第79話 苦悶の決意
クウヤとカトレアはまだ食堂にいて、今後のことを話し合っている。クウヤ個人の行く末が下手をするとクロシマ家の行く末だけでなく、帝国を含むこの世界全体に大きな影響をもたらすかもしれないために結論は簡単には出ない。
大魔皇帝復活を止める手段があればそれにこしたことはなかった。しかし現状では雲をつかむような話であり、真偽が不明な状況では国々を動かすどころか、クロシマ家としても表立って動くこともできなかった。そのうえ復活が明白な事実としても伝説に残る強大な大魔皇帝の力に対抗するためには、一人の魔戦士だけでは足りないことも問題だった。かの大魔大戦においても、世界中の国々が協調し、魔戦士のバックアップをしたからこそ、大魔皇帝を封印できたのであり、それなくしては魔戦士だけで大魔皇帝を封印できなかった。
クウヤが魔戦士になり、大魔皇帝と対決するつもりであるならば、彼はこの世界の主要国各国に話を通し、協力させなければならない。各国の思惑を受け入れつつ、取りまとめていかねばならないことは明白であった。そうなれば、クウヤは各国の
カトレアはそんな各国の
「――そうすると、貴方はどうしても、魔戦士になるというのね……家を捨ててでも、この母を捨ててでも」
「……申し訳ありません。他の誰かが僕の代わりにできるわけではありませんので」
二人の間に重い沈黙が流れる。カトレアは何とかしてクウヤを思いとどまらせたかった。年端のいかないクウヤが世界の命運を背負い、ほとんど人身御供のような立場になることが彼女には耐え難かった。クウヤは自分が普通の人間ではなく、魔戦士となるべく作られた存在であり、魔戦士となり大魔皇帝と戦う以外に存在価値はないとしか思っていなかった。それゆえ自ら戦いにおもむく以外の選択肢はないと思っていた。
カトレアにはそれが悲しかった。クウヤの悲しみに気づいたが、彼を救う手段を持ち合わせていないことも彼女の悲しみを深くしていた。
「――母としては何としても貴方が戦いにおもむくことを万難を排して止めたいのだけど……貴方はそれを望まないのね」
カトレアは悲しくつぶやく。クウヤはカトレアに対し慰めの言葉一つその口から吐き出すことはなく、ただ無言で首肯する。
「わかったわ……貴方がそこまで思っているなら、止めることはできないわね……」
カトレアはクウヤの意思の固さに同意せざるを得ないと感じている。それでも“母”としては、我が子を死地におもむかせることに強い抵抗感は拭い去れず、最後の一縷の望みをかけてある提案をする。
「もし貴方の考えが変わらないなら、もう一度お
母によって極めて高いハードルを突きつけられたクウヤは少なからず動揺する。目は泳ぎ、鼓動は草原を暴走する野獣の足音のように激しく内側からクウヤを揺さぶった。
それでも、クウヤは引けなかった。
「…………わかりました。父上ともう一度話し合ってみます」
「……そう。わかったわ。貴方の気持ちは」
そう言うとカトレアは悲しそうにうつむき、目をふせる。しかし、やや間があってフッと顔を上げる。
「……今日はもう遅いわ。寝る支度をしなさい。この話はここでお終い。いいわね?」
クウヤはうなずいて席を立つ。席を立つとほぼ同時に、食堂の出入口の扉が開いた。
「…………失礼します」
中の様子を伺いながら、ヒルデが恐々、食堂に入る。
「あら? ヒルデさん、もう湯浴みは済んだの? 何かご用かしら……」
何か躊躇しながら中に入ってきた彼女にカトレアが優しく声をかける。
「……え、ええ。いいお湯でした……ありがとうございます」
ヒルデは何か言いたそうだったが、ためらっている様子がありありとしていた。
「どうかしたの? なんか、変だよ」
「え? だ、大丈夫。ちょっと疲れがたまっているだけよ。一晩寝れば、大丈夫だから……」
クウヤはヒルデに声をかけるが、彼女は今ひとつ要領を得ない返事を返しただけだった。明らかに彼女は動揺していたがクウヤにはそれが伝わっていない。
