第31話 蛇の腸(はらわた) 壱

 若い導師の治療により、クウヤたちの身体は回復した。しかし心も傷ついており、その傷を癒すには十分な治療ではなかった。身体の回復の割に皆疲れ果てた様子でベッドに横たわり、夢うつつの状態で微睡んでいる。クウヤは体も心も疲れは残っていたが、他の子供たちほどではなかった。とりあえず、クウヤは導師にもらったお守りを各人の枕元に配り、自分の分は懐に入れた。


「全く……こんな調子で全員保つのだろうか? ……とにかく今は回復が先だな」


 クウヤは自分と他の子供たちの行く末を憂いながら、若い導師が差し入れた食料を漁り、パンのようなものを取り出し少しかじる。その食料は固く味気ないものだったが、一緒に差し入れられた水で胃袋へ流し込む。食料を流し込むと、そのまま、ベッドへ潜り込み、彼も他の子供たちと同じように眠りの闇へ落ちていった。


――――☆――――☆――――


 クウヤは闇の中を漂う。眠りの闇を当てもなく漂う。


(またここか……。ここは一体どこなんだろう? )


 しばらく漂うと、クウヤの眼前にぼんやりとある光景が浮かぶ。子供たちが群がって囃し立て何やら蹴飛ばしている。その群がる子供ところへ吸い寄せられるよう近づく。見るとタイヤが数本並んでいてその中に誰かいた。


(あれは……‼ ……また、俺?!)


クウヤはタイヤの中にいたのは、自分自身であると直感した。タイヤの中で身動きがとれず、まわりの子供らが蹴りとばす。彼はなすがままに右へ左へと、イモムシのように身をよじるだけであった。闇を漂う彼はそんな情けない姿を何の感慨もなくただ見つめていた。ふと、いじめられている自分と検査中の子供たちとの姿が重なる。恥ずかしく、苦しく、周りに味方がおらず、見下され辱められる自分と子供たち……。


(……なぜ……)


 強い衝撃を受けるたび、別の自分のイメージが記憶の封印を破り、心の底から夢に現れるようだった。クウヤは混乱し、自分の状況がわからなくなっていた。イメージの自分も漂っている自分も実感を持った”自分”であったからである。


(あれはジブン……。ここにいるのもジブン……。一体俺は何者なんだ?)


 クウヤがひどく混乱していると遠くで呼ばれているような気がした。しだいにその声が大きくなり、その声に導かれるように別の自分のイメージが霧散していった。


――――☆――――☆――――


 クウヤが眠りに落ちて、どれほどの時間が立ったのか彼を密やかに呼び起こすものがいた。彼はその呼び起こす声に起こされてしまう。


「……誰? ……誰が呼んでいるの?」

「坊主、まだ無事のようだな」

「その声はあの時の!」

「しっ!! 静かに。今は気配を殺してこの部屋にいるんでね。騒がれるとこまる」

「……他の子が起きるかもよ?」

「心配はいらん。お前が寝ている間に他の子には一服持っておいた。しばらくは起きんだろう」

「一服盛るって……! 危ないなぁ……」

「心配するな。回復薬と合わせているから大丈夫だ。そんなことはどうでもいい。お前に伝えることがある。親方様……お前の父親からの伝言だ。『調べることを調べたら、逃げろ』以上」

「……どうしてお前が父上を知っているんだ?」

「……さっきからどうでもいいことばかりを気にしているな。それより自分のなすべきことを成せ」


 影はそう言い残すと、追いすがろうとするクウヤを振り切り、さり気なく扉を開け出て行った。残されたクウヤは呆然としていた。


(あれだけのためにきたんだろか?わざわざ危険なところに喜で飛び込むなんて、まともな人じゃないな……)


 クウヤは呆れながらも、起こされたついでに他の子供たちの様子をみる。どの子も静かに眠りについており、検査と称する虐待があったことが嘘のようであった。


(とりあえず、心配無さそうだな……。しかしこれから何を調べていこうか?)


 クウヤは再び、自らのベッドに寝転び考える。薄暗い居室に扉の隙間からわずかながら外の光が漏れる。その光を彼は見つめていた。


(とにかく、内部を調べないとな……。幸い、外は誰もいないようだし……)


 クウヤはそっと扉を開け、外の様子を伺う。外の通路には人の気配はなかった。一人クウヤは部屋を抜け出し、通路を奥へ忍び足で向かっていく。しばらく歩くと半開きになった扉を見つける。彼はそっと中の様子をうかがい、人の気配がしないのでそっとその部屋に忍び込んだ。


 薄暗い部屋の中には、様々な大きさや形のビンが置いてある棚がいくつか並んでいた。ビンの中に何か入っているのが見える。クウヤはビンに近づき、ビンの中身を確かめる。


「……!」


 クウヤは瓶の中身に驚く。ビンの中には、人体の一部が薬液の中に浮かんでいた。中には人と別の動物が混ざったような手足だけが入ったビンもあった。彼はそれらビンの中身に度肝を抜かれつつ、奥の方へ向かっていった。奥には更に大きな人の背丈ほどのガラスケースがいくつか見えた。彼は近づき、中身を確かめる。中身を一瞥して彼は驚き、怒りさえ覚えた。


(! ……ここで一体何をしているんだ……!)


 ケースの中には子供が浮かんでいたが腹を開かれ、内臓が引き出され展示されているようだった。そんな子供が何人もグロテスクな水中花のように並んでいた。背中を裂かれ、背骨の中にある神経をむき出しにされた子供、頭蓋骨を割られ、脳があらわになっている子供など、何のためにそんな行為をしたのか見当もつかないものもあった。


(人間爆弾を作っているだけじゃないのか……?)


さらに奥をうかがうと、子供が何人か立っているようだった。しかし、その子供たちはクウヤが近づいても身動き一つする気配がない。不思議に思った彼は奥の子供たちのところへ近づく。それでも、彼の動きに反応する気配がない。


「人形? 何でこんなとこに……?」


人形のような子供たちに近づき、よく観察する。


「良くできた人形……? じゃない!」


クウヤは“人形"の正体に気づき、驚愕する。うぶ毛や皮膚の感じはつくりものではなかった。紛れもなく本物の人間のうぶ毛と皮膚である。つまり、そこにあったのは孤児たちの剥製だった。


クウヤは何らかの実験結果の標本と思ったが、何の実験か見当がつかなかった。しかも人間を剥製にして保存するなんて彼の理解の範囲を大きく外れていた。そんな標本を見ているうちに気分の悪くなった彼はこの部屋を出た。


 クウヤは蛇のはらわたの中にいた。

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