第53話 学園長からの呼び出し

 職員に連れられ、クウヤたちは会場へ入る。

 薄暗い会場内は過剰な装飾もなく、落ち着いた雰囲気で、外の喧騒けんそうと対照を成している。


 彼らは職員に導かれ演壇えんだんのすぐ近くの席へ案内される。


(何かあるのかな? こんな前に座らされて……)


 クウヤたちはしばらく待っていると、新入生たちが少しづつ会場に入ってきた。


 クウヤがふと気づくと彼から離れた席はうまっていたが、彼らのまわりには空席が目立つ。まるで彼らのまわりに空堀を張り巡らせたような状態である。

 彼らは晒しものされているような心地悪さを味わざるを得なかった。外での騒ぎの後であるので、騒ぎに巻き込まれたくない一心で他の新入生たちも自ら近くへ近寄ろうとはしないのだとクウヤは考えたが、実際のところは違っていた。


 彼らに用意された席は成績優秀者専用席という名目で学園側が用意した隔離席である。


 学園側も『火種と火消し』の情報により、クウヤが皇帝と懇意になったことをつかんでいた。それゆえそのことが貴族の反感を買うと予想したため、クウヤが騒乱の中心にならないよう、できるだけそのような貴族と接触を避けるための措置として隔離席を用意したのである。

 また、明らさまにその意図を衆目に晒すわけにもいかないため、エヴァンたちをカモフラージュとして利用し、クウヤの側に座らせたのである。


 当然、そのような意図は彼らに知らされるはずもなかった。


 学園当局の意図は隠蔽され、多くの新入生は何も知らず、入学式に臨んでいた。クウヤたちも居心地の悪い“成績優秀者席”で式に臨む。


 式が始まってすぐ、学園長が演壇に上がった。


「新入生の皆さんご入学おめでとうございます。皆さんはこの魔導学園の生徒であり、この国、魔導学園国マグナラクシアの新たな国民となりました。またこの国は――」


 学園長の挨拶が続く。学園長はマグナラクシア成立の歴史的経緯とこの世界での役割についてとくとくと語り続ける。曰く『マグナラクシアは世界の騒乱を鎮め、世界の平安を守る』、曰く『君たちはその崇高な使命を担う人材として選ばれた』など、新入生にとって耳に非常に心地いい言葉が並ぶ。

 クウヤはその言葉に疑念を抱きながら聞き続ける。この国の裏の一端を垣間見た彼にとって学園長の言葉は絵空事にしか聞こえなかった。


(……ま、建前がそうだから仕方ないか)


 クウヤは半ば諦め、学園長の言葉をさらに聞き続ける。その横で学園長の言葉を聞きあきたルーが不思議そうな顔でクウヤを見つめている。ヒルデはまじめに学園長の言葉を一つ一つしっかり噛みしめるように聞いていたが、その横でエヴァンはしまりのない顔をして、学園長の言葉そっちのけでヒルデをチラリチラリと見ている。


 四者四様の思いを抱きながら、学園長の長演説は続く。


――――☆――――☆――――


「やっと終わった。学園長の話は長いなぁ……。ふぁぁぁ~」


 思い切り背伸びをしながら、エヴァンが仲間に語りかける。他の三人も同様の思いを持っていたようで、ルーは眠そうに目を軽くこすり、ヒルデは口を押さえ小さくあくびをする。

 クウヤも睡魔と戦っていたのは他の三人と一緒ではあった。ただ、違うのは学園長の話に嫌悪感に近い違和感を抱いたことである。彼にとって、この国、マグナラクシアの使命は建前でしかなかった。


 四人が睡魔と戦い続け、やっと開放されたと思った時に事務連絡が始まり、四人は肩を落とす。


「――連絡事項は以上。あと、クウヤ・クロシマ、エヴァン・マーチャン、ルーシディティ・プラバス=ネゴティア、ヒルデ・ディヴァデュータ以上四名は後で学園長室まで行くように。それでは全員解散」


