第59話 魔力供給所 弐
(もう一つの大事な役割……。 何なんだろう?)
クウヤは職員の説明が心に引っ掛かって離れない。何故かしら、微かな胸騒ぎさえ感じる。
「この魔力供給所のもう一つの役割とは、魔導技術を研究することです。新たな魔導技術を開発し、世界をより豊かにしていくこと――これが魔力供給所のもう一つも重要な役割です。また、マグナラクシアの技術的優位を維持し、世界を牽引する 国として存在する支えとなることもここの重要な任務です」
クウヤは職員の説明に聞き入るが、『マグナラクシアの技術的優位を維持し、世界を牽引する 国』の行でわずかに右眉をあげ、眉間にシワをよせる。
職員は、そんなクウヤの様子を知ってか知らずか、一旦間を開けわざとらしく咳払いし、次の言葉を続けた。
「現在、魔力供給所魔導技術研究室ではあらゆる物体や生物などに含まれる魔力を抽出結晶化し、人工的に魔導石を生成する方法について研究しています。いずれはこの技術が世界を更に豊かにする産業となるでしょう。今日はその様子を、ごく一部ですが皆さんにご紹介したいと思います」
子供たちは目新しく珍しい“見せ物”の登場に、にわかに歓声をあげざわつきだす。
そんな喧騒を他所にクウヤは胸騒ぎが治まらず、訝しげにその光景を見つめていた。
「……クウヤ、どうかしましたか?」
クウヤの様子に気がつき、声をかける。
「……何でもない。大丈夫だ」
「しかし、何か妙ですよ、クウヤ。めったに見られるものではないのに…………」
「まぁな…………。ただ“めったに見られない”ものを子供相手とはいえこんな簡単に見せるだろうか? だから、何か引っ掛かるんだ。この国の最高機密をおおっぴらに公開するような行為をこんな簡単にするか? しかも、『技術的優位を維持する』って明言しているのに。手の内を見せてしまったらどうしょうもないはずなのに…………。……何か――」
「――何か他に意図がある…………と?」
クウヤは無言で頷く。
「……ああ。思い過ごしならそれで問題ないんだがな……」
「ほんと、クウヤくんて考え過ぎよ! もう少し肩の力を抜いてもいいんじゃない?」
どこからともなく、クウヤとルーの会話を耳にしたヒルデが笑みを浮かべながら、クウヤに忠告する。
「だといいんだが……」
「そうだぞ、クウヤ。『下手な考え休むに似たり』って言うだろ。余計なこと考えなきゃ、色々たのしいぞ。この俺を見習えば?」
全員がエヴァンの顔を見る。全員絶句し次の言葉がでない。
当の本人はしたり顔で見返し、親指を立て、白い歯を見せる。
「……ま、しょうがないか、エヴァンだし……」
「……エヴァンじゃしょうがないですね……」
「……エヴァンくんだもんね……」
三人とも、見事に意見が一致した。一人残されたエヴァンは抗議の声を上げる。
「だぁっ! なんだってんだよ! マトモなこと言ったろう? 言うに事欠いて、ヒルデまで……」
しかしながらその抗議の声は三人には届かなかった。一人エヴァンだけが落ち込んでいった。
(ま、エヴァンの話はとにかく、ヒルデの言うことも一理あるか)
そう思うと、クウヤは一旦思考を止めた。
他の三人の酷い扱いに、涙にくれるエヴァンを他所に、クウヤはとりあえず、職員の説明を聞きながら最新の研究成果なるものを見物することに決める。
職員は見学の子供たちを、研究棟へ案内しているところだった。
――――☆――――☆――――
研究棟は魔力抽出棟から数分歩けばついた。研究棟の建物は魔力供給所の建物群の中で一、二位を争うほどの殺風景な建物で墓標っぽさも格段に上がっていた。
巨大な墓標の前に群がる子供たち――死と生がそこで入り混じったなんとも奇妙な光景にクウヤは思わず苦笑する。
(まるで、砂糖に群がるアリだな……。しかもわざわざ“死“に群がる愚かなアリがここにいるようだ。ふっ……)
そんなクウヤの思いをよそに職員は研究棟内部が見渡せるデッキへ子供たちを案内した。
研究棟内部は得体のしれない実験用の機械類が所狭しと並び、混沌としていた。その中でも際立って大きい数本の金属製円筒が立ち並ぶ一画がよく見渡せる場所へと子供たちは案内された。
「さて、みなさん、あの金属の筒が見えるでしょうか? あれが当研究室が力を入れて研究している魔力抽出機です。通常、魔力はある一定濃度以上含有する魔導石から抽出されますが、この抽出機が完成すれば、かなり低濃度の魔導石などからも抽出可能になります。また、この機械はある特別な機能が付いています」
そう説明するとその職員は手を上げ、機械側にいる研究員に合図した。
すると、別の研究員が何処からか一人の囚人と思われる服装の男をその機械の前に連れてきた。その囚人はサルグツワをされ、かなり抵抗していたが機械の椅子に固定される。クウヤたちの所からは聞こえないが、暴れる様子から何か叫んでいるようであった。
「……それでは、特別な機能について実演してみましょう。これから何が起きるかよく見てください」
職員は子供たちにそう指示すると機械側の研究員に合図した。研究員は機械を動かし始める。機械は
しばらくすると機械全体が震動し、仄かに青白く発光し始める。発光は震動が大きくなるのにあわせるように強くなっていった。
機械に固定された囚人は機械の震動が大きくなり、発光が強くなるに連れて全身が硬直し、手足が
