第113話 リクドー上陸

「クウヤ様ですね。ご同行願います」


 クウヤたちはリクドーの港へ上陸するなり、衛兵に取り囲まれる。クウヤは身構えながら、衛兵の出方を探る。


「……何用か? すぐに屋敷へ行くつもりなのだが」


 クウヤが衛兵の代表に返答すると衛兵たちは若干身構え、剣呑な雰囲気を醸し出した。


「申し訳ありませんが、司政官閣下のご命令です。余分な手間をかけさせないでください」


 衛兵の代表は取り付く島のない態度でクウヤたちに選択の余地を与えなかった。


 議論の余地がないことを悟ったクウヤは衛兵の言うとおりにすることにした。こんなところで不必要ねイザコザをおこして騒ぎを大きくしたくなかった。


「……わかった、指示に従おう。ところで、父上が拘束指示を出したのは俺だけか?」


 クウヤは衛兵に問う。衛兵は厳しい顔のまま、首肯する。


「では、俺以外は拘束されないんだな。ならいい」


 仲間たちはクウヤのやり取りを聞いて、クウヤに同行しようとするがクウヤが止める。


「とりあえず、先に屋敷へ行ってくれ。母上かソティスに事情を説明すれば悪いようにはしないはずだ。言いたいことがあるのはわかるが今は言うとおりにしてくれないか?」


 穏やかだが、有無を言わさない口調で仲間たちに支持をだすクウヤ。仲間たち、特にルーは不満だった。


「ちょっと待ってよ、クウヤ! どういうことなのよちゃんと話して。どうしていつも貴方はそうかってに何でも一人で決めるのよ。私のことどうでもいいの?」


 ルーの言葉に困った顔をするクウヤ。クウヤ自身、身勝手なところもあるのは分っていた。しかし仲間たち、特にルーのことを思うと彼はこれからの自分の行動に同行させることはありえなかった。反逆者かもしれない父親との対決の場に仲間がいてほしくはなかった。


「ルー……そうじゃない、そうじゃないんだ。わかってくれ……これから起きることは他人ひとが見聞きして気持ちのいいものじゃないし、それによってものすごく重い記憶を背負うことになるかもしれない。そんなことをさせたくないんだ。みんなに……特にルーには!」


 ルーはクウヤの言葉に目を潤ませる。ルーにもクウヤの気持ちはある程度分かってはいた。しかし彼女からすれば、何一つ自分に相談もなく愚痴の一つさえ漏らさずどんどん行動してしまう彼に不安を感じていた。


『自分はいらない存在なの?』――そんな不安が常にルーの心に渦巻いていた。


「……そうなの。私は、私の力なんて取るに足らないから要らないってわけ? そうなの、そうなの……! さっすがは天下に名のとどろく魔戦士様ね。えぇ、お邪魔虫は消えるわよ、消えればいいんでしょっ……!」


 ルーはそう言い放って、踵を返した。ヒルデが慌てて追いかける。クウヤはこの展開に頭がついていかず、逃げるように走るルーを目で追うだけだった。


「ちょっ……ちょっと待ってるーちゃん! ほら、クウヤくんも何しているの? るーちゃんをちゃんと捕まえないと!」


 ヒルデがルーの腕をつかみ強引に引き留め、クウヤにもルーを引き留めるようしかりつける。


「え……? あ、ルー!」


 ヒルデにしかられ、ほとんど反射的にルーに駆け寄ろうとするクウヤ。しかしその試みは衛兵によって止められる。こんな状況では衛兵の行動は当然のことではあるがクウヤはそれが分るだけに一層腹立たしかった。その腹いせもあって激しく衛兵に抵抗する。


「……まったく、こんな状況で痴話げんかですか。本当にあなたがたは何を考えているのか理解できません」


 クウヤを引き留めた衛兵はあきれ顔をしている。なおもクウヤは衛兵の手から逃れようともがいている。


「……ちょっと放してくれ! 逃げたりしない!」


「そう言われても、我々としてはそう簡単には開放するわけにはいきません」


 クウヤは思わず舌打ちし、なおも衛兵の手を振り払おうともがいている。それでも衛兵はクウヤを開放しない。ルーはルーでヒルデの手を振り払おうともがいている。


「ルー、待ってくれ! ルー!」


「何よっ! どうせ、私なんか必要ないんでしょ。邪魔者はいなくなればいいんでしょ?」


 やや涙声でルーは話す。多少落ち着いたのか、ヒルデに腕を掴まれたままだったが、抵抗はしていない。


「んなわけないだろう! なんでそんなことを言うんだ?」


 クウヤも声のトーンを一段落として話す。本当にクウヤには思い当たるものがないのでルーの言っていることがいまいちよくわからなかった。


「……だって貴方はいつも勝手に何もかも決めてしまって……事前になんにも相談してくれないじゃない……そんな態度だから……」


 ルーは冷静になると、自分の言っていることがただのわがままだとだんだん思えてきた。途端に恥ずかしさがこみ上げ、クウヤ以上にトーンダウンする。


「……わかった。ルーの言いたいことはわかった。もう少し話し合おうじゃないか」


 クウヤにしてみれば、このあとに控えていることに比べればごくごく些細なことではあったが、ルーの気持ちを考えると無下にもできない。そのためできるだけ早く問題解決の道を選択することにした。


