第115話 ドウゲンの秘密

「……公爵の目的は明らかだ。自分の試作品おもちゃの性能試験だ。正規品オリジナルと戦わせることで自分の謀がどの程度の達成具合なのか知りたがっているだけだ」

 

 ドウゲンの言葉に衝撃を受け、クウヤは次の言葉が出ない。クウヤはただ単に父親が魔戦士の試作品だったということに衝撃を受けただけでなく、自分と同じく人外の存在だったということにも衝撃を受けた。クウヤは人でない存在、人の手によって生み出された存在は自分だけ、自分だけで十分と思っていた。自分のような人外の存在は、この世界では受け入れがたい存在であり、それを由来とする苦しみは自分一人ですべて一人で受け止めるつもりでいた。そんなところにドウゲンの告白である。思考停止するなと言う方が無理がある。


「……本当に造られた存在なんですか? そんな存在は僕だけでよかったのに……」


 思わず心情を吐露するクウヤ。しかし、心情を吐露したとしても、現状が変わるはずもなかった。


「この程度で驚いてどうする。わしはお前の試作品プロトタイプと言っただろう。となれば……『材料』は似たものになるし、その調達方法も当然……似たものになる」


 ドウゲンがそこまで言って、クウヤは気づく。


「……つまり……父上も……転生……者?」


「ほぼ正解だな。わしの場合は無理矢理この世界に魂と身体ごと召喚され改造された。魂を生きた人形に封印したお前とはそこが違うな」


 そう言って、ドウゲンはこの世界へ召喚されたときの様子を静かに語る。


「……あれは十五、六の頃だった。突然、この世界に引きずり込まれ、気がついたら公爵の前だ」


 ドウゲンは淡々と語る。その表情にはわずかながら後悔の色が浮かぶ。


「公爵は最初、異世界から勇者候補を召喚したと言った。何も知らない無知な小僧に公爵の言葉が耳に心地よく聞こえても仕方がない」


 そう言い終えたドウゲンの目にはわずかに過去への後悔と侮蔑の色が宿る。


「生きる価値も希望すら見いだせなかった青臭い小僧に『お前は世界を救う勇者の資格がある』なんて言えば目の色を変えて飛びついてしまう。だから公爵の言いなりになった。言うのも面倒だが、結局は実験動物でしかなかった。いじるだけいじくり回して公爵は一定の成果を上げると、リクドーへ事実上追放したんだ。その時持て余していたカトレアと共にな」


 相変わらず、感情のこもらない声で淡々と語るがカトレアのくだりではわずかに声が震える。拳を握りしめ、おそらく湧き上がる怒りを抑えていたに違いない。


「表面的にはどこの馬の骨ともつかない異世界からの厄介者に力を与え、あまつさえ自分の娘を伴侶として与え、海外ではあるものの領主に準じる地位を与えた。一見破格の温情による破格の待遇にしか見えない。……しかしその実は扱いに困った厄介者を追い払う口実でしかなかった。しかし、追い払われた今でも、公爵の意向には抗いきれん。ことあるごとに厄介事の後始末を押し付けられる」


 ドウゲンは思い出したようにクウヤを拾ったときの経緯をクウヤに話す。公爵の指示で訪れた森の中の寒村でクウヤを見つけた。クウヤを回収し、現場の後始末をするよう公爵から指示されていた。未だにその寒村で行われたことが具体的に何だったのか公爵から聞かされてはいない。しかし、しかし現場の状況などから公爵がかねてから執心していた魔戦士製造実験の一環であることは明白だった。公爵の謀の裏支えをしてきたドウゲンを公爵が放置するなどあり得なかった。特に魔戦士となったクウヤと戦わせることを選択したということは公爵にとってドウゲンは捨て駒でしかないということを示していた。となれば、結論は実に簡単である。


「……そんなことを公爵は……」


 クウヤはただ相づちを打つしかなかった。未だにドウゲンの告白に頭がついていかない。それでも何とかして追い付こうと頭をフル回転させる。


「それなら、公爵の手から逃れることは……」


「困難だな。公爵を亡きものにすれば話は違うだろうが、世界情勢がそれを許さないだろう。ヘタに帝国の権力者を排除して起きる政治的混乱のほうが厄介だ。何とか連合軍が発足した今は公爵に手を出すのは下策の下策。とは言ったものの……」


「公爵の干渉を交わすしかない……と? 何とか公爵が諦める方法はないのですか?」


 クウヤは何とか動いていなかった頭を回転させ、ドウゲンの話を自分なりに咀嚼した。そして今後の方向性について尋ねる。しかしドウゲンの回答は素っ気なかった。


「ま、あのたぬき親父が懲りることなどありえない。今回の試験で正規品に負けないと判れば、次から次へ同じような犠牲者が出ることになるだろうな」


 ドウゲンの語り口はあくまでも冷静で淡々としたものだった。聞きようによっては他人事を話しているようにも聞こえる語り口だった。


「それじゃ公爵はどうあっても僕と父上と?」


 ドウゲンは大きく息を吐きだし、話を続ける。


「……おそらく、反逆の話もその一環だろう。なんにせよ、迷惑以外の言葉はないが」


 ようやく事態を完全に咀嚼し、状況を把握するクウヤ。それでもフツフツと疑問が湧き上がる。


「……しかし、そうなると陛下がなぜこの話にのったのでしょう? あの場で一蹴することも可能なはずなのに」


 皇帝は公爵の謀を大まかには把握していた。ならば公爵の性格上この事態を皇帝は予測し得たのではとクウヤは考える。さらに公爵の暗躍を快く思っていない皇帝ならば、わざわざ公爵の思惑にのる必要があるのかクウヤにはわからなかった。