カトレアは彼女の動揺の原因が何なのか、何となく想像できた。彼女が食堂に入ってきたタイミングを考えればカトレアの推測は間違いない。
「ヒルデさん、もう遅いわ。早くお休みなさい」
そう言われ、ヒルデは一礼し、食堂を出ていこうとする。彼女はどこか後ろ髪ひかれるような様子がみえた。
「クウヤ、あなたも早く寝なさい。お父様には私からも話をしておくわ」
カトレアに促され、クウヤも寝室へ向かう。カトレアは食堂を出ようとするヒルデに思い出したように声をかける。
「あ、ヒルデさん。心配しなくても大丈夫。クウヤのこと、よろしくお願いしますね。どんなことがあっても、クウヤは貴女たちを裏切ったりしないわ。だから、最後の最後まで信じてね」
カトレアはそう言うと、軽く片目をつぶる。ヒルデはカトレアの言葉に感じるものがあったのか、ニッコリ微笑み会釈する。クウヤには何のことか分からす、首を傾げるだけだった。
――――☆――――☆――――
次の日の朝、クウヤはドウゲンから呼び出される。
「……カトレアから聞いたが、どうしても魔戦士になるつもりなんだな」
「はい」
「廃嫡されても……これは愚問だったな。この父と母を捨てても……か?」
「……はい」
クウヤとドウゲンの間に重い沈黙の時間が流れる。このままでは埒が明かないと思ったのかドウゲンが口を開く。
「お前の気持ちはわからないでもない。しかし、魔戦士になるとはいえ、お前一人でどうするつもりなんだ? 魔戦士になりさえすれば、他の国を動かせるなんて考えていないだろうな?」
クウヤは口を真一文字に閉じ、答えない。ドウゲンは大きくため息をつく。
「そういうところが浅はかと言っているんだ。いくら魔戦士に絶大な力があっても、大魔皇帝と戦うのは無謀だ。アレと単身戦うことは単身どこかの国と戦争するようなものだ。頭を冷やせ。この世界の国々を協力させ、たばねるのは大人の仕事だ。お前のような子供がすることじゃない」
ドウゲンは言葉を重ねるがクウヤの態度は変わらない。
「まったく、どうしてこうも意固地な性格になったのか……とにかくお前は動くな。お前一人でどうにかできる話ではない。いいな?」
クウヤが意固地なら、ドウゲンは頑固である。意固地と頑固がいくら話し合っても、議論が平行線をたどるだけでうまくいくはずがない。それでも両者とも引かない。
「……それでも、大魔皇帝は復活するんです。その前に魔戦士になって力をつけなければ今度は大魔皇帝に滅ぼされるかもしれません」
クウヤはドウゲンに努めて冷静に反論する。反論されたドウゲンは若干の苛立ちを感じるも、それを抑え、諭すように抗弁する。
「当て推量で物を言うな。確たる証拠を固めてから、そんな話をしろ。今は二百年前とは違う。あの当時に比べれば格段に各国の力は増している。
話始めは抑えていたドウゲンの苛立ちが後半になるとわずかに言葉の端々に現れる。それに釣られるようにクウヤも苛立ちを隠せなくなる。
「てんでバラバラで自分のことしか考えないような国々が集まったとして、どれほど役にたつのかわかりません。それより、魔戦士が旗印になったほうが力を集めやすい!」
興奮したクウヤが自分の考えを一気にまくしたてる。ドウゲンはクウヤの考えを聞き、微妙に口角を上げる。
「……ほほう。するとお前は自己中心的な国々の人身御供となって、大魔皇帝との戦いの矢面に立つということだな?」
ドウゲンはややうつむき加減でクウヤを睨む。両手を顔の前で組み、口元を隠すようなポーズで動きを止めている。
その凄みにクウヤは
「……………………それで大魔皇帝を伐つことができるなら、人身御供になることもやぶさかではありません」
その答にドウゲンは大きくため息をつく。
