第123話 リゾソレニア会談

 船団はリゾソレニアの港に入港、直ちに積載していた物資の揚陸を始める。兵員も上陸し港の詰所へ移動、次の指示を待ちながら自分たちの装備の点検を始めている。


 クウヤたちは船団の責任者と同乗してきた兵団の指揮官とともにリゾソレニアの政治の中枢である水晶宮クリスタル・パラチウムへ向かう。


 リゾソレニアの港は往き交う人も多く、リクドーの港に引けをとらないにぎわいをみせていた。


――表面的には。


「非常事態にさらされている国の港の割にはにぎわってますね。でもへんな感じ……」


 誰ともなくつぶやいたルーの言葉を耳にしたクウヤは歩きながらまわりを観察する。純粋なヒトとわかる通行人の中に、明らかに獣の特徴を一部備えたいわゆる獣人の割合が多いことに気づく。


 ヒトは比較的裕福そうな服装をし、持っている荷物も少ない。しかも、魔物の襲撃を受けている国の民にしてはあまり悲壮感が感じられない。しかし獣人たちはみすぼらしく、重い荷物を抱えている。その目は何かに怯えた目をしており、動き一つ一つが何かを恐れていた。


 さらにヒトのあとをついて歩く獣人がいたが、大抵そういう獣人は重い荷物を背負い、うつむき加減で重い足取りでヒトの後を歩いていた。


 路地の入り口あたりにへたり込み、うらめしげに表通りを虚ろに見つめる獣人もいる。どこかで負傷したのか、血が染みてどす黒く変色した当て布をしている。古びた木の棒を杖代わりにつき、おぼつかない足取りで通りを当てもなくさまよっている獣人もいる。よく見ると片手の無いもの、片足の無いものあるいは片手片足が無い獣人がいる。そのような獣人は大抵物乞いをしていた。


 獣人たちは皆一様に恨めしげにヒトが往き交うのを見つめている。その姿は占領地で戦勝国の兵士を見る敗残兵のようであった。ヒトに比べ、明らかに獣人が疲弊しているのがわかる。


 この国でのあからさまな格差にクウヤは違和感を通り越し、嫌悪感を感じざるを得なかった。


(……この国はどうなっているんだ? 何かがおかしい)


 リクドーでも、物乞いのたぐいはいた。しかし、このリゾソレニアほど種族に偏りはない。リクドーではある意味、平等・・に物乞いなどになっていたが、ここでは明らかに獣人に偏っている。


「この国はどうなっているんだ? 獣人たちばかりが疲弊しているように見えるが」


「……この国では獣人の待遇が他の国に比べて著しく悪いということは間違いないようですね、クウヤ」


 クウヤは嫌悪感を隠さず、吐き捨てるように疑問を呈する。クウヤの言葉にルーは客観的な事実だけを伸べる。クウヤの疑念は当然ルーの言葉では晴れるはずもない。


「他の国にではやっていない何か特殊な政策を実施しているだろうか? 奴隷制とか」


 クウヤはなんとか目の前で展開される光景を客観的に説明しようとする。誰に向けた説明というわけではないが、できるだけ客観的に現状を見ないと、この国の代表者と面談するときにいらぬ暴言を吐きそうに感じたからである。


「かもしれません。リゾソレニアでは獣人すべてを奴隷として扱っているのかもしれません」


 ルーはクウヤの意図を知ってか知らずか、クウヤの言葉を肯定する。ルーの言葉を聞き、クウヤは自分の認識があながち間違いではないと思う。


「宗教国家が奴隷制を取っているのか……考えられないな。救いを求めて修行する求道者の集まった国とおもっていたのだが……」


 クウヤは呆れ半分でリゾソレニアの現状を嘆く。ルーは冷淡に言い放つ。


「宗教的な解釈など、どうとでもなります。宗教は時として現実の正確な認識を歪めると聞きますので」


 クウヤは一瞬冷たいものが背筋を走った気がした。つかさず、ヒルデがルーを諭す。


「るーちゃん……その認識が正しいかどうかはわからないけど、この国ではそんなこと、あまり公言しないほうがいいと思うの」


 ヒルデはあたりを見渡し、声を低め、ルーを諭す。ルーはヒルデの指摘に思わずハッとする。


「るーちゃんが宗教についてどういう認識を持っていたとしても構わないけれど、その認識を口にする状況は選んだほうがいいと思うよ」

 

