第128話 魔物の脅威

 クウヤたちは目の前の廃墟見上げ、様子を伺う。聞こえた得体のしれない大魔皇帝を名乗る声に警戒し、全員が自分の得物を構えたままである。


「本当に入るのかよ? あんな得体のしれない誘いに乗る気か?」


 めずらしくエヴァンが弱気になっている。エヴァンなりに何かを感じているらしい。


「……望むと望まないとにかかわらず、我々は行かねばなりません。魔物の流出を封じるために」


 いつになく強い意志を込め、タナトスは決意を語る。反対にエヴァンはげんなりとした表情を隠さない。


「とにかく、行くしかないだろう。俺たちは魔物の流出を止めにきたんだからな。エヴァン、そんな顔するな」


 クウヤは苦笑しながら、エヴァンをなだめ廃墟への進入を促す。


 一行は遺跡の雰囲気に気圧されながらも進入を試みる。


 入口となる巨大な門扉は所々朽ちていたものの、その威容はまったく失われていなかった。その門はクウヤたちを威圧し、あわよくば排除するスキをうかがっているような雰囲気さえ醸し出していた。


 クウヤはその門扉の前に立ち、力いっぱい門を押した。


 しかし、門扉は開かない。


 もう一度クウヤが門扉を押そうとするとタナトスが手伝い始めた。それにつられるように仲間たちが次々と門扉を押し始める。


「……大魔皇帝陛下に呼び出されているんじゃないのかよ。なんでこの扉は開かねぇんだ」


 エヴァンが力いっぱい門扉を押しながら、愚痴るがそれに答えるものは誰もいなかった。


「となると……みんな離れて!」


 クウヤが門扉から距離を取り、魔法を発動させつつ剣を構えた。それに合わせて仲間たちも門扉から距離をとった。


「大魔皇帝よ、力を示す! 門扉を開けろぉ」


 クウヤは剣の刃に纏わせた炎を力任せに門扉へぶつけた。すさまじい爆音と共に衝撃波が仲間たちを襲う。


「やった……か?」


 爆炎により、砂塵が舞い上がり門扉の姿が見えなくなる。クウヤは手ごたえがあったのか、門扉の破壊を信じていた。が……


「な……なんで」


 砂塵が薄くなると門扉の状態が露わになる。門扉には多少傷はついているものの破壊には至っていなかった。


「なんて頑丈な扉だよ」


 エヴァンも思わず声を上げる。


 門扉の黒光りする金属がクウヤたちを明らかに威嚇し、拒絶している。


「『来い』と呼んでおいて門前払いかよ。大魔皇帝へーかは狭量だねぇ」


 エヴァンは大魔皇帝を揶揄する。魔族はその発言に怒りを隠さなかったが、エヴァンを睨むだけだった。


「しかし、このままでは……」


 クウヤはもう一度門扉を調べる。門扉にはおどろおどろしい龍のレリーフが所狭しと飾られている。


「大魔皇帝よ! 魔戦士が参上した。門扉を開け給え!」


 門扉の前でクウヤは叫ぶ。


 しかしその叫びは虚しく廃墟に吸われていった。


「我が声が聞こえぬと言うのなら、ここを全て破壊する!」


 あまりの無反応ぶりにクウヤが怒りを隠さず、己のありったけの魔力を集めだす。次第にクウヤを中心に黒い渦が回りだす。どこから集めたのか膨大な魔力がクウヤ周辺に集まり、クウヤの姿が揺らぎだす。