「そう……それじゃ、仕方ないわね」


 クウヤが折れた様子を見て、ルーも同じ選択をする。


「と言うことで、一時拘束をといてもらえないか?」


 クウヤは拘束している衛兵に頼んでみる。しかし、彼らの役割上そんな願いを聞き届けるはずもない。


「だめです。こちらは司政官殿からの最優先命令です。……高位の貴族の方が身元保証していただけるのならばともかく現状ではできかねます」


 衛兵の言葉にルーがはたと気づく。自分が何者だったかを。


「……それなら、私が身元保証しましょう。それなら構わないでしょ?」


「え……? 失礼ですが貴女は……?」


 ルーの言っていることが皆目見当がつかない衛兵は思わず反射的に聞き返す。


「私はカウティカ、ギルド連合国カウティカ代表の娘、第三公女ルーシディティです。第三公女として要求します。私が身元保証するのでクウヤを開放しなさい」


 衛兵たちは反射的に敬礼するが、お互い顔を見合わせ戸惑っている。それはそうだろう、一国の姫君が護衛もなく、事前の通達もなく、他国を訪問することなど通常あり得ない。司政官から何も聞かされていない以上彼らに知りようもない。衛兵たちは現状を理解できず戸惑ったままでまごついているとルーは焦れて、思わず命令口調になる。


「何をしているのです? 早くなさい!」


 ルーはまごつく衛兵に対し、一喝する。その気迫に衛兵は気圧され、ルーの指示に従ってしまう。


「はっ! 失礼いたしました!」


 ルーは解放されたクウヤに向かって胸を張り、『こんなに役に立つ私をないがしろにするなんて、貴方、バカ?』と言わんばかりの得意顔になる。クウヤはそんなルーを見て苦笑いするだけだった。


「……あのとき、ここへ来る前ちゃんと言ったではないですか、私たちは貴方についていくって。ここにきて何を怖気づいているのですか。そう言うところがヘタレというんです」


 ルーは次第に通常運転に戻ってきた。どんどんと舌鋒さえ、クウヤへの毒があふれだす。クウヤはいつも通り苦笑いして聞くに徹するよりほかにすることがなかった。


「るーちゃん、その辺で……クウヤくんも言いたいことは分ってくれたと思うよ?」


 あまりの勢いにいつ終わるとも知れなかったので、ヒルデがルーを止める。ルーはまだ言い足りなそうだったがヒルデが無言で衛兵たちを指差し状況を考えるように促したため、不承不承ながらクウヤへのクレームは止むことになった。


「……ま、とりあえず行くべきところははっきりしてんだし、ちゃっちゃといって用事、すませちおおうぜ」


 ここまで全く出番のなかったエヴァンが仲間たちに呼びかける。当然のごとく仲間たちには異存はない。目の前で繰り広げられたほとんど茶番のようなやり取りに呆気に取られていた衛兵たちもここにきてようやく自分たちの役割を思いだす。


「しかし、身元を引き受けていただいたとはいえ、クウヤ様はお屋敷のほうへご案内するわけには……」


 しかし、その反論をルーが制する。ここでもお姫様属性を発揮し、衛兵たちに有無を言わせない。


「まどろっこしい。ここまま本陣へ攻め込みます。それに同行すればいいでしょう」


「いやしかし……」


 いくら末端の衛兵とはいえ、彼らにも自分の任務に対する責任感というものはある。しかしそれさえもルーは切って捨てる。


「異議は認めません。責任は公女たる私が取ります……それで問題ないでしょう? あなた方は役目を果たし、私の指示に従った忠実な兵士……ということで手を打ちませんか?」


 もう衛兵たちに言い返す言葉はなかった。ここまで一国の姫君に言われれば末端の兵にできることはただ一つであった。


「了解いたしました。それでは司政官のお屋敷までご案内いたします」


 衛兵たちはクウヤたちが気が付くより早く整列し、見事な敬礼を決める。そして屋敷までの先導を始めた。ルーは当然のごとくその後についていく。


 その光景を見てクウヤは改めて『ルーって本当にお姫様だったんだな』などと当人が知れば憤慨しそうな失礼なことを思いながら、後に続いた。


――――☆――――☆――――


「クウヤ様、突然お帰りなるとは何か急用ですか?」


 リクドーのクロシマ屋敷でソティスはクウヤの突然の帰宅に驚いていた。


「……ちょっとした陛下の『お使い』でね。母上は?」


「ご在宅です。参りましょう。さ、皆様方もとりあえず中へ」


 ソティスは少し言いにくそうに言葉を濁すクウヤに何かを感じ、屋敷の中へ招き入れた。


「しかしクウヤ様、ご帰還されるならされるでご一報くだされば港までお迎えに向かいましたのに」


 ソティスは突然の帰還に何か不審を抱いたのか遠回しに探りを入れる。クウヤが事前の連絡なしに帰還することはそうそうないからであった。それにクウヤは平静をよそっていたが、わずかに違和感を感じていた。クウヤが何かのっぴきならない事情を抱えたのではないかと心配なったからだった。このあたりは幼少からクウヤを知るソティスならではの勘である。


