第43話 進路相談

 あの日以来、クウヤはエヴァンとは最初の出会いからは思いもよらないほどの親密な関係となっていった。ただ、まだ微妙なぎこちなさが残り、お互いに相手の様子を伺っているところはあったがおおむね良好な関係を築くことができた。


 その日の授業内容はクウヤにとっては基本的なことばかりでそれほど目新しくはなかったがエヴァンにはそうではないようだった。とはいえどちらかと言えば、エヴァンは知識を貪欲に吸収して物事を理解するたちではなく、何事も体当たりで経験することで理解するタイプだった。いわゆる“体で覚える”タイプのようだった。


「……わからん。お前わかるのか?」

「まぁ、大体は」

「だいたい、まどろっこしいんだよなぁ。魔法使うなら、理屈こねるより実践で覚えたほうが手っ取り早いと思うんだけどなあぁ」

「そうは言っても、事前に色々知っておくと危ないことをしなくて済むし……」

「そこはそれ、何事も経験と言うし」

「……なにか微妙に意味をかえてないか?」


 授業そっちのけの議論が微妙に白熱するが、その議論に冷や水を浴びせるものがいた。


「で、結論はでたかな? 議論するのはいいが授業中は止めてもらえるかな?」


 ハウスフォーファーに怒られた二人は思わず首をすくめる。そうしながらも、クウヤとエヴァンはお互いに顔を見合わせ、苦笑いする。


 そうこうしているうちに、時間は経ち授業が終わる。


「あぁー、終わった、終わった」

「毎度ながらこの時間はほっとするな」

「帰りになんか引っ掛けていくか」

「おっ、いいねぇ。行こう、行こう」


 クウヤとエヴァンは年齢不相応な発言をしつつ、笑いあう。彼らはそのまま、教学所から出て行った。その後ろ姿をハウスフォーファーがため息をつき、苦笑いしながら見送ったことは彼らの預かり知らぬことである。


 リクドーの空は晴れ、真昼の太陽が照りつける。その太陽の下、クウヤたちは教学所から街の中心部にある市場に向かう道を歩いていた。


「……しっかし、お前なんであんなややっこしいことをわかるんだ? 俺とそう年はかわらんのだろう? もしかして、魔法かなんかで年、ごまかしているとか……。それとも、体は子供だけど、中身はおっさんとか……? 」

「待て、待て。どうしてそういう考えになる。単に基本的な知識量の差だろう、違いがあるとすれば。それ以外はたいして違いはないぞ」


 などといいつつ、クウヤは内心穏やかでなかった。転生したことをあわせて考えると年をごまかしていないとは言い難かった。


(こいつ、直感で本質を言い当てるな……。気をつけねば)


 以外に感が鋭いエヴァンに驚きつつ、自分に言い聞かせる。そんな思いにクウヤが囚われていたときに二人は市場に着いた。市場を見渡し、出店を物色していると何やら怪しい四人組が彼らに近づいてくる。


「よう、坊主ども。何してるんだ? 探し物なら手伝ってやろうか?」


 怪しい男たちは卑下ひげた笑顔で更に近づいてくる。クウヤたちはその男たちを無視して通り過ぎようとする。


「無視はねぇだろぉ。せっかくおじさんたちが親切に手伝ってやろうって言ってやっているのに……。おいこらっ! 話きけや!」


 男たちはクウヤたちの不遜な態度に激昂し、彼らに襲いかかった。クウヤは不敵な笑みをさ浮かべ詠唱する。エヴァンもクウヤの動きに何かを感じたのか、彼に続き素早く身構える。


 男たちは二人の少年に一斉に襲いかかった。その瞬間、二人の辺りを中心に激しい閃光に一瞬包まれる。閃光に包まれ少年たちの姿が男たちは一瞬見えなくなった。


 閃光が収まると男たちの動きが止まる。かすかな声にならないうめき声をあげ、男たちは崩れるように膝をついた。その中心に二人はいた。


「…まったく。からむのは勝手だけど、相手を選んだほうがいいよ、おじさんたち」


 クウヤは大の大人に対し不敵に宣言する。エヴァンもその横で蔑むような笑みを浮べている。男たちは腹を抱えうずくまり、上目遣いにクウヤたちを恨めしそうに睨む。クウヤは目眩ましに魔法を発動、男たちが怯んだ隙を狙い腹に一撃を加えていた。


「さていくか。エヴァン、やるな」

「まぁ、この街じゃいつものことだからな。たいしたことないよ、チンピラ程度ならね」


 クウヤだけでなくエヴァンも男たちに一撃を加えていた。意外なエヴァンの動きにクウヤは驚かされる。


「どこかで鍛えているの?」

「オヤジが一人でも何とかできるようにってな。ちっちゃい頃から鍛えられたせいかも。……でも、お前さんにゃかなわんがな」


 エヴァンはそういうと伏し目がちにクウヤに答える。


「冒険者とか、正規兵とか将来やれるんじゃないの? これだけの戦闘をこなせるなら、いけると思うけどなぁ」

「……できるといいけどなぁ。んでも、

オヤジの仕事を手伝わないといけないんだ……。そのために孤児のオレが養われてるんだよね」


 エヴァンはクウヤに向かって少し寂しげにつぶやく。彼は子供ながら、彼の養父に対し何らかの恩義を感じ、その恩義に報いなければならないと考えているようだった。その思いと自らの可能性にかけてみたいという誘惑との間で揺れ動いているようにみえた。


