第127話 大魔皇帝の声 

 クウヤは龍相手に修羅と化していた。龍の巨体を前にクウヤは一歩も引かないどころか、むしろ龍が押されている。


 龍は苦し紛れにおおきく振りかぶって、クウヤを巨大な戦斧のような爪で薙ぎ払おうとする。しかしクウヤは軽々とその一撃を躱す。


 龍の一撃を躱したクウヤはお返しとばかり、大上段にかまえ龍を袈裟斬りする。肩口から腰にむけて、龍の硬い鱗が一刀両断されていく。鱗の破片が血しぶきと共に辺り一面に飛び散る。その痛みに龍はのけぞり、咆哮する。分断された鱗の破片と龍のどす黒い血飛沫があたりに飛び散る。


「くっくっく……どうした、どうしたっ! それでも最強の魔物なのか! ぬるい、ぬるいぞっ! くははぁっ」


 クウヤは龍の血を浴び、その血を拭うこともなく苦痛にあえぐ龍を嗤っている。


 有りえない光景にルーだけでなく、仲間たちが全員絶句している。


 龍は魔物の中でも、体躯たいく、力、耐久力などいずれも他の魔物をはるかに凌駕しており、人が龍相手に互角以上の戦いを繰り広げるなど有りえない話だった。


 しかしクウヤは猛獣使いのように龍を翻弄し、普通の人であれは跡形も残らないであろう激しい攻撃を受け流している。クウヤが龍をいたぶっているようにもみえる。


 その姿はもはや人の形をした全く異なる何かだ。その上、クウヤは邪悪な笑みを浮かべ、龍をいたぶる姿はかつてのクウヤではなく、下等な生物や魔物をいたぶる上級悪魔アークデーモンにみえる。


「クウヤ……貴方は一体……どうしてしまったの? 何者になってしまったの?」


 ルーは声にならない声でクウヤが自分の知っているクウヤになっていることに驚きを示す。彼女はクウヤの存在がわからなくなっていた。


「さて、終わりにしますか!」


 クウヤは剣を大きく水平に薙いだ。龍の首が放物線を絵描き、宙を舞う。龍は断末魔の声をあげることもなく、ひざを屈し倒れ込む。辺りに龍の崩れ落ちる音が響き渡る。あれだけクウヤに激しい攻撃を仕掛けた龍がアッサリ、クウヤの一撃で絶命した。


 龍の返り血を浴び、黒い笑みを浮かべるクウヤの姿は悪鬼そのものだった。


「よう、終わったぞ。先に進もうか」


 血まみれのクウヤは事も無げに軽く仲間たちに声をかける。傍らには首をはねられ、時折わずかに痙攣する龍の骸がある。クウヤには路肩の丸太と同じようにその骸には何の関心なかった。


 あまりの壮絶なクウヤの姿に仲間たちは戸惑いを隠せなかい。しかし彼らとしても先へ進まなければならなかったので、クウヤのあとを追った。心持ちクウヤと距離を取っていたが。


――☆――――☆――


「あれか……?」


 クウヤたち一行の目の前に打ち捨てられた城塞跡が現れた。森の暗がりからそびえ立つ物見の塔や城塞の建屋が妖しい雰囲気を醸し出している。上空には、鳥型やコウモリ型などの空飛ぶ魔物が耳障りな鳴き声を上げ、雲のようにむらがっている。


「あれが今はお隠れになっている大魔皇帝陛下がお住まいだった旧帝城です」


 案内人はいささかの感慨を込めて、クウヤたちに伝える。


「あそこから魔物が湧いてくるのか? あんな廃墟から……」


 エヴァンはその廃墟を眺め、感嘆する。女性陣も同様だった。


「クウヤ……?」


 ルーがクウヤの異変に気づいた。クウヤは虚ろな目で廃墟を眺めていた。その上、得体のしれないオーラをまとい、その雰囲気は魔人と呼んでも差し支えないぐらい禍々しい雰囲気を醸し出している。


