第122話 波濤の襲撃

おっほぉ。暇つぶしにはちょうどいいな。船旅でちょうど身体がなまってたんでなぁ!」


 エヴァンは手を額に当て、遠くを見る仕草のまま歓喜の声を上げる。その視線の先には数多の魔物が黒々とした波のように船団に近づいてくる光景が広がっている。クウヤも剣を構え、黒い波をにらむ。彼の力は卓越していたとはいえ、目の前の暴力的な数の魔物を前にしてはその力も霞んでしまうほどだった。


「ザコはサッサと片付けたほうがいいな。ルー、頼む!」


 ルーはクウヤにいわれるまでもなく、すでに詠唱を始めていた。


「万物のことわりを統べる力よ、我は求めうったえる。諸物の歪みの顕現なるのものに正しき理の力を示せ! 【雷撃乱舞ワイルド・ライトニング】」


 ルーは両手を頭上高く上げた。彼女の両手に電光がまとわりつき、次の瞬間激しい光とともに一条の光が天を貫く。


 鋭い閃光がおさまると同時に水平線の黒い波が天空から土砂降りのような電光によって切り裂かれ、光とともに魔物の黒い影が消滅していく。よく見ると、魔物が一本釣りされる魚のようにはねている。電撃でのけぞり、波間に消えていく魔物の姿も一匹、二匹ではなかった。水平線に切れ目なく続いていた魔物の黒い線はルーの攻撃でとぎれとぎれになる。


「……相変わらずの威力だな。さすがはルーだ」

「何を間の抜けた当たり前のことを言っているんです。こんなものは戦闘開始の合図ぐらいでしかないですよ。いい加減、腑抜けた発言は控えてください、クウヤ」


 クウヤとしてはルーを呆れ半分褒めたつもりだったが、ルーから感謝の言葉はない。しかし、若干上気した表情は隠せなかった。


「クウヤ、まだ山ほど魔物がいるぜ! ルーもだ」


 エヴァンがクウヤとルーに発破をかける。彼らの目の前には先程吹き飛ばした魔物の数が誤差程度に思えるほどの数がひしめいている。


「ルーに負けてられないなっ……と」


 クウヤは無詠唱で魔法を発動、雨あられのごとく魔物を駆逐していく。連続的に放たれる魔力は魔物を次から次に打ち抜き、魔物は抵抗する間もなく波間に消えていく。


 それでも魔物の数は膨大で、いかにクウヤの力が超絶したものであっても、攻めよる魔物を一気に殲滅することは叶わなかった。撃ちもらした魔物は次第に船団を取り囲む。一部の船は魔物に取りつかれ、船上で白兵戦が始まっている。外縁部の船には火の手が上がる船も出だす。

 

 クウヤたちの船にも魔物の群れが食らいつき、船上での白兵戦が開始される。死骸に群がるアリのように


「……チッ! キリがないな!」


 エヴァンは船上に上がり、襲いかかる魔物を横薙ぎに切り伏せるが、その数はなかなか減らない。


「とにかく、数を減らせ! ヤツらの動きを止めろ!」


 クウヤの激にヒルデが呼応する。小鳥がさえずるような戦場には不釣り合いな詠唱が海上に広がる。


「すべての水を司る精霊に申し奉る。我が願いに応えよ。邪なるモノたちの動きを妨げ、万物の根源たる海に返せ……【浄化の水撃クリア・ストーム】」


 詠唱が終わると同時にヒルデの胸元で合わされた両手の間に青い光が集まる。凝集した光は水に変わり、一気に拡散する。ヒルデから放たれた水は霧状に変化し、魔物たちを覆う。


「ぐ? がぁぁ……」


 霧に包まれた魔物はわずかな呻き声を上げ瞬時にその動きを止める。そうして船上の魔物は彫像と化す。魔法の霧に触れた海上の魔物は呻き声を上げる間もなく静かに波間に消えていく。そうしてクウヤたちの目の前から消えていった魔物は数百を超えていた。


