第129話 大魔皇帝顕現す

「畜生、キリがない!」


 何とか魔物の攻撃をしのいでいるクウヤであったが、ダメージを与えてもすぐさま回復するうえ、こちらの体力削り取られる不快感にいらだっていた。


 次第に魔物たちに取り囲まれ、逃げ道を失っていく。ついに魔物の群れに囲まれ、万事休すの状態になる。


「どーすんだよ、クウヤっ! 逃げ道がねーぞ」


 エヴァンが嘆く。クウヤも分ってはいるがどうしようもない。クウヤは内心大声で叫んで投げ出したくなっていた。それほど追い詰められていた。


 ルーやヒルデも手当り次第に魔物を攻撃しているが、肩で息をしている。


 一人気をはくタナトスが魔法でクウヤたちを援護する。


「立ち去れ、不浄なるものよ!」


 クウヤの火炎攻撃を受け動かなくなった魔物にタナトスが浄化の魔法を放つ。


 満身創痍となってもうごめく魔物が彫像のように動かない。やがて動きを止めた魔物は灰化し崩れていった。


 その姿を見ていたタナトスは閃いた。 


「火炎系の広域攻撃魔法を使える人はいませんか?」


 タナトスが突然仲間たちに聞いた。唐突な質問に全員何をどう答えたらいいのか分からず、とりあえず目の前の魔物に攻撃を加えている。


「俺が使える。後ヒルデも。いけるだろ、ヒルデ?」


 誰も答える余裕がなさそうだったのでクウヤが代表して答えた。


「え? あ、はい。クウヤくんみたいに無詠唱、即発動なんて無理ですけど……」


 ためらいがちにヒルデも答える。


「それで、どうするんだ? 焼いてもこいつら復活するんじゃないの?」


 クウヤはタナトスに一番気になることを聞く。完全にとどめを刺せない限り現状に変化がないことは明らかだった。しかしタナトスは事も無げに答える。


「大丈夫です。そこは私の広域浄化を組み合わせれば殲滅できるはずです」


「そうかい。じゃいっちょのるか! 時間は稼ぐ。さっさと詠唱を始めてくれ。エヴァン手伝え!」


 クウヤは魔物の群れの注意を一手に引くよう、雄叫びを上げ前に出る。それにエヴァンを続く。クウヤは派手に剣を振るう。エヴァンはその背中を守る。


「紅蓮の業火よ、今ここに来たりて、のものを焼き尽くせ。火炎嵐ファイア・ストーム!」


 ヒルデが詠唱を終え、魔法を発動する。ヒルデから火炎がのび、魔物の群れを焼く。


 魔物は動きを止める。タナトスはそのスキを逃さず、浄化の魔法を発動させる。


「不浄なるものどもよ、原初の姿へ還れ」


 タナトスから光の帯がのび、魔物の群れを照らす。光が当たった魔物から次々灰化し、崩れていく。


 魔物の姿は見えず、魔物だった灰の小山が点々と目の前に並んでいた。


「何とか、撃退できたみたいね……」


 ルーが恐る恐るつぶやく。確かに元魔法の灰の小山以外に見えるものはなかった。

 

「みんな大丈夫か?」


 クウヤは全員に声をかけ、無事を確認する。


『汝ら小さきものよ、ここへ来るがいい』


 唐突に聞こえた大魔皇帝の声に驚く。


 目の前には天井からの光に照らされ、大広間のような場所が暗闇に浮かぶ。


 クウヤたちは互いに顔を見合わせる。が全員意を決して、大広間へ足を踏み入れる。


 大広間はかなり広かったため、天井からの光だけでは全貌は定かではなかったが一番奥の光と闇の境付近に空席の玉座があることに気づく。


『余は間もなくこの世界に再降臨する。余を崇めよ。余に従え』


 その声は一方的に要求する。


「勝手なことを言うんじゃない! おとなしく、暗がりの奥で眠っていろ」


 クウヤはどこにいるのか定かではない大魔皇帝にむけて声を張り上げる。


『余の復活はいにしえより定められたこと。変更はありえない』


 高圧的で一切妥協のない言い回しはクウヤたちをいらだたせる。さらに大魔皇帝の本体がどこにいるのからず、いらだちがつのるばかりであった。


「……何を望んでいる? 何の用もなく、ここまで呼び出したりはしないだろう」


 クウヤは単刀直入に問いかけた。が大魔皇帝の返答はない。


「神聖な大魔皇帝陛下の御元みもとでなんと浅はかなことか。身の程をわきまえよ!」


 突然、玉座のほうから声が聞こえる。しかもその声はどこかで聞き覚えがあった。


「……誰だ。出てこい!」


 クウヤは剣を構え、未知の敵に備える。仲間たちも自分たちの得物を構え、警戒する。


 玉座の影から、ゆっくりともったいぶったように人影が現れる。


 その人影はゆっくりとクウヤのほうへ歩み寄る。次第にはっきりとしてくるシルエットにクウヤは愕然とする。


「……! なぜ貴方がここに?」


「クウヤ、久しいのう。我が望み、理想の実現のためにはここでなければならんのだよ」


 現れたシルエットはしまりのないまるみを帯びた体型をなしていた。歳のころは老年に差し掛かろうかという男であった。その目は狂気の光を宿し、爛々と光る。


「おじい……公爵!」


「ずいぶんな言い方だな、クウヤ。貴様のせいでどれほどの苦渋を味あわされたのか理解していないのか……愚かなことよ……ク、ク、ク……」


 現れた人影は公爵であった。しかし、以前の公爵ではなかった。目には狂気に満ちた光をたたえ、その視線はあさってを見ており、目の前のクウヤを見ていない。歩き方もぎこちなく、操り人形のようであった。髪もボサボサで顔を知らなければどこの浮浪者かと見紛うほどの変容だった。