「クウヤ、やめてっ! 魔力が……魔力が暴発する!」


 ルーが膨大な魔力を前に恐れをなし、クウヤを止めに入る。ヒルデもクウヤの行動を止めに入る。


 するとまたあの得体のしれない声が辺りに響く。


『魔戦士よ、入るがよい』


 その声がするや否や門扉がかん高い金属どおしがこすれる音とともにゆっくりと開きだす。


「……まったく、開くなら開くでさっさと開けばいいものを」


 集めた魔力を拡散させながら、愛剣を肩にかつぎクウヤはため息交じりにつぶやく。


 クウヤのぼやきを傍らに一行は中へ入る。入口の向こうにあるのは深淵の入り口だった。


――☆――☆――


 入り口を入るとしばらく真っ直ぐ薄暗かった。しかし目が慣れてくると青白い燐光が回廊をおぼろげに照らしているのが目に入る。燐光はクウヤたちが歩く付近だけに自動的に灯り、回廊の奥は暗闇に包まれ全容は把握できない。柱々には古代生物なのか巨大な得体のしれない生物の骨が装飾としてはめ込まれている。


 おどろおどろした雰囲気の回廊を延々と奥へ奥へと進む一行。


「いったいどこまで続くんだ、この回廊は……」


 しばらく歩くと、いい加減変化の乏しい風景に飽き飽きしていたエヴァンが不平を言う。


「さてね……陛下にお伺いしてみれば?」


 クウヤはからかうようにエヴァンに提案する。


「は? お前何を言っているんだ」


 エヴァンはクウヤの言葉が理解できず、聞き返してしまう。エヴァンがさらにクウヤへ噛み付こうとした瞬間、クウヤが回廊の闇の中に何かを見つける。


「おっと、馬鹿言ってる間にどうやらお迎えみたいだぞ」


 クウヤの一言に全員が回廊の奥に視線を集める。青白い燐光を背に耳障りな金属のぶつかりあうような音を辺りに響かせ、近寄ってくる影があった。


「あ……あれは」


 魔族の案内人がその影に吸い寄せられるように走り出た。


「おっ、おい! 待てっ」


 クウヤの静止を振り切るように案内人の魔族は影に駆け寄る。


「大魔皇帝陛下の近習の方とお見受けする。陛下に……陛下にお取り次ぎ願いたいっ!」


 魔族は影の前におどりでて、跪きありったけの声でそう叫んだ。


 その声に影は歩みを止める。 


「おお……御使い殿、お取り次ぎ願えるか」


 案内人が安堵の声を上げるとほぼ同時に影はゆらりと揺らいだ。


「え……?」


 案内人がゆっくりと頭を下げる。まるで影に対し土下座をするような形になる。しかしそれきり案内人は身動き一つ取らなかった。


 魔族が動かなくなるのを確認し、影たちは踵を返し、回廊の闇へ紛れていった。


 その光景を一言も発せず見ていたクウヤたちは、ある程度影が離れたあと注意深く土下座の姿勢で動かない魔族のもとへ近寄る。


「……なんと酷いことを」


 まさぐるように魔族の身体を調べていたタナトスが首を振りながら嘆いた。


「何がどうなったんだ?」


 クウヤがタナトスに尋ねた。仲間たちも状況が飲み込めず、首を傾げている。


「……何と言えばいいでしょうか。単純に言えば『生きながら死んでいる』とでも言いましょうか……」


 タナトスの言うことを理解できないクウヤは首をひねる。その様子にタナトスは言い直す。


「身体は取り敢えず活動しているのですが、この身体には魂がありません」


「魂がないって……どういうことだ?」


 イメージができないクウヤはタナトスに聞き返す。これまでクウヤは魂がなくなるという事態をした見たことも聞いたこともなかった。


「言ってみれば、喜怒哀楽を持ち、意志を持って活動する核となるものが抜き取られた状態なんです。動くことはないないですがアンデッドと似たような状態と考えればわかりやすいでしょう」


 タナトスは幼子に説明するようにできるだけ簡単に説明する。説明を聞いてクウヤは背筋に寒いものを感じる。


「ということなら、案内人は……」


 そう言いながらクウヤは案内人を見る。案内人はまだ土下座したままの姿で微動だにしない。


「文字通り生ける屍と言えるでしょう」


 タナトスは祈りをささげながら答える。


「案内人は永久にこのままで、土下座したままなのか?」


 クウヤは訝しながら、タナトスに質問する。魔の森でアンデッドに襲われたトラウマか、やや過剰に反応する。


「いえ。魂を抜かれた今の状態だといずれ命の火は消えることになるでしょう」


 タナトスはそう言うと祈りの言葉を口にし、案内人のために祈る。


「そうなると、さっきの黒い影が魂を奪ったということなんだろうか?」

「でしょうね。自然に起きるような現象ではないので」

 