 クウヤもソティスの様子から、自分の異変に何か感じていることは分っていた。しかし事が事、父親の反乱疑惑を確かめる内々の勅命を拝命したとはとても言えなかった。当然奥歯に物が挟まったようなあいまいな表現でごまかすしかなくなる。


「……すまない。さっきも言った通り、陛下からの内密な『お使い』なんであまり大ぴらにできなかったんだよ」


「そうなんですか……そういう事情ならば仕方ありません。無事、陛下の『お使い』がすむことをお祈りいたします」


 そう言ったっきり、ソティスは深く聞こうとはしなかった。


「……るーちゃん、なんであんなに怒っていたのよ。そんなに怒るようなことはなかったと思うんだけどな」

 

 クウヤがソティスと少し先を歩き、距離ができたのでヒルデは小声でルーに港での一件で感じたことを聞いてみた。彼女からすると、あそこまでルーが自分の身分を全面に出す必要があったのかわからなかった。不必要に身分を明らかにすると、不測の事態に巻き込まれることもあり得る。ルーとて、そのぐらいのことが頭にないはずもないのに――とヒルデは考えていた。


「……あそこで無用なイザコザを抑えないと、先へ進めない気がしたし……クウヤの言いようにちょっと頭にきたのもあるし……」


 ヒルデのやんわりとした追求に今ひとつはっきりとしない答えを返すルー。心なしか、恥ずかしさを抑えるような動きが見える。その動きにヒルデは気づく。


「……要は除け者にされたのが我慢ならなかっただけね」


 ヒルデは盛大にため息をつき、ルーの本音を端的に言い当てる。こんなにあっさり本音を言い当てられると思っていなかったルーはなんとか言い繕おうとするが、言葉がまとまらない。


「そ……そんなことないわよ! あそこであたしの有能さをアピールできたんだし、クウヤの独断専行癖も注意できたし……私の有能さを見せつけられたし……」


 ルーは次第にしどろもどろになり、フェードアウトするようにだんだん声が小さくなる。小さくなる声に反比例してルーの顔がみるみる赤くなる。


「るーちゃん、可愛い」


 ヒルデは小動物を愛でるような目ルーを若干うっとりしながら見つめる。


「もう……! ヒルデのバカ……知らないっ」


 ヒルデのふるまいに恥ずかしさのあまり、思わず出たルーの言葉にヒルデは喜んでいる。ルーはヒルデに対抗する手段がないと悟ると、がっくり肩を落としクウヤのあとを追う。


「ちょっと待って……それはそれとして、るーちゃん……わかっているよね? 貴女のなすべきことは」


 ヒルデは先ほどの雰囲気から打って変わり、冷徹非情な雰囲気で抑揚を殺しルーに問う。ルーはその声に小さくため息をつき答える。こちらも何か切羽詰まった張り詰めた雰囲気をただよわせる。


「……大丈夫よ。前にも言ったかもしれないけれど、私は自分が何者かを忘れたことは無いし、何をしなければならないか忘れたことはないわ」


 その言葉に安心したのか、ヒルデはほほえみを浮かべる。


「何か難しい話でもしてんのか?」


「ひゃいっ……!」


 二人の様子を見ていたエヴァンがヒルデの後ろから突然声をかけた。まったく予期していないところから声をかけられ、ヒルデは思わず変な声を上げてしまう。


「エエエヴァンくん、ととと突然後ろからなんて、びびびびっくりするじゃない……」


「お! そりゃすまんかったな。何の話をしていたのか、ちょっと気になってね」


「大した話じゃないわ。エヴァンくんが気にすることじゃないし」


 さすがにいくらエヴァンとはいえ、自分の密命に関することを簡単に話すことはできない。少し彼女は戸惑う。


「そっか、わかった。邪魔したな」


 エヴァンは自分に関わりのないことと思ったのかあっさり引き下がる。小さくほっと胸をなでおろすヒルデ。しかしその様子を見ていたルーはニヤッっと口角を上げる。


「ヒルデ、ちゃんと話はしておかないとだめよ」


「え……? なんのことでしょう?」


「貴女専属の『騎士ナイト』様に隠し事はだめでしょう。ね……?」


 ルーは黒い笑みを浮かべた。その意図を察したヒルデは途端に顔を赤らめ挙動不審になる。


「ななななんのことでしょ……るーちゃんたらっ!」


 クウヤ以外の三人はこれから目撃する修羅場を全く予想することもなく、和気あいあいと話をしている。彼らはいまは平和な雰囲気に包まれ、これから起こることをかけらも予期していなかった。

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