第131話 業火に消える

 ルーはもの憂げな顔でクウヤを見る。


 傍らで大魔皇帝は不気味な沈黙を守り身動き一つしない。


「……かつての魔戦士は己の意志で大魔皇帝と袂を分けた。今クウヤも大魔皇帝と戦おうとしている。それは貴方の意志?」


「……言うまでもない」


 クウヤはまっすぐルーの目を見て答える。


「そんな言い方は嫌。ちゃんと言って」


 クウヤは若干のいらだちを感じながらも、ルーの求めに応じる。


「俺は……戦う、人のために。人の未来のために大魔皇帝と一戦交える……これでいいだろ?」


「……仕方ないですね。いいことにしてあげましょう」


 やや不満そうなルーではあったが、何かを諦めて、妥協したようだ。


 クウヤとルーのやり取りの間、大魔皇帝は羽化直前の幼虫のように動かない。何かを待っているようだ。


「よーよー、いちゃつき終わったらやることやっちまおうぜ」


 冷やかすエヴァンにクウヤたちは顔を赤らめる。


 その時、動きを止めていた大魔皇帝の身体が震えた。


「どうやら、向こうさんも準備万端らしい」


 クウヤたちは各々の得物を構え、臨戦態勢を取る。

 

『ふふふふふ……はっはっはっは……』


 耳障りな高笑いが暗闇に響く。


『愚かなり、魔戦士よ。本気で余と刃を交えるか』


 侮蔑の言葉をクウヤに投げつける大魔皇帝。


「当然だ。そのためにここにいるんだよ」


 毅然と言い返すクウヤ。


『……いにしえの過ちをまた繰り返す気か。つくづく愚かであるな、魔戦士』


 あくまでクウヤたちを侮蔑する言動は変わらない。


「その過ちの連鎖を断ち切るためにここにいる。過ちの塊であるお前をまずは倒す。全てはそこからだ」


『余を倒しても、過去のあやまちは正されない。全てを破壊し、なきものにすることこそが新たな時代をもたらす。全てを駆逐することで新たにやり直すことができよう。実に簡単な理屈ではないか。なぜこのようなことがわからない』


 大魔皇帝は心底呆れたように大きなため息をつく。クウヤたちを侮っていることがありありとわかる。


「それはやり直しとは言わない。全てを破壊し尽くすならば何を間違い、何をやり直したのかわからない」


 それでもクウヤは自分の考えを冷静述べる。


『根本からの再構成。そんな簡単なことすらわからんとは……随分墜ちたものよのう、魔戦士も』


 また盛大にため息をつき、クウヤを侮蔑する大魔皇帝。


『全てを根本から創り直すための破壊、一切の破壊……一切の破壊。それこそが新たなる希望であり、この世のすべての者に対する福音である』


 大魔皇帝は一切のものに興味を失い、失望している。今の大魔皇帝は絶望が物質化しているような存在だった。


「その考えそのものが過去の歪みのの結果だ。なぜそこに気が付かない。過去の歪みが今のお前を生み出したんだ。人の過ちそのものなんだ」


 クウヤはかつてあの遺跡で見た魔族に対する迫害を思い返す。路傍の野良犬以下の扱いをされ無残に惨殺された幼い魔族のことを。


「……魔族に対する迫害はひどいの一言ではすまないことはよくわかっている。ただ存在するだけで罪みたいな扱いを受ければ、絶望的な気持ちになるのもわかる」


 大魔皇帝はゆらゆらと蠢いている。


「だからといって人を滅ぼせばそんな過去が無かったことになるわけじゃない。必要なことはそんなことじゃない」


『ならば、汝はなんとする。全てを無に帰すことなく過ちを正せるというのか』


 大魔皇帝がクウヤに問う。相変わらずゆらゆらと気味の悪い動きをしている。


『そもそもの過ちは人が余の眷属たちを家畜以下の存在としたところにある。余の眷属は人をも凌駕する資質を持った優良種である。優良種が劣等種を駆逐することに何の問題があろう』


 大魔皇帝の話に愕然とするクウヤ。


「それでは……それでは魔族を迫害した人と何ら変わることがない。大魔皇帝、お前は人が犯した過ちを、まったく同じ過ちを犯しながら正当化しているに過ぎない……お前の考えは間違っている!」


