第51話 入学式当日
マグナラクシアへ向かう定期船の船上で、潮風に吹かれながらクウヤは物思いに
学園長や皇帝から個人的に
(……ったく、
とはいうものの考えようによっては、国家を動かす権力者に認められ、彼の働き一つで一国の動向を左右し得る立場を得たとも言えた。そのことに思い至った彼はふと思う。
(何とかこの状況を上手く使えないものか……? いつまでも、使われるばかりでは嫌だな。使う側になるには……)
クウヤの表情に一瞬、黒い何者かが宿った。
船はきわめて順調な航海を続ける。まるで、クウヤの状況を
そうして、船はマグナラクシアの港に滑るように入港した。
クウヤは港から歩いて、学園へ向かう。
ほどなくして、学園の正門に到着する。学園の正門は来るものを選抜し、通れる者を厳しく選ぶかのような圧迫感を
その圧迫感に立ち向かうようにクウヤは門の中に足を踏み入れる。
(無駄に広いな……)
クウヤの眼前には、広大な敷地に建ち並ぶいくつもの建物がある。正門側から幼年部、初等部、中等部、高等部の教育棟が並び、その奥には専門研究機関の研究棟が並んでいる。それらの建物群は水平線まで続くかのごとく、遥か遠くまで続いている。
幼年部、初等部、中等部、高等部は教育専門機関として存在し、幼年部は貴族の子弟、特に王族や伯爵以上の上級貴族の子弟が通い、クウヤやエヴァンのような比較的下級の貴族や富豪などの子弟は初等部から通い始めるのが通例であった。
このため幼年部上がりの生徒は、初等部からの生徒に対し、『雑草』とか『成り上がり』などと陰日向で蔑視することがよくあった。ただ学力的には殆ど差はなく、むしろ学科試験で選抜される初等部からの生徒のほうが高い学力を示すこともあった。もっともそのことが幼年部上がりの反感を買う原因になるのだが……。
クウヤはとりあえず、学園内を歩く。学園の中は様々な年齢の子供たちや教職員とおぼしき大人たちなど多種多様な人々が行き交っている。
(本当に人が多い。さすがにリクドーとは違うな。……さて、とりあえず寮へ向かってみるか。エヴァンもいるだろうし)
クウヤは当たりを見渡し、寮を探す。あてもなく、学園内を歩いていると学園の端の方の小高い丘の上に古びた建物とその隣に新しく建てたような建物が見えてきた。
(あれかな? ちょっと行ってみよう)
クウヤはその建物に小走りで近づいていった。その建物は間近で見るとさらに怪しい雰囲気を醸し出し、建物の入口らしきところにはボロボロの立て看板が立て掛けられており、何かに反対して立てこもっている反乱分子の巣窟といった雰囲気もそこはかとなく彼は感じた。
「すいません。だれかいませんか?」
入り口でクウヤは声をかける。すると、入口にある管理人詰所から老人が表に出来きた。
「坊やなに用かな? ……あっ、もしかして新入生かの?」
クウヤは大きくうなずき、合格通知などをみせる。老人は書類に目を通し、彼の顔をマジマジと見つめる。
「クウヤ・クロシマ、クウヤ、クウヤ……? どっかで聞いたような? ……あぁ、今年の優秀成績合格者ね。確か、蓬莱の皇帝から奨学金を下賜されたとか何とか……、違うかの?」
「えぇ、陛下から奨学金を下賜されたのは間違いないです。それが何か?」
「いえね、そのお金があればこんな場末の学生寮に入らなくても、学園外の家を借りれるのになと思ってね。いや、なんでもない、なんでもない。それじゃ手続きをしようか」
「はい、お願いします」
クウヤは詰所で手続きを待っているときにあることにふと気づいた。彼は皇帝からいくら貰えるのか把握していなかった。
(しまったな……。ちゃんと聞いておけばよかった)
彼が奨学金がいくらか色々思いを巡らせていると、奥の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「お! クウヤ、やっと着いたのか。待ってたぞぉ!」
エヴァンであった。大袈裟に両手を広げ、クウヤに抱きつき、彼を出迎えた。
エヴァンの一連の歓迎の儀式が終了するのとほぼ同時に手続きも終わり、書類を返された。
詰所で自分の荷物を受け取り、管理人に教えられた部屋へ向かう。エヴァンも後に続く。どうやら、エヴァンと同室のようだ。
階段を上がり、三階まで移動する。三階の廊下を真っ直ぐ端まで歩いた。角部屋が与えられたようだ。エヴァンが扉を開け、室内へクウヤを招き入れる。入ると直ぐのところには、ちょっとしたリビングののような部屋になっており、簡単な台所のような設備がみえる。またリビングの他に二部屋有り、クウヤとエヴァンそれぞれの部屋になっていた。リビングの窓からは学園が一望でき、眺望は抜群である。
「意外と広い部屋なんだね。リクドーの屋敷の部屋とそう変わらない」
「お前の部屋ってこんな感じなのか。広い部屋なんだな。うちはこんなに広い部屋じゃなかったから、広すぎて落ち着かなくて……」
クウヤは部屋のあちらこちらを眺め、感慨深げにつぶやく。エヴァンはどうやら、まだこの部屋に慣れていないようだ。
「……まぁ、お前さんのおこぼれをもらっているようなものだから、文句は言えん。文句を言ったら罰が当たる」
「ん? どういうこと?」
「この部屋はもともと成績優秀者用の部屋だからね。俺一人だったら、別の部屋、クウヤと同郷っていうことで同室になったらしい。ま、細かい経緯はさておいて、これからヨロシク」
「あぁ、ヨロシク」
エヴァンは手を伸ばし、握手を求めた。クウヤも手を伸ばし、がっちり握手した。