 名前を呼ばれた四人はお互いに顔を見合わせる。クウヤ以外は学園長室へ呼び出される理由は全く思いつかなかった。

 しかしクウヤだけはもしやと思い当たるものがあった。むしろ入場前の騒乱の原因を作った張本人の一人に思い当たるフシがないとは言えなかった。

 そのことに気づいたルーはクウヤを見つめる。クウヤもそのことに気づいたが、何も言わない。


 仕方なく四人は入学式会場となった講堂を出て、学園の専門研究棟近くにある中心棟へ移動する。


「なんだろうな、入学早々呼び出しなんて? しかも、学園長直々の呼び出しだぜ。そんな悪いことしたかな?」

「少なくとも、ある一人を除いて私達は無罪よ。ねぇクウヤ……。ふふっ……」


 難しいことはあまり考えないエヴァンが何気なく言ったことに、ルーが嫌味満載でクウヤに尋ねる形で言葉を重ねる。ルーの言葉にクウヤは苦笑いするしかなかった。


「クウヤくん、何か思い当たることしたの?」

「……いや、今朝の騒ぎは僕がちょっと引き起こしたんだよね……。あははははは……」


 ヒルデが何気なくクウヤに聞くが、当の本人はバツが悪そうに頭の後ろを掻き、苦笑いしながら答える。エヴァンとヒルデは驚き、クウヤを見る。

 そんな二人に仕方なく、クウヤは説明をし始める。


「……なるほどね。んでも、もっと穏便な方法が取れたらよかったのにな……」

「できたらそうしたかったんだけど相手があれじゃねぇ、どうしても無理だな」


 クウヤの説明に平和主義のヒルデはまっとうな考えを示す。クウヤはヒルデに彼自身も穏便に納めたかったのだが、向こうのあの態度ではこちらの言い分を受け入れるとは思えなかったので、緊急回避のためやむを得ずそうしたことを強調する。


「いや、どうせやるなら、もっと直接殴り倒すとかすりゃもっと早かったんじゃないの?」

「……。もういい。お前には何も言わん……」


 単純が服を着て歩いているようなエヴァンの発言にクウヤはがっくり肩を落とす。


「いえ、クウヤ。よくやりました! あの場面では最適な選択です。さすがは……」

「さすがは? 何、何? る~ちゃん何言おうとしたの?」

「なんでもないです……」


 何か言おうとして、途中でやめたルーにヒルデが突っ込む。ルーは珍しく赤面し、俯く。ヒルデはそんなルーの反応になにか感じたのか、それ以上聞こうとしなかった。なぜかしら、目を細め、静かにルーを見つめる。その目は年の離れた妹を見つめるような眼差しだった。


「まぁ、話はこれでおしまい。早いところ学長室へ行こうぜ」


 クウヤに促され、他の三人は学長室へ向かって歩き出す。


 四人は中心棟へ歩いて行った。


――――☆――――☆――――


「また、無駄にでかいな……。学園ってのはそんなに儲かるのかねぇ……。俺も儲かるなら学校経営でもするかなぁ」


 中心棟の前でエヴァンが辺りを見回しながら感嘆する。それもそのはず、中心棟は石造りの巨大な建物で、建物のそこかしこに彫刻を散りばめ、一見しただけでも建造費用が莫大であることがわかる。派手できらびやかな装飾こそないが、窓枠や屋根の端々に見られる彫刻は素人目にもわかるほど精緻せいちなものであった。


「……行くぞ。学園長室で学園長様がお待ちになってるかもしれんしな」


 クウヤはどうでもいいことに感嘆の声を上げているエヴァンに声をかける。四人は中心棟へ入っていった。


 入口の受付で学園長室への道順を聞き、建物の奥へ進んでいく四人。

 学園長室までの道のりはまるで迷路のように入り組んでいてしかも長く、四人の足取りは学園長室へ向かうに連れて次第に重くなっていく。


「ん? ようやく、目的地に到着だ」


 クウヤが学園長室の前に立つ。他の三人もその後ろについた。学園長室の扉は精緻な彫刻がされており、見るものを威圧している。クウヤは三人を代表しその扉を叩いた。


「失礼します」

「入りたまえ。おぉ、クウヤくんたちかね、よくきた。ま、そこにかけたまえ」


 学園長室の中は様々調度品と魔法道具と思われる道具類が並ぶ棚が奥の方にあり、その前に学園長の席がある。学園長の席には巨大な机と黒光りする革張りの椅子がありそこには学園長が腰掛けていた。