「そうするとなぜ魂を奪ったのか……」


「そんな難しく考えることはないだろう? クウヤ」


 クウヤは声の主のほうを向く。


「このまま大魔皇帝のもとへ行けばわかるんじゃないか?」


 エヴァンは親指を上げる。


「よし、じゃあ行こうか」


 クウヤたちは案内人の生ける屍を残し、先を進む。


 少し回廊を進むと、奥から影が近づくのが見えた。


「また、影か……」


 クウヤは剣を構え、先へゆっくり進む。すると影が少しずつ接近する速度を増した。


「どうやら、歓迎してくれるみたいだぞ。みんな構えろ」


 クウヤの檄に全員が反応する。影だったもののディテールがだんだんはっきりしてくる。魔物だ。角を振りかざし、鋭い牙を見せつけ、クウヤたちを威嚇しながら急速に接近してくる。


 雄叫びを上げ、クウヤは迎え撃つ。エヴァンもクウヤに習い、魔物をなぎ払うべく愛用の両手剣を低く構え魔物の群れに突撃する。


 クウヤたちの剣と魔物の角や牙が激しくぶつかる。魔物の鱗をなぎ、血潮が飛ぶ。


「……なんだ?」


 クウヤは魔物と何度か激突し、違和感を感じる。


(こっちのほうが殴っているはずなのに……)


 クウヤの違和感は魔物を打ちすえ、斬っているはずなのにそれほどダメージを与えた感じがなく、反対に自分たちのほうが消耗していることからきていた。


(なんで、魔物が倒れないんだ……?)


 クウヤは疑問が晴れないまま、魔物と相対するしかなかった。


「おい、エヴァン大丈夫か?」

「ああ、まだなんとかな。しかしこいつらやたらタフだな。いくら攻撃してもびくともしねぇ」


 魔物と距離を取り、エヴァンと背中を合わせクウヤは戦いの間に感じた違和感を話す。


「……確かにこいつら何か今までの魔物とは違うな。ヤツらとやりあうとやたら疲れる」


 エヴァンもクウヤと同じような違和感を感じていた。攻めあぐむ彼らに業を煮やしたのか、ルーがいらだちを感じていた。


「大丈夫? しっかりやんなさいよ!」


 後衛のルーが二人に発破をかける。それと同時に魔法で支援する。


 ヒルデもルーに負けじと魔法を駆使し、支援するがヒルデもまた違和感を感じていた。魔法が命中しているはずなのに弱っている雰囲気がしなかったからだ。


「クウヤくん、おかしい! まるで手応えがないの」


「ヒルデもそう思うか。剣でいくら斬っても、倒れる気配がない」


「……まさかとは思うが」


 おもむろにタナトスが口を開く。


「もしかすると今戦っている魔物はこちらから力を吸い取っているのでは?」


 タナトスの言葉に一瞬クウヤたちの目が彼に向いた。


「魔物と打ち合っているときに力が抜ける感じはなかったですか?」


 クウヤたちは魔物と格闘しながらタナトスの言葉にうなずくものがあった。確かに、クウヤとエヴァンは魔物を直接攻撃したときに違和感を感じていた。その正体がこれだった。


「やはり……」


「何だよそれ! 反則じゃねぇかっ!」


 エヴァンはタナトスの結論の理不尽さに思わず声を荒らげる。


いにしえの禁呪に相手の体力などを奪い取る邪法があったと聞いています。もしかするとその禁呪を仕込まれた魔物の可能性があります」


 クウヤたちは絶望的な気分に襲われた。彼らは物理的にも精神的にも魔物の襲撃をうけていた。

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