『余は正義である。余こそ正義、余の眷属たる魔族こそ、唯一この世界を支配する優良種である』


 クウヤは大魔皇帝の考えの間違いを明確に理解すると同時にはっきりと指摘する。


「優良種が劣等種を支配するという考えそのものが過去の過ちの本質だ。その本質そのままのお前を倒さなければ、やり直しにはならない。だからこそ……だからお前を倒す!」


 クウヤは諭すように考えを語る。たとえ大魔皇帝が自分の考えを受け入れなくとも、言うべきことは言わなければという使命感にも似た義務感から大魔皇帝に反論する。


『是非もなし』


 大魔皇帝は最後通牒とも言える一言を告げる。もはや、大魔皇帝とクウヤは生命のやり取りをする以外の選択肢はなかった。


『愚かなる小さき者どもよ。特別の温情である。全力でかかってこい』


 大魔皇帝はそう言うと、詠唱に入る。禍々しい魔力が大魔皇帝に集まる。魔力が集まるにつれ大魔皇帝の姿がゆらりと歪み始める。


「何と言う魔力……己の姿を歪んで見せるとは」


 タナトスが大魔皇帝の姿を見て、驚きの声を上げる。魔力が一か所に集積した結果、空間が歪み始めた。その歪みが大魔皇帝の姿を蜃気楼越しに見るような姿に見せる。


「どーでもいい! ぶん殴るだけ!」


 エヴァンは大上段に構えた両手剣を大魔皇帝に叩きつける。


 彼の大剣は吸い込まれるように大魔皇帝を断ち切った。


 ……かに見えた。


「……! 何だこりゃ、手応えがねぇ」


 この場にいる誰もがエヴァンの剣が大魔皇帝を分断したと思った。確かに大魔皇帝をエヴァンの剣はとらえていた。


 しかし、大魔皇帝は相変わらず、ゆらゆらとクウヤたちをあざ笑うかのように存在している。


「どういう……どういうことだよ、全然手応えがなかった……今見えている大魔皇帝はマボロシか?」


「どいて。次はわたしよ」


 ルーが弓に矢をつがえ放つ。放たれた矢は真っ直ぐ大魔皇帝へ向かう。


 しかし……


「どうして……?」


 大魔皇帝に当たったはずの矢は虚しい音を響かせ、床に転がった。


『ふふふふ……はっはっはっは。愚かなり、小さきものどもよ』


 大魔皇帝は勝ち誇り、神経に触る高笑いを上げる。


『効かぬ……効かぬ……効かぬ……効かぬわぁ!』


 大魔皇帝はクウヤたちをにらみ、気味の悪い笑みを浮かべている。


「魔法ならどう?」


 ヒルデが魔法を発動させる。


「かの者を貫き、焼き尽くせ! 火炎飛槍フレイム・ジャベリン


 ヒルデの周りに炎の槍が数本出現、業火があたりを照らす。轟音を立て周囲を焼きながら、炎の槍は飛んでいく。


 虚空を焼いた槍は大魔皇帝を貫く。

 大魔皇帝は爆炎に包まれる。


「……どうして」


 爆炎がはれると、蠢く大魔皇帝がいた。ヒルデは目の前の光景が信じられなかった。


 大魔皇帝は若干焦げた変色はあったが、ほとんど外見上の変化がなかった。火炎飛槍の直撃を受け、原型をとどめていることがありえないことだった。それだけでなく、わずかながら焦げあとをつけただけということがヒルデに衝撃を与えていた。


