第114話 対決、ドウゲン。

「母上、突然の帰還お許しください。陛下の命により戻ってまいりました」


 クウヤは彼の義母ははカトレアの私室で彼女と面会している。クウヤは勅命の内容が内容なので、緊張していたがそれを悟られまいと、必死に表情を作っている。対し、カトレアはクウヤの事情を知ってか知らずか、慈愛に満ちたまさに『母の笑み』を浮かべている。


「よく戻りました、クウヤ。それで陛下の命とはどんなご命令なの?」


 クウヤは義母の質問にすぐには答えられなかった。皇帝の勅命で父親の反乱疑惑を確かめに戻りましたとは言い難い。カトレアもクウヤの様子から、言いづらい何かをかかえているなとは察したがその内容までは分らなかった。しかし、勅命ともなるとただ事でないことは間違いないぐらいの認識はある。となればカトレアとしてもあまり無理に聞き出すこともためらわれた。しかし、仮にも帝国の海外領土の長の妻として帝国の長からの使いが内々に訪れる事態ともなれば話が違ってくる。当主の名代として事態を明らかにし、早急な対応をしなければならなかった。それゆえ、カトレアは遠回しになんとかしてクウヤから用向きを聞こうとする。

 

 クウヤは言いよどみ、義母の質問になかなか答えられない。カトレアは大きくため息をつく。


「……しょうがないわね。とりあえずその質問は保留ね。でこれから何をするの?」


「実は……父上と話をしないと……いけなくて……」


 クウヤは口ごもる。カトレアは一瞬、目に鋭い視線の先のものを射抜くような光をやどしたが、勅命のことで頭がいっぱいのクウヤはその光にまったく気づかない。


「……今回の勅命はお父様に関係するのね?」


 カトレアは声を一段低くし、抑揚を抑えた口調で単刀直入にクウヤへ問う。あまりにも単刀直入だったためクウヤは何を聞かれたのか認識するのにしばしの時間が必要になった。


「……詳しくは申せませんが……その通りです」


 頑ななクウヤの態度にカトレアはかなり重大な問題を抱えていると察した。となれば彼女としてもうかつに問題にかかわるわけにはいかない。


「わかりました。そう言うことならこれ以上無理に聞こうとは思いません」


 やむを得ずカタリナはひとまず勅命の件は棚上げにする。クウヤは義母の追及の手が緩み、ホッとする。


「……クウヤ、貴方見た目がかなり変わったわね。最初誰かわからなかったわ」


 カトレアは目を細め、クウヤをしげしげと見つめる。背格好から前のクウヤとはまったく違う姿になっていることをクウヤはこのときまで失念していた。カトレアから言われ、そのことを思い出し何とも言えない気分になる。            


「……そうですね。確かに変わりました。でもよくわかりましたね、一目見ただけで……」


「それは伊達に貴方の母親を何年もやってないわ。少々姿形すがたかたちが変わったとしても、母親なら必ずわかるものよ」


 カトレアは慈愛に満ちた笑みを浮かべ、クウヤを見ている。その視線はクウヤにとってはいささか気恥ずかしいものだった。自分がカトレアから未だ幼子の頃と同じような扱いを受けている感じがしたからだ。


「そういうものなんですか……?」


「そういうものよ、母親なんて」


 何となくカトレアに丸め込まれているような気がして、これではだめだと思い直したクウヤは質問を変える。


「ソティスもよくわかったね。彼女は母親じゃないよね?」


 クウヤの次の言葉は予測済みだったのか、すぐさまカトレアは答えを返す。


「彼女は人一倍感覚が鋭いし、仮にも元冒険者。多少姿形が変わったとしても、その人が誰か一目で分からなければ今頃この家には仕えていないわ」


 カトレアはキッパリ断言する。カトレアに言い切らればクウヤとしては反論の余地はなかった。カトレアと話すことが思いつかないクウヤはドウゲンのことをカトレアに聞く。


「……ところで父上は?」


「今はちょっと出かけているけれどすぐ戻るわ。もう少し待ちなさい」


 仕方なく、カトレアの私室で待つことにしたクウヤだったが、彼女との話題が見つからず、何となくそわそわしだす。


「……何をそんなにそわそわしているのです? 落ち着きなさい」


 クウヤの様子を見るにみかねたカトレアが彼をたしなめる。とはいえクウヤの立場からすれば、話題も無くじっとしていることが耐え難かった上に、ドウゲンとの対決を考えると落ち着きようがなかった。