「……あの御方の真意は読めないが、陛下としても公爵の謀がどの程度すすんでいるのか確認したかったのかもしれん。いずれにせよ現時点では陛下が敵ではないものの味方とは言い難いことは確かだ」


『皇帝が自分たちの味方をする保証がない』――その事実はクウヤを絶望に落とすのには十分な話だった。対公爵を考えると、クウヤの後ろ盾となるものは唯一皇帝との関係だけが頼りであったがそれがドウゲンによってほとんど否定されたようなものであった。


「……これからどうするんですか? 反意なしということで陛下に報告することも可能ですが……」


 先のことがまったく見えなくなったクウヤは一縷の望みをかけて、自分の考えをドウゲンに話す。クウヤは淡い期待をかける。


「今回はそれでしのげるかもしれん。しかし、何かにつけ理由をつけて同じような状況に追い込まれるだろう。結局は同じことの繰り返しだ。あの蛇のように粘着質な公爵が簡単に引き下がることはない。手を変え、品を変えしつこく仕掛けてくるのは明らかだ」


 ドウゲンはクウヤの一縷の望みをごく簡単に打ち砕く。父の冷徹な言葉にクウヤは背筋に冷たいものが走る。


「では……」


「何にせよ、いつかはり合うことは避けられん」


 二人の間に沈黙の時間が流れる。時を凍てつかせる魔法がかけられたのなら、今この状態ではないかと思える時間がしばし流れる。


「……この先どうすれば」


 クウヤは父に尋ねる。ドウゲンは何も答えない。二人の間には重い空気が流れ、時間さえもその重みで止まるかと思えるほど絶望的な雰囲気だった。


「……結論が決まっているなら、迷うことはない。やることは決まっているのだからな」


 ドウゲンは何かに決意したように語り始める。クウヤはハッと顔をドウゲンに向ける。


「……何と言う情けない顔をしているんだ。天下の魔戦士がそんなことでどうする」


 ドウゲンはわずかに破顔しクウヤを見る。クウヤはその表情にわずかな違和感を感じるが、その違和感が何なのか、言葉にすることができなかったのでそのことに言及することはしなかった。


「とにかく、お前は陛下に反意なしと報告しておけ。あとは……あとは公爵とどう折り合いをつけるかだ。ま、それはお前の仕事ではない。あまり気にするな」


「帝都へは急ぎおもむかねばならぬだろう。陛下に謁見し申し開きせねばならん。お前も立ち会え」


「あまり時間をおくのも好ましくない。早急にリクドーを発つ。準備しておけ。それからカトレアを呼んでくれ。少し話がしたい……二人でな」


 クウヤはドウゲンの執務室を出て、カトレアのもとへ向かう。クウヤはドウゲンの様子に言葉にできないできない不安を感じていた。しかしその不安が具体的に何なのか自覚できずモヤモヤとした不快感を抱えカトレアの私室へ向かう。


――――☆――――☆――――


「……お父様が……あの人がお呼びなんですね?」


 カトレアの私室でクウヤは用向きを話す。


「それで、何かあの人は言ってました?」


 そう言うカトレアの目は慈愛満ちた母親の目ではない。眉間にはうっすらとだがシワがより、目尻は上がる。極力抑えてはいたが、湧き上がる感情を押し殺しているように見える。クウヤにもその表情は

見えたが彼にはその感情が何なのか察することはなかった。


「……『自分は公爵によって造られた魔戦士の試作品』と……」


「そう……他には?」


 クウヤの言葉にさらに目尻を上げ、もっときつい表情になる。クウヤはその表情にひるんだが、嘘をついても仕方がなかったので、ドウゲンから聞いたことをかいつまんでカトレアに伝えた。


「…………『公爵にとって、自分は厄介者。地位や伴侶を与えられ、このリクドーへ放逐された』と」


 カトレアはうつむき、何かを憂いているように見える。


「……わかりました。すぐ行きましょう。クウヤ、貴方はお友達のところで待っていなさい」


 何かを決意したカトレアはクウヤに仲間のところで待つように指示する。静かな語り口だったが、有無を言わせない決意が込められ、クウヤは何も言えなかった。


 カトレアとクウヤは一緒に部屋を出る。カトレアは何か悲壮な決意を秘め、クウヤは内心の不安を出せずにいた。


「お父様とお話が終わるまで待っているのですよ。……すぐには終わらないと思うけれど、とにかく私たちがいくまでお友達と待っていなさい……たぶんお友達にも関係してしまうかもしれないから……良いですね?」


