第104話 魔物殲滅

「みんな、備えろ。魔物が入れ食いだ。各自持ち場に着け。数が多いから長丁場になる。けっして無理をするな!」


 隊長は全員に発破をかける。隊員たちも目を血走らせ、魔物の大群を見据える。辺りはほとんど宵闇に覆われ、野営地はさながら漆黒に海に浮かぶ小島であった。その小島に向け爛々と殺意の光を宿した凶悪な目が、けたたましい地響きを上げ、大群で押し寄せる。隊員たちは今まで倒した魔物の骸やエヴァンが切り倒した木々などを積み上げた即席の防壁に松明をかかげ、押し寄せる魔物の光る目を待ち構えている。


「よくひきつけろ! 射てば必ず当たる……よく狙えよ。射てぇ!」


 隊長の号令一下、隊員たちは弓を放つ。撤退した弓の集中射撃を浴びせることで近づく魔物の数を減らすことに集中する。怒涛の如く襲い掛かる魔物の群れは、矢により倒れた同類を踏み越え、数を減らしてもなお相当な数が野営地へ迫ってくる。魔物の大地を踏み駆ける振動が野営地に直接伝わる。


「私たちも魔法で!」

「まて! お前らの出番はまだ後だ。いまは弓を射っている連中の補助をしてくれ」


 ルーが魔法を放とうとしたとき、隊長はルーを止め、弓での攻撃の補助を言いつける。出鼻をくじかれたルーはあからさまに不満げな顔をする。ルーは隊長に食い下がろうとするが隊長は全く相手にしない。なおも食い下がろうとすると、ヒルデが声をかけ、やめさせる。


「るーちゃん、隊長さんの言うとおりにしましょう」


 ヒルデが不満げなルーをたしなめ、射手に矢を渡す手伝いを始める。ルーも渋々ながら手伝う。

 魔物の襲来に騒然した野営地の喧騒に気が付いたのか、エヴァンが自分の天幕から這い出てくる。


「……なんか、騒がしいなぁ。魔物でも出てきたか?」

「あほですかあなたは! 外をよく見なさい!」


 あまりにも状況を理解していない場違いな発言をするエヴァンにルーは思わず怒鳴りつけてしまう。エヴァンはルーそう言われ、何となく野営地の外を見る。彼の目にも、爛々と光る眼の大群が迫ってくるのが映る。


「あ……なんだ本当に来ていたのか。しゃーねーなぁ」

「エヴァン、本当にあんたこの状況が分かっているの?」


 現状を確認しても、態度の変わらないエヴァンにルーはますます語気を荒げる。エヴァンはそう言われても、まるで意に介さない。愛剣をもてあそびながら、ルーの肩を軽くたたく。


「まぁまぁ、落ちついて。焦っても仕方がないじゃないか」

「もうすぐそこまで魔物の大群が迫っているのよ、焦るのは当然じゃない!」

「だから、落ち着けって……」


 ルーの剣幕にさすがのエヴァンも押され始めた。らちが明かないと思った彼は隊長のほうを向く。


「隊長さんよぉ、出張でばってくるから、ちょっとの間、矢を打つの止めてくんないかな?」

「ん? エヴァン、お前何をするつもりだ?」

「まぁまぁ、ちょっと目覚めの運動を軽く……ね」


 そういうや否や、エヴァンは愛剣を担ぎ、防壁の外へ飛び出した。隊長は慌てて指示を出す。


「なっ! 全員、エヴァンを援護しろ! 牽制するだけでいい、エヴァンが戦いやすいようにしてやれ!」


 エヴァンの行動に呆気にとられた隊員たちも、隊長の指示通り、エヴァンの援護に回る。

 エヴァンは魔物たちにも負けない雄たけびをあげ、魔物の群れに突っ込んだ。


「え……エヴァーン!」


 ヒルデが悲痛な叫び声をあげる。彼女にはエヴァンの行為が自殺行為にしか見えなかった。

 ヒルデの悲痛な叫び声を背にエヴァンはさらに魔物の群れに突っ込んでゆく。


「ほっほー! 今日も入れ食いだねぇ。やるか!」


 エヴァンは愛剣の両手剣を振りかざし、魔物の群れを吹き飛ばしてゆく。かん高い雄たけびを上げ魔物を次々屠る姿は一匹の戦鬼であった。一匹、また一匹とある魔物は袈裟斬りに、ある魔物は首がはねられる。戦鬼のごとく彼の戦う姿に隊員たちは呆気にとられ、弓を射つ手が止まる。