「……を? なんだ?」


 クウヤはルーの顔を覗き込む。クウヤはいつもの表情だった。その変わりように驚いているルーを不思議な顔でクウヤは見る。


「どうかしたのか、そんな顔して?」


 何を聞かれているのか皆目見当のつかないクウヤは首を傾げる。


「……貴方クウヤですよね?」


 ルーは念を押すように尋ねる。


「何をわかりきったことを……」


 ルーの意図が分らないクウヤは怪訝な顔でルーを見返す。


「クウヤですよね!?」


 ルーは哀願するように再び尋ねる。


「あ……ああ。間違いなくクウヤだけど」


 わけのわからないクウヤはルーに対し不思議そうな顔を隠さない。


「……クウヤ」


 ルーは繰り返されたクウヤの返事にやっと落ち着いた。


「るーちゃん、よかったね。クウヤくんはクウヤだよ」


 ヒルデはルーの背中をそっと抱き慰める。ルーは無言でうなずいた。


「さっきから何言っているんだよ?」


 クウヤはまったく自分のあずかり知らぬところで話がまとまっていることに不満を示す。


「……クウヤ、本当に自覚がないのですね」


 クウヤの言葉にあきれ顔のルーはため息をつく。仕方なくルーは龍と戦っていたときの様子を話す。


 それを聞いてもクウヤにはまったく自覚がない。


「……本人がわかっていないなら、どうこう言っても仕方ないかもしれませんが気をつけてください。あの戦いざまは魔物と変わりませんでしたよ」


 ルーはこれ以上何を言ってもらちが明かないと思い、話を打ち切った。


 そこまで言われてもクウヤには思い当たることはなかった。


(そう言えば龍と戦っていたときの記憶が曖昧だな……身体の中からわき出すものは感じたが……)


 クウヤはわずかながらに残る感覚を思い出した。その感覚は弱いものであったが、何かしら引くに引けないようなハマってしまいそうな快感があることに気づく。


「クウヤくん、自覚がないなら気をつけてね。龍と戦っていたときのクウヤくん、危ない感じがしたよ」


 ヒルデが言葉足らずのルーの言いたいことを補足する。あの時のクウヤは正に狂戦士バーサーカーと見まがうような醜悪な戦い方をしていた。仲間がそんな戦いをすることが耐え難いとクウヤには伝えたかった。ヒルデも思っていたがクウヤに強い思い入れのあるルーはなお一層強く思っていた。


「クウヤくん……なんて言ったらいいのか……龍をいたぶることに快感を覚えてなかった? 傍からはそう見えたわ」


 クウヤはヒルデに指摘されたことを否定できなかった。確かにあのとき快感を感じていた。普段なら魔物と戦うときに高揚感はあったが、痛めつけることに快感を覚えたことはなかった。そう考えると龍との戦いは異常な状態だといえる。


「あのときのクウヤくんは怖かった。何か得体のしれなバケモノにとりつかれたように見えて……とにかく、気をつけてね。連合軍の象徴さん」


 ヒルデがめずらしく冗談めかしてクウヤを諭す。


「……努力するよ。象徴のお仕事はきちんとしないとな」


 クウヤも調子を合わせ、冗談めかす。


「クウヤ……本当にちゃんとしてください。お願いします」


 ルーに恨みがましい目でにらまれた。クウヤの様子が本当に分っているのか疑わしくルーの目に映った。


「どうでもいいが、もうすぐ我が種族の聖地が間近だ。静かにしてもらえんか?」


 案内人がクウヤたちにうらみがましい目を向け抗議する。魔族としては周辺国の安定に協力して、わざわざ聖地までよそ者を案内しているのにもかかわらず、痴話げんかのような話ばかりのクウヤたちにうんざりしていた。半分『魔族をなめているのか?』という思いに駆られ、クウヤたちを討伐しそうなぐらいの剣幕だった。


