第81話  魔物撃退!

 デッキへ躍り出たクウヤたちは改めて魔物たちに対峙する。魔物たちはクウヤが現れたことに気づき、緩慢な動きながらも迎撃態勢を整えつつあった。


「来るぞ! 構えろ!」


 クウヤは仲間に指示を出しながら魔物を観察する。見れば見るほど、嫌悪感を感じるその姿はこの世の悪意を具現化したように思える。クウヤは魔物の頭部に何か光るものを見つけた。クウヤはその光るものに眉をひそめる。


(なんでアレが……)


 魔物の頭部に光るものは魔導石製の呪符のようであった。しかもその呪符には見覚えがあった。


 かつてクウヤが壊滅したリゾソレニアの『訓練所』で見たものであった。孤児たちを魔導兵器という操り人形にしたあの忌まわしい呪符である。


(もしアレと同じものなら、かなり厄介だな。試してみるか)


「ルー! 後続を牽制して! ヒルデはルーの補助、エヴァンは一緒に一番前のヤツに切り込む! いくぞ!」


 楔型に隊形を整えつつあった魔物に切り込むクウヤたち。ルーが後続を弓で牽制する。ルーの速射に後続の魔物は戸惑いの色を見せ、動きが鈍くなる。ヒルデも負けじとルーの攻撃に加勢し、魔法で小さい火の玉を生成、魔物にぶつける。すると若干後続の魔物と先頭との間に間が開く。


 クウヤとエヴァンは雄叫びを上げ、魔物に斬りかかる。クウヤのブロードソードが魔物の腹に命中する。


(やったか? ……えっ?)


 命中したところが燐光を放つだけでさしたる手応えを感じない。入れ替わりエヴァンも大上段から両手剣で袈裟斬りにする。


「これならどうだっ!」


 エヴァンの一撃はクウヤの攻撃を上回る斬撃だったが、こちらも光るタスキをかけただけでさしたるダメージを与えたように見えなかった。


(やはり……)


 クウヤの嫌な予感は的中した。訓練所の子どもたちのように魔力障壁が物理攻撃を無効化している。


「なんなんだよ、こいつら! 剣撃がまるで効かないじゃないか! どうすりゃいいんだよ」


 エヴァンの嘆きも最もだった。通常魔物が両手剣の剣撃に耐え切ることなどない。しかし目の前魔物は全く違う。目の前の魔物は小石があたったかのように多少身じろぐがそれだけだった。


「剣撃は諦めろ! 魔法で弱らせろ!」


 クウヤはそう叫ぶと同時に魔法の発動を行う。あまり魔法が得意でないエヴァンはクウヤの魔法発動を援護するため両手剣を振り回し、魔物を牽制する。後衛の二人もクウヤの一声の後、魔物たちに一撃を加えるべく、それぞれ魔法を発動する。

 

「『数多の物を切り裂く風の刃、我が願いを聞き、かのものを切り裂け!』 いっけぇー!」


 クウヤの放った風の刃は魔物の鎧のような皮膚を切り裂く。傷口からドクドクと赤黒い液体があふれてくる。それでも魔物はその動きをとめずクウヤたちへ向かってくる。傷は深いが致命傷までには至っていない。


 それに続くようにルーの放つ電撃やヒルデの放つ氷撃が傷だらけの魔物を撃つ!


 その魔物は青色吐息であったが未だその動きを止めず、近づいてくる。魔物の打たれ強さに冷や汗をかくクウヤ。


(……チっ、魔力障壁の影響で魔法の効きがイマイチだ。が……)


「魔法は効く! 魔法で押せ!」


 クウヤは後衛の二人に発破をかける。その声に呼応し、ルーとヒルデはより強力な魔法の詠唱に入る。


 その動きに気づいたのか魔物たちが動きを早める。クウヤたちもその動きの変化に対応する。


「エヴァン、もたせろっ!」

「おうさ!」


 詠唱中の二人に魔物の注意がいかないようクウヤとエヴァンは派手に陽動する。徹底抗戦を魔物たちへ宣言する代わりに、まずは弱り切った件の魔物を血祭りにあげ、二人は雄叫びをあげる。


