第30話 蛇の笑み

 部屋に帰り着いたクウヤたちは疲れ果てていた。それぞれベッドに横たわると寝返りを打つのがやっとの状態の子供もいる。そんな子供たちののたうつ様子をクウヤはうかがう余裕が他の子供達とは違い多少あった。とはいうものの彼自身も"検診"の影響か、ひどいだるさを感じていた。


(一体何をされたんだ?体がこんなに重いなんて…)


 部屋の中の子供たちは、わずかに呻き声を上げる程度で会話はなく、ひたすら体の回復を待っているような雰囲気だった。そんな雰囲気の中クウヤは人間爆弾製造場所や方法などをあれこれ考えていた。


(……魔力を測って、注入量がどうとかいっていたな。魔力の少ない子供には魔力を注入するんだろうか?そんなことって出来るんだろうか? ……)


 考えるうちにクウヤは扉を叩く音に気づいた。彼は重い体をなんとか起こしてベッドを降り、扉のところまで歩いて行く。扉を開けるとまだ若い導師がいた。その導師には3人付き人がいて、何か運んでいた。


「何か?」

「検診は大変だったでしょう。少しですが、食事などを持って来ました」


 クウヤはいぶかしむ。あれだけモノ扱いしておきながら、その後で人間的な接触してくるとは思いもよらなかったからである。そんな彼の不信に気づいたのか、件の若い導師は言葉を続ける。


「……大きな声では言えませんが、あの女性ひとのやり方に賛成の人間ばかりではないんです。それだけは信じてください」


 今ひとつ若い導師のことが信じきれなかったが、クウヤは他の子供達の惨状を考えると食事と治療を受けるほうがいいように思い、彼はその導師たちを招き入れた。部屋にはいると導師たちは子供たちの様子を診はじめた。彼が心配そうに作業を見守っているとその導師は彼の心配を解消しようと説明を始める。それでも、彼の不信は消えず表情は冴えない。思い切って彼は若い導師にヴェリタでの魔法について聞いてみた。


「……ヴェリタでは、魔法を使える人を見つけるのにはあんなひどいことをずっとしてきたの?」

「いや、ここ十数年の話です。昔はこんなひどいことまでして魔法を使える人間を見つけたりはしなかったんです。いつの間にかあの女性が魔法に関連することを独り占めして好き放題やるようになってしまって……」

「あの女性ひとは何者なの?」

「実は私もよく知らないんです。突然上の人から紹介されて、魔法関連の責任者に納まったので……」

「そうなの……。あと、検診の時に聞こえた”処分”て何をするの?」

「さぁ……。生憎、私には詳しいことはわかりません。ただ、そう言われた子はいつの間にかいなくなっていることはよくあるみたいで……」

「まさか、これ?」


 クウヤは手刀で首を斬る仕草をする。導師は少し驚いて、慌てて否定する。


「さすがにそんなことは……。もしかしたらヴェリタの他の訓練所へ移されたのかもしれません。ヴェリタはそんなに無慈悲ではありませんよ」


 その話を聞いて、ヴェリタの魔法は何か悪しき意図によって本来の姿を歪められ、今のようになっているのではないかとクウヤには思えた。彼のヴェリタへの認識が少し変わった瞬間であった。


 クウヤが考え事をしている間に導師は淡々と他の子供たちの治療を行っていた。導師が詠唱を始めると導師の体は暖かい黄緑色の光を放つ被膜に覆われる。詠唱が終わると同時に、導師の体を覆っていた光が飛散し、子供たちを包む。すると、さっきまで苦痛に歪んでいた表情が次第に穏やかになっていった。


