第80話 クウヤ召喚
クウヤは執務室でドウゲンとの話がまだ続いていた。
ドウゲンは苦虫を噛み潰したような顔で眉間にシワをよせて、再度クウヤに諭す。
「……繰り返すが勝手なことはするなよ。事態はお前一人で抱え込めることじゃない。そのこと、肝に銘じておけ。いいな?」
クウヤもまた眉間にシワをよせ、ドウゲンの話に頷く。
その時、扉を叩く者がいた。
ドウゲンは扉を叩いた者が何者か尋ねる。
「
その声は執事長のクロノフィールドだった。ドウゲンはこんな時に突然訪問する使者の用件について考える目になる。
(…………“火急の用”だって? 何事だろう?)
クウヤも突然の使者の用向きに首を傾げる。ドウゲンも突然の使者に訝しがりながらも、使者を邸内に入れる許可を与える。
「取り敢えずお通しろ。陛下の御用とあれば、話を聞かずにはいくまい」
クウヤは事の成り行きを傍観するしかなかった。
「とりあえずお前も来い、クウヤ。何か引っかかる」
ドウゲンはクウヤを伴い、執務室を出、応接室へ向かう。
――――☆――――☆――――
ドウゲンとクウヤは屋敷の応接室で皇帝からの使者と面会する。使者は恭しく、ドウゲンに頭を下げる。
「ドウゲン・クロシマ子爵に置かれましてはご機嫌麗しゅう。この度は陛下より内々の仰せにより参上いたしました」
皇帝からの使者は前置きもそこそこ、単刀直入に用件を述べる。
「陛下の内々の仰せ……? それで用向きは?」
ドウゲンが尋ねる。目を細め、使者の反応を探る。使者は淡々と返答する。
「内容について陛下は詳しく仰せにはなりませんでしたが、ご子息クウヤ様と面会したいとの仰せにございます」
突然、名前を挙げられたクウヤは動揺を隠せない。
「僕……? なんで僕なんですが?」
「さぁ、
「学園生活ねぇ……」
使者の言葉を聞いても言葉通りに受け取ることができないクウヤ。皇帝と初めて面会した時のことを思い出す。あの時の皇帝は配下の子息の学園生活に興味を示すような好々爺ではなかった。どちらかといえば
「とにかく、用向きについては承った。早急に帝都へクウヤを連れて
ドウゲンが使者にそう返答すると、使者は困った顔をする。ドウゲンとクウヤが訝しがると使者はさらに言葉を続ける。
「……実は陛下の仰せはクウヤ様だけでとのことにございます。申し訳ありませんが、ドウゲン様はご遠慮いただけるとありがたいのですが……」
「クウヤだけだと……? 何故に……?」
「さぁ……? 私奴はただ陛下のお召しをお伝えするだけですので、子細はわかりかねます」
ドウゲンの問いかけに使者は素っ気なく答える。その様子はドウゲンをやや小馬鹿にするようにも見え、ドウゲンはわずかながら使者に対し殺意にも似たいら立ちを覚えるが、皇帝からの使者である手前、その感情を押し殺す。
「……陛下のお召しについては了解した。直ぐにクウヤを帝都へ向かわせましょう。その旨、陛下にお伝え願いたい」
使者はドウゲンの返答を聞き、足早に屋敷を出て行った。
「……この状況でお召しとは。どうやら、陛下に魔の森の件、伝わっているのかもな」
クウヤはドウゲンの言葉に頷くばかりだった。
――――☆――――☆――――
「……ということで、早急に帝都へ行かないといけなくなった。んで、どうする? 学園に戻る?」
「それはまた急な話ね……」
「困りましたね、どうしましょう?」
食堂でカトレアとお茶を飲んでいたルーたちに帝都へ急ぎ行かなければならなくなったことを伝えるクウヤ。突然の話にやや戸惑いを感じるルーたちだった。
「……一緒に行けないかしら?」
ルーが何かひらめいたようだ。しかしクウヤは首を横に振る。
「行けるといいんだけどなぁ……んでも陛下からは一人で来いって言われてるし……」
すると、ルーはしたり顔である提案をする。
「カウティカの姫が非公式な表敬訪問を内々にしたい……と言ってもダメかしら?」
「う~ん、行ってみないとわからないなぁ……」
クウヤが色よい返事をせず、思い惑う様子にルーは少しいら立つ。
彼女の様子を見て、ややしびれを切らしたようにヒルデがさらに提案する。
「だめでもともと、行ってみない? いくら皇帝陛下とはいえ、一国の姫君が表敬訪問したいといっているものを無下にはしないと思うけど……」
「そうだなぁ……」
まだ、考えているクウヤにカトレアが口をはさんむ。
「クウヤ、私からも一筆したためましょう。それなら、もっと確実だと思うけど?」
母親にそこまで言われてはクウヤも断りようがなかった。
「わかった。陛下には直接話してみるよ。結果どうなるかは保証できないけど、そういことでよければ」
答は聞くまでもなかった。ルーだけでなくそこにいたヒルデやカトレアまで満面の笑みを浮かべていた。
「そうと決まれば、早速出発の準備だ。っと、エヴァンに知らせないと」
