第39話 訓練所壊滅 弐

 外野でクウヤとソティスがやや子供っぽいやり取りをしていたとき、訓練所前では死闘が繰り広げられていた。男たちは身構え、目の前の子供たちと女性に対し警戒が解けなかった。子供たちの魔力が桁違いで下手に手をだすことができず、決定打を打てなかった。そんな状況でも、なんとか人数を減らすことに成功した。


「やっと一人倒したが……」

「隊長異常ですよ、この魔力は。こんなでたらめな子供、見たことがありません」


 男たちは目の前の子供たちの魔力に押されていた。一人弾け飛んだ時のダメージもあり、次第に劣勢に陥っていた。子供たちは何の感情も示さず、生ける屍のように立っていた。あふれた魔力のせいか、ゆらゆらと子供たちの周囲が歪んでいる。そのせいか打撃を与えても有効な一撃とならなかった。そんな子供たちの後ろでほくそ笑む女性がいた。ソーンである。


「どうかしら? あたしが手塩にかけて作り上げた魔導兵器は。なかなか使えるでしょう? ふふふ……」

「その子供たちが魔導兵器だと?」

「そうよ、何の使い道のない孤児をちょっとばかり調整してできた正真正銘”生きた兵器”よ。素晴らしいでしょう。うふふ……」

「……狂っている。おかしいぞ、おまえは!」

「何を言っているの! あなたちの国も似たようなことをしてきたじゃない、帝国の飼い犬さん。そんなあんたたちにとやかく言われたくはないわね!」

「問答無用!」


 男たちの隊長はそう言い、身構え詠唱に入る。配下の魔導師もそれ続く。その他の男たちは完全防御の体制をとり、魔導師と隊長を守る体制になる。ソーンはその様子を見て、蠱惑こわく的な笑みを浮かべる。


「ふふ……。そんなに遊んで欲しいのぉ? いいわよぉ。私の子供たち、相手をしてさし上げて」

 

 ソーンの指示により、子供たちが魔力を放出し始める。次第にその魔力が一種の障壁となり、ソーンを守る。


(魔力障壁だと!? ちっ……厄介な)


 隊長は魔力障壁を前に、攻めあぐねる。その隙を見透かしたソーンが攻勢に出る。子供たちの作った魔力障壁がゆっくりと男たちに向かって動き出す。するとどんどんその障壁は加速し、男たちへ襲いかかる。


「散開!」


 隊長の号令一下、男たちは周囲へ散開した。僅かな差で、魔法障壁が男たちのいた場所を削り取る。散開した男たちはすぐさま眼前の敵に対し攻撃を仕掛ける。


「ちっ。外したか。お前たち! 魔力放出、急げ!」


 ソーンは舌打ちし、子供たちの魔力を開放させた。すると子供たちは得体の知れぬ禍々しいオーラに包まれ、体を大の字にして硬直する。胸の魔導石が赤く怪しい光を放ち、子供たちの禍々しいオーラを増幅する。


(何をする気だ? 何かする前に倒さないと……)


 隊長は子供たちに的を絞り、攻撃を開始する。男たちもそれに従い、子供たちへ攻撃を開始する。子供たちは大の字に硬直したまま動かない。


(すまんな。往生してくれ!)


 男たちは一斉にソーンの前に防壁のように立ち尽くす子供たちに攻撃を開始した。彼らの剣は完全に子供たちを捉えた。


 ……はずだった。


「何っ!」


 彼らの剣は確かにソーンの前を固める子供たちを捉えていたが、ベールのような魔力が物理障壁となって、武器による直接攻撃を防いだ。そのことに男たちは驚愕し、やむを得ず再び距離をとった。


「……うふふふ……。ぁははっはっはっはぁ……!」


 突然、ソーンが高笑いし始める。男たちは警戒しながら、ソーンを睨む。


「驚いた? この子たちはこんな使い方もできるのよ。便利でしょう、うふふふ……。さぁ、お前たち帝国の犬達の調教の時間よ。いけぇー!」


 ソーンが叫ぶと同時に、子供たちが動き出す。その動きは緩慢でまるでゴーレムのようであったが、打ち出される魔法弾は絶え間なく、男たちの接近を許さなかった。


 男たちはやむを得ず距離をとり、魔法弾を凌ぐしかなかった。魔法弾は雷雨のように男たちに降り注ぐ。


(こうも魔法弾を打ち込まれると、近寄りようがない……。くそっ、何か方法はないのかっ?!)