「これで大丈夫でしょう。あとは、食べるもの食べて一眠りすれば、回復しますよ」

「……ありがと。助かった」

「それでは私はこれで……」

「あぁっ、お兄さん名前は?」

「私は、ここでは名のることを許されていません。それ故、名のれませんがヴェリタの『白い蓮華の教え』の導きがあれば、いずれ正式に名のることもあるでしょう」

「……あ……そう。ありがとう」

「それから、これはみなさんの健やかなる今後を祈ってのささやかな贈り物です。ずっと身につけていてください。きっとみなさんの困難を打ち払う力となってくれるはずです」


 そう言うとその導師は人数分のお守りをクウヤに渡した。クウヤはわけも分からず、それを受け取り、一礼する。その若い導師はクウヤに一礼すると、お供と部屋を出て行った。クウヤは大きなため息をつくとベッドで寝ている他の子供達の様子を見に行った。


――――☆――――☆――――


 クウヤの部屋を訪れた導師のお供が一人、ソーンの執務室を訪れていた。ソーンは革張りの豪華な椅子に深く腰掛け、脚を組んでいる。彼女の露出の多い服からは豊満な胸が作る谷間と、しなやかで長く白い脚が見えている。


「それでどうだった? ”素体”いや、"名も無き導師"様の様子は?」

「はっ、万事うまく機能しているようです。刷り込んだ人間的な反応も予定通りでした」

「……そう。それは何よりね。初期の段階としてはまずまずの滑り出しということでいいかしら?」

「はっ。……しかし、”素体”に何故あんな真似を? わざわざ”素体”に”材料たち”を回復させなくても実験材料ならいくらでも、リクドーから調達出来るものを……?」

「バカね。実験材料を食いつぶすだけじゃいい実験にはならないわよ。それに”素体”を仕立てあげるのに最適な状況だと思わない? これから作られる”慈悲深い次代の救世主様”として」


 そう言うとソーンは怪しい笑みを浮かべる。その笑みは蛇のような冷たい笑みであった。


「まぁ、上の方がそうお考えなら、一介の下僕にすぎない私の判断の域を超えますので……」

「そういうあなたの殊勝なところ、嫌いじゃないわよ」


 ソーンは、そのお供の男に蛇の笑みを向ける。男は背筋に悪寒が走るような心地で、愛想笑いする以外なかった。


「……それに、材料たちが”素体”を信じて、ヴェリタの信奉者に仕立て上げられれば、これ以上の成果はないじゃない?ヴェリタに殉ずる”生きた爆弾” ……美しいじゃない」


 そう言ってソーンは軽く舌なめずりをする。その姿は獲物を前にまさに飛びかからんとする蛇そのものの雰囲気を持っていた。


「スラムの子供なんて、チョット優しく世話してやれば、すぐ尻尾を振る野良犬なのよ。そんな程度で死をも恐れぬ生きた兵器が製造できるのなら、簡単なものよ。ここはそのためにあるのだからね。わかるでしょう、あなたなら」

「まぁ、そうですが……」


 男はソーンに圧倒され、終始曖昧な返事しかしなかった。


「そういうことよ。とりあえず、上の人考えていることはヴェリタの象徴となる偶像とそれを守る番犬を用意することなのだから、その意志には全く反していないわ。そういうこと。上の人にはよろしく伝えておいてね」

「はっ? 私めにはそのようお役目は仰せつかってないですが……」


 男は焦りの色をはっきりと見せ、なんとか言い繕う。しかしソーンには見透かされていたようだった。


「……。まぁそう言い張りたいなら、そういうことにしておくわ。ただ、ここの一切を取り仕切っているのは私で、上の人の意向に反したことはしていないわ。それだけはきっちり言っておくわよ」

「はぁ……。それではこのへんで私めはこのへんで……」


 そう言うと男はソーンの部屋をすごすごと出る。ソーンは冷ややかにそれを見守った。彼女は瞑目し、物思いに耽る。


(……まったくヴェリタのお偉いさんは心配症ねぇ。こっちは実験材料おもちゃ魔法訓練所あそびばさえ貰っていれば、文句ないのにねぇ。ふふふ……)


 ソーンは妖しい笑みを再び浮かべ、腕を組む。その姿はとぐろを巻く蛇の雰囲気であった。

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