「……さて、暇潰しに学園内の見物としゃれこむか」
「そうだな。ちょっといってみるか……」
そう言うと二人は宛もなく、学園内を歩き始めた。太陽はだいぶん水平線に近づいており、空はほんのり赤く色づき始めていた。
「……あれ? あの子たち、試験の時の娘たちじゃね?」
「どれどれ?」
あてもなく学園内をぶらついていると、エヴァンが二人組の女の子たちを見つけた。クウヤもその娘たちを見る。確かに見覚えのある二人であった。
「あら? 試験の日以来ねぇ。二人とも合格したんだぁ。これで一緒に勉強できるね」
「お久しぶり。私の言ったとおりね、予定通りじゃない」
ヒルデは天真爛漫な笑顔でクウヤたちに挨拶した。ルーはいつもの様に仏頂面であった。
「今、学園内をぶらついているんだけど、いっしょに歩かない?」
クウヤは何かを思い立ったように二人を誘った。一瞬、エヴァンが立ち止まりのけぞりそうになる。
「あら、奇遇ね。私たちも学園内の施設を確認していたところなの。ちょうどいいわ、一緒に歩いてあげる」
「え? え? ちょっ、ちょっと……まっ……」
そう言うと、ルーはクウヤの腕を強引にひっぱり、ほとんど引きずるようにクウヤを連れて歩き出す。取り残された二人は呆然とその光景を見送る。
「……行っちゃったね」
「うん。行っちゃった」
「どうしようか? ついていく? エヴァン君」
「……しょうがないでしょ。ついていくしか」
ヒルデとエヴァンは顔を見合わせ、お互い肩をすぼめ、仕方なくクウヤたちの後を追っかけた。
ルーはクウヤを学園内中、さんざん引きずり回し、日が暮れてしまった。
「ちょっと待ってよ、ルーシディティさん! ちょっと止まって! ルーさん!」
「何か問題でも? それから、呼ぶ時はルーと呼んでください」
「……んじゃ、ルー。引きずりまわすなんてひどいよ。もっとゆっくり一緒に歩こうよ」
「それは失礼。今ひとつクウヤのペースがわからなかったもので。でも男なら私を引きずることぐらいできなくて?」
「へっ?」
クウヤの表情を絵に描いたら、まさに点ニつで目をかけてしまうぐらい意表を突かれた表情になった。相変わらず、ルーは強気でクウヤをこんこんと諭す。
「『ヘ』じゃないでしょ、そんな間抜け面晒さないでください。男なら女性を力強く引っ張ること位できなくてどうするのですか。男性はそうでなければなりません」
「……いや、そういう問題じゃ」
「そういう問題です。男性とはすべからくそのような力強さがなければなりません。クウヤ、あなたにはそれが欠けています」
「……ルー。なんだか極端な男性観だね……」
「極端ではありません。この荒々しい世の中を渡っていくためにはそのぐらいの力強さがなければなりません。クウヤ、今のあなたではこの世の中を渡っていけません」
ルーは拳を握り力説するが、当のクウヤにはほとんど伝わっていなかった。死線を超えてきたクウヤにそんな男性論を諭していることは、クウヤをよく知るものがこの光景を見れば笑うしかなない滑稽なものであった。しかし、クウヤの過去を全く知らない少女は、ただひたすら彼を諭していた。
(なんでここまでいわれるのかな? 分からないけど、なんとなくこのままずっとこんな感じで付き合っていくような予感が……)
なんとなく自分の将来の姿が見えたような気がしたクウヤであった。実際、その予感が現実の話となるのは後のことである。
「やっと追い付いた。日も暮れたし、寮へ帰ろうぜ」
「るぅ~ちゃん帰ろうよぉ。だいぶん遅くなったよ」
何とか追い付いたエヴァンたちが先を歩いていた二人をそれぞれの寮へ帰るよう促す。
「……ルー、どこに住むことになったの? そこまで送るよ」
「……女性に対し最低限の配慮はご存じのようで少し安心しました。それではお願いします。あちらへ向かえば着くはずです」
ルーは踵を返すと自分が指し示した方向へ歩き始める。クウヤもそれについていく。
やはり、ここでも置いていかれるエヴァンたちであった。
「何しているんだろうね、俺たち……」
「……るーちゃんと付き合うと日常茶飯事よ、こんなこと」
「そっかぁ……。ヒルデも苦労してるんだねぇ……」
「……んでも、るーちゃん、ああ見えて人見知りで、寂しがりなの。誰かと積極的に関わろうと余りしなかったけど、クウヤ君たち対しては違うんだ。だから、見守ってあげたい」
ヒルデはそう語ると、遠くを見つめていた。エヴァンはそんなヒルデの横顔をふと見た。夕日に照らされるその横顔は実に整い、王族の庭園に置かれている女神像の横顔のように彼には思えた。そのまま、吸い込まれるように彼女を見つめている。
「……さぁ、二人を追っかけましょ」
「えっ? あ、はっはい、行こう、行こう」
ヒルデの一声にエヴァンたちもクウヤたちを追いかけるため慌てて歩き始めた。
四人は学園内をしばらく歩き、寮の前に着いた。
エヴァンがルーたちに自分の寮を紹介するとルーがあることに気づく。
「ここが俺たちの寮だぜ」
「あら、私たちの寮のすぐ近くじゃない」
「どこなの?」
「クウヤたちの寮の隣のあの建物」
「……ずいぶん、近いんだな」
想像以上に近場に住むことになったことに四人は何かしら作為的なものを感じざるを得なかった。
「……ま、明日は入学式だ。今日のところは部屋に帰ろう。みんなまた明日」
クウヤの一声に全員が同意しそれぞれの寮の部屋へ帰っていった。
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