「……エヴァンくんって拝謁できる立場にないよね? どうするの?」
クウヤたち四人の中で一番の常識人ヒルデが疑問を呈する。ルーとヒルデと違い、エヴァンはリクドーの商人の子供であり、お世辞にも上流階級とは言えない出自である。通常なら拝謁どころか帝宮に足を踏み入れることすら難しい立場だった。しかしクウヤは苦笑しながら、軽く答える。
「ま、なんとかするさ。本当に陛下が学園生活に興味があって呼んだんなら、可能性はあると思うよ」
――――☆――――☆――――
翌朝、海路クウヤたちは、帝国本土を目指す。帝国本土とリクドーを結ぶ定期船には魔導船と帆船がある。マグナラクシアの魔導船に比べれば速力は劣るもものの、通常の帆船に比べれば格段に早い速度で移動中だった。クウヤたちは魔導船のデッキで海風に拭かれながら、水平線を見ている。
ちなみに一般人、特に平民が魔導船を使うことはほぼない。船賃が割高であるためだ。このため、魔導船利用者は貴族か富裕商人に限られていた。そのためか、エヴァンのテンションが妙に上がっていた。デッキで海風にあたりながら、大喜びしている。
「おほほほぉー! マグナラクシアの船ほどじゃないが、やっぱり魔導船はいいなっ! ……痛っ!」
完全に舞い上がっていたエヴァンに冷や水を浴びせるような一撃をくらい、あたりを見渡す。すると、ルーが憮然とした顔で腕を組み、エヴァンを睨んでいた。
「…………何をそんなに騒いでいるのですか。たかだか魔導船ではないですか」
「滅多に乗れないモノに乗れたんだからいいじゃないか! 何も叩かなくても……」
「これだから平民は……はぁ……天性の卑しさはどうしょうもないんですね」
ルーは呆れ顔をして、哀れむ目でエヴァンを見つめる。他の平民が聞いたら激怒しかねないアブナイ発言さえ飛び出る。
「まあまあ、るーちゃんもそのぐらいにして船内に戻ろうよ。あまり長いこと潮風にあたっていると良くないよぉ」
「そうね、髪も痛むし戻るわ。え? 何あれ……?」
ルーは水面にいく筋も現れた黒い筋に気を引かれる。
クウヤもその海中の黒い物体を見る。
海中のそれは間違いなく魔導船に同行し、しかも徐々に距離を詰めてくる。まるで獲物を追い詰めるシャチのように。
その様子にクウヤは何か違和感を感じ、それが即座に何者かの警告に感じられた。
「みんなっ!
クウヤの叫びに即座に反応した彼らは一目散に船室への扉へ向かう。クウヤたちが船内に戻るのとほぼ同時に海中の追跡者から船に向けて物体が次々と、飛び込んでくる。
「何だありゃ!? カニの仲間か?」
船外と船内とを隔てる扉の丸窓から外を見たエヴァンが叫ぶ。クウヤたちもその窓から外を見る。
デッキには角張った甲冑を着た人型の物体がぎこちなくうごめいていた。頭部からは二本の角のような突起が生えており、片腕には大型のカニバサミのようなものが見える。エヴァンの言うとおり、カニの仲間に見えなくもない。
カニもどきはデッキのあちらこちらを探るようにうごめく。
「あ、危ない!」
ヒルデが叫ぶ。
デッキでは逃げ遅れた乗客たちが腰を抜かし、カニもどきと対峙している。乗客たちは腰を引きずるように二本の腕だけでその場から逃れようとするが、カニもどきの動きのほうが遥かに俊敏で逃れられない。
カニもどきははさみを振り上げ、その乗客におそいかかった。他のカニもどきもその乗客たちのところへ集まり、同じようにはさみを振り回す。その時、この世のものとも思えないような断末魔の声があがった。
次第にそのハサミは血で染まり、元の色が判らなくなるほど赤黒く染まる。
「……何よ、あれ」
ヒルデは乗客を串刺しにして、海へ放り投げるカニもどきを見て思わずつぶやく。
「ちっ……一旦船室へ戻る。武器を取ってくるんだ」
クウヤは他の三人に指示し、自分も駆け出した。
船内は恐怖におののき逃げ惑う乗客が混乱の渦中にあった。乗客たちは恐怖でパニックに陥っており、保安要員の静止の声も彼らには届いていない。
「君たち、早く船室に戻って!」
クウヤたちを見つけた保安要員はクウヤたちに船室へ戻るよう指示する。クウヤたちも一旦は指示に従ったように船室へ戻る。
船室へ戻ったクウヤたちは素早く武器を取り、船室を出たが、先ほどの保安要員が廊下にいた。
「何やってんのっ! 子供が武器持って! 早く船室に戻って! 戻れっ! ったく……」
クウヤたちは保安要員の静止をかいくぐり、デッキへと続く扉へ全速力で向かっていった。
(一体、何者なんだ、アレは? 見たこともない魔物だ……)
クウヤは走りながら、デッキ上の敵について思いを巡らせていた。
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