第44話 試験前の悪戦苦闘

 森のなかで、閃光が走る。続けて、爆音や金属の打ち合う音が聞こえてくる。音の主はクウヤとエヴァンだった。合間合間にソティスの檄が飛ぶ。クウヤが魔法を打つのを真似てエヴァンが魔法を打つ。また、クウヤが打ち込む剣をエヴァンが受け流す。早朝から激しい訓練が繰り返されていた。


「クウヤ様、常に次を予測して! 魔法の発動が遅い! エヴァン何してるの! もっと早く身体強化して!」


 クウヤは一応、魔法全般を扱えたがソティスから見ると、状況への対応が遅れ気味だった。また、エヴァンは通常の魔法はあまりにも発動が遅かったため、魔法使用は身体強化に特化することで魔法戦闘を耐えぬけるよう彼女は鍛えていた。


(こんなこと、受験にいるのかな?)

(ちょちょいっと使える魔法を教えてくれればいいのに……)


 二人はそれぞれ思うところはあったが、彼女には二人からお願いした以上自分たちから止めることはできないため、ただひたすら訓練に明け暮れていた。


 こんなかんじで彼らは自分たちの目的のため、早朝訓練を始めたのだった。


――――☆――――☆――――


 さかのぼること数日前。クウヤとエヴァンは教学所で話し合っている。


「……なんとか、受験の許可を貰ったはいいけれど……」

「受けれるんだからそれでいいじゃない。何を考える必要があるんだ、クウヤ?」

「試験だな、問題は」


 クウヤがめんどくさそうに天を仰ぎ、ため息をつく。エヴァンはそんなクウヤを横目で見る。


「お前さんなら筆記は大丈夫だろう。むしろ、俺が悩まないと」

「へ? お前も受けるのか? お前んとこの親父さん許してくれたのか?」


 エヴァンの意外な一言に、クウヤが驚く。エヴァンは何かバツの悪いような感じで苦笑いする。


「まぁ、なんとかな。魔導学園の学生になれば商売上有利になるし、無期限で家を開けるわけじゃないからなんとか認めてもらえたよ」

「よかったなぁ。お互い一安心というところかな」

「……いやぁ、それがそうじゃないんだなぁこれが……。筆記も散々だし、実地も今一つなんだよなぁ……」


 とエヴァンが珍しくぼやいていた。確かに彼の成績は正直なところ、いいとはいえなかった。そのせいか魔法の扱いもそれほどうまいとはいえなかった。それが彼にとって一番の問題であった。


