第40話 幼年期の終わり

 クウヤはソティスと無事、屋敷へと生還した。黒尽くめの男たちは帰路の途中、いつのまにかクウヤたちと別れ何処かに風の様に去っていった。


(あの人達はいったい……? 昔、あったことがある気がするけど……。もしかして、あのときの……? )


 屋敷の門をくぐりながらクウヤは思い出そうとするが、何者かが頭の中で邪魔をして思い出せなかった。屋敷についてすぐにカトレア子爵婦人が二人を出迎えた。


「母上……」

「カトレア様」


 カトレアは何も言わず二人を招き入れ、クウヤの頭を優しく撫でた。ソティスは目を細め、優しくその光景を見守る。


「……言いたいことはたくさんありますが今日のところはやめておきましょう。とりあえずお父様にご挨拶なさい。よろしいですね」


 カトレアの物腰は柔らかいが反論を許さない言葉に、クウヤはただうなづき、母の言うとおりにする他ないと思った。ソティスは何も言わず、彼に付き添う。


 重たい玄関の扉をゆっくり開き、屋敷内へ入る二人。重たい扉がきしみながらゆっくりと閉まる。その姿をカトレアは静かに見つめていたが、その眼差の向うにあったのはただの重たい扉ではなかった。彼女にはその扉がクウヤの背負った重い宿命のように見えていた。


「本当にあの子は、知らず知らずのうちにいろいろ背負ってしまう……。なんとも哀れな宿命を背負った子……」


 そういうカトレアの頬には知らず知らず伝うものがあった。


「カトレア様、そろそろ……」

「分かりました」


 カトレアの侍女が彼女を屋敷内へ入るよう急かす。カトレアが一度振り返り、その瞳に映る空には、暗く重たい嵐雲が広がり始めていた。


――――☆――――☆――――


 玄関を通り、重々しく光と影のコントラストをなす廊下をぬけクウヤとソティスは子爵の執務室へ向かう。二人は子爵の反応が気が気でなかった。無断で勝手に敵地に忍び込んで身動きが取れなくなり場合によっては外交問題になりかねなかったことを考えると大目玉ですめばかなり軽い処分であろう。また脱出後逃げろと指示が出たのにもかかわらず、それを無視しソーンと一戦交えるなど、諸々あわせると少なくとも初陣を華々しい勝利で飾り凱旋した息子を出迎えるような大歓迎を受けることはないということだけは確実であった。


 執務室前までたとどりついた二人はかなりためらいつつ執務室の扉を叩く。ゆっくりと扉を開け、中へ入る。子爵はいつもの様に椅子に深く腰掛けして、部屋に入った二人を一瞥した。


「……まずは五体満足で帰ってきたことをよろこぶべきなんだろうだろうな……、クウヤ? 無断で無茶をしていなければ、初陣を盛大に祝ってやったものを」


 子爵は無表情で、クウヤに言い放つ。ソティスも弁護のしようがなくただ押し黙り、成り行きを見守るしかなかった。当の本人であるクウヤは唇を真一文字に結び、子爵を見据える。


「今回のことに関して、何か言うことはあるか?」

「……いえ。申し開きすることはありません。ただ……」

「ただ? なんだ? 何か他に言いたいことでもあるのか?」


 クウヤは眉をひそめ、苦渋に満ちた表情で質問に答えたが、心の奥に引っかかっていたことを子爵にぶつける。


「あのとき、ソーンがいったことは本当なのでしょうか? 我が国はそんな悪事に手を染めているんですか?」

「……お前の預かり知るところではない。…………と言いたいところだが、それでは納得すまい、だろう? クウヤ」


 子爵は含みのある苦笑いを浮かべながら、クウヤに問う。クウヤも子爵を見据えながら、覚悟を決めたように静かに力強く頷く。しかし、子爵は苦渋に満ちた表情でさらに言葉を続ける。


「ただ、これから語ることを聞いてしまうと後戻りはできないぞ。帝国の暗部を覗くことになる。場合によっては、暗殺対象にもなりうる。……それでもよいのだな?」


 それだけ言うと、子爵は沈黙し両肘を机につき、上目遣いでクウヤの様子を窺う。クウヤは何事か考えていたが、やがて意を決し口を開く。


「…………それでも、聞かなきゃいけない。もう何人も目の前で犠牲になっているから。今の事態を解決していくためには、隠された出来事も知らないといけないと思う……から。もう逃げ場はないんだ」


