第130話 対峙、大魔皇帝!

『余、顕現せり』


 公爵の身体を苗床に得体のしれない悪魔のような異形の生物が生えていた。


 冬虫夏草のように公爵から生えた大魔皇帝はクウヤを凍てついた目で見渡す。苗床になった公爵は白目をむき痙攣している。


 身体中から得体のしれない粘液を滴らせうごめく姿はゴミ溜めをはい回るナメクジの姿と変わらなかった。


「なんじゃこりゃ……。でっかいナメクジが出てきた……」


 エヴァンのストレートな言葉に異議を唱えるものはいない。


『余、大魔皇帝は汝ら小さきものどもへ命ず。我が下僕しもべとなれ』


 冷徹で異議を一切認めない抑揚のない低い声で大魔皇帝はクウヤたちに隷属を要求する。


「……ふざけたことを。俺たちは貴様の配下などにはならん!」


 愛剣を大魔皇帝へ突きつけ、クウヤは叫ぶ。


「そうよ、私たちはあんたみたいな化け物を退治するためにここへきたのよ」


 クウヤの叫びに呼応して、ルーも叫ぶ。


『笑止。そのわずかな手勢で何ができるというのか。愚かにもほどがある』


 冬虫夏草の子実体の先に形作られ始めた大魔皇帝の顔がにやりとゆがむ。


「大魔皇帝よ。貴方は何ゆえに人を拒み、人を虐げるのか」


 タナトスが突如大魔皇帝に問いかける。


『言わずもがななことを……。あえて言えば人の業ゆえ。人の歴史をたどれば自ずと分ろう』


 大魔皇帝は明確に答えない。がその責任は人にあることを匂わせる。


「過去にどんな因縁が安全るのかは存じません。しかし、どんな因縁があるにせよ、一方的に支配するということは問題の解決にならない。お互いの歩み寄りによって問題の解決を……」


『笑止。余は大魔皇帝である。大魔皇帝に汝らが従属することこそ正義、それ以外の道はない』


「しかし、それでは――」


 タナトスの言葉をさえぎるものがいた。エヴァンだ。


「んなことたぁ、どうでもいい! 目の前のナメクジ野郎が人の敵ってことは間違い無いだよろう」


 タナトスの行為にじれたエヴァンが叫ぶ。


「いえ、為政者として確認しなければなりません。戦を避ける方法があるのならばその選択肢を捨ててはならない」


 じれたエヴァンを諭すようにタナトスがエヴァンを制する。


「よう……クウヤ、お前はどうなんだ?」


 タナトスの考えが受け入れられないエヴァンはクウヤの考えを聞く。


「大魔皇帝よ、過去にあった遺恨については理解する。しかし、今を生きる人を虐げて何になるというのか。考えを改めるべきだ。改めないならば――」


 剣を構え、大魔皇帝に狙いを定める。表面的には穏健な言葉を使っているがその実、大魔皇帝の行為を実力で阻止しようとしているのは明らかだった。


 大魔皇帝は先ほどまでの饒舌さは鳴りをひそめ、クウヤの問いかけに沈黙を保っている。


「大魔皇帝殿、貴殿のお考えを改める余地はないのか? よくよくお考えいただきたい。力による支配は何も生み出さないということお考えいただきたい」


 タナトスはあくまで自説にこだわり、大魔皇帝に考えを改めるよう迫る。


「何を夢みたいなこと言ってるんですか、タナトスさん。そんなことはありえないですよ!」


 エヴァンは自説にこだわるタナトスを非難する。


「そんなことはない。争いが何か好ましい結果をもたらしたことなどこの世で一度もない」


「しかし、現に妥協の余地がない相手に何を話し合うんだ?」


 二人はだんだんとヒートアップし、まわりの状況を忘れ、言い争う。


「お二人ともいい加減にしてください!」


 二人を止めたのはヒルデだった。


「今この場で言い争ってもどうしようもないでしょう。必要なのは大魔皇帝が復活している現状をどうするかでしょう! 二人とも頭を冷やしなさい」


 ヒルデの一喝に二人ともが縮こまる。


『……ふ……はは……ははは……』


 大魔皇帝は突如こみ上げるような笑い声を上げ始める。


『何とも人の愚かさを具現したような茶番劇であるな。従属すればよしと思ったが、これでは人は滅ぼす以外の選択肢がない』


 エヴァンとタナトスのやり取りをあざ笑う大魔皇帝。その言葉にクウヤがいら立ちを爆発させる。


「何を言っているんだ! お前の考えなぞ、打ち砕けるんだ。俺は……俺は魔戦――」


『魔戦士か。愚かな。その魔戦士の力を与えたのが誰か覚えておらんのか? 忘れたなら二度と忘れられないようにその体に叩き込んでやろうぞ!』


 大魔皇帝の身体を妖しい気配がまとい、姿形がブレ始める。


 クウヤたちは大魔皇帝の妖しい気配に警戒し臨戦態勢を取る。


(何をする気なんだ……?)