「何をしている! 手が止まっているぞ!」


 隊長は呆けている隊員たちに発破をかけ、やるべきことを思い出させる。隊員たちも隊長の声に再び矢を放ちはじめる。

 エヴァンは魔物の群れの中で踊るように魔物を屠っていたが、次第に動きが鈍くなる。自分の動きに切れが無くなってきたことに気づいた彼は大きくため息をつく。


「はぁ……そろそろ頃合いかな。さて……」


 エヴァンは突如踵を返し、脱兎のごとく野営地にむけて全力で走り出す。

 その動きに気づいた隊員たちはエヴァンの後方にむけて大量の矢を放ち、魔物の動きを牽制する。大量の矢に守られ、エヴァンは走りに走り防壁を乗り越え、野営地へ戻った。


「はぁ、はぁ、はぁ……ちょっと、今のは、危なかった、かな……?」


 上がった息を整えながら、苦笑いするエヴァン。

 防壁では押し寄せる魔物を矢で一匹一匹潰していた。息が整うのが早いか、ヒルデが駆け寄ってきた。エヴァンは土を払い立ち上がる。満面の笑みで彼女を迎えた。


「……よぉ、ヒルデ――ぶはぁっ!」


 エヴァンは話し終わる前にふっ飛んだ。

 彼がヒルデに言葉をかけようとした瞬間、彼女の会心の一撃が彼をふっ飛ばした。見事なややひねりの効いたストレートが彼の顔面を打つ。その光景にルーだけでなく、隊長たちも引いている。


「……いってっ。何するんだよぉ……ヒドイなぁ」


 エヴァンは殴られたところをさすりながら、ヒルデに抗議する。ヒルデは殴った拳を反対の手で握りしめ、祈るような格好でエヴァンを涙目でにらむ。涙目なのは拳の痛みだけが理由ではないようだった。


「……エヴァンのバカ! もう少し後先考えて行動してよ。あんな魔物の群れに飛び込んで、大怪我したらどうするの? 誰も助けに行けないよ……?」


 あとの言葉ははっきりと聞き取れる言葉にならなかった。言いたいだけ言ったのか、エヴァンに抱きつき、泣いている。エヴァンは事態の変化についていけず、呆然としている。ルーは肩をすぼめ大きくため息をつく。


「……まぁ、だいたいヒルデの言いたいことはわかるわよね? 今度ムチャしたら、ヒルデの代わりに私が電撃で黒焦げにしてあげるから、覚えておきなさい」


 珍しくルーがエヴァンをたしなめ、ヒルデを慰める。その様子を隊長が苦笑しながら見ていた。


「さて、おしゃべりはそのぐらいで。ルー、ヒルデ出番だ、頼むぞ」


 ルーはヒルデに肩を貸し、立たせる。隊長は二人を見つめ、不敵に笑う。


「……くれぐれも、飛び出し過ぎるなよ。どこぞの誰かさんのようなことは困るからな」


 隊長にそう言われ、ルーたちは苦笑する。


「大丈夫、私たちバカじゃないので」


 ルーとヒルデは親指を立て防壁の上に駆け上がった。エヴァンは一人取り残され、周りの状況があまり理解できず棒立ちになっていた。


 防壁の向こうには迫り来る魔物の群れがかなりはっきり見える。ルーたちは魔物の群れを見据え、詠唱する。短いながらもおごそかな詠唱はこれから殲滅する魔物への鎮魂の祈りにもみえる。


