第58話 魔力供給所 壱
魔導車の車列は海岸沿いの道路を一路、魔力供給所へ向かっていた。車内の子どもたちは初めて乗る乗り物に乗れた興奮と見知らぬ場所へ向かう興奮とで歳相応にはしゃいでいた。そんな様子をクウヤは至って冷静に見つめていた。彼には魔導車の車列を動かすのにどの程度の魔力消費になるのか、そんなことのほうがずっと興味をひかれることであり、物珍しさで浮かれるといことはなかった。エヴァンとヒルデはそれなりに歳相応なはしゃいだ気分のようであったが、クウヤとルーは一歩引いた感じで車内の他の子どもたちを眺めている。
やがて、そんな車内の様子に飽きたのたのか、ルーはなんとはなしに車窓を見始めた。
窓の外には日の光に照らされ、きらめく紺碧の海が広がる。はるか水平線の上には薄黒い積雲が列を成し、日の光を一部遮り、水平線に断続的な薄墨色の線を引いていた。
窓側に座り、流れる車窓をあてどもなく見送り続けるルーの端正な横顔をクウヤは見つめていた。なんとなくルーの素振りが心に引っかかり、目をそらすことができなかった。
「……何でしょう、クウヤ?」
ルーが突然クウヤに話しかける。
「何でしょう……とは?」
「さっきからずっとこっちを見ているではないですか。何か用ですか?」
そういとルーはクウヤの方へ向き直し、上目遣いで見つめる。
突然のルーの行動にクウヤは思わずあわてふためる。
「……いっいや、特になにもないけど……。見つめられるのは嫌かい?」
「……まぁ、他の人ならお断りですが、クウヤなら構いませんが……」
「……? どういうこと?」
「さぁ……? 言葉通りのことですよ」
そういうと、ルーはフッと鼻で笑い、子どもとは思えない妖艶な微笑を浮かべ、再び車窓を見つめ始める。ルーの艶やかな短めの黒髪が海面の照り返しをうけ、きらめいていた。そのきらめきはクウヤから見ると、外からの光なのかそれとも彼女自身の光なのか曖昧で不思議な感覚を覚えた。
クウヤはしばらくその光景を見つめていた。
――――☆――――☆――――
車列は魔力供給所の敷地内へ進入する。魔導車が全て駐車場に並び終えると、子どもたちが降りてきた。それに合わせ引率の職員たちも降車し、子どもたちを整列させ、今一度見学時の諸注意を繰り返す。
「かったるいなぁ、さっさ見学させりゃいいのに……」
「そうは言っても、守らないと大変なことになるから確認はしすぎてし過ぎることはないと思うよ? さぁさぁ、ぼやいてないで、列に並んで。ほらほら」
車から降りたエヴァンは本当に面倒くさそうにぼやくが、ヒルデはそんな彼をやんわり諭す。ヤンチャな息子の面倒を見る母親の姿のようにも見え、本当にエヴァンと一緒にいる時の彼女は甲斐甲斐しく、傍から見ても微笑ましかった。
「仲のよろしいことで」
「ほんとに。いつのまにあんな仲良くなったのかしら?」
クウヤとルーもそんな彼らの仲を見て少し驚き、お互い顔を見合わせる。
ルーはクウヤになにか言いたそうにもじもじしているのにクウヤは気づく。
「? どうかした?」
「羨ましいですか? 私で良ければ、お相手しますが……」
ルーはそう言うと、クウヤからぷいと視線を外した。
「……。いや、間に合っている」
「……そう……、ですか。それはとんだ失礼を……」
クウヤのそっけない返事にルーはホッとしたような、ムッとしたような複雑な表情を浮かべながら、形式張った言葉を述べた。クウヤはそんなルーの様子に首をかしげる。
「おーい、クウヤくんもるーちゃんも早く早く!」
「おう、すぐ行く」
ヒルデの呼ぶ声にクウヤとルーは走っていった。
少し歩くと、魔力供給所の正門につく。
敷地の中に並び立つ建物は実用一点張りで、飾りっ気がなく、一見すると巨大な墓標が並び立っているようにも見え、魔力供給所の敷地自体が巨大な墓所のようにも見える。その“墓標”からは市街地などにむけて、パイプラインのようなものが絡み合う大蛇のように延びていた。その光景は打ち捨てられた墓標に蔦が絡みついた古い墓所のようでもある。
(まるで墓参りしてるみたいだな……)
クウヤは魔力供給所を目の当たりにして、そんな心象を受けた。それほど、この施設は“生”を感じさせるものが乏しく、そこかしこに死をまとっているような印象を受ける施設だった。
そうこうして、魔力供給所見学御一行は魔力供給所で数少ない人の気配のする“建物”に近づいていく。
どうも、その建物は見学者用に建てられた建物らしく、ありとあらゆるところに説明文を書いた板が張ってあり、エヴァンに「看板で建物の外装を覆ってるんじゃね?」と言わしめるほどであった。
「さぁ、順番に建物の中へ入ってください。中の職員さんの指示にしたがっていい子にしているんですよ」
引率の学園職員の言葉にクウヤは反応し、相方をからかいながら注意を促す。
「……だってよ。いい子にしてるか?」
「俺はもともといい子だが、お前は相当、ネコかぶらんとだめだろ、クウヤ」