「クウヤ……よく聞きなさい。貴方はこれから今まで以上の困難に出会うでしょう。……でも決して諦めてはいけません。いいですね?」


 唐突にカトレアが話しだした内容に頭の理解がついていかず、ただカトレアの顔を見つめるだけのクウヤ。カトレアは少し伏し目がちにほほえむが、その笑みはなぜかしら哀しげにクウヤにはうつる。


「……もしかして母上は何か……何かご存知なのですね?」


 クウヤは何か未来を予期しているような口ぶりだったのでカトレアに聞いてしまう。カトレアは哀しげな笑みをたたえたままだった。


「私が何か知っているわけではありません。ただいろいろ情報を集めるとそういう結論に至ったということです。それ以上の他意はありません。それに私は貴方の母親なのですよ? そのぐらいの想像はつきます」


 先程までの笑みはなく、まっすぐクウヤを見つめ諭すカトレア。クウヤにはわからない重大な決意をしているように見えた。


「……後悔するようなことだけはしないようにね」


 そっと立ち上り、クウヤのそばへよるカトレア。カトレアは目をうるませ、クウヤの手を取りそう言った。クウヤの目にはカトレアが何かに謝罪しているように見えた。


「……母上」


 その時、玄関のほうから声がかかる。侍従たちの動きが慌しくなる。


「ドウゲン様が帰宅なされました」


 クウヤの緊張は一気に最高潮を迎え、表情はこわばる。どう見ても内心の緊張感は明らかだった。


「母上……行ってきます」


「……行ってらっしゃい」


 クウヤはカトレアの私室を出て、父親ドウゲンのところへ向った。足取りは重く、犯した罪で処罰される罪人のようであった。


――――☆――――☆――――


「何? クウヤがいるだと……?」


 帰宅するなり、侍従にクウヤの帰宅を告げられ、いぶかしむ。そこへクウヤが仲間たちを引き連れ現れる。ドウゲンはクウヤを忌々しげに見下ろす。クウヤも負けじと睨み返し、挨拶する。


「……父上、お久しぶりです」


「お前はクウヤか? クウヤとすればお前はなぜここにいるのか? 衛兵たちに足止めさせたはずだが?」


 怒り心頭を発するという雰囲気をあらわにしたドウゲンはクウヤに詰問する。クウヤはその雰囲気に飲まれないように必死で抵抗している。そこへルーが割って入る。ドウゲンはルーに対してもクウヤに向けた視線と同じ視線を向ける。ルーはその凍てつくような視線をものともしない。


「私の独断でクウヤを開放しました。そのとがは私が受けましょう」


 クウヤに向けられていたドウゲンの怒気がルーへも向かう。さすがのルーもその怒気に当てられ、一瞬ひるむ。


「お前は、クウヤの友人か? 何の権限を持って勝手な真似したのか? 答えてもらおうか。事と次第によってはそれなりの対応をしなければならん」


 ルーをにらむその目は暗く、冷たいものだった。普通の兵士ならばその視線だけで萎縮してしまうがルーは違った。ひるむことなく、堂々と正面からドウゲンに向かい、己の素性を明かす。


「私はルーシディティ・プラバス=ネゴティア。ギルド連合共和国カウティカ代表の娘、第三公女の権限をもってクウヤの拘束を解きました」


 ドウゲンはわずかに眉を上げるだけで大した反応もなく、ルーを見つめる。そして、腹の底に響く重低音でルーを脅すように問いかける。


「何ゆえ、カウティカの姫君がクウヤをかばうのか。軽率な行為は外交問題になるぞ。いくらクウヤの友人とはいえその罪、軽くはないぞ?」


 クウヤへ向かっていた怒気もルーへ向かいそうになるのを見て、クウヤはあわててルーをかばう。


「ちょっと待ってください父上。今ここにいるのは陛下のご意思を受けているのです。いくら父上でも陛下のご意向を無碍にはできないでしょう」


 クウヤは暗に勅命でここリクドーへ戻ってきたことを匂わせ、ルーに向かう怒気を自分のほうに向けさせる。ドウゲンは意外なことに先ほどまでの怒気をおさめ、クウヤをにらむ。


