第57話 見学当日
魔力供給所の見学日当日の朝、いつになくルーはそわそわしていた。
彼女の性格からすれば、それほど浮つくはずもないのだが、なぜかしら今日に限っては多少ではあるが浮ついていた。
「……? るーちゃんどうかしたの? そわそわして……」
「……何でもない。何でもない。何でもないです」
「……変なるーちゃん」
幼い頃からそばにいた彼女ゆえに普段みせないそぶりが気になっていた。ただ、彼女は単純に、ルーがクウヤたちとお出かけすることに舞い上がっているのもだと思い込んでいた。
「とりあえず、お出かけする準備しようよ。るーちゃん」
「……そうね。準備しましょう」
(やっぱり、今日はなにか変……。るーちゃんどうしたの?)
心配の種が増えたヒルデは彼女の顔を覗きこみながら、あれこれ想像をめぐらしていた。
そんなヒルデをよそにクウヤたちは眠い目をこすりながら、生きた死体のように出かける準備をしていた。どうやら、夜遅くまであれこれ話をしていたため夜更かしをしたらしい。
「……起きたか? はやく着替えて行かないと……」
「ん……。あぁ……。そうだな、早く行かないとな……」
クウヤたちは意識を半分、夢の世界へ残したまま着替える。そのためかいつものようにてきぱきと着替えられない。クウヤはシャツを裏返しに着てはそれを脱いでまた着るという様子で、エヴァンも寝間着を脱いでは着、脱いでは着を繰り返していた。
「……お前何してんるだよ? 何回、寝間着を着れば気が済むんだ?」
「……クウヤだってなに裏返しに着てるんだよ……」
などと無駄な行為に時間を浪費しつつ、なんとか着替え終え、出かける状態になる。
やっと着替え終え、寮の外に出たクウヤたち二人はルーたちを見つける。ルーは俯いて、手を後ろに組み斜に構えてクウヤたちを待っている。ヒルデは満面の笑みで彼ら二人を迎える。
「やっ。おはよ」
「おはよー。準備万端? 行こうか」
ルーを除く全員は連れ立って、歩き出そうとした。ルーは突然何かを思い出したように口を開いた。
「……おはよ」
ワンテンポずれたルーの挨拶に他の全員がずっこける。
「どうした、ルー? 調子悪いのか? 何か変だぞ」
「!……。 ……何でもないです。いつも通りです」
そう言いつつ、ルーは何かもじもじしている。
「……そっか、何ともなければそれでいいんだけど。微妙にいつもと違う感じがしたから……」
「何でもないです! おかしく見えるのはクウヤがおかしいからではないですか?」
ルーは少し動揺を見せたが、直ぐにいつもどおりの態度に戻る。
「……? うーむ、言ってることがよく分からんが……」
クウヤが頭をひねっているとエヴァンが横から茶々を入れた。
「確かに。朝からこいつは脱いだ寝間着を裏返しで着直したり、おかしいはおかしい」
「……人のこと言えんだろ、エヴァン。何回、寝間着を着直したんだよお前は……」
にやけながら言ったエヴァンの一言にクウヤがむっとしながら反論する。その反論を聞いて、エヴァンが言い返す。
「人のことをおかしいと言う奴ほど、おかしぞ」
「人のことをおかしいと言う奴ほど、おかしぞと言う奴ほどおかしいと思うが?」
クウヤは皮肉っぽくエヴァンをからかうように更に言い返した。
エヴァンはますますいきりたち、かなり興奮してクウヤに言い返した。
「何を! 人のことをおかしいと言う奴ほど、おかしぞと言う奴ほどおかしいと思う奴ほどおかしい……」
「あぁ、もうっ!! 二人ともやめってっ!! 何、無駄な言い争いしているの、もうまったく……」
意外な人物からの罵声にクウヤとエヴァンが驚き凍りついた。普段にこやかで温厚な分、ヒルデの激しい一言はクウヤたち二人には強烈な衝撃をあたえ、人形のように動かなくしてしまった。
「せっかく、四人でお出かけしようってときにあんたたち二人は下らないことで時間を無駄にして……」
「……スイマセン」
ヒルデのお小言をもらう二人は小さく萎縮していく。蚊帳の外のルーは面白そうにその光景を見つめ、そしてどこかうつろに遠くを見つめた。
――ある朝における四人の実に長閑な風景であった。
――――☆――――☆――――
学園の門のところには三々五々子供たちが集まってきていた。魔力供給所の見学は希望者のみということであったが、物珍しさも手伝い、二〇人ほどが集まる。
「へぇ……。意外と集まっているな」
「だな。物珍しいんだろ、この国以外に見学できるところでもないしな」