「気を引き締めていかないと、思わぬケガをするかもしれません。ここは魔物の領域、人間の領域ではないのですから」


 念を押すようにタナトスが案内人の言葉の後に続ける。タナトス自身もクウヤたちが今一つ緊張感に欠ける気がしていたからだ。


「……先に進む」


 仏頂面の案内人がさらに不機嫌そうに先に歩き出した。


――☆――――☆――


 クウヤたちはついに廃墟となっている城塞のすぐふもとまで来た。

 眼前に存在する城塞遺跡は異様なほど重々しい雰囲気を醸し出す。城塞の外壁に張り付いているまがまがしい彫像などがさらにその雰囲気を強調している。


「で、これからどうすんの? 教皇さんよ」


 エヴァンがタナトスに尋ねる。


「できれば、この城塞遺跡に何らかの封印をして、魔物をこれ以上外へ出さないようにしたい」


 わずかに案内人が『封印』という言葉に反応したが特に異議を唱えなかった。とりあえずこの魔族の聖地である城塞遺跡が残るのであれば多少のことには目をつぶるよう指導者層から指示されているようだった。


「封印するっていったってこんなバカでかいもの全体をするのかい? ちょっと無理があると思うけど」


 エヴァンがタナトスの話に疑問を呈する。それもそのはず、目の前の建物は巨大でおそらく端から端まで全速力で走ったとしても、ゆうに半日はかかりそうだった。建物の高さもクウヤたちの背丈の何十倍もの高さでクウヤたちがどうやったら封印できるのか百人いたら百人が疑問に思うことは間違いなかった。


「いえいえ、さすがにこの遺跡全体を封印するなんてできませんよ」


 タナトスは苦笑いする。


「魔物の発生源となるこの遺跡の中枢部を探し出し封印する――これ以外に方法はありません」


 めずらしくタナトスは力を込めて力説する。一方、クウヤは不機嫌になる。タナトスの話が初耳だったからだ。


「しかし、そんな話は聞いていなかったが?」


 クウヤはタナトスに抗議する。当初現場を見るとしか聞いておらず、対処法については何も聞いていなかった。タナトスはクウヤにアッサリ謝罪する。


「ここまで魔族の方の協力が得られるのか不明だったことと、魔物の発生源が本当にあるのか確証がなかったので。結果的に騙すような形になってしまって申し訳ない」


 クウヤはため息をつき、両手をあげた。この場所、このタイミングでタナトスを責めても何も好ましい結果がもたらされないことが明らかだったからだ。仲間たちもため息をついている。クウヤと同じ気持ちのようだ。


「状況を把握の上、増援が必要か判断する――それが今回一番の目的です」


 タナトスはそう説明した。言外に現状で可能ならば自ら封印をするつもりだと匂わせる。その雰囲気をクウヤが覚る。


「それで……引き返すかい?」


 クウヤがタナトスに尋ねる。タナトスは首を振る。


「いや、もう少し内部を調査しましょう。どこに中枢部があるのか現時点では不明ですし」


 その話を聞いて、案内人が不快な顔をする。

その雰囲気を感じて、タナトスはあえて案内人に尋ねた。


「魔族の聖地へ進入することになりますがよろしいかな?」


 タナトスは案内人に聞く。案内人は苦虫を口いっぱい噛みつぶしたような苦渋に満ちた表情になる。 


「……族長から色々厳命されてはいるが……個人的な感情を言えば、内部を荒らされるのは承服できん」


 案内人は抑揚のない声で答える。あふれる怒りを無理やり抑えている雰囲気がありありとしていた。


 そのとき、あたりに妖しげな声が低く響き渡る。


『余のもとへ来い。魔戦士よ』


 その声が聞こえると同時に城門の巨大な扉がきしみながなら開き始める。


「……大魔皇帝……陛下……?」


 案内人は目を見開き、あたりを怯えたように見渡す。


「大魔皇帝……だと? もう復活したのか……?」


 クウヤは驚愕し、遺跡を目を凝らし睨む。


「……まずいですね、急いで中へ入りましょう。幸い、皇帝陛下は我々を歓迎されているようだ」


 タナトスは開いた城門へ歩み始める。クウヤたちもそれに続いた。


 城門の中は暗く暗く、クウヤたちを飲み込んでいった。

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