「……でも、魔導学園へ行けば話が違ってくるけどね。……行けりゃいいがなぁ」

「へ? なんで、話が違ってくるんだい?」

「ん、まぁオヤジの商売上の問題だけど、身内にあの学園の関係者がいるだけで信用度がぐっと上がるらしい。詳しいことはよくわからんけど商売に必要なお金を借りやすくなるって聞いたことがある。オヤジから」


 魔導学園へ行くためには、それなりに財力がなければ難しく、魔導学園へ通うことができることが、即財力の証明となっていた。また、学生としてではなく、学園で働いているだけでも、安定した収入がある証明にもなり、社会的信用は格段に高かった。そのため、商人の中には、社会的信用を得るために身内を学園のに入学させたり、働かせようとするものがあとをたたなかった。


「そんなことがあるんだ。知らなかった。それで、エヴァンはどうするんだい?」

「ん? わからん。ま、どうにかなるさ。先のことはその時が来ないとわからんしね。それはそうとオレのことより、クウヤ、お前さんはどうするんだよ? オヤジさんの跡を継いで司政官にでも成るのかよ?」

「……どうしようかな。まだ迷っているところ」


 エヴァンに話題を振られ、今度はクウヤが思い惑う番になった。彼もまたエヴァンと同じように思い惑う。クウヤの場合、転生者という立場がいろいろ微妙なため、思い通りに振る舞えるとは、彼自身思っていなかった。加えて、帝国の裏側に計らずも触れていたため、余計に自らの振る舞いは慎重にならざるを得なかった。


(本当に、子供なのかねぇ俺って……)


「おい、どうしたんだよ急に黙りこんで……」


 クウヤはエヴァンを置いてきぼりにして一人静かに落ち込む。エヴァンはそんな彼を不思議そうにのぞきこんだ。


「なんかわからんけど、先生に相談してみたら? 一人で考えているより良いかもね」

「……そうかも。考えとく。さて、果汁売りでも探そうか」


 クウヤは今考えても答のでない問題を棚上げにして、目先のことに集中することにした。彼はとにかく、のどの渇きを癒したかった。


――――☆――――☆――――


 次の日、クウヤはハウスフォーファーに相談していた。


「……で、クウヤ君としてはどうしたいと考えているんだい?」

「できれば魔導学園へいって、魔法でおかしくなった人を直せるようになりたいんです。いろいろ、あって魔法で体を変えられて困っている人を見てきて、そんな人を助けられたらいいなと思ってます」


 クウヤはいかにヴェリタの訓練所の一件や人間爆弾の一件をはぐらかしつつ、ハウスフォーファーに説明するか苦心していた。ある程度、帝国の裏事情を言っている可能性のあるハウスフォーファーではあるが正面切って彼に話すことにクウヤは抵抗を感じていた。ハウスフォーファーは静かにクウヤの話を聞いていたが、何かしらはぐらかしているような雰囲気を察したのか、クウヤに質問する。


「……ふむ。それで何を悩んでいるんだい?」

「……」


 うまく説明できず、思わずクウヤは黙りこんで次の言葉を探し始めた。ハウスフォーファーは苦笑しながら、クウヤの次の言葉を待っている。


「黙ってちゃわからんだろう? 先生は秘密は守るぞ。話せばスッキリするぞ」

「……先生はもし自分が転生者だったとしてどう生きてきますか?」

「なんだね、藪から棒に。どういうことだい? きちんと説明してみなさい」

「……命の危険もあるので詳細は話せません。仮にということで答えてもらえないでしょうか?」


 ハウスフォーファーはクウヤの唐突な質問に面くらい、クウヤをいぶかしげに見つめたがクウヤは真剣な目でまっすぐ彼を見つめていた。それこそ視線で彼を射抜かんばかりの雰囲気をかもし出していた。その雰囲気に何事か察したのか、彼はクウヤの質問に答え始めた。


「……答えるのが難しい問題だが、あえて答えるとすればこうかな。まず、転生者と気づかれないように振る舞うだろうな最初は。そうしながらも、人々の役に立って実績を上げることを考えるだろうな」

「それはなぜですか?」

「転生者であるということは、この世界で生きるにはあまりに大きな重荷を背負うようなもので簡単ではない。ただ、個人の信用を高めることで幾分そういった重荷を減らすことができる、ということかな。まぁクウヤ君にはまだ難しいことかもしれないが個人の実績がその人の負の側面を補うことはあるんだ。私ならそうするが、クウヤ君の場合魔導学園への入学がその一歩になるかもしれない」

「魔導学園入学が?」

「そうだ。君は人の役に立ちたいという目標もある。そうであるならばしっかりと学園で学んでその基礎を作ることは大事だと思うぞ」


 ハウスフォーファーはそこまで言うとクウヤの次の言葉を待った。クウヤはなにか感じたのか、ハウスフォーファーを先ほどとは違った視線で見つめている。クウヤの悩みは解け始めた―ハウスフォーファーにはそう感じられた。


「……時間はまだある。少しゆっくり考えなさい。ご両親にも相談しなければならないだろう?」


 ハウスフォーファーはクウヤに言い聞かせた。クウヤは彼に礼を言い、その場を離れ家に帰っていった。それを見送り、ハウスフォーファーは何事か手紙を書き始める。ひと通りしたためると、下男を呼んだ。


「すまんがこれを魔法学園の学園長あてに届けてほしい。至急便で頼む」


 下男がその手紙をもって教学所を出て行くのを見送りながら、ハウスフォーファーはほくそ笑みながらつぶやく。


(誘導完了。標的はこちらの思惑通り―というところか。これから忙しくなりそうだ)


 ハウスフォーファーの普段見せないよこしまな顔が現れた。

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