「覚悟することは結構。しかし、お前は考えが足らん。現状でたとえお前が人身御供になっても、各国のいいように利用されるだけだぞ。お前は大魔皇帝を倒すことで何がしたいんだ? 今のままでは、自殺しにいく大義名分を得ようとしているとしか思えない。頭を冷やせ」
ドウゲンにそう言われ、若干興奮が冷めたクウヤは思い悩む。結局、自分が魔戦士になることを選択したのは自分が『人間でない作りもの』だからということだからではという疑念が消せない。
しかしクウヤは片方で自分自身の思いに疑念を持ったが、もう片方で違う思いもあった。
転生前、転生後含めて己の存在を何かの役に立つと感じたことがなかった。特に転生前は自分の存在は、ちり芥と等しい存在ではないかとさえ思い恐れていた。自分自身何かの役に立とうと努力はしていた。だがその思いと裏腹に周囲の評価はお世辞にも芳しいものではなかったためである。その思いはクウヤの魂の底に焼き付けられ、転生後にも自分の行動を知らず知らずのうちに縛っていたのではという思いにとらわれる。
二つの思いのせめぎあいに煩悶するクウヤ。
「……どうしたクウヤ。何か言いたいことでもあるのか? 言いたいことがあるなら、この際だはっきり言え」
ドウゲンはクウヤの様子に何かを感じ、答えをせかす。クウヤ自身気づかずに抱え込んでいた心の闇を吐き出させようとする。
「クウヤ、お前は何のために魔戦士になるんだ。よく考えるんだ。お前が魔戦士になるということはお前にとってどういう意味があるんだ?」
ドウゲンはクウヤをさらに追い詰め、問い詰める。クウヤは己の中でせめぎあう思いにまだ苦しんでいる。心の、魂の奥底から湧き上がる『思い』がクウヤを責め立てる。
「さぁ、クウヤ! 言うんだ! お前は何のために魔戦士になるんだ!」
そのとき、クウヤはとてつもなく強い衝動に駆られる。
鼓動は雷鳴のように激しくクウヤの体を揺さぶり、心の奥底の激情が血液に乗って全身を駆け巡る。クウヤは立つこともままならず、ゆっくりと崩れるようにひざまずく。その顔は目を見開き、青筋をたて、普通の状態でないことはどこから見ても明らかだった。
「クウヤ……? おい、クウヤどうしたんだ? 大丈夫かっ!」
ドウゲンもクウヤの異常な反応に思わず駆け寄り、背中をさすりながら声をかける。
「……やり直しだ」
「何……? 何を言っているんだ?」
苦しみうめくクウヤが発した言葉にドウゲンは理解が追い付かない。
「やり直すんだ……過去の過ちを……正して……魔戦士の……力はそのためにある」
「過去の過ちだと……? お前は二百年前の過ちを正すために魔戦士になるというのか?」
「あぁ……今の世界の歪みの原因は二百年前に始まる。その歪みを正す。その歪みこそ大魔皇帝だ」
クウヤは続ける。人のエゴによって作り出された大魔皇帝は人によって作られた歪みそのものだと。そして、それを正しうるのは、これまた人によって作り出された魔戦士だけだと。二百年前、魔戦士が大魔皇帝を裏切り封印したのも歪みを正すためだと語る。
「しかし、過去の歪みを正してどうする? 人の本質はそうは変わらないぞ」
「それでも構わない。必要なのはもう一度やり直すことだ。そのために魔戦士になる」
「そう言ってお前は自分を捨てる気か? それなら……」
「いや、もう一度生きなおすためにも魔戦士になり世界の歪みを正さなければ。俺は……俺は……俺は生きる!」
絞り出すような声でクウヤは生の意思を示す。苦しみ、苦しみ絞り出された声により、自らの意思を示したクウヤ。そこまでして意思を示された以上、ドウゲンとしては反対する理由を見つけられなかった。
「………………わかった。そこまでいうなら、止めはせん。しかしもう少しこの父親のいうことを聞け。わしの指示に従うのなら、魔戦士なることを止めはせん」
その言葉を聞き、クウヤは眠りの闇へ落ちていった。父親の胸に抱かれ、微笑みながら。
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