「儂はのう、クウヤ……すべてを魔戦士復活にかけておったんじゃ……分かるか、すべてじゃぞ……帝国宰相たる儂が……すべてを……」


 公爵の独白はいつ果てるともなく続く。誰に向けた言葉なのか、判然としない。言葉自体は聞き取れるが何が言いたいのかクウヤたちにはまったく理解できなかった。


「お前たちが……儂のすべてを奪ったんじゃ。現在の苦境の原因はすべてお前たちじゃ……そうに違いない……」


 クウヤたちは戸惑う。大魔皇帝の復活を確認するために、あわよくば復活を阻止するためにこの場所へ来たはずである。しかし現状は半分気のふれた老人の独白に付き合わされ、当初の状況と現状の著しい状況の変化に彼らの理解が追いつかない。


「……まあ、よい。幸か不幸か大魔皇帝陛下の復活に立ち会うことができた。すべてをやり直すため、儂は陛下のお力にすがることにした。のう、クウヤよ……分かるか? 今の間違った状況は正さねばならぬ。もう一度やり直すのじゃよ、陛下……偉大なる大魔皇帝陛下の思し召しのままに!」

 

 公爵はそう言うと狂ったように高笑いし始める。それと同時に、玉座が光る。


『時は来たれり。余は依り代にて顕現せん』


 公爵の狂気の高笑いを背景に大魔皇帝の復活宣言がこだまする。


 突如、公爵の動きが何者かに拘束されたようにぎこちなくなる。公爵の目にはもはや光はなく淀み、だらしなく開いた口からは獣のようなうめき声しか出てこない。


「おい、クウヤ! 何がおきてんだよ。アレは一体何なんだよ」


 状況がわからないエヴァンはまくしたてる。


 クウヤたちはその光景をただ静観するしかなかった。というより目の前で繰り広げられる光景がいったい何なのか理解の範囲を逸脱していため、とまどっていた。


 クウヤたちの戸惑いをよそに公爵はふらふらと歩き、玉座にすわった。


 すると玉座をどす黒いオーラが取り巻きはじめる。


『余は復活せん』


 玉座が妖しい光を放ち、周囲を照らし始めた。玉座に座っている公爵は痙攣をはじめ口から泡を吹き尋常でないことが起きているのは明らかだった。


「玉座を……玉座を破壊してください!」


 タナトスが突如叫ぶ。


「何? 何で玉座を……」


 クウヤが疑問に思うがタナトスが急かす。


「説明は後! とにかく玉座を破壊してください」


「クウヤ、とにかく玉座を!」


 空気を読んだルーが叫ぶ。


 クウヤは訳もわからず、玉座を攻撃する。


「何を……する……クウヤ……愚かな……ことは……やめんか……」


 公爵は息も絶え絶えにクウヤを静止しようとする。玉座はクウヤの攻撃にもかかわらず、角がかけた程度で健在だった。


「かてぇ……ちょっとやそっとでは壊せん!」


「俺に任せな!」


 エヴァンが大上段に構えた剣を勢い良く玉座へぶつける。


「がっ……」


 振り下ろされた剣はかん高く、耳障りな金属音を盛大にならし、弾かれた。


 エヴァンの一撃をこともなくしのいだ玉座はクウヤたちをあざ笑うように鎮座している。


「クソッ……全員でやる!」


 クウヤがそう叫ぶと仲間たちは攻撃の体制を取った。ルーとヒルデそしてタナトスは魔法を、エヴァンはもう一度剣撃を加えるべく身構えた。


「いっけぇー!」


 クウヤが攻撃の口火の魔法を放つ。仲間たちはそれに続いた。


 玉座は爆炎に包まれ、その姿を隠された。クウヤたちは玉座の破壊を確信する。


 爆炎のあとの煙が次第に晴れる。


「……何? 硬すぎる……」


 思わず、クウヤは嘆きを漏らす。仲間たちも同様に自分の目を疑った。


 あれだけの攻撃にかかわらず、玉座は健在だったのだ。


 クウヤたちの攻撃をあざ笑うように立ちはだかる玉座の姿に愕然とする。


「ふ……ふ……ふ……はぁ……はぁ、はっはっは……」


 玉座からしわがれた耳障りな嗤い声が聞こえる。クウヤたちは声の主に注意を向ける。


「ふ……愚かなり、小僧。まだ己の矮小さを理解できぬか」


 玉座にうなだれるように座っていた公爵が、操り人形のように不自然な立ち上がり方をする。


『余の力に括目せよ。汝ら小さきものに復活の小手調べの相手をしてもらおう』


 立ち上がった公爵の声にクウヤたちは驚く。その声は公爵のものではなかった。


 その声は大魔皇帝そのものだった

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