 クウヤは大魔皇帝の意図を推し量るが見当がつかない。


『……ふふ。はっはっは……』


 大魔皇帝は何かを思い出し、笑いだした。


『まあ良い。一つ無知な汝らに慈悲を与えよう。余が、魔族が人より如何に虐げられ踏みにじられたかを知るが良い。汝ら頼る魔戦士とはいかなる存在かあわせて知るが良い』


 大魔皇帝が何かつぶやきだす。どこからともなくあたりには妖しい紫のモヤがたちこめだす。すると次第にクウヤたちの意識が朦朧とし始め、身体の自由がきかなくなる。


「……いかん、眠っては……くっ……」


 クウヤたちは必死で抵抗するが、抵抗むなしく、次々と意識を手放し、眠りの深淵に墜ちていった。


『くっくっく……微睡みの深淵で真実に恐怖するがいい。汝らが信じるものの矮小さをその身で思い知るがいい……』


 大魔皇帝の呪詛に満ちた言葉も彼らには聞こえてはいなかった。


――☆――――☆――


 クウヤたちは虚空に漂っている。上も下も判然としない不可思議な異空間に飛ばされていた。


 そのクウヤたちの頭に機械的な言葉が届く。記録を淡々と読み上げるようなその言葉になかば強制的に意識を向けさせられるため、耳を塞ごうと、何をどうやってもその声が頭の中に響き、遮ることができない。


『カツテ魔族ハ存在シナカッタ。人ニヨッテ作リ出サレタ使役スルタメノ「生命体」デアッタ』


「何の話だ? 何が言いたい」


 エヴァンは頭の中に強制的に流れ込む声なき声に向かって叫ぶ。


『他意ハナイ。ソノママノ意味デアル。サカノボルコト二百年アマリ前、人ハ魔法奴隷トナル存在ヲ造リダシタ。ソレガ魔族ノ始祖デアル』


「だからどうしたんだ。そんな話を聞きに来たんじゃない」


 エヴァンがじれる。

 声はクウヤがかつて聞いた話を延々と語りだす。当然のことながら、クウヤたちに拒否権はなかった。


――大魔戦争前、人は魔法を応用した技術を発達させ、ふんだんに魔力を用いその恩恵を謳歌していた。しかし、そのため次第に魔力の欠乏が深刻化する。そこで欠乏する魔力を補う方法の開発に力を注ぐようになった。


 その中で生物をにえとし、魔導石を生成し、魔力を抽出する方法が考えられた。ありとあらゆる生物が実験に供された。そのなかで、魔族を魔導石化する方法が一番上質の魔導石が得られた。そのため消費される魔族を大量に確保するために、魔族を“品種改良”し、次代を生み出す能力が魔族に与えられた。それまで魔族は魔法合成で補っていたが効率はあまり良くなかった。しかし、この“品種改良”により、魔族を大量生産が可能になった。


 しかし、“品種改良”により魔族に自我が目覚め、自らの判断で行動するような個体が増え始めたのだ。そんな魔族を統制するために魔族の長(後の大魔皇帝)を造り出した。しかし長に対し、反旗を翻すことが、たびたび起きるようになる。そこで長は反乱を鎮めるため、圧倒的な戦闘力を持った魔戦士を生み出すことになった――


 一通り語り終えると、声は一旦止んだ。


「それがどうしたのですか? 昔ばなしなら他でしてほしいですね」


 ルーもいらだちを隠せない。いらだちは極限に達しようとしている。ついつい言葉も荒くなる。


「魔戦士の始まりは分かったので早く結論を言ってもらえないでしょうか? 私たちにはカビの生えたたわごとを聞いている時間はありませんので」


『オ前タチニハワカルデアロウ。大魔大戦ノ原因ガ』


 声の指摘にルーは絶句する。


「……魔導石の材料となることから逃れるための反乱」


 ルーは結論に至る。しかしその結論の絶望的な響きがルーの肩を落とす。


『自ラノ意志ヲ持ッタ魔族ニハ自分タチガ魔導石ヲ作ルタメノ家畜ニ過ナイコトニ耐エラレナカッタ。ソレガ大魔大戦ノ引キ金トナッタ。大魔皇帝ハ自ラノ眷属ガ犠牲ニナルコトニ耐エラレナカッタ。ソノタメ大魔皇帝ハ人ニ対シ反旗ヲ翻シタ。自ラ陣頭ニ立チ魔族ヲ率イ、戦争ヲ始メタノダ』


