第42話 最悪の出会い

「さて、行くか」


 クウヤは身支度をし、出かける準備をする。

 いろいろ回り道をしたがクウヤは当初の予定通り教学所へ通い始めることになった。今日はその一日目である。


「それでは、参りましょう」

「あぁ」


 クウヤはソティスを伴い、屋敷を出る。空は低い鉛色の雲が空一面をおおっていたが、ところどころ雲の切れ目から光が指していた。クウヤの目には低くたれこめた雲より光のカーテンのほうがより目に入った。まるで今までの出来事を覆い隠すような光のカーテンに心ひかれた。

 屋敷から見える街並みや港やその先の海の古ぼけた風景は今のクウヤにはかすかだがきらめいて見えていた。


 教学所への道のりは起伏にとんだ道ではあったが、今のクウヤには気にはならなかった。


 教学所についたクウヤとソティスはハウスフォーファーを探した。


「おぉ、よくお越しくださいました。お待ちしておりました」


 ハウスフォーファーは表向きにこやかにクウヤとソティスの二人を出迎えた。ただ、その内心は計り知れなかった。彼の目は笑っておらず、心から歓迎している目ではなかった。


「子細は手紙でお伝えした通りですが、事情が事情なので……」


 ソティスがやや事務的に念押しをする。ハウスフォーファーは彼女の言い回しには特に反応せず、うなずくのみだった。


「わかっております。安全確保には最大限配慮いたしますのでご安心下さい」


 ハウスフォーファーはそう言うと不敵に笑う。ソティスはそういう仕草に不快感を覚え、今ひとつ彼のことが信用できなかった。そんな彼女の様子にハウスフォーファーは苦笑いする。


「まぁなんにせよ、今日が初めての日なので色々と勉強を始める前にやってもらわないとな」


 ハウスフォーファーはそう言うとクウヤの両肩をたたく。ソティスはそんな彼の様子を冷たく観察する。


「それで、あなたは授業が終わるまでここで待つおつもりで?」


 ハウスフォーファーはソティスに尋ねた。ソティスは少し困った顔をした。突然予期せぬ質問に、さすがの彼女もそこまでは考えていなかった。


「……できれば、授業の様子も見せてもらえると有り難いのですが」


 ソティスは少し戸惑った様子で、ハウスフォーファーに答える。


「分かりました。では、教室の後ろでご覧ください」


 ハウスフォーファーはにこやかにソティスに言う。ソティスは彼の反応が今ひとつ理解できず、訝しげに見つめ返すだけだった。クウヤは愛想笑いしつつ、そんなやり取りを見ていた。ハウスフォーファーは二人の反応を面白そうに観察しつつ、事務的な説明を二人にした。

二人はハウスフォーファーの言う通り事務処理を済ませた。


「さぁ、教室へ行こうか」

「はい」


 クウヤとソティスはハウスフォーファーに促され、教室へ向かう。


(……どんな子がいるんだろう? うまくやっていければいいんだけど)


 クウヤは不安と多少の期待を持ちつつ教室へ向かう。ソティスはハウスフォーファーの一挙一動にそれとなく警戒しつつ彼についていく。ハウスフォーファーはそんな二人の様子を気にせず、教室へ向かってどんどん歩いて行った。


 教室についた三人はクウヤとハウスフォーファーが黒板に近い入口から中へ入り、ソティスだけが教室の後ろにある入口から中へ入った。教室内には十人ほど子供がいて、たわむれていたがハウスフォーファーの姿を見るなり、慌てて自分の席へついた。クウヤは入口付近で教室の様子を観察した。


「おはようございます。今日は新しい共に学ぶ友達が増えるので紹介します。クウヤ君」


 ハウスフォーファーにうながされ、クウヤは前に歩みでる。柄にもなく、かなり緊張していたのか手と足が同時に前にでる。


「クウヤ・クロシマです。よろしく……」


 クウヤは一礼した。


「クウヤ君はこのリクドーの司政官、クロシマ子爵のご子息だ。みんな仲良くやってほしい」


 少し教室内がざわつく。教室の後ろから鋭い視線をクウヤをは感じた。


(誰だ? 殺気を感じたけど……。中途半端な……)


 クウヤが感じた殺気は強くはあったが、今まで感じてきた殺気と比べると何かしら未熟なものを感じた。彼はその殺気の源を探して教室内の子供たちを見渡す。

 クウヤは教室の後ろから彼を見据える、子供にしては少々いかつい少年を見つけた。クウヤにはなぜだかはわからないが親の敵とばかりに彼をにらんでいた。


(ヴェリタの関係者か? それとも……?)


 クウヤは記憶の中にある関係ありそうな事柄を全速力で脳内検索した。しかし、ぴったりとした答えは見つけられなかった。


(何なんだろう? やっぱりあいつらの知り合い何だろうか?)