「提案と言っては何だが、どうだろう魔法やら教えてくれんかな? 実地訓練を含めて……」

「……んなら、一緒に早朝訓練するか?」


 エヴァンの提案を受け、クウヤが逆に提案した。エヴァンは少し考えたが、すぐにクウヤにむかって手を伸ばし、ニヤリと笑う。


「……よろしく頼むわ」

「そのかわり、戦闘訓練に付き合ってもらうから、覚悟して」


 今度はクウヤがニヤリと笑った。


――――☆――――☆――――


 一汗かいて小休止していた二人は身仕度を整え、教学所へ向かう。


「それじゃソティス、いってくるよ」

「いってらっしゃい」


 ソティスに挨拶し、二人は歩きだす。ソティスはクウヤたちを見送りながら、にこやかにあることを宣う。


「今日は、今までの総復習をしますから早い目に屋敷に戻ってくださいね。やってもらう課題をたくさん用意しておきますので。早く帰ってこられませんと今日は眠れませんよ」

「……はい」


 クウヤは一瞬凍りつき、彼女を見る。にこやかなソティスと対照的に、クウヤとエヴァンはお互い顔を見合わせ言葉を一瞬失った。ただ同意する以外の選択肢はなかった。


「お前ん所の侍女は人をいじめて歓ぶ趣味でもあるのか?」

「……かもしれん」


 クウヤは天を仰ぎ、がっくりと肩を落とす。エヴァンが頷きながら肩を叩き、慰めようとする。そのとき、衝撃の一言がソティスからエヴァンに発せられる。


「エヴァン君、君にはクウヤ様よりもっと課題を用意しておくから、なるべく早く屋敷にきてね 」


 ソティスが非常ににこやかな笑みを浮かべ、さらりと言った。その一言で今度はエヴァンが真っ青になった。


 非常に嬉しそうに屋敷へ帰るソティスを恨めしげに見つめる少年二人。今さらながら、彼女に協力を頼んだことを心から後悔する二人だった。


――――☆――――☆――――


 ソティスの訓練を受けて一ヶ月ほど経った。


 少年二人が向きあい対峙している。一人はクウヤ、もう一人はエヴァンだ。

 クウヤが静かに詠唱を始める。エヴァンも構えながら、簡易詠唱を始める。その二人を静かに見守るソティス。


 クウヤは炎を作り出し、エヴァンは風をまとった。クウヤの眼前には火の玉が現れ、エヴァンは風のオーラに包まれた。


「はっ!」

「こなくそっ!」


 クウヤが炎をエヴァンに向け放つ。エヴァンは風のごとく、寸でのところで回避する。エヴァンはその勢いを利用し一気にクウヤとの距離を詰める。


「てぁっ!」

「っちぃっ!」


 クウヤはエヴァンの攻撃を受け流し、エヴァンの剣を跳ね飛ばす。エヴァンの剣が空中に弧を描く。


「終わりだな」

「……チッ」

「そこまで! お二人ともお疲れ様です」


 ソティスが剣技の終了を二人に告げる。二人はふっと力を抜いてソティスの方へ歩み寄る。


「ソティス、聞いてみたいんだけど?」

「なんでしょう、クウヤ様?」

「これまでの特訓て、受験にどのぐらい役に立つの?」

「役に立つといえば役に立ちます」

「……どういうこと? なんだか微妙な言い回しだね」

「実際のところ、受験のためならここまでする必要はありません。ほとんど過剰な訓練です」


 ソティスの発言を聞き、呆気にとられる二人。お互いに顔を見合わせ、狐につままれたような間の抜けた表情でソティスを見ている。


「ただ、学園に通うことで一人で身を守らなければならない場面に出会う可能性も高まるでしょう。そのとき、今までお教えしたことが必ず役に立ちます」


 振り返るとソティスの鬼のような課題をこなし、二人共十分な学力を身につけ、実地訓練を行ったおかげでずいぶんとレベルがあがった。


「今の状態ならば、クウヤ様はもちろんエヴァン君も一端の戦士として戦場に出ることができるかもしれません。少なくとも私は一切、手を抜かず教育させて頂きました。受験もがんばってください。お二人なら必ずよい結果を得られるでしょう」


 その言葉に二人はいたく感激する。今までの鬼のような課題と訓練の理由を知り、初めて彼女に感謝の念を抱く。


「……ソティスはぼくたちのことを考えて、あえて厳しくしていたんだね! ありがとう!」

「一時はどうなるものかと思ったけど、単に趣味ってわけじゃなかったんだ。ありがとう!」


 クウヤとエヴァンは口々に感謝の言葉を述べる。彼女はクウヤの言葉には素直に微笑んだがエヴァンの発言を聞いて、何かしら思うところがあるのか微妙な笑顔で答える。


「さぁ、とりあえず受験準備は済みました。明日は学園からお迎えがくる日ですよ。今日中に出発の準備をしてくださいね」


 ソティスに言われ二人は気づく。明日は魔導学園からの迎えがリクドーに到着する日である。


「とりあえず、教学所へ行こうか」

「そうだな、そういえばもうそんな時間だな」


 二人はいそいそと身支度を整え、教学所へ向かう。彼女は笑顔で見送る。


「いってらっしゃい」


 太陽は水平線から完全に顔を出し、まさに天空に登らんとする所であった。

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