「……ほう。ヒルデも侮れないな」


 クウヤはヒルデの魔法に目を丸くする。エヴァンもヒルデに称賛と驚きの目を向ける。


「……ヒルデ、やるじゃねーか! いつの間にこんな魔法を?」


 エヴァンはヒルデを称賛しながら尋ねる。ヒルデは少しうつむき、はにかんだ表情をする。


「私だってみんなの役に立ちたいもん。このくらいのことはしないとね」

「いや、すごいよヒルデ! すごい力になるよ」

「ち……ちょっとエヴァンくん……」


 エヴァンがヒルデの手を取り、感嘆の声を上げる。ヒルデはエヴァンの直接的な行為に思わず赤面する。


 直後、エヴァンは背中にただならぬ気配を感じる。


「エヴァン……今がどういう状況かわかっているんです?」

「うわっ、た! わ……わかってます、わかってます」


 ルーの指すような冷徹な声にエヴァンはあわてふためき、ヒルデの手を放す。エヴァンがあわてふためいたのは、ルーの声のトーンに驚いただけではなかった。背中に弓につがえた矢を突きつけられれば、エヴァンでなくとも驚くのは当然である。


 異常な事態に直面しても、いつもの通りの仲間たちに安心するクウヤ。


「だいぶ減ったな。あとは目の前を掃除するだけだなっ!」


 クウヤは船上に残ったシラミ潰しに魔物を屠る。クウヤの周囲には魔物の骸が散乱する。ある程度の数、魔物を倒したあと小休止する。


 ふと魔物の骸をながめ、首をひねる。


(……何か変だな。今までの魔物と雰囲気が違う……何だ?)


 クウヤは魔物に違和感を感じた。あたりに転がる魔物がどこかしらヒト臭い部分があったからだ。部分的ではあるがトゲやツノ、ウロコの下にヒトを感じさせる形がみえる。中にはどこからか無理やりヒトの身体の一部を魔物に取り付けてトゲやウロコなどを生やしたようにみえるものもいた。


 今まで多くの魔物を屠ってきたが、そんな魔物は見たことはなかった。今までの魔物はどこからどう見ても、魔物でありヒトの要素はカケラほどもなかった。にもかかわらず魔物は明らかに変化し、ヒトの形態が混ざっている。


 異様な形態変化に訝しく思うクウヤ。


「クウヤ、どうかしましたか?」

「いや、魔物が前と違っていて……」


 ルーはクウヤの言葉に盛大にため息をつき、クウヤを貫くように指差した。


「クウヤ、そんなことに気を取られている場合ではありません! 目の前の魔物を蹴散らし、いち早くリゾソレニアへ着かないと」

「ま……そうだな」


 ルーの言葉に思い直し、クウヤは目の前の魔物を駆逐する。


(しかし……何か悪い前兆でなければいいのだが……)


 それでもクウヤは魔物を切り捨てながら、考えることをやめない。急激に魔物の形態が変化しているのは間違いなかい。その変化に何らかの悪意がかかわっているとしたら……。


 クウヤは自分の危惧が徒労に終わることを祈らずにはいられない。


 頭の片隅に危惧を秘めつつ、クウヤは次から次に魔物を切り伏せ、叩き伏せ、なぎ払う。


「……あらかた片付いたか」


 魔物の群れと接触して小一時間、さらに襲ってくる魔物はいなくなった。


「さてさて……楽しい楽しい魔物掃除よ時間ですよ。え?」


 エヴァンは魔物を倒したあとの後始末をするために魔物の骸に近づく。魔物を倒したあとのお楽しみの時間、売り物になる部位の採取といらない部分を廃棄する作業に入ろうとした。魔物との戦闘後余裕がある場合、兵士への追加報酬代わりとして、魔物の売り物になる部位の採取が認められていた。魔物との戦闘後のエヴァンの楽しみであった。