「早く行こうよ。みんな集まっているよ」
「……」
エヴァンが人の多さに感心し、クウヤも相槌を打つ。そんな二人をその人だかりに加わるようヒルデが促す。ルーも無言で三人の後をついていった。
クウヤたちがその人だかりの一員として加わり、受付を済ませる。ひと通り参加者全員の手続きが終わると引率の学園職員が説明を始める。
「はい、みなさーん聞いてくださーい。これから魔力供給所へ見学に向かいます。見学の前に幾つか注意事項がありますので、よく聞いてください――」
――その職員は見学に際し、いくつか注意をした。常に団体行動をとること、現場の担当者の指示には絶対従うことなど、ごくごく一般的な注意をした。そして――
「――みなさんが今まで言った注意を守らないと、投獄されたり、最悪の場合、その場で術殺されるので注意してください。それから、諸注意が終わったあと、誓約書に署名してもらいます。これは見学中に皆さんの不注意な行動で皆さんが被害を被っても、学園およびマグナラクシア当局は一切責任を負わないということに同意していただくものです」
一瞬、全員がざわめく。たかが子供の社会見学程度ででるセリフではない。説明している職員も口元は上がって笑顔を繕おうとしているが目が全く笑っていなかった。学園、否マグナラクシアは子供相手でも手加減なしで、最重要施設を保全すると宣言した瞬間だった。
「マジかよ……。たかが子供の見学会だろうが……。おだやかじゃねーなぁ」
「何も殺さなくても……」
「……まぁ、この国の最重要施設の一つを見学させるんだからしょうがないんじゃない。それほど過剰な反応とは思わんがな」
エヴァンとヒルデにとっては過剰な対応のように思えたようだが、クウヤにしてみればごく普通の対応に思えた。
(しかし、なぜそれをこの場で……。この子どもたちの中に間諜がいるとでも……? 何にせよあまり直接的な抑止効果はないと思うが)
クウヤの思いは至極当然であった。他国の意を受け、魔力供給所の情報を盗み取ったりあるいは破壊を狙う間諜に対して、『不審な行動を取れば、投獄、もしくは殺害する』と宣言したところで、実質的な抑止効果はない。そのような行為を行う以上、投獄もしくは殺害される危険性は当然織り込み済みで行動に移すからだ。アタリマエのことをただ単に言葉にしただけだでありクウヤはそのような行為を行ったマグナラクシア当局の意思を訝しむ。
(……何にせよ、よけいな行動をとらなければ、問題になることはないんだし。おとなしく静観するとしよう。下手にエヴァンたちを巻き込むようなことがあったら嫌だしな。ここは自重すべきだな)
ふと横を見ると、ルーが少し青い顔をして俯いている。拳を握り、少し震えているようにも見えた。
「……? ルー、気分でも悪いのか?」
「……え? …………。大丈夫です。いつもどおりです、問題ありません」
「ならいいけど……」
クウヤがルーに話しかけると彼女はいつもどおりを装った。クウヤもそれ以上追求することをやめた。彼女が何がしかの人には言えない事情を抱えているような感じがしたからだ。
(……いつかは話してくれるかな)
クウヤはルーが自分から言いにくい事情を話してくれることを秘かに期待した。
「さぁ署名した人から、順番に“車”へ乗ってください。全員が乗り次第出発します」
署名を終えた子供たちは我先に門外で待機している“車”へ乗り込んでいく。
車といっても、車を引く馬などはいない。魔力によって自律的に動く魔導車であった。
魔導車はマグナラクシア以外の国ではまず見ないもので、魔力で動くこの車両は魔力がふんだんに使えるこの国ならではの車両である。他の国では魔力の供給が追い付かず、すぐに枯渇してしまう。そのため諸外国では魔導車は儀礼用で使われることがあるに過ぎない。日常的に使われることなどほぼない。
(魔導車で見学とはねぇ。豪勢なことで……)
クウヤは魔導車の列を眺めながら、嫌というほどに魔導文明ともいうべき文物を事あるごとに見せつけてくるこの国の方針に感心していた。
「クウヤ、行くぞ」
エヴァンに呼ばれ、クウヤは他の三人とともに“車”に乗り込んだ。
(……ま、あの“訓練所”よりかは良いところだろうしな……)
クウヤかが乗り込むと間もなくして魔導車の車列は魔力供給所へむけて出発していった。
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