァンの突然の介入に面食らう。
「なんだお前、このこん棒のよさが分るのか?」
「ええ。そりゃもう。この年まで生きてきて見たことないですからね、しぶく黒光りするこん棒なんて。そんじょそこらでお目見かかることなんて絶対ない!」
もみ手で持ち上げ続けるエヴァンは熟練の番頭のようであった。意外なエヴァンの能力にルーは驚くとともに眉をひそめる。しかもいとも簡単に牢番はエヴァンに篭絡され始めた。余計にルーは不機嫌になる。
「これは爺さんの代から受け継がれてきたものでな。親父の形見でもある」
しげしげとこん棒を眺めながら、牢番はしみじみと語り始める。
「……形見というと。親父さんはお亡くなりに……?」
エヴァンはさりげなく相槌を打ち、話を促す。
「ああ。俺が幼いころにな」
「なるほど。それはそれは……」
エヴァンは恐縮してみせる。目頭を抑え、うつむく。
「ヒトにそんな感情があるのかは知らんがこのこん棒が親父の代わりなんだ」
「それはそれは。どおりで今まで見たこともない雰囲気を醸し出していると思った。そんな思い入れのある得物なんですね。いやぁ感心した」
エヴァンは大げさに感心しているポーズをとり、牢番に同調する。その様子に牢番も警戒心を解き始める。
「……お前さん、ヒトにしては少しは見どころがあるな」
「あ。ありがとうございます。そう言ってもらえると何だかありがたいなぁ」
さも、嬉しそうにエヴァンは渾身の商売的笑み《営業スマイル》を浮かべ、さらに牢番を持ち上げた。
「しかし、そんなこん棒をお持ちの親父さんだとそれなりに名のある方なんでしょうねぇ?」
さらにエヴァンはとどめを刺すようにおべんちゃらを言う。
「いや、単なる農夫さ。それでも俺にとっては最高の父親だった」
「それはそれは……」
牢番は少し照れたように頭をかき、エヴァンから視線をそらす。
「少し無駄話をしてしまったな。とりあえず、静かにしていろよ。おとなしくしていれば何もしやしない」
「はい、分りました。ところで……」
「まだ何か用か?」
「いや、ちょっと仲間が話したいみたいなんで、もう少しお付き合いいただけるとありがたいのですが……」
「仲間? ああ、そこの小うるさいねーちゃんかい」
牢番ははため息をつく。小うるさいと言われたルーは内心ムッとしていた。
「ま、もののついでだ。あと少しぐらいならつきあってやるぜ」
牢番は昔話に付き合ってくれた礼だと言わんばかりな態度でルーのほうをみた。
「……あの、ここにはどうして亜人がたくさん寄せ集まっているんです? 普通ならそれぞれに集落を作ってお互い干渉しないよう別々に暮らすってきていたのですが」
ルーはそれほどたくさん質問できないだろうと一番聞きたいことをストレートに聞いた。
牢番は『そんなことを聞いてどうする?』という表情を隠さなかった。
「……ここは避難所だったのさ。魔物襲撃から身を守るためのね」
牢番は語りだす。
元々はそれぞれ種族ごとに集落を作って暮らしていたが、魔物の襲撃が頻発するようになり、各地の集落から三々五々逃げてきた亜人たちが一時避難としてこのアジトへ集まってきた。しかしだんだんと規模が大きくなり、持ち寄った食料も乏しくなったが依然魔物の脅威はなくならなかった。周辺で動物を狩ったり、野草、木の実、果実を採集していたがそれもままならなくなり、非常に困窮し始めた。
リゾソレニアという国の特質から本国からの支援など亜人にあるはずもない。しかも支援してもらえるならまだしも、魔物の襲撃が激化すると亜人たちから食料や必要物資の略奪するだけでなく、使い捨ての兵力、捨て駒とすることさえ始まった。
生活どころか命の危機に陥った亜人たちは略奪に明け暮れるリゾソレニアのヒトに対して、徒党を組んで反乱することを考えた。その結果このアジトに集まった亜人たちは野盗化し、現在に至っているという。
「――というわけさ。つまるところ、本国のヒトたちがまともに援助していればこんな穴倉の中で盗人をしなくてもすんだんだ」
「何を言っているんだ! 亜人風情がっ」
牢番は自分たちは野盗へ身をやつしたのは本国の人間のせいと言い切った。これを聞いていた輸送隊隊員の中には牢番に対し悪態をつくものもではじめる。
「生まれつきの罪人である亜人にとやかく言われたくない」
「そのヒトならざる醜い姿は存在の罪深さの現れ。そんな連中が野盗になるのは当然」
「物でしかないお前たちなど、命をささげて本国の礎になれるだけでもありがたいと思え」
蝋の中の隊員たちは口々に亜人たちをののしり始める。しかし亜人たちも黙ってはいない。
「何を言ってやがる! 俺たち亜人から奪うことしかしないヒトこそ罪人であり、寄生虫じゃないか!」
「俺たちが生まれついての罪人なら、あんたらヒトは罪人に寄生するクソ虫以下の存在じゃないか!」
「なら、その物に囚われた哀れなヒトはどうしようもないクズだな」
次第に隊員と牢番の言い合いが収拾のつかない騒ぎになる。不毛な言い争いは大きくなる一方だった。
一方、ルーたちは漫然と騒ぎを見ている。
ルーたちにはここにいる亜人たちの気持ちが多少理解できたからである。ルーたちももともとが孤児だったのでそれほど恵まれた境遇ではなく、どちらかと言えば亜人たちの立場に近かった。
何かと孤児ゆえに物のように扱われ、捨てられないよう戦々恐々としながらまわりの大人の無理難題に応えてきた日々。その日々が亜人たちの境遇と重なり、隊員たちが罵れば罵るほど気持ちは亜人たちへ傾いていく。
それにリゾソレニア独特の差別意識に辟易していたせいもあり、隊員たちの言い分には賛成しがたかった。
「何事か! しずまれぃ!」
その一喝により、嘘のように先ほどの騒乱が静まった。
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