 どうにも答えの見つけられないクウヤは愛想笑いを浮かべつつ、内心かなり動揺していた。その様子を知ってか知らずか、ハウスフォーファーが話を始める。


「……さて、すぐ授業を始める。クウヤ君はそこの開いている席に座ると良い。エヴァン君、隣になるから、いろいろあとで教えてやってくれ」

「……はい」


 そういうとハウスホーファーはクウヤを睨みつけたエヴァンの横の席を指し示す。エヴァンは不承不承ながら返事をする。クウヤはエヴァンを警戒しながら、横の席に座る。


「よし、それでは授業を始めよう」


 そういうとハウスホーファーは授業を始めた。基礎魔術の授業だった。クウヤにとっては非常に居心地の悪い時間を過ごすこととなった。


――――☆――――☆――――


 午前の授業が終わると家に帰る子供や教室などで自習する子供など様々であった。ここの教学所は午前中の授業が終わると、午後の授業はなく個々人での自習となることが通例だった。建前としては自学自習を習慣づけることで自立を促すということなっているが、実際のところは親の手伝いなどで家に帰らなければならない子供たちへの配慮である。


 特に残る理由もないクウヤはソティスと屋敷へ帰ることことにした。その時、エヴァンから声が掛かる。


「おい! ちょっと話がある。ついてこい」

「ほ? わかった、いまいくよ」


 エヴァンについて教室をでるクウヤはソティスに先に屋敷へ帰るように言う。ソティスは少し心配そうな顔でクウヤを見る。


「……大丈夫ですか?」

「大丈夫ってどういうこと? 喧嘩なんかしないよ」

「だといいんですが、下手に喧嘩なんかしたら、相手の子を殺してしまいかねないので……」

「大丈夫だよ。相手は年端としはの行かない子供だし、万が一そうなってもちゃんと手加減するよ」

「……分かりました。お気をつけて。くれぐれも相手の子を殺さないようにお願いします」

「わかっているよ、信用ないなぁ……」

「何しているんだ! 早くついてこい!」


 クウヤとソティスの話の内容が丸聞こえだったエヴァンはひどくなめられたような気がして、苛立っていた。そんなこととは思いもしない二人は挨拶をしてわかれた。クウヤは先を歩くエヴァンを追っていった。


 エヴァンは教学所の裏手になる人気のない場所へくるとクウヤの方へ突然顔を向けた。


「……お前、貴族なんだってな。貴族だからってここでは大きな顔はさせないぞ、覚えておけ」

「まぁ、貴族には違いないけど、そんなことはどうでもいいじゃん。今日からお友達なんだし」


 そういうとクウヤはエヴァンに愛想笑いとともに手を差し出す。


「嫌いなんだよそういう貴族のそういう態度は!」


 エヴァンはそう吐き捨てるようにいうとクウヤの差し出された手を払いのけた。クウヤは少し驚いたが、努めて冷静に振る舞う。


「殴りたいか? 殴りたいだろう、このクソ貴族が!」

 

 エヴァンはクウヤを罵るがクウヤはさして気に留めていなかった。相変わらず、愛想笑いを続けている。


「このやろう、まだそんな態度をとれるのか! なめるなぁっ!」


 エヴァンはクウヤの態度に苛立ち、突如殴りかかった。


「おっと……」

「ちっ! 逃げるなっ!」


 クウヤはエヴァンのこぶしをいとも簡単に避ける。兵士並の訓練を受け、まがいなりにも実戦を経験した彼にとってエヴァンの拳は遅すぎた。


「ぬくぬくと、屋敷で育ったお坊ちゃんがっ!」


 完全に冷静さを失ったエヴァンはめちゃくちゃに拳を振り回しクウヤを殴ろうとする。しかし、ただの一度もかすりもしなかった。


「しょうが無いな。チョット落ち着いてよ」

「うるさい! 逃げるなっ!」


 ただひたすらエヴァンの拳を回避し続けているクウヤはいい加減うんざりしていた。しかしエヴァンは一向に冷静さを取り戻す気配がない。


(……面倒くさ。さっさ終わらそう)


 雄叫びをあげ、高々と拳を上げて突っ込んでくるエヴァンに対し、クウヤは腰をやや低くし拳を脇に構える。クウヤはエヴァンの拳を避ける。すれ違いざまに腹に電光石火の一撃入れた。


「ぐっ…………!」


 エヴァンは腹を抱え、その場でうずくまる。クウヤはしらけた様子でうずくまるエヴァンを見つめる。


「何の恨みかしらないけれど、そっちがその気ならこちらもそれなりの対応をするけど、いいかな? それから、どこでどう誤解したか知らないけれど、屋敷でぬくぬくと生活していたわけじゃないから」 


 クウヤはエヴァンに冷たく言い放つ。脂汗を額に浮かべ、腹を抱えながらエヴァンはクウヤの話を聞いている。


「……ぐっ、嘘を……」

「こんなときに嘘言ってどうなるんだ。信じろとは言わんが、本当のことだよ」


 そういうとクウヤはエヴァンに手を差し出す。エヴァンは上目遣いでクウヤを睨むが、ふっと一息吐き苦笑いしながらクウヤの手をとる。


「名前は?」

「エヴァン・マーチャンだ。一応親は商人をやっている。」

「そうか。改めてよろしく。クウヤ・クロシマだ」


 二人はガッチリと握手した。彼らの頭上の太陽は傾き、地平線の彼方に向かって沈み始めていた。

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