「うなる雷鳴よ、かのものを討ち果たし、清浄なる場所をもたらし給え。『雷陣』!」


 ルーの両手から放たれた電撃は網の目のように広がり、目の前の魔物を群れごとなぎ払ってゆく。魔物が嵐に舞う枯れ葉のように中に舞う。一撃、二撃と稲妻が魔物を襲うたび魔物は電撃で焼け焦げ、煙を立ち上らせながら、大地に打ち捨てられる。あたりに焦げ臭いような嫌な臭いが漂う。魔物から血が大量に流れたのか、吐き気をもよおすような血の臭いも仄かに漂う。

 数はかなり減ったがそれでも、魔物はひたすら野営地をめざす。ルーは魔力を使い消耗したのか、肩で息をしながら魔物の様子を見ている。


「次は私ね。ルーちゃん、お疲れ様」


 ヒルデも詠唱する。殺伐とした戦場に全く似つかわしくない小鳥のさえずりのような声が広がる。ヒルデは初めて使った高速圧縮詠唱により、地獄の業火を魔物の群れに投下する。まるで太陽が落下してきたかのような閃光と灼熱の爆風が魔物の群れを蹂躙する。爆心地の魔物は爆風を通り越した爆圧で薙ぎ払われ、太陽と見まがうばかりの灼熱により燃え尽き、後にはわずかばかりの灰と骨の欠片を残すばかりだった。

 魔物はいまだ野営地に向かっているが、その数は格段に減少し、数えるほどになる。


「もう一つ、いきます!」


 ヒルデは再度魔法を発動させた。今度は極寒地獄を地上に召喚したような冷気を発生させる。極北のような地吹雪ブリザードが吹き荒れ、魔物がいるあたりをまとめて凍らせた。地吹雪が収まると地上に奇妙な形の氷像が立ち並んでいた。やがて、それらの氷像はひびが入り勝手に自壊していった。


 ここに至り、魔物の群れをほぼ殲滅した。

 魔法少女二人はハイタッチし、自らの戦果をたたえ合う。


 二人がふと空を見るといつの間にか白みはじめいた。そのことで二人は時間の経過を知る。


「……とりあえず、小休止ってところか。見張りを厳に、手の空いたものはけが人の治療と次の襲撃に備えろ」


 隊長が戦闘終了の合図をだし、隊員全員にホッとした空気が流れる。


「よう、おつかれさん。二人ともさすがだな。すぐにでも魔法が使えるようゆっくり休め」


 隊長のねぎらいの言葉に顔をほころばせ、笑みで答える二人。彼女たちはそのまま自分たちの天幕へ戻っていった。隊長は踵を返し、二人の魔法少女の活躍で呆気に取られている突撃バカのところへ近づく。


「何をしているエヴァン! やることは山ほどあるぞ!」

「へ……? 隊長、俺も魔物をだいぶん掃除しましたよ。『お疲れさん』とか『ごくろう』とかいうべき言葉が――」


 エヴァンの言葉は最後まで発することができなかった。怒気をはらんだ容赦ない隊長の言葉が彼が屠った魔物のたたりのようにエヴァンを打ちのめす。


「バカ言うんじゃない! お前は勝手に飛び出して、勝手に魔物を狩っていただけだろう。少し頭を冷やして、反省しろ。お前に万が一のことがあったら、あとに残されたものがどれだけ迷惑をこうむるのかわかっているのか?」


 隊長に一喝され、エヴァンは二の句が継げなくなった。まさに正論であり、エヴァンの独断専行は褒められたものではなかった。普段落ち込むことの少ない彼であったがこの時ばかりはひどく落ち込む。


「……ま、突撃バカでも魔物の数を減らしたのはご苦労だった。お前も次に備えて、早く休め」


 エヴァンはその言葉に力ない笑みを残し、自分の天幕へ戻っていった。


「……ふう、まったく。今回も何とかしのげたが、次はかなりきついな……」


 隊長は誰ともなくぼやき、大きくため息をつく。


 ただ、その心配は実現してしまう。隊長が想定する最悪の状況が……

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