魔導学園国編

第41話 一条の未来

 クウヤは一人部屋でソティスを待ちながら、ベットの上で物思いに耽っていた。


「……なんなんだろう? 待っとけって言われたけど」


 クウヤはソティスが何の用があるのかも気になったが、それ以上に自分がこれから何をすればいいか、ぼんやりとしてはっきり見えないことが彼を悩ませた。そればかりかとりとめなく心の奥底から湧き出す不安と疑念が頭の中で渦を巻き、一向にまとまる気配のないことがさらに彼を困惑させた。

 取り留めの無い考えを止めようと他のことを考えようとしても、頭の中を駆け巡るのは訓練所で死んでいった子供たちのことだった。そのことを考えると、なぜかしら生き延びたことがに罪の意識と言えば良いのだろうか、原因がはっきり判らない罪悪感に襲われる彼であった。それ故か、彼は焦っていた。生き延びた自分が時間を浪費することは死んでいった子供たちを冒涜することであり、赦されることではないと思い込むようになっていった。


――本当に何をすれば良いのだろう?――


 クウヤの心の中にはそのことしかなった。彼が自分の心の動きに囚われているとき、扉を叩く音がする。


 ソティスがやってきた。


「失礼します」

「ソティス、何の用?」

「いえ、クウヤ様これからどうなさるのかゆっくりお話したいと思いまして」


 ソティスの言葉にクウヤは少しの間、考えこみ黙り込んだ。


「将来についてって……こと?」

「そうです。訓練所のことは残念でしたが、いつまでもそのことを引きずってこのままいても何も解決しないように思います」


 ソティスの言葉はいつになく冷たく厳しかった。しかしクウヤはその言葉にはなかなか答えが出せない。彼はただ沈黙し一人考えこむだけだった。すると彼の体がわずかに震えだした。彼女の問いに明確な答えがだせず、悔しさを噛みしめているようだった。

 彼女は仕方がないといった雰囲気で大きくため息をつき、クウヤの傍らに座る。彼は肩を落とし元気がない。彼女はそっと彼の肩を抱きしめた。彼は僅かに肩をゆらし、嗚咽し始める。


 ソティスはクウヤが落ち着くまでそっと寄り添い続ける。


「落ち着かれましたか?」

「ん? まぁ……」


 ひとしきり泣いたクウヤがソティスにわずかながらはにかみながら答える。あれだけ冷たく厳しい言葉をクウヤにぶつけたソティスが穏やかに少し悲しそうに優しく微笑む。


「……クウヤ様、しばらくお一人でお考えになりますか?」

「……そうだね、しばらく考えさせて」


 ソティスはクウヤの返事を聞くと静かに立ち去った。一人残されたクウヤは手持ち無沙汰になり、どうしようか考え始める。


「とりあえず、本でも読んでみるか……」


 そう思い立ったクウヤはゆっくりと腰をあげ、図書室へ向かっていった。廊下に出るといつもながら単調なコントラストを成す廊下を歩いていく。図書室へついた彼はおもむろに扉を開ける。扉の中はまだ片づけの済んでいない本が乱雑積み上げられたままであった。彼は本の山をかき分けるように当てもなく奥へ進む。部屋の中の本棚はとりあえず倒れたものを起こしたといった感じで、雑然としたままだった。彼は図書室の雑然とした景色を何の気もなく見回す。


 ふと、奥の方の隅にある本棚に目が止まった。その本棚には古びた箱のようなものがあり、何か封印をした跡がある。興味をひかれたクウヤはその本棚のところまで行き、”古びた箱”を手にとった。


(なんだこれ? 何か封印したよう跡があるけど)


 クウヤは手にとった箱を早速開けてみた。中には古びた羊皮紙の巻物といくつかの書類の束が入っている。何かに取り憑かれたようにますます興味をひかれた彼はその書類の束の一つを手に取り、読み始めた。


「……技術報告書『異世界からの召喚による素体製造に関する所見』? 召喚? 異世界? なんだこれ……?」


 その古めかしい書類は異世界からの召喚に関する技術報告書のようであった。クウヤは小難しい専門用語に苦労しながら、何者かに強いられたように書類を読み進める。


『古の技を復活し、魔戦士を再生するため、召喚法の再現とその実験の結果について記す。この実験によって、魔戦士の素体を製造することに成功し、魔戦士復活の糸口を掴んだ――』


(どういうこと? 魔戦士は造られたもの? 素体ってなんだ?)