 ヒルデの言葉に反論しないルー。流石に聡いルー、ヒルデの言葉の意味をすぐに理解した。


「……少し口が過ぎました。気をつけます」


 珍しくルーが反省の姿勢をみせる。その姿をエヴァンがもの珍しそうに見ている。


「ほー、珍しいこともあるもんだ。ルーが謝罪の言葉を口にするな……ゲフっ……」


 不用意にからかったエヴァンはルーから制裁の一撃を腹に食らう。ルーは顔を紅潮させ拳を握り小刻みに震えている。

 

「……ってぇなぁ。殴らなくてもいいじゃないか」

「黙りなさい。エヴァンのクセに生意気です」

 

 思わぬところでスキを見せたルーを生暖かい目で見つめ、やんわりとクウヤはルーを止める。


「そんなに照れることはないと思うぞ、ルー」

「……クウヤ。私は照れてません」

 

 ルーの両肩をつかみ、ルーと目を合わせる。しかしクウヤの目はどこまもで生暖かった。その目がルーの怒りを呼ぶ。


「クウヤ……その顔についているものは節穴ですか? そんな役に立たないものならふさいであげましょうか?」

「ま……まて、まて。話せばわかるだろう? ちょっと落ち着け、な……な、ルー」


 ルーを取り巻く空気は一気に冷えて氷点下まで達しそうな勢いで冷えていく。それに合わせるようにクウヤの血の気が引いていく。


「まぁまぁ、るーちゃん落ちついて。クウヤくんだって悪気はないんだから、ね?」


 ヒルデがいつものようにルーを宥める。ルーの怒気に驚くクウヤは早々に話題をはじめに戻す。


「……にしても、この国には歴然とした種族差別があるらしいことは間違いないな。こんなひどいのことは他の国ではないな」

「確かに。帝国でもマグナラクシアでもこんなことは見聞きしたことはありませんね」


 クウヤもルーも、あたりをさり気なく見渡し、感嘆する。


「ま、他の国にはここほど獣人がいないってこともあるかもね。とはいえもういいんじゃない、その話」


 エヴァンが突如話を打ち切った。仲間たちがエヴァンを見る。


「どうやら、ついたらしいぜ。たぶんあの仰々しいガラスのハリボテが目的地じゃないの?」


 目の前にはいつの間にか水晶宮が立ちはだかっていた。


――――☆――――☆――――


「よくぞおいでくださった、連合軍の方々。リゾソレニアを代表して歓迎いたします」


 リゾソレニアの代表たるタナトスはクウヤたちを仰々しく出迎えた。


「リゾソレニア代表自らのお出迎え痛み入ります。不躾ではありますが緊急時につき早速今後の動きについて協議したい。こちらの人員の紹介は協議の場にて合わせて行いたいがそれでよろしいか?」


 連合軍司令官が開口一番、協議の開始を申し出る。タナトスは一切嫌がる素振りを見せず応える。通例このような外交的な場では一通り、参加者が言葉をかわしお互いの素性を明らかにするものだった。しかしリゾソレニアが直面している状況がそのような外交的儀礼を吹き飛ばした。そのことを一番良くわかっているタナトスである。


「もちろんですとも。こちらに何ら異論はございません。それではさっそく会場へ向かいましょう」

 

 連合軍首脳部一行は大した前置きもなく、協議の場へと急ぐことになった。


「――それでは、会議を始めたいと思います」


 議事進行を務める連合軍士官の第一声により会議は特に儀礼的な前置きもなく始まる。


 水晶宮内にある教皇専用区画の応接室、そこを急場の前線指令室として改造し、会議もそこで行われることとなった。室内には応接室だったので豪華な調度品などが置かれていたが今は部屋の隅に追いやられ、申し訳程度の白布をかけられている。会議を行うテーブルも急造感のとれない白木のテーブルだった。


「現状についてはこの場にいらっしゃる皆々様はほとんどご理解いただいていると思いますが――」

 

 議事進行係の連合軍士官は一呼吸置き、自分の言葉が参加者に届いているのか確認する。当然のごとく現状について認識していない参加者はいない。


「この場で確認してかなければならないのは連合軍の介入をどこまでこなうかということと指揮命令系統についての確認です」


 連合軍は当然のことながらリゾソレニアとは全く別の指揮命令系統で動いている。ただリゾソレニアの軍と連携するためには互いの作戦行動についていろいろすり合わせておかなければまず連携作戦をとることなど不可能である。会議の主題は当然そのすり合わせになる。