 思った以上に不利な状況に隊長は焦る。隊員たちの体力もかなり消耗させられたため、これ以上長時間の戦闘には絶えられそうもなかった。全員、警戒しつつ戦闘態勢を取ってはいるが肩で息をしていることからも明らかだった。


(このままでは。くそっ!)


「どうした、犬ども? もう終わりかい。情けないねぇ、他人の国のやることにちょっかい出す割には中途半だねぇ。その程度なら、最初から手を出さないことね。犬は犬らしく薄汚い小屋にこもっていりゃいんだよ。あぁはっはっはっはっはぁ……」


 ”魔導兵器”の圧倒的な破壊力に気を良くしたソーンは男たちに対し高笑いし、尊大な態度をとる。男たちは屈辱感に怒りを感じたが、その怒りを抑え、努めて冷静に自らの敵を観察し、攻めどころを探る。


(あともう少し、援護があれば……)


 隊長は予想外の敵を目の前にして、状況の打開策が見つからず、焦りばかりが募っていった。


「……さて、私も忙しくてね。そうそう遊んでばかりもいられないのよ。もう終わりにしましょうか」


 ソーンは怪しい笑みを浮かべ、男たちにそう宣言した。隊長の緊張感は最高に高まった。


「やられるのか……?」

「待てっ!」


 隊長が覚悟を決めようとした時、思わぬ方向からの闖入者にその場にいた全員が声のした方向をみる。そこには一人の少年が立っていた。


 ――クウヤが戻ってきた。


「何で戻ってきた! 遊びじゃなんだぞ!」

「わかってるさ! ただみんなを止めたいだけさ!」


 隊長はクウヤを怒鳴りつけるが彼も負けてなかった。彼には誰にも負けない思いがあった。今までに無く強い思いを胸に秘め、子供たちとソーンに対峙していた。


「ん……? あらまぁ、坊やに何ができるの? 面白いわねぇ、何かできることがあるならやってご覧なさい。できことがあるならねぇ。あぁはっはっはっはっはぁ……」


 ソーンはそんな真摯な決意をしたクウヤをみてあざ笑う。そんなソーンにも動じず、クウヤは子供たちとソーンを見据える。


「お前一人でこの状況を変えられるとでも言うのかい? あぁはっはっはっはっはぁ……、面白い冗談ねぇ。私を笑い死にさせようとでも言うのかい?」

「……何もできないかもしれない。でも、何もしない訳には行かないんだっ。俺には力があるっ!!」


 ソーンはなおもクウヤを笑い飛ばすが、クウヤはそれにもかかわらず抗弁する。そして、静かに魔力の集中を始める。


「クウヤ様何を……?」


 追いかけてきたソティスはクウヤの意図がつかめなかった。男たちだけでなく、ソーンさえも彼の意図を図りかねていた。次第に、クウヤの周りに魔力のオーラがまとわりつく。クウヤの周りに黒い霧のような靄がかかり始める。


「……何のマネだい? そんな虚仮威こけおどし意味ないんだよっ! お前たちやってしまえ!」


 しびれを切らしたソーンは子供たちにクウヤへの攻撃を命じる。魔法弾の豪雨がクウヤを襲う。激しい魔力のぶつかり合いに強烈な魔力の爆発が起きる。派手にクウヤの周囲が吹き飛び、もうもうと舞い上がる土煙が炎に照らされ、得も知れぬ景色をなす。


「クウヤ様!」

「あぁはっはっはっはっはぁ……。馬鹿なやつ! 結局何もできず……に……? なんで?」


 ソティスは歓喜の声を上げ、ソーンは驚愕の声を上げた。もうもうと舞い上がる土煙が晴れたその中にクウヤは立っていた。彼は魔法弾の豪雨を耐え切った!