 ドウゲンは皇帝の意志によってクウヤがここにいるということを知ってもまったくひるむ様子がない。むしろ来るべきものがやっと来たと思っているような雰囲気を醸し出している。


「……陛下が? そうか……陛下が……なるほど……陛下のご意思か……」


 ドウゲンは何か悪魔に取り憑かれたかのような黒い笑みをたたえ、クウヤたちを睥睨へいげいする。その視線はクウヤたちの背筋に冷たいものを走らせる。


「……まぁ、陛下のご意思とあらばそれなりに対応せねばなるまい。娘、お前は運がいい。独断専行の罪不問にしてやろう」


 クウヤはドウゲンの様子を見てここぞとばかりに本題を切り出す。クウヤの手がわずかに震え、声も上ずる。


「父上、お伺いしたいことがあります! 人払いしてもらえますか?」


 ドウゲンはクウヤを少しの間見つめ、徐に口を開く。その声は低く、クウヤの心胆を寒からしめるのに十分な迫力のあるものだった。


「……そのといは陛下のご意思か?」


 クウヤは無言で首肯する。ドウゲンはいかにも忌々しそうに踵を返した。


「……やむを得ん。わしの執務室へ来い」


 クウヤはドウゲンの後を追う。仲間たちはクウヤたちが廊下の奥の暗闇へ消えていくのを見つめるしかなかった。


「……クウヤ」


「大丈夫よ。単にお父様とお話に来ただけなのですから」


 心配気に二人を見送るルーをヒルデは励ます。ルーの手を握り、彼女のそばに寄り添う。ルーはヒルデを一目見てうなずいた。


――――☆――――☆――――


「……それで、陛下は何用か? わざわざお前を使いによこしたんだ、単にご機嫌伺いということではなかろう?」


 ドウゲンは執務室の大きな自分の椅子に深く座り、クウヤを見据えながら話す。いまだに久しぶりに帰ってきた息子を歓迎するような雰囲気は全くなく、むしろ敵対する国の外交官とた応するようなピリピリとした緊張感を張りつめている。


「……その通りです。言葉を重ねるのは無駄なので単刀直入にお伺いします。父上は陛下に反意をお持ちですか?」


 クウヤは持久戦に持ち込むと自分が不利になると考え、単刀直入にドウゲンに反意の有無を尋ねる。クウヤとて単刀直入に聞けばすべて答えてもらえるという目算があったわけではなかった。ただ、遠回しに質問してもドウゲンと自分とでは踏んだ場数に天と地ほどの差があることは明らかで、適当にはぐらかされることは簡単に予想できた。ならば奇襲的に核心を突けばあるいは――かなり勝算が薄い中での苦渋の決断だった。


 クウヤの握りしめた拳の内側は汗で占める。鼓動は恐ろしいほど早くなり、ドウゲンと直接対峙することは魔神と対峙するようなものだった。


「……反意だと? ふふふ……そんな与太話どこから聞いたんだ?」


 緊張でがちがちのクウヤに対し、余裕綽々のドウゲンはクウヤの質問をせせら笑う。


「公爵閣下……。公爵閣下からの情報です」


「何……? 公爵だと……? 公爵か……さもありなん」


 ドウゲンにわずかながら動揺の色が浮かぶ。と同時に何故かそのことを予期したかのような言葉も漏れる。


「陛下の御前おんまえでの話です。少なくともデマの類でないことは明らかでしょう……父上、どう申し開きしますか?」


「そうか……公爵が……公爵が御前でな……ふっふっふ、あっはっはっは……」


 公爵の情報開示が皇帝の前だったことをしったドウゲンは取りつかれたように笑いだす。クウヤには何が起きたか分からず、動揺する。


「何がおかしいんですか!」


「簡単な理屈だ。公爵の目論見がな……。しかしこうもあからさまだと笑うしかないな。……そうかあの手紙はこのための前振りか。まったく喰えないお人だ。実に面白い、公爵閣下らしいいやらしいやり口だな」