「……リゾソレニアとしては、基本的な指揮権をこちらに頂きたい。この国の状況を把握しているのは我らが一番なのでな」


 教皇タナトスを軍事面で補佐する兵部卿がリゾソレニアの要求を連合軍側に表明する。連合軍側もその程度のことは予想ずみで特に驚くことはなかった。


「連合軍としては会敵までの配置についてはリゾソレニアの指揮下に入ることはやぶさかでない。ただ会敵後の作戦行動についてはこちらの自由が効くよう独自の作戦行動をとらせてもらう」


 リゾソレニアの兵部卿がわずかに腰をうかせた。しかしそれを隣にいたタナトスが制する。


「……わかりました。ただ、事前協議はお願いしたい。それ無しでの独自行動は認められない。よろしいな?」


 タナトスは有無を言わせず、連合軍側に要求する。その要求を聞き、兵部卿は安堵の表情になる。反対に連合国側は眉間にシワを寄せ、腕を組んで天井を仰ぎ見る。


「しかし、それでは緊急時の対応が遅れてしまったら……」


 連合軍側はどうしても時間がかかってしまうリゾソレニア側の提案するやり方に懸念を示す。当然である。連合軍からすれば独自に動く必要がある度に事前協議が必要になり、時間と手間が取られ、事態に対処できない可能性がある。


 しかし、タナトスは涼しい顔で言い放つ。


「大丈夫でしょう。そのための魔戦士なんでしょう?」


 その一言に連合軍側の面々が互いに顔を見合わせる。突如話題の中心人物となったクウヤですら、仲間たちと顔を見合わせ、戸惑っている。


「……猊下、それはクウヤ一行にはリゾソレニアでの行動の自由を与えるという意味ですかな?」


 連合軍司令官からの質問にタナトスはにこやかに首肯する。


「……! 猊下、それでは……」


 その答えにリゾソレニア側がざわつく。リゾソレニアとしては支援にきた連合軍といえども、国内にいる間は四六時中監視下に置きたかったが、タナトスの提案はたとえクウヤ一行のような小規模でも看過することは難しい。それはクウヤが一人で一軍に値する力を持つと言われる魔戦士だからである。


「心配はありません。非常に簡単な問題の解決方法があります」


 ざわつく一同を前にタナトスは更に爆弾を投下した。


「魔戦士一行に私自ら同行すれば何の問題もありません」


 この発言はリゾソレニア、連合軍双方から懸念の声が上がる。リゾソレニアからすれば自らの国の代表者、すなわち最高司令官が最前線に立つことを意味し、そんな事態を受け入れられるはずもなかった。


 連合軍側からすれば、支援する国の代表者が最前線に立つことにより、護衛のために戦力を裂き、常にその動向を把握しつつ補給等を最優先に行う必要が発生する。そのため作戦行動の自由は制限されることになる。


「猊下、ご再考を!」

「お考え直しください、猊下!」


 会議の参加者の大半はタナトスに再考を求める声をあげる。しかし当のタナトスは涼しい顔で再考する素振りすらみせない。


「クウヤ殿、何を部外者づらしているのか!? 貴殿からも猊下に再考を求めてくれ!」


 会議を傍観していたクウヤにリゾソレニア側から抗議の声が上がる。クウヤにしてみればとんだとばっちり以外の何者でもなかった。 


「……そう言われましても、猊下に何か意見する立場でありませんので」


 やんわりと断りを入れるクウヤ。その態度に露骨に不快な表情をみせるリゾソレニア側の参加者。連合軍側にも若干不満そうな表情がみえる。


「本来は発言する立場ではないのでしょうが……。私の立場から言えば戦場は何が起こるのかわかりません。それ故自由に作戦行動が取れるほうが望ましいと思います。それに猊下にはこの世界で最強の護衛が伴うのですよ。何を懸念することがありましょうや?」


 それまで会議を静観していたルーが発言する。


 会議の参加者が互いに顔を見合わせる。盲点をつかれ、見落としていた視点に気がついたような表情をする。そしてクウヤたちに視線が集まる。


 何か暗黙の合意ができてしまい、ルーの一言で会議な流れが決定してしまった。

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