「うぅおぉぉぉりゃぁぁぁー!」

「どぉぉぉりゃぁぁぁー!」


 クウヤたち二人と魔物は一進一退の攻防を続ける。その様は歴戦の戦士の戦いと何ら変わることないものであった。二人は傷だらけになりながらも、魔物たちを足止めしていた。


 その時、待ち望んだ声が聞こえる。


「クウヤ、おどきなさいっ!」


 ルーの声にとっさに横っ飛びして、二人は逃げ、道を開ける。それとほぼ同時に魔物たちを強力な電撃と氷撃が魔物たちを薙ぎ払った。


 数匹の魔物は電撃により黒こげになり、別の数匹は凍てつき粉砕される。


「……やったか?」


 クウヤとエヴァンは剣を杖代わりにヨロヨロと立ち上がる。


「……!」


 折り重なった魔物の亡骸が動き、大地から芽生えるように、生き残った魔物が立ち上がる。


(クソッ! これまでか……)


 クウヤが覚悟を決め、目を閉じた瞬間、魔物の断末魔が聞こえる。


「え……?」


 恐る恐る目を開けると、打ち倒された魔物の亡骸と駆け寄ってくる保安員の姿が見えた。


「君たち大丈夫か!?」


 その声を聞いて、クウヤは意識を手放し、深い眠りの闇へ落ちていった。


―――☆――――☆―――


「ホントに無茶するなキミらは……」


 クウヤが再び意識を取り戻すとベッドの上に寝かされていることに気づいた。傍らにはルーをはじめ、仲間たちが何か恐縮しているのが見える。仲間たちの視線の先にいたのはドワーフのような無骨な男である。今一つ、自分の状況が把握できていないクウヤは無骨な男に声をかけた。


「ここは……?」

「お、気がついたかね。ここは船の救護室だ。魔物を倒した後、君が倒れたんだ。魔物を倒すのは構わないが、君が倒れるのはカンベンしてもらいたいな。船医としてはそれが一番困るし、この船の仲間たちにも大いに迷惑がかかる。いいな?」


 無骨な男はこの船の船医だった。クウヤは救護室のベッドに寝かされ、他の三人は船医からお小言を貰っているところだった。船医がそんなことをするのは、おそらく船長あたりから注意するように言われたからだろう。


「……スイマセン、お世話をかけました」

「ま、何にせよ君らのおかげで最小限の被害で済んだんだ。乗務員たちに成り代わってお礼しなければならないな」


 そういうと、船医は無骨な、それでいて邪気のない笑みを見せる。しかし次の瞬間、表情を引き締め、真顔でクウヤたちを一人一人を指差しながら、苦言を呈する。


「ただし、しつこいけど、こんな無茶は二度とするなよ。君たちが無茶して死ぬのは勝手だが、それは周りに迷惑をかけることを肝に銘じておけ。君らにだって親兄弟ぐらいいるだろう? 家族を悲しませるな。わかるな?」


 全員、特に反論することもなく「はい、わかりました」とだけ答えたが表情は微妙だった。特に『家族を悲しませるな』という言葉には全員が思うところがあった。孤児みなしごの彼らには家族というものに複雑な感情を持たざるを得ない。一応、育ての親はそれぞれいる。しかし、どの程度『家族』であったかは微妙なところがある。ただしそのことをこの場で告白しても意味がないこともわかっていた。