「でも、話し合うことはできたでしょう? お互いのことを話し合えば分かり合えたことも――」


『圧倒的ナちからヲ背景ニ弾圧サレタ立場ノ魔族ニ話シ合エト? 普通ニ考エレバアリエナイ』


 ヒルデは穏健な意見を述べるが声に一蹴されてしまう。


「で……でも、戦争までしてしまったら本当に後へは引けなくなる。もう少し穏健に話し合う余地はなかったの?」


 それでもヒルデは食い下がる。


『話シ合ウ可能性ハ魔族ガ魔導石ヲ得ルタメノ家畜トナル前ナラバアッタデアロウ。シカシ時ハスデニソノヨウナコトデハおさマル状態デハナカッタ』


「あーもうっ! そんな昔のことをひっくり返してもどうにもならないだろう。とにかく大魔皇帝をぶん殴ってことを終わらせればいいじゃないか!」


 話についていくことに飽きたエヴァンがじれて、議論を混ぜ返す。


『確カニ、昔語リニハ意味ハナイ。シカシオ前タチニ問ウ。魔戦士ヲ人ノ味方トシテ信ジルノカ?』


「どういうことです?」


 タナトスがいち早く反応した。


 その傍らでクウヤは視線を落とし、拳を握りしめ身体をわずかに震わせている。


『……魔戦士ハ魔族ノ肉体ヲ強化シ、異世界ヨリ召喚シタ魂ヲ、封入スルコトデ魔戦士トナル。大魔皇帝ト同ジ転生者ト言ッテヨイ。転生者ヲ信ジルノカ?』


 一同に衝撃が走る。


「い、異世界からの魂……転生者?」


「クウヤくんは……転生……者、なの?」


 ルーもヒルデはその結論を受け入れることができなかった。


 この世界では転生者は大魔皇帝の眷属、即ち世界を滅ぼす悪しき存在とされている。


 その悪しき存在とクウヤがどうしても結びつかない。彼女たちの気持ちとして結び付けたくない。しかし、魔戦士が作られたもので魂が異世界からの召喚となれば魔戦士であるクウヤは悪しき存在となってしまう。これは否定しきれなかった。


 世界会議のときにクウヤの魔戦士になる決意を聞いた時以上の衝撃がタナトス以外の仲間たちを襲う。


「で、でもよ、魔戦士って大魔大戦の時に大魔皇帝を封じたんだよな? 人の味方をしたんだよな? そうだろ? な……」


 エヴァンはつたない知識をもとに何とかクウヤを弁護する。


『魔戦士ハ大魔皇帝ノ眷属デアル。即チ、人ドモガ忌ミ嫌ウ転生者デアル』


「うるせー! んなこたぁどうでもいいんだよ! 今ここにいるクウヤがどうかってことだよ。クウヤ、お前は人の味方だよな、なそうだろ?」


 クウヤはひと呼吸おいて、エヴァンに答える。


「……ああ。俺は人の力となるためこの力を得たんだ。大魔皇帝のためにこの力をふるう気はない」


 エヴァンはその言葉に胸をなでおろす。


「へっ、誰だかしらねぇけど、クウヤは人の味方だ。大魔皇帝の側には立たねぇ。早いところもとの通り封印されて仕舞いな!」


 エヴァンは胸を張り、声なき声に反論する。


「ちょっと待って」


 思わぬところから物言いがつく。ルーが異議を唱える。


「クウヤの言葉を私は信じる。けど転生者である大魔皇帝と魔戦士との間に何があってたもとを分かつことになったのか知りたい。クウヤを、私はクウヤを信じたい。でも今までの話を聞いているともう一つ確証がほしいわ。大魔皇帝と魔戦士との間に何があったのか……お願い」


 ルーは感極まり、言葉に詰まる。


 その言葉にクウヤが口を開く。


「……大魔皇帝は魔族を守るため、人を攻め滅ぼすことを決意した。しかし魔戦士は何とか魔族、否大魔皇帝に人と争うことを止めよう直談判したんだ。でも大魔皇帝の決意は固く歩み寄りすることはなかった。遅すぎたんだ、そのときには……。お互い引くに引けなかった。それが袂を分かつ原因になった……俺が知る限りではそんなところだ」


 クウヤはかいつまんで大魔皇帝と魔戦士が袂を分かつ原因を話した。


「……そうなの。わかった」


 ルーは何か諦めたようにつぶやく。

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