第52話 波乱の入学式
部屋に朝日が差し込み、部屋の中に光の三角形を描く。
クウヤは外の鳥のさえずりに起こされた。
徐にベッドから抜け出し、式典用の礼服に着替えを始める。
「エヴァン、朝だぞ。起きろ!」
「ん……。もう少し……」
クウヤは着替え終わると隣のルームメイトを起こしにかかる。しかし、彼のルームメイトは簡単に起きない。
「……。ほら、起きろ! 遅刻するぞ」
「ほぇ……」
クウヤはエヴァンの布団を剥ぎ取り無理やり起こす。それでもエヴァンは寝ぼけている。
(こいつ、こんなに寝起きが悪いのか……。これから面倒なことになりそうだな……全く)
クウヤはぼやきつつ、出かける支度をする。するとようやくねぼすけのルームメイトが起き出してきた。
「クウヤ、早いな。もう支度済んでいるのか。ちょっと待ってろ、すぐ着替える」
そう言うとエヴァンは着替えだした。その着替えはあっという間に終わり、あまりの早さにクウヤは呆気に取られる。
「早い……な。いっつも、そんなに着替えはやいのか?」
「まぁな。この素早さがないと親父やお袋にどつきまわされる。……全く、慣れって怖いよな」
親指を立て、白い歯をのぞかせつつニタッと笑い、自慢げに語るエヴァンである。クウヤにとって、彼のリクドーでの日常は想像のつかない世界の話に思えた。
あっという間に着替え終わったエヴァンとクウヤは揃って、寮をでた。
学園内には、新入生と思しき子供たちが入学式を執り行う大講堂に向けて歩いているのが見える。クウヤたちもその流れに乗り、入学式会場に向かう。
会場入口には学園職員が立ち、生徒たちに指示を出している。生徒たちは指示待ちで入口付近にごったがえしていた。一〇〇人前後はいるだろうか。
「はい、順番に並んで入場してください! 二列に並んで、順番に! そこっ! 列に並んで!」
入口の担当者は交通整理に大わらわである。
クウヤたちは新入生の多さに驚きの声をあげる。
「おー、並んでいる、並んでいる。さすがに多いな」
「……新入生って、結構な数いるんだな。こんなに多いとは思わなかった。全部貴族じゃないだろうから、貴族以外でこんなに入学するんだな」
クウヤが感心していると、エヴァンが物知りげにつぶやく。
「なんのかんの言っても、学園に入りゃそれなりの生活が約束されたようなもんだし。お前さんと違って、庶民は何かと世知辛いのさ」
エヴァンの嘆きにも似たつぶやきに、クウヤはなんとなくうなずく。
「とにかく、早いとこ並んでしまおう」
「おーい。おはよー」
「ん? おはよ」
不意に声をかけられ、クウヤは声の主の方を振り向く。そこにはルーたちがいた。彼女たちがこっちに向かって歩いてきているのが見える。
「クウヤくん、おはよう。エヴァンくんも」
「あぁ、おはよう」
「おはよう」
ヒルデはいつもながらにこやかに朝の挨拶をする。ルーはその後ろで仏頂面をしている。
「……。ルー、寝不足?」
「なぜでしょう、クウヤ? 朝からよくわからない質問をする人ですね。私はいつもどおりです。寝不足ではありません」
「……るーちゃん。ごめんねぇ、クウヤくん。朝はたいていこんなかんじなの」
クウヤの質問にルーは不満気だったが、ヒルデがつかさずフォローする。
「ま、なんでもいいけど早いところ並んじまおうぜ。後ろが混んできたようだ」
エヴァンの言葉に従い、全員入場する列に並ぶことにしたが、彼は周りの妙な視線に気づいた。
「……? クウヤ、なんか雰囲気おかしくないか? 」
「なにが? 」
クウヤが辺りを見回すと、確かに身なりの良い新入生がこちらを訝しげに伺っている。また、独特の細長い帽子をかぶった白装束の一団もクウヤたちを見ていた。その新入生たちはクウヤたちを見ながら、口々にささやいている。その新入生たちから好意的な雰囲気を、クウヤたちは感じることができなかった。クウヤたちを見ている新入生たちの表情はどの顔も眉を潜めたり、横目で見たりとお世辞にも、友好的な表情ではなかった。
「なんか、感じ悪いな……」
クウヤは明らさまに好奇の目に晒され、針のむしろの上を歩くような心地で会場入口にたどり着いた。
「君はクウヤ君だね?」
「はいそうですが、なにか?」
「少しここで待ってくれるかな」
入口の職員に呼び止められ、クウヤは立ち止まる。すると職員は会場に入った。
取り残されたクウヤに先ほどの新入生の一団から何人かが近寄ってきた。その身なりは贅を尽くしており、一見で上級貴族の子弟であることが分かった。
「おい! お前、クウヤ・クロシマだな!」
「そうだけど、何か用?」
突然、見ず知らずの貴族の子弟から乱暴に呼び止められ、少々むっとしながらクウヤは答える。
「皇帝陛下の覚えめでたいクウヤ様にお目にかかり、嬉しい限りですが……」
「何の用? 用がないなら、列に戻りなよ」
あからさまに嫌味満載の口調で挨拶をする。クウヤもその言い回しでさらに不機嫌になる。