「後少しで本土だ。それまではここでゆっくり休むといい。私はこれでちょっと失礼するよ」


 そう言って、船医は席を外した。


「……船医さんの言わんとするところはわかるけどね。あそこで無茶しなかったらどうなってたかしらね」


 ルーが呟く。クウヤをはじめ、他のメンバーにはよくわかっていることだった。


「それにあそこで死んでたなら、喜ぶ人間もいるんだけどなぁ……」

「るーちゃん、それは思っても口に出したらいけないよ」


 ヒルデがルーをたしなめる。孤児である彼らは世間的に疎まれることがあっても、それを前面に出したところで誰一人として助け舟を出してくれる人間はいない。特にルーのような立場では政治的な問題も絡み、疎まれる。


 ただそのことは口に出しても恨み言以上になることはない。そのことを嫌というほど味わっている。


 だから彼女たちは決意した。恨み言を言わず、したたかに生き抜くことを。


「……そうね、そうよね。忘れてたわ。二人で決めたわね、泣き言は言わないって。ちょっと疲れて、弱気なったのかも。ヒルデごめん」

「いいのよ、あんな戦闘の後だもの疲れてて当然よ。これからも頑張りましょ!」


 ヒルデはルーの手を取り、見つめ合う。ルーもヒルデの手をしっかりと握り返す。しばし二人の時間が流れる。

 一頻り二人で盛り上がったルーとヒルデははたと気付く。すっかりクウヤとエヴァンを置いてきぼりにしていたことを。


「……『これからも頑張りましょ!』」


 何か含みのあるいやらしい笑を浮かべ、何故かエヴァンがヒルデの口調を真似しながら、ヒルデがルーにしたようにクウヤの手を取る。クウヤも苦笑しながら、エヴァンにのった。


「……もー!」

「いてぇっ!」


 顔を真っ赤にして、ヒルデがエヴァンを引っ叩いた。


 久しぶりに彼らは何の懸念もなく笑い、歳相応の時間を取り戻す。


 魔物たちを撃退した後の残りわずかな船旅であったが、極めて穏やかな船旅を彼らは楽しむことができた。それは世間の強い風当たりの中で翻弄される彼らがわずかに得ることのできた穏やかな時間であった。


 クウヤも目を細めながら、その光景を見ていた。ただ、彼は今回の襲撃した魔物からある懸念と不安をもっていた。


(なんで、魔物はあの呪符を……? まだリゾソレニアはあんな実験を続けて? なんにせよ何者かがおかしなことをしているんだろうな。はぁ…………)


 ため息をつきながらクウヤは歳相応にはしゃぐ仲間を眺める。重圧から開放され、笑う仲間たちに対してクウヤの憂鬱は当分晴れそうになかった


――――☆――――☆――――


 時は遡る。

 クウヤがリクドーを離れる数日前、帝都外れの公爵邸。

 クウヤ召喚の一報がもたらされる。


 公爵の執務室へ執事が報告に訪れる。


「公爵様、あの小僧が陛下に内々で召喚されるようです」

「何? あの小僧に何用だ? 何か掴んでいないのか」

「はっきりとした情報は残念ながら……どうも陛下の私的な御召とのことで……」

「そうか。あの小僧、あの話を忘れていなければよいが……」


 公爵は考える目をする。皇帝が私的に誰かを召喚することは前例がなかった訳では無いが、それほど頻繁に行われることではない。

 大体において、私的な召喚は何らかの謀議の際に使われることが多かった。それ故、公爵は警戒感を顕にする。

 一応、クウヤは皇帝の情報を公爵に流すと約束させられていたが、公爵にしてみれば所詮は小賢しい孤児上がりの義理の外孫、それほど信用しているわけではない。


「どちらにせよ、今の段階では表立って動くわけにはゆかん。引き続き情報を集めよ」

「は。仰せのままに」


 執事はそう言ってその場を辞す。


「皇帝め、何を考えて……これは先手を打たないといかんかもしれんな」


 公爵は人を呼び、何か指示をだす。


 公爵はおもむろに執務室の窓から外を見る。

 外は急に風が吹き始め、木々がたなびく。空は低い雲が足早に流れていた。


 まさに帝都に風雲急を告げる暗雲が立ち込めていた。

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