「お前なぁ……」
クウヤとエヴァンの間で定番になりつつあるやりとりをしながら建物の中へ入っていった。
「男の子って、バカよね……」
「まぁ、良いじゃないの。私たちがしっかりしてればどうってことないでしょ? さぁ早く入ろうよ」
ルーは呆れ顔で二人を見送る。ヒルデはまるで肝っ玉母ちゃんのような発言を残し、親友とともに建物の中へ入っていった。
入り口のホールには、魔力供給所の全体模型が置かれており、その存在は見学者を威圧するかのようであった。
見学の子供たちが集まったところで魔力供給所の職員が説明を始めた。
「この供給所は世界に類のない技術により完成し、マグナラクシアに潤沢な魔力を供給しています。この国の“血液”を循環させる、文字どおり“マグナラクシアの心臓”と云えるでしょう。――」
確かに、職員の言うよう魔力供給所はマグナラクシアの活動全てを支える施設である。ここが活動停止に追い込まれれば、マグナラクシアの活動が停止してしまう。日々大量の魔力を市街地などへ供給していたからである。
――日々、搬入される魔導石から魔力を抽出、マグナラクシア各地へ輸送する――言葉にすれば、至極簡単な作業だが、理論と実践は別の事象であるということをこれほど雄弁に語る実例はこの世界にはないだろう。大規模に“魔導石から魔力を抽出する”施設はこの世界がいくら広いといえど、この国、マグナラクシアにしかなかった。
その方法を現実のものとしたときこの国の絶対的優位は確立したといってよかった。そして、魔導石の有る限り、この国の繁栄も約束されたものといってよかった。
――魔導石が供給される限りにおいて。
職員はこの施設の意義や先進性をこれでもか言うほど強調し、聡い子供だけでなくそうでない子供までその台詞を暗記してしまうかと思わせるほどであった。
(ここまで強調されると、逆に疑いたくなるな……。隠したい何かがあるのか……?)
クウヤは説明されればされるほど、この施設に対する疑念を募らせていった。知らず知らずのうちにクウヤの目が鋭くなっていく。その一方、そんなクウヤの考えを意に介さず、エヴァンは職員の説明にただただ感心していた。
ルーもまた、特別な秘めた思いを抱えながら職員の説明を聞いていた。平静を装ってはいるが、その目は眼光鋭くなり、物珍しい物に目をかがやかせる子供の目ではなくなっていく。耳は職員の説明に傾けてはいたが、目は周囲をくまなくうがっていた。
ヒルデはそんなクウヤとルーを見つめながら、考えていた。
(……なんだかんだ言っても、るーちゃんとクウヤくんてどこか似てる。他の子と同じように振舞っているのに全然違うことを考えているような……。なんのかんの言っても、似たとこあるじゃない、ふふっ。思っている以上に相性いいかも……)
ヒルデはすっかり、おせっかいおばさんと化し、嬉々としていた。二人の思惑には全く考えが及んでいないまま、妄想の世界に入りつつあった。
四者四様の振る舞いで職員の説明を聞いていると、職員が説明を切り上げる。
「――さて、この施設の概要についてはわかりましたか? それでは実物を見学しましょう」
四人の思いを断ち切るように、職員が子どもたちを魔力の抽出をおこなっている施設へ連れだした。
魔力抽出棟は説明を受けた建物から程なくついた。見学者用の展望台に子供たちを連れていった。目の前には別の建物があり、その建物には魔導石と思われる鉱石が貨車に積まれ、大量に切れ目なく搬入されている。魔導石を運ぶ貨車の周りには大勢の人夫が人形のように黙々と作業を行っている。その周囲には粗末な革鎧と短槍で武装した警備兵が並ぶ。
クウヤは作業を行っている人夫と警備兵を何気なく見つめていると、違和感を感じた。警備兵は魔導石の警備を行っているものとクウヤは思って眺めていたが、その動きがおかしかった。明らかに警備兵は人夫たちを監視していた。
(なぜ? なんで、人夫を監視しているんだ?)
職員がタイミングよく説明を始めた。
「――ここの作業員は生活困窮者や犯罪を犯し、収監された囚人たちが行っています。ここで働くことで、生活の糧を得ることのできなかったものに糧を与え、罪を犯したものに国家に貢献することにより、贖罪の機会を与えています」
「ずいぶんと、優しい国なんだなこの国は」
「ですね。生活に困った人や、罪を犯した人にも救済の道を開いてあるなんて」
素直なエヴァンとヒルデはしきりに感心する。
その横で素直でない二人組が訝しげにその話を聞いている。
(本当に、救済が目的なんだろうか? 何か別の目的がありそうなんだが……)
「――それでは、みなさんこの供給所の大事なもうひとつの役割をご紹介しますのでついてきてください」
クウヤの思考を断つように、職員は他の場所へ子供たちを案内する。クウヤたちも、その流れに乗り、移動を開始した。
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