 カトレアはクウヤに確認するように話す。しかしその実、ら確認ではなく完全に選択の余地のない命令と言ってよいものだった。


「……わかりました」


 この場でクウヤに語れることほとんどなく、カトレアの言ううがままに従う以外の選択肢をクウヤは持ってい。


 カトレアはドウゲンの執務室へ、クウヤは仲間たちの待つ食堂へそれぞれ向かった。


――――☆――――☆――――


「よ、クウヤ。首尾はどうだい?」


 食堂へ入るなり、エヴァンが声をかける。女性陣もその声に反応しクウヤのほうへ集まる。


「……どうにもならないよ」


 クウヤのやや投げやりな返事にエヴァンだけでなく女性陣もいぶかしげな表情を隠さなかった。


「何があった? お前さんがそう言うときはだいたい何かとんでもないもめごとか厄介事に巻き込まれたときだからな。言ってみな、力になるぜ」


 クウヤはエヴァンの言葉にドウゲンとの話を仲間に伝えた。仲間たちは話が進むにつれ、表情がかたくなる。


「……平民の俺がどうこう言える話じゃないのは間違いないぐらいしか言えんな。そんな事情を抱えて、お前さんはどうするんだい?」


 エヴァンはそんな貴族間の権力闘争まがいの話や謀の話はゴメンだと言いたげな様子でクウヤに尋ねる。ルーは何か言いたそうにしていたが、ヒルデに制されて口を開こうとはしない。


「とにかく、父上が陛下に申し開きする方向になりそうだけど、公爵がどう出るのか……」


「迷っていてもしょうがないじゃない! 元凶がわかっているなら、排除すれば……」


 話を聞いているだけのルーが我慢できなくなったのか、突如口を開く。あわててヒルデが諌めるがもう止まらなかった。


「それができれば話は早いんだけどね。このご時世で内政の混乱を示すようなことは帝国の命取りになりかねない。……そんなに簡単にはいかない。想像できないはずはないよね、ルーなら……」


「それはそうだけど……」


 クウヤは淡々と答える。ルーにはなまじ幼少のころから政争を目の当たりにしてきた経験があるため、クウヤに想像できるだろうと言われれば、反論の言葉を見つけることは難しかった。


「だけど……こんな理不尽なことに巻き込まれているなんて我慢できない。黙っていろって言われても、私は嫌! 私の……私の大事なものが汚されるみたいで嫌!」


 ルーはもはや理屈ではなかった。自分の心の大切に思うものを汚されていくような感覚にガマンの限界に達していた。クウヤはその気持ちも察していた。察していたがそれでもなおルーに自制を要求する。


「……気持ちは分かった。けど、もう少し立場も考えたほうがいいんじゃないのか? あまり帝国の内政に首を突っ込むとルーの国の存亡にも影響しかねないよ」


 ルーは感情的になり、理屈では自分の行動を制御できそうもなかった。


「分っているわよ、そんなこと! わかっているわ……わかっている……わかっている…

…貴方にわざわざ言われるまでもないわ……何年カウティカ公女をやっていると思っているのよ」


 そう言ってルーは頬を膨らませ、上目遣いでクウヤをみる。クウヤはルーの直ぐそばにより、彼女の目をじっと見る。ルーはクウヤの視線に当てられ、若干上気している。


「だったら、静観していてくれないか? この場では何を話していてもいいけれど、他の場所ではそうはいかない。今の様子を見ていると何だか危なっかしくて放っておけないよ……ルーにはできるだけ、無縁の場所にいてほしい。こんなくだらないのにやたら危険のあることから……」


「クウヤ……でも……」


 ルーとしても国家代表の娘というプライドもあった。しかしそれゆえ他国の内政へ干渉することの危険を肌で感じている。その経験知と感情がせめぎあい、彼女にしては珍しく思い惑う表情を見せる。クウヤはそんなルーに言い含めるように説得する。


「……とにかく、父上と母上の話し合いが終われば、そのまま帝都へ行くことになる。母上の口ぶりから、みんなも一緒に行くことになると思う。それなりに心づもりはしておいてくれ。……そう言う段取りになると思うから、特に心配しなくていいんだ、ルー」


「でも……」


 一抹の不安から、素直にクウヤの話を肯定できない。クウヤはまだためらうルーにもうひと押しする。


「……大丈夫だよ、もう俺一人で何でも抱え込んだりしない。約束する」


 クウヤにまっすぐ見つめられ、ルーは言おうとした言葉を飲み込む。ルーはそれでも言葉を続けようとした。顔を朱に染めながら。


「クウヤ……」


 ルーは一息つき、改めてクウヤの名前を呼ぶ。


「本当に大丈夫……?」


 ルーは念を押す。クウヤは笑顔で答える。


 どうやら、ルーは静観するということで落ち着いてくれそうになったところで、食堂の扉が開く。


「クウヤいるか、準備しろ! 帝都へ向かうぞ」


 食堂へ入るなり、ドウゲンはそう宣言した。

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