 

 クウヤは書類の内容にひどく驚かされ、狼狽える。彼はあまりの内容に読むのを止めようとした。しかし、彼の中にいる何者かが彼の行動を操っているかのように読むことを止めることができない。彼にが選ぶことのできた選択肢は読み進めることだけであった。


――古の法によれば、素体は次に記す方法で製造する。まず素体の“苗床”となる人間に異世界より召喚した魂を封入する。次に“苗床”の魂をにえとし、召喚した魂を“苗床”に固定する。固定が成功すれば、魔力の霧に覆われる。この手順により素体は製造される。また魂の固定時、過剰な魔力が放出されることがあるがこの魔力は、別に用意した苗床に吸収させる。この苗床は無制御下では暴発することがあるため、魔力を制御する魔方陣上に配置し、魔晶石化すること。これにより、魔力の暴発を防ぎ、過剰な魔力の有効利用が可能になる――


 そこまで読むと、ふとクウヤの脳裏にあるイメージが浮かぶ。


(どういこと? あれ? ここに書いてあることを見た気がする……。昔の……、夢に出てきた!)


 クウヤは気づいてしまった。夢のなかに出てきた光景は過去に自分が経験した光景だということに。思わず声を上げる。


「あれは夢の話じゃなくて、昔あったことを思い出したんだ! と言うことは……。今のボクは誰かの魂を食い潰して……?」


 クウヤは記憶の一部を取り戻した。残酷な現実と共に。


「また、誰かを犠牲にして……。ふっ………… ふふっ…… あはぁ…… あははぁ……! ……うっ、うっ、うわぁぁぁー!!」


 クウヤは薄暗い図書室で大声で笑う。ひとしきり大笑いし、そして大声で泣きはじめた。彼は今まで一番打ちのめされていた。残酷と一言で片付けられない過酷な運命を背負った実感から、完全に混乱する。書類を握りしめ、膝をつき天を仰ぐクウヤ。彼の目からは滝のように涙が溢れ止まらない。


「なんで…… なんで…… なんで、こんなに他人の犠牲の上に生きなきゃいけないんだ……!」


 クウヤが打ちひしがれているときに、図書室の扉が乱暴に開かれる。


「クウヤ様、いかがなさいましたか!?」


 図書室の異変をどこからか察知したソティスが図書室に飛び込んできた。クウヤの様子を見て、彼女は驚いた。彼は薄暗い図書室の片隅で本の山に埋もれて跪き、滝のように涙を流していたからである。彼女は急いで彼の所に近寄り、わけを聞く。

 クウヤは書類をソティスに見せ、総てを話した。取り戻した記憶のことも、総てを。

 彼女は静かに彼の話を聞いていた。


「……人の命を食いつぶすことで生きているみたい。なんで、こんなことに……」


 クウヤの嘆きは続いた。


「こんなにたくさんの人の命を奪うことでしか生きていけないなら、生きていたいなんて思わないよっ!」

「クウヤ様なんてことを!」

「だって、何人もの人の命を奪ったんだよ! 人がいっぱい、いっぱい、いっぱい死んだんだよ、僕が生きているせいで!」


 クウヤは目にあふれんばかりに涙をため、ソティスに訴えた。彼女はしばらく彼を見つめる。

 そして意を決したようにクウヤの両肩を掴み、彼の目を睨みつけるように直視し必死に訴える。


「クウヤ様が生きているためにたくさんの人が犠牲になったというなら、あなたは一体どのぐらいの人の犠牲の上に今こうして生きていると思っているんですか!

 たくさんの命をもらって生きてきた以上、そんな簡単に生きていたくないなんて言わないでください!

 死んでいった人たちは生きたくても生きることができなかったんです!

 クウヤ様、あなたはまだこうして生きているじゃないですか! 生きていれば今まで死んでいった人以上の人の命を救えるかもしれないんですよ!

 あなたが死を選ぶのは早すぎます。

 死んだらダメです。死んでは…… 死んでは…… 生きていれば、間違ったこともやり直せます。だから……、だから……生きてください。死んでいった人の分も……」


 クウヤはそう言われ、はっとした。それと同時に訓練所で死んだ子供たちの顔が脳裏をよぎる。それぞれの顔がかすかに微笑んでいるように彼には感じられた。そう思うと彼は感極まる。


(みんな…… みんなぁ…… まだ生きて…… 生きていても…… 生きていてもいいんだね?)


 クウヤは再び、涙に濡れた。ソティスもいつの間にか彼と同じように涙に濡れていた。そして、しっかりと彼女はクウヤを抱きしめた。


 こうして二人はしばらくそのまま抱き合い、泣いていた。クウヤはソティスのぬくもりを感じながら、未来に一条の希望の光を見た気がした。


「……魔導学園で探してみてはいかがですか? 少なくともあなたにはそれができます」

「あぁ、わかった。……やってみる」


 クウヤは半歩だけ踏み出した。未来に向かって。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る