 しかし――


 魔物の骸に触れようとした瞬間、骸が異様な変化をした。


 魔物の骸は異様な臭いを振りまきながら煙をあげ、みるみるうちに腐敗した。腐敗した死体は腐汁を甲板に広げ、あとに残るのはわずかばかりの骨と腐肉だけだった。


 船上ではエヴァンと同じように魔物の骸を片付ける船員たちがいたが彼らもエヴァンと同様見たことのない魔物の変化に戸惑っていた。


「……お、おいなんじゃこりゃ……初めてだな、こんなの」


 エヴァンはあたりに広がる異様な臭いに耐えながら、魔物の骸だったものをどこからか用意したデッキブラシで突く。


「何だ? 何かあるな……」


 溶けきらず、わずかに残った腐肉をブラシでどける。すると、腐肉の下から妖しい紅い光を宿す黒っぽいガラス質をした菱形錐状の石を見つけた。その石を取り上げ、海水の入った木桶に入れきれいに洗う。


「……何かわからんがキレイな石だな。もらっておこう」


 エヴァンが手にとって握るとほのかに紅い光が石の中に宿る。


「エヴァンくんそれって……見せて」


 石の中に光が宿るのを見たヒルデ。彼女はその石に見覚えがあった。


「ん? 見たことあるの、この石? まさかこんなきれいな石が魔物の中にあるなんてなぁ」


 エヴァンはヒルデに拾った石を手渡す。ヒルデがその石を受け取った瞬間、石が紅い光を放つ。


「おっと! 何だこりゃ?」

「これ……魔導石じゃない!? 透き通るような黒い色、魔力に反応して紅く光る……滅多に手に入らない一級品かも。るーちゃん、見て見て」


 ヒルデはその石をルーに見せる。ルーも石を受け取り、まじまじと眺める。当然、ルーが受け取るとヒルデと同様、石は紅い光を放った。


「……確かに。これだけくすみがないのは見たことがないです。売りにだしたらいくらの値が付くかわからない代物ですね」


 その話を耳にしたクウヤが口をはさむ。


「なんでそんな代物が魔物から? 魔導石って魔物から取れるものなのか?」

「いえ、そんな話は聞いたことがありません。魔導石は基本的に採掘されるものです」


 ルーの言ったことに引っかかったクウヤは引っかかったことを聞く。


「基本的? 例外もあるのか?」

「古の秘術で、魔導石の製造法があると聞いたことがあります」


 クウヤは胡乱な目で考える。


「古の秘術ねぇ……」

「ええ。大魔戦争前の技らしいです。何でも命を魔導石に結晶化する技とか……」


 ルーの説明にギョッとした顔で彼女を見つめるクウヤ。『命を結晶化』のフレーズにマグナラクシアでみた魔力供給所の出来事を思い出す。あそこでは死刑囚を材料に試験的に魔力をヒトから抽出していた。そういった非人道的な方法で作られたのかとクウヤは連想する。


「……もっとも、そんな技は今に伝えられてはいませんけれど」


 クウヤの危惧を察したのかルーはそんな技術は伝えられていないと否定する。クウヤはその言葉にホッと胸をなでおろす。


「魔導石の製造法はともかく、何で魔物の身体の中にあったんだろう?」

「さぁ。わかりません」


 エヴァンは素朴な疑問を口にするが、その問いにルーでも答えられなかった。

 

「一体、オレ達が倒した魔物って、何なんだ?」


 謎の魔導石を持った魔物に戸惑いを感じるクウヤ。未知の魔物の登場に一抹の不安を感じざるを得なかった。


 正体不明の魔物に驚かされ、皆何も言えなかった。そんな雰囲気をまずいと感じたクウヤ。雰囲気をかえるため皆に発破をかけるよう問いかける。


「……難しく考えても仕方ない。変な魔物が増えたからと言ってオレ達のやることは変わらないだろ?」


 クウヤはそう言って、とりあえず考えることをやめた。皆も、クウヤに同調する。


「とにかくリゾソレニアへ急がないと。オレ達のやることはあの国の手助けだ」


 クウヤは力強く宣言する。仲間たちもクウヤの言葉にうなずく。


「さあ、船団を組み直してリゾソレニアへ!」


 クウヤの号令に皆が唱和した。


 船団は隊列を組み直しリゾソレニアへにむけ波濤を越えていった。

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