 ドウゲンは何者かに取り憑かれたように笑い始める。その笑い声は明瞭ではあるが全く感情のこもっていない笑い声だった。クウヤはとにかく勅命を果たすべくドウゲンにせまる。


「……父上。返答をお願いします」


「……はっはっは……それで、陛下は何と言ってお前をここへよこしたんだ?」


 ドウゲンはクウヤの質問を意に介さず、逆に質問で返す。クウヤはドウゲンの態度に不快感を隠さない。


「『反意があるなら、粛清せよ』――陛下のご意思です」


 クウヤはやや捨鉢にドウゲンへ言い放つ。ドウゲンはクウヤの態度を意に介さず、「さもありなん」とつぶやき一人納得する。


「なるほどな。陛下は公爵の前でお前に命じたということか」


「……ええ。そんなところですが……お答え願えませんでしょうか?」


 クウヤはドウゲンが一向に本題に答える姿勢を見せないことにいらだちを感じ始めていた。そこまできてもドウゲンの態度は超然とし、クウヤの存在が意中にないかのようだった。


「ところで、本当にお前は私を粛清するのか?」


 ドウゲンは返答する代わりにクウヤへ質問する。ドウゲンは笑みを浮かべていたが、その笑みは黒く歪んだ笑みだった。クウヤもその笑みを見て、ドウゲンがまともに答える気がないことを悟る。が、ここで感情的にドウゲンを責めても何一つ得るものがないことが明らかだったので、努めて冷静を保ち、ドウゲンの問に答える。少なくとも、勅命でこの場にいる以上、いい加減なことはできない。


「わかりません。少なくとも、反意ありと断ずるだけの証拠はありません」


「だろうな。なのに陛下は『反意あらば粛清せよ』命じられた。なぜだと思う?」


 本題とは外れた質問繰り返すドウゲンにクウヤは嫌気がさしていた。どうしても答えがお座なりになる。

 

「……やんごとなき方のお考えなど、わかりかねます」


 クウヤの態度にドウゲンは自分のことは棚に上げ、クウヤを怒鳴りつけ叱る。


「バカもん! 簡単に思考停止するな。考えろ、少なくともその努力はいついかなる時でも忘れるな」


 クウヤからすればドウゲンの態度は理解の範疇を超えていた。クウヤにはドウゲンに対し何をどうすれば意思疎通できるのか皆目見当がつかない。当然当惑するしかなかった。


「とは言われても……」


 あまりのクウヤの当惑ぶりにドウゲンはあきれると同時に自分の“息子”がこの程度だったとはという諦観に近い感情が支配し始める。仕方なく噛んで含めるように、クウヤに語る。


「……大した情報もなくわかるわけもないか。陛下と公爵、特に公爵は戦わせたいのだよ、お前とわしとな」


 予想外のドウゲンの言葉にドウゲンの意図をいぶかしむクウヤ。彼には父親と戦わなければならない理由が皇帝の命による粛清以外に思い浮かばない。


「戦わせたい……? わけが分かりません。なぜ戦わなければならないのですか? ……まさか本当に……?」


「バカもん。植民都市の一司政官ごときが帝国に反旗を翻したからと言ってそれが何になろう。他に理由がある……そう言えばお前には話していなかったな。どうやらその時期が来たらしい」


 ドウゲンは言葉を切る。クウヤは次にどんな言葉が飛び出てくるのか、戦々恐々として身構える。


「わしは試作品だ。公爵の謀の結果、調整された魔戦士の複製、その試作品だ。つまりわしはお前、魔戦士を作り出すための実験台だ」


 初めて知った衝撃の事実はクウヤを当惑させるのには十分な破壊力を持っていた。ドウゲンの口から放たれた衝撃の言葉にクウヤは打ちのめされ、次の言葉が出ない。


「……公爵の目的は明らかだ。自分の試作品おもちゃの性能試験だ。正規品オリジナルと戦わせることで自分の謀がどの程度の達成具合なのか知りたがっているだけだ」

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