囚人が硬直し始めると彼から何かモヤのようなものが機械に吸いとられていくのが見える。それとともに機械に取り付けられた何かを示す表示機のようなものが、半分のところを指し示した。少し間があって、研究員たちは機械から何かを取り出していた。どうやら魔導石のようであった。
次第に囚人の体からはわずかに蒸気が上がりだし、口からは血泡を吐き出しはじめた。目からは血を流し、クウヤからすればとても正視するに絶えない状態になっていった。
その姿を見ていた子供たちの中には、その光景に何かを刺激されたのか、異常な興奮状態になり、あまりの興奮に卒倒する子供さえ現れた。
(何て光景を見せるんだ! ここの職員は何を考えて……。こんな光景を見せられるなんて……)
クウヤは自分の苦い過去と重ね合わせ、魔力供給所職員の正気を疑う。
「……今、みなさんにお見せしたのは、死刑囚を使った魔力の抽出実験です。この実験の目的は人間が保有する魔力のうちどの程度までなら抽出しても耐えられるのかという実験です。今実験装置に取り付けられている死刑囚からは、彼の保有する魔力の約半分の魔力を抽出しました。まだ、実験途上のため被験者にはかなりの負担がありますが保有する魔力の半分程度ならば死に至ることはないということが分かっています。この機械を使えば緊急時に魔力が不足した場合、人間を含む生物から魔力を分けてもらうことで緊急事態を乗り切ることができます。例えば、この国が何らかの理由で魔導石の供給を止められた場合などにこのような機械を使って魔力の不足を補うことが可能になります――」
職員の説明は続いていたがクウヤには聞こえなかった。衝撃的な光景が彼を思考停止にした。
やがて、死刑囚はぐったりとして、動かなくなると研究員は機械を操作し、停止させた。
職員はそんな死刑囚の状態にはお構い無く、話し続ける。
「さて、とりあえず実験も一段落したということで、ここでいくつか質問を受付ましょう。あまり詳しいことを話せないこともありますが、可能な限りお答えしますよ!」
凄惨な情景を前に妙に上気した口調で職員は質問を受け付けた。子供たちはそんな光景を前に妙な興奮状態にあり、目の前で凄惨な光景が繰り広げられたにもかかわらず、その凄惨さは彼らには伝わっていなかった。
(見えていないのか!? 人があんな目に合っているんだぞ……)
クウヤの感覚とここにいる子供たちの感覚との間に大きな溝があることにクウヤは愕然とする。
ルーがそんな怒りに震えるクウヤに話しかける。
「クウヤ。どうかしましたか?」
「……ここでは死刑囚を使った実験を頻繁にしてるのだろうか?」
「さぁ……。 ただ、職員の様子からするとそうかもしれませんね。 ……それが何か?」
「これだけひどいことをしているのに、ここの連中はごく当たり前の作業をこなしているように振舞っている。相手は死刑囚とは言え、人間なんだぞ、人間! それをあんな実験に使うなんてどういうつもりなんだ!」
珍しく興奮して話すクウヤをルーは興味深げに見つめる。ただ、彼女はクウヤの抗議が何に対するものなのかまでは分かったがなぜ抗議するのか、彼の心理までは飲み込めなかった。
「……相手は死刑囚なんですから、そうなった時点で普通の人間と扱いが異なるのは当然のことです。 クウヤ、あなたは何に憤っているのですか?」
ルーの言葉にクウヤは自分の感覚がこの世界の感覚とずれていることを悟る。
「……なんでもない、忘れてくれ」
ひどい倦怠感に抗しながら、クウヤはやっとのことでその言葉をひねしだした。ルーはそんな彼を不思議そうに小首を傾げ見つめるだけだった。
クウヤたちのやりとりをよそに、職員と他の子供たちの間ではこの施設の質疑応答が進んでいるようであった。
「――ということで、この施設がマグナラクシアの繁栄の礎になっていることはお分かりいただけたと思います。それでは次の質問は? そこのあなた、何か質問は?」
そういうと職員はある子供を指し示した。この子は何の躊躇もなく質問する。
「今日の実験に使っていた死刑囚ってどんな罪を犯したんですか?」
職員は
「いい質問ですねぇ。彼の犯した罪は『騒乱罪および破壊行為禁止法違反』です。彼はこの国の象徴たる学園内において、爆弾を持込み使おうとしました。これはこの国にとって重大な反逆行為であり、死を持って償うに値する重大な犯罪行為です。ただ、彼もこの国の一員です。この国は寛大な気持ちを持って、この国に身命を捧げれば罪を一等減らすことを彼に提案しました。そこで今回の実験の被験者になったという次第です。本実験が最終的に完了する時点で実験の功労者として罪が一等減じられることになっています。というところでよろしいでしょうか?」
職員はなぜかしら妙に胸を張り自信満々に回答した。質問した子供もなんとなく納得したようで、職員に対し礼を述べる。
(爆弾……。もしかして、アノときの……?)
クウヤには思い当たる人物がいた。彼自身この時まですっかり忘れていた。爆弾をもってクウヤを亡き者にしようとしたかの暴漢ことを……。
(……確かに、あいつのやったことは簡単に許されることではないが、死刑になるほどのことなのだろうか?)
クウヤは魔力供給所およびこの国に対して重大な疑念を持ち始めていた。
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