『……何かしたのか? ぬるいな。余とてそれほど暇ではない。全力で来ぬのなら、こちらから行くぞ』


 大魔皇帝は耳慣れない音を出し始める。


「……あれは。 魔法がきます!」


 タナトスは叫ぶと同時に魔法防御障壁を展開した。


 一瞬遅れて、大魔皇帝から黒の衝撃としか形容しがたい衝撃波がクウヤたちを襲う。


 クウヤたちは黒の衝撃に吹き飛ばされ、風に飛ばされる枯れ葉のように転がる。


「クソッ……なんてヤツだ。ケタが違う。本物の化け物じゃねぇか」


 クウヤは口角からしみ出た赤い体液を拭い、毒づく。仲間たちもよろよろと立ち上がる。それぞれ何らかのダメージを受けている。


『愚かな小さき者どもよ。服従せよ。汝らが選べる選択肢はそれ以外ない』


 大魔皇帝はそう断言する。クウヤたちも大魔皇帝の圧倒的な力を前に反論できなかった。


 成すすべのないクウヤたちを尻目に、大魔皇帝は攻撃の手を休める気配はない。


『その矮小な存在が消える前に服従せよ。それ以外の選択肢はない』


 大魔皇帝はそう言いながら、耳障りな音を上げる。また、詠唱に入ったようだ。


 膨大な魔力が大魔皇帝に集まる。濃密な魔力は大魔皇帝の周りの空間を歪ませる。


「来る! 構えて」


 クウヤは仲間たちにそう叫ぶのが精一杯だった。


 同時に魔力の波動が放たれ、クウヤたちを襲う。黒い波動が津波のように拡がり、クウヤたちを翻弄する。波間を漂う木くず同然のクウヤたちは反撃の糸口を掴みかねている。


 クウヤは仲間たちを見返す。


 タナトスは仲間の中では目で見てわかる怪我は比較的少ない。しかし、クウヤたちと違い直接戦闘の経験の少なさからか戸惑いの色が隠せない。


 エヴァンは愛剣を杖代わりに何とか立っている状態だった。大魔皇帝の衝撃波を直接受け、かなりダメージが蓄積しているのが見て取れる。かろうじて立っているのは彼の精神力によるのもだろう。


 ヒルデは自慢の魔法の一撃を無効化され、さらに今まで出会ったことのない強敵に茫然自失になっている。もともと彼女の性格ではあまり激しい戦いには向いていない。その上、自分の一番の攻撃がなんの効果もない現実に平静を保つのは困難だろう。


 ルーは気丈にも弓を構え、臨戦態勢を保っていた。しかし肩で息をしている様子を見れば激しい戦闘には耐えられないことは明らかだった。それでも戦う意志を見せ続けているのはひとえに彼女のプライドの高さだろう。


 どう考えても、仲間たちが戦闘に耐えられないことは明白で、クウヤの選ぶことのできる選択肢はそう多くはない。


「……タナトスさん、転移できるかい?」


「何とか一回なら……クウヤ殿、何を考えて……」


「俺が時間を作る。そのすきにみんなと逃げてくれ」


「な……それでは貴方はどうするのですか?!」


「自分一人ならなんとでもできる。だけどルーたちは脱出できないんだ、頼む!」


 そう言い残すや否や、クウヤは大魔皇帝へ突っ込んでいった。


「クウヤぁー!」


 大魔皇帝へ突撃するクウヤを見てルーは止めようとする。しかしその試みはタナトスによって阻まれる。


「放して、クウヤのところへ行く」


「ダメです。それではクウヤ殿の行いが無駄になります」


 タナトスにしては珍しく語気を強め、ルーの行動を制する。


「他の二人も早く私のところへ」


 他の二人もよろよろとタナトスの下へ向かう。彼らにはそれ以外の選択肢がなかった。


 クウヤは仲間たちが一下所に集まるのを一瞥し、笑みを浮かべる。


「さて……大魔皇帝! 望み通り全力で相手してやるぜ」


 クウヤは魔力を全開、愛剣に凝縮し魔力の刃に変えた。凄まじい凝縮された魔力が空間を歪ませる。


 クウヤは雄たけびを上げ、大魔皇帝に切りつける。膨大な魔力と魔力が干渉し、空間の歪みが衝撃波となって周囲に広がる。


 大魔皇帝もうなり声を上げ、クウヤの攻撃を全力で受け止めている。クウヤは後ろへ飛び、距離を取る。と同時に剣がうなりを上げ炎を纏う。


「今だ! いけぇー」


 大上段から切りつけると轟音を轟音を立て業火の衝撃波が大魔皇帝を襲う。


「クウヤぁー!」


 ルーの叫びとともにタナトスは転移の魔法を発動、その場から消え去る。


 大魔皇帝は爆炎の中にクウヤもろとも見えなくなった。

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