 学園長に招き入れられたクウヤたちは、学園長の机の前にあるソファーに腰をかけた。


「……さて、入学早々呼び出してすまんかったのぉ。君らに話がちょっとあっての」


 その言葉を聞いてクウヤたちはいよいよくるものがくるのかと身構える。その姿を見て学園長が苦笑いする。


「何をそんなに身構えているのかね? もう少し楽にしたまえ」


 四人は少し肩の力を抜いて、学園長の次の言葉を待った。


「実はの、お前さんたちの力を見込んで頼みたいことがあるんじゃ」

「何でしょう?」


 答えながら、クウヤの脳裏に嫌な予感がよぎる。


「お前さんたちはこの国の使命は覚えておるの? その使命を果たすためにお前さんたちの力を貸して貰えないかという話じゃ。どうじゃろうか?」


 クウヤを除く三人は今一つ、事態を飲み込めず、ただ学園長を見返すだけだった。

 クウヤ一人、学園長の言わんとするところを理解していた。


「学園長、突然のお話で良く分かりませんが。我々がいかに貴国のお役に立てるのかご教示願えますか?」


 クウヤは学園長に対し大げさな礼を取り、普段使わないバカ丁寧な口調で質問する。

 クウヤの慇懃無礼いんぎんぶれいな態度と発言に学園長は苦笑いする。他の三人はまだ今ひとつ状況がつかめていないのか、首を傾げ不思議そうにクウヤと学園長とのやりとりを見つめている。


「……そうじゃの、もう少し丁寧に説明しようかの。この国の理念は入学式でも話したとおりこの世界の安寧であり、世界の安寧を魔導の力を持って維持するところにある。紛争あるところに直接介入し、紛争を抑えることがこの国の使命なのじゃ。そこでじゃ、お前さんたちの力は抜きん出ておる。その力を世界の紛争解決に役立ててもらいたいというのが言いたいことなのじゃ」

「つまり、それは紛争の最前線に立つ……と解釈してよろしいので?」

「いやいや、さすがにそこまでは言わん。いくら力があるとはいえ君らは我が学園の生徒であり、まだ子供じゃ。そんな子供を戦場のど真ん中へ送り込んだと世界に広まったら我が国の威信に関わる。やってもらいたいのは基本的に紛争地域の状況調査じゃよ。子供である君らだからこそできる任務じゃ。どうじゃろうか、お願いできるかな?」


 学園長は低姿勢でクウヤたちにお願いする。クウヤはまだ不信の目をして学園長を見つめていたが、他の三人たちはどう返答していいかわからず戸惑っている。


「……学園長、この国には優秀な諜報機関があると風のうわさに聞いたのですが、それは単なる噂だったのですか? 優秀な諜報機関があれば我々のようなものがお力添えする必要もないかと思うのですが?」


 無表情で学園長に問いかけるクウヤ。その発言を聞き学園長は顔をしかめ、クウヤを見据える。


「……クロシマ君、君の言うとおり諜報機関は確かに存在する。今日のお願いはその諜報機関の補佐をしてほしいのじゃよ。諜報機関としてはありとあらゆるところから情報を集めねばならんのでな」

「なるほど……。つまりは最前線に必ずしも出なくても良いということになりますね」

「……ま、そういうことになるかの。もっとも、今すぐに諜報員として活動してほしいということではない。活動するためにはそれなりの訓練をしてもらうことになるが、本格的な活動はその後ということになる」


 学園長はクウヤを見据えながら、よどみなく答える。クウヤも表情を変えず、学園長の回答を聞いていた。


「……なるほど、だいたい内容はわかりました。ただ、ことが重大なので少しお時間をいただけないでしょうか? みんなもそれでいいよな?」


 良くも悪くも、突然の申し出が今ひとつ腑に落ちない他の三人はクウヤ呼びかけに頷く。


「よかろう、そういうことなら少し時間をやろう。返事はその時にということにしようか……」

「ご用件は以上でしょうか?」

「ん……。まぁ、そうじゃの。そこの三人にはな。ご苦労じゃった。クロシマ君以外は帰って良いぞ」


 他の三人は学園長の言葉を聞いて席を立ち部屋を出ようとする。


「あぁ、そうそう。このことは君らとわしとの秘密ということにしてくれんか。何ぶん、我が国の諜報活動に関することじゃ、そう公にするわけにはいかんのでな」


 三人は特に声を上げることもなく、頷き部屋を出て行った。


「さて、クロシマ君。今度は君の問題を片付けようか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る