「おのれぇ! 撃って撃って撃ちまくれっ!」


 ソーンは自棄やけ気味に指示を出す。絶対と思っていた自分の優位が闖入者によりあっさり無くなったからだった。魔法弾の豪雨は次第に弱くなり、最終的には小雨になった。子供たちは力尽き、次々と倒れていった。


「今だぁー! ソーンを!」

「はい!」


 クウヤが叫ぶ! その声にソティスが答え、無詠唱で魔法を発動する。地獄から召喚されたような猛烈な業火がソティスの目の前に召喚される。その業火に照らされる彼女はさながら地獄の鬼女のように見えた。その業火を彼女はソーンめがけて打ち出す。地獄の業火がソーンを襲う。


「! 何ぃっ。 ぎゃぁぁ……!」


 地獄の業火に焼かれ、ソーンが断末魔の叫びを上げる。炎の中で人影が悶えに悶え……、そして見えなくなった。


「……終わったか? くっ……」

「クウヤ様、大丈夫ですか?」


 クウヤは精魂尽き果て、がっくりと膝をつく。ソティスは彼に駆け寄り、肩を抱き彼を支える。一息ついた彼は他の子供たちの様子を見ようとゆっくりと力無く立ち上がる。


「……みんな、起きろよ。もう全部終わったんだぞ……。おい、おきろよぉっー、おきろぉーっ!……おきろ……。くっ……みんな」


 クウヤは倒れている子供たちを泣き叫びながら、これでもかというぐらいにゆすり、起こそうとする。しかし誰も反応はしなかった。ソティスは彼のそばに近寄り、肩を叩く。


「クウヤ様……」


 ソティスは言葉も無く、首を横に振る。クウヤは思わず彼女の胸に飛び込み、肩を揺らす。


 一部始終をただ見るだけしかなかった男たちと隊長は眼前で起きたことが全く信じられなかった。実戦経験者である彼らを差し置いて、実戦経験のないクウヤが事態を終息させてしまったことが……。


「……。任務完了だ。全員撤退!」


 隊長は何の感情もなく、任務の終了を告げ引き上げを全員に命じる。


「クウヤ様、いきましょう……」


 クウヤはソティスに肩を抱かれ、ゆっくり立ち上がりその場を立ち去った。





 残されたものは、訓練所の残骸と幼い骸がいくつかだけだった。ただ、一つ骸が足りなかったがそれを気にするものはこの場にはすでにいなかった。


――――☆――――☆――――


――ディノブリオン教皇領リゾソレニア 水晶宮クリスタル・パラチウム――


 静まり返る水晶宮の中を靴音を響かせ教皇の下を訪れる者がいた。その靴音はけたたましく、教皇を訪問する足音にしては、不躾ぶしつけなものであった。


「何者かぁっ! 教皇の御前であるぞ」

「……訓練所のことで緊急のお知らせです。何卒、猊下にお取次ぎを」

「訓練所だとっ! わかったしばらくここで待て」


 教皇お付きの導師が奥へ下がる。水晶宮を訪れた伝令はしばらくそこで待つこととなった。しばらくすると、奥より導師が呼びに戻ってきた。伝令は何も言わず、導師についていった。


 奥には教皇が玉座に深く腰掛け、伝令の発言を待っていた。


「……猊下に於かれましては、ごきげんうるわしゅう……」

「時間の無駄だ。結論を言え」


 教皇は型通りの挨拶を始める伝令の言葉を遮り、結論を急がせた。


「帝国領近くの訓練所が壊滅、研究員全滅。研究材料も総て破壊された模様です」

「何っ……! それで誰が……?」

「まだわかりません。相手の正体を示すものが一切ありませんでした」

「……わかった。まぁ、おそらくは帝国のものだろう。現状で訓練所がなくなって喜ぶのは奴らぐらいだからな。それで、回復は可能か?」

「おそらく、あの場所ででは不可能でしょう。研究自体は本国で引き継げるかもしれませんがかなりスケジュールが遅れるものと思われます」

「……わかった、さがれ」

「はっ」


 伝令は一礼し、教皇の前から消えていった。教皇は苦虫を噛み潰したような顔で考えこむ。


(……確証はいまのところないが奴らだな、こんなことをするのは。まぁいい。拠点はまだいくつかある。いずれこの借りはかえしてもらうぞ、帝国め!)


 教皇は最高導師を呼び、今後の対応策を検討させた。


 子供たちの犠牲はまだ無くならないようであった。

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