「調子に乗るなよ! 成り上がりの分際で! 先の事件も大方、ごろつきを雇って仕組んだんだろう! お前の父親は成り上がりのろくでなしだが、さすがにその息子だな! やることがせこいな、あ?」
「それは違う。いちいちそんな小細工する必要なんてない。それから父上は成り上がりじゃないし、言いがかりは止めてくれない?」
勝手にヒートアップしていく貴族の小倅に対し、クウヤは努めて冷静に対応しようとしていた。
(面倒くさいのに絡まれたな……。こっちは穏便に済ませたいのに)
クウヤは辟易し、早く切り上げようと適当にあしらおうと思っていたが、エヴァンが横やりを入れた。
「おい! お前、
「なに!? 何だお前は? 成り上がりの取り巻きが!」
「何をぉ!」
(おいおい、火に油を注いでどうするエヴァン……)
関係ないはずのエヴァンがえらく激昂し、件の貴族に食って掛かりだす。件の貴族も負けてはいない。その側で、穏便に事を収めようとしていたクウヤは思わず空を見上げる。
推移を見守っていたルーも口をはさんだ。一瞬、クウヤは彼女の介入で事態の好転を期待したが……。
「……言いがかりをつけることしかできない貧困な発想の持ち主は、どうして自分のやっていることを相手に当てはめるのかしら?」
「なにぃ? 何も知らない野郎が外野から文句を言うな!」
「訂正してください。私は野郎ではありません」
「ちょっとる~ちゃん、突っ込むところ違うよ……」
外野で聞いているだけのはずのルーまで口を出し、混乱に拍車がかかった。かろうじて、ヒルデが事態の収拾を図ろうとしてたが焼け石に水であった。
クウヤは思わず頭を抱えた。
(……なんだろうなぁ。手が付けられんな)
クウヤは自分のあずかり知らぬところで、騒ぎがどんどん大きくなっていることをただ呆然と眺めていた。状況はどんどん悪化し一触即発の様相を呈してきた。
クウヤの思いに関係なく、エヴァンは件の貴族と言い争い、ルーがけしかける。二人の行動は混乱に拍車をかけるだけで事態を収拾するには程遠かった。ヒルデが必死に火消しにかかるが彼女一人では全く効果が無い。
(……ったく。こうなりゃ、実力行使だ! ばれないようにしないとな……)
クウヤは密かに無詠唱で魔法を発動した。
――
その場にいた人間の注目はその爆発に集まった。
クウヤの狙いは的中した。新入生全員が空を見上げたり、耳を抑えしゃがみこんだりしたがクウヤの動きに注目するものは誰一人としていない。
連続してクウヤは無詠唱で風の魔法を発動、ごく小さい圧縮した空気の弾丸を創りだす。
(ちょっと、痛いけど我慢しろよ! ……まったく、絡んでこなければこんなことにならなかったのに)
その見えない弾丸は件の貴族の腹を撃つ。まわりの人間には何一つ感じさせず、彼の腹を強かに撃つ。
「ぐっ!」
軽いうめき声を上げ、腹を抱え込んだ貴族は崩れるように倒れこむ。その事態に気づいた彼の取り巻きが大騒ぎし始め、そのことがさらに混乱を拡大する。
「どうした!? なんの騒ぎだ?」
騒ぎを聞きつけ、職員が会場から血相を変え飛び出てきた。
「こちらです! 早くこっちへ!」
「え? クウヤくん、どうしたんですか!?」
クウヤの突然の行動にまわりが驚く。事態の収拾を図っていたヒルデが思わず声を上げる。クウヤの声に反応した職員がクウヤの側へ駆け寄る。
「どうした? 何があった?」
「突然、爆発音がしたかと思ったら、こちらの方が急に体調を崩されたみたいで……」
「何っ!? 分かった! 任せろ」
クウヤから話を聞くと職員は件の貴族を介抱するため、彼を抱き上げ医務室へ運んでいった。
「……クウヤ、どうしてこんなことをしたんです?」
貴族が運ばれて少ししてからルーは声を潜め、小声で密かにクウヤに尋ねる。
「ん? めんどくさいからな、あの手は。ああいう手合は正面から話をしても聞く気がないからね。こんな方法以外思いつかなかった」
「……ずいぶん、強引な手段を思いついたんですね。もっと穏便な方法はなかったのですか?」
「まぁ、ないな。説得するのも無駄な相手には最も効率的な方法を選んだつもりだが」
「さすがクウヤです。あの手は早い目に片付けるのが一番です」
ルーは胸の前で拳を握り、空に向かって少し突き上げ、クウヤの考えに賛意を示す。クウヤは苦笑して、礼を言った。
「で、何で魔法を使ったって気づいたんだ?」
クウヤはルーにふと気になったことを尋ねる。ルーは小首を
「……女の子にはいろいろ秘密があるのです」
「……」
クウヤはルーの想像を超える回答に絶句し、ルーを見つめるだけだった。当の本人は相変わらず、無表情でクウヤを見つめ返している。
「クウヤ君、だね? こっちへきてくれないか? 他の三人も一緒にこちらへ」
会場から、別の職員が出てきて、クウヤたちに声をかける。
(なんだろ? さっきのがばれたかな……)
クウヤたちは先導する職員に従い、会場内へ入ることになった。
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