 訥々とだが、クウヤはしっかりと自分の言葉で決意を述べた。その言葉を聞いた子爵は意を決した。


「……わかった。それほどの決意なら話をしよう。わかっているだろうが、これから聞くこと総て他言無用だぞ。いいな?」


 クウヤは力強く頷く。それを見た子爵は少し座り直しクウヤの方を見据え、語りはじめた。


――帝国は、大魔大戦終結後ほどなくしてある研究を秘密裏に開始した。それは大戦終結直後に行方知れずになった魔戦士を復活させ、混乱の残る世界を我がものにせんと画策したものであった。まずは兵士の中から実験対象を選びだし、強制的な魔力強化を行ったが、悲劇はそのとき起きた。魔力強化を行った兵士は異形の生物と化すか、あるいは盛大な血花火となりこの悲劇に血の華を添えることとなった。大戦前にこの手の技術は存在したが、大戦中に大魔皇帝とその一派に多くの専門家が殺害され、施設も破壊、結果ノウハウが失われたことがこの惨劇を招いたと言えよう。あまりの損害に帝国は、基礎実験として対象を孤児に変更し、実験を続けたが得られた結果は元孤児の魔物と血飛沫ちしぶきだけであった。関係者はしばらくこの実験を続けたが、成果はなかった。このため、帝国の首脳部はこの一連の実験を隠匿し、最初から存在しなかったものとして闇に葬った――


「…………ということだ。まあ、帝国もリゾソレニアも全く同じことをしていたことになる。つまりはわが帝国はやつらのやっていたことを批判する資格があるか判らんということになる。以上が、恐らくやつの言わんとしたことだろう」


 子爵は語るだけ語ると瞑目し、クウヤの次の言葉を待つ。クウヤもそんな子爵の様子を見ながら何事か長考し、次の言葉を探る。そして彼は意を決したように、言葉を発する。

 

「……そんなことをこの国はやっていたんですね。200年前の話ですよね、その話?」

「あぁ、そうだ……。はるか……はるか、昔の話だ。今の話ではない、今の話ではな……」

「わかりました。この話は胸のうちに秘めましょう」


 子爵は含みのある言葉を漏らしたが、クウヤはその含みには触れようとしなかった。クウヤは今の段階でこれ以上の話は聞いてもどうしようもないと思い、深くは追求しなかった。


「それで、お前はこれからどうするつもりだ? いつまでも、フラフラしているわけにもいかんだろう。一応、お前がこのクロシマ家を背負って行かなければならない立場なんだぞ?」

「……先のことはまだわかりません。ただ、もっと多くのことを学ばなければと思います」

「ということは、魔導学園国へ行くつもりがあるんだな?」

「……わかりません。ただ、今は死んでいったあの子たちに何ができたのか、これから何をしてあげればいいのか考えないといけないと思っています。魔導学園国へ行くことがそれにつながるなら……」

「わかった。お前がそうしたいというなら、そうすればいい。一度、教学所のハウスフォーファーと話すといい。手はずはしておこう。それでいいな?」


 クウヤは言葉も無く、自信無さげに首肯し自らに迷いがあることをことを伝える。子爵はその様子をみて言葉なく頷く。


「……そういうことだ、ソティス。クウヤが教学所へ行くときは付き添え」


 ソティスも無言で首肯する。子爵はその返事を確認すると、クウヤとソティスを部屋から出るよう告げる。クウヤはそのまま踵を返した。しかしソティスはその場にとどまった。


「クウヤ様すいません、お部屋でお待ちください。あとで伺います」

「……? 分かった、待ってる」


 そういうとクウヤは多少首を傾げながら、執務室をでた。彼は廊下を通り、自室へ歩いて行く。


(……そうはいったものの、魔導学園国へ行って何をすればいいんだろう? もうこれからは今までのように行かないだろうな。今までの間違いをやり直さないと……)


 クウヤはそう決意すると、廊下をしっかりと踏みつけ、自室へ向かっていった。彼は自分の幼年期の終わりを感じざるを得なかった。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る