第28話 地獄の宴

クウヤたちは部屋の中で特に会話もなく立ちすくんでいた。クウヤは仕方なく手近なベッドに腰掛け、他の子供達に切り出す。


「立ってても仕方ないじゃない。適当に座りなよ」


 クウヤがそう促すと、残りの子供たちは仕方なくベッドなどに腰掛け始める。それでも、子供たちは何も話さず、みな押し黙ったままであった。押し黙ったまま、外套を脱ぎ始める。


 クウヤは他の子たちを見渡す。馬車の中では暗くてよくわからなかったが、他の子たちは混血児であるということが見て取れた。亜人の特徴がそこかしこに現れており、一目で分かる。一人は小柄だが子供にしてはがっしりしていた。犬歯が発達し外からわかる子供、竜人のように体に一部が鱗で覆われている子供、猫顔、人としては異常に黒く赤い目をした子などがいた。いずれもそれぞれの亜人の特徴であり、そういった特徴が見て取れた。


 更になんとなくクウヤが彼らを観察していると、肌が露出している部分に古い傷痕や痣が見えた。しかも彼らの眼差しからはどこか怯えの色が感じられ、何か過去にひどい目にあったことを簡単に想像させる。おそらくは殴る蹴るの虐待を受けたのだろう。


(何があったんだろ?)


 クウヤは戸惑いを感じずにはいられなかった。年端もいかない子供にそれほどの傷痕を与える理由が彼には想像できなかった。ただ、その傷を受けたときにあった出来事が彼らの今の反応につながっているんだろうとは想像できた。


 そうしてクウヤが他の子供を観察していると、出入り口の扉が開いた。部屋に入ってきたのは、目つき鋭い細身の女性であった。彼女は小脇に何やら書類を抱え入室し、訝しげに目を細めクウヤたちを舐め回すように見渡す。


「君たちが今日入ってきた新入りね。私はここでの一切を取りまとめているソーンよ。よく覚えておいてね」


 ソーンは部屋に入るなり一気にまくし立てるように一方的にクウヤたちに話す。さらに彼女は付け加えるように言葉を続ける。


「それから……、今日から君たちに新しい“名前”をつけます。昔の名前は忘れて新しい名前に早く慣れてください」


 ソーンはそういうと書類を取り出し、何か記入しながらクウヤたちに新しい“名前”を付け出す。


「……えっと、そこのずんぐりむっくり、君は“青のイチ”、そこの牙もち、君は“青のニ”、そこの竜人もどき、君は“青のサン”、そこの猫もどき、君は“青のヨン”、そこの黒いの、君は“青のゴ”、それで…そこの黒髪、君は“青のロク”。いいわね。それから、君たちをまとめて呼ぶときは“青の組”と呼びますから。古い名前は忘れてください。ここでは古い名前で呼ぶことはありません。どうせろくな思い出がない名前でしょうから、忘れても特に問題はないと思いますが、何か?」


 極めて事務的にソーンはクウヤたちに新しい名前をつける。クウヤはそんな彼女の態度と言葉に理由のはっきりしない苛立ちを覚えた。


「さて、それではこれから青の組は基礎的な検診を受けてもらいます。その検診が終了後、夕食となります。それではついてきてください」


 モノのような名前を付けられ、何かしら割り切れないものを抱えつつ、クウヤたちはゆっくり立ち上がり、ソーンについていく。クウヤたちの一団は部屋をでて、通路を奥へ歩いて行く。いくつかの扉を通り過ぎ、いくつかの角を曲がった先の一つの扉の前でソーンが立ち止まる。


「ここよ。みんな入りなさい」


 彼女が冷たく事務的に言い放つとすぐそばにあった扉を開いた。扉が開くとクウヤたち一団は恐恐ゆっくりその部屋の中へ入っていった。中にはヴェリタ独特の研究職の服だろうかシーツか何かの真ん中に穴を開けてかぶったような服の上に肩幅ほどの薄手の絨毯のような四角い布の真ん中に穴を開け、頭を通したような奇妙な服装した人が何人かいた。ただどの人の目も、年端もいかない子供に対するような優しげな目ではなく、実験動物を観察しているかのような冷たい目線だった。そんな視線に子供たちは怯えていたが、そんなことにおかまないなくソーンは事務的に次の指示を出す。


「一旦、今着ているものを全部脱いで。脱いだものはそこにあるかごの中に入れなさい」

「……全部?」

「そう、全部。早くして!」


 ソーンの指示に一瞬、クウヤは自分の耳を疑い、彼女に聞き直した。間違いないことを確認すると仕方なく、着ているものを脱ぎだすクウヤ。他の子供たちはまだためらっていた。そんな様子にソーンは幾ばくか苛立ちを見せ始める。


「ほら、さっさと脱いで! 早く脱いでしまえば早く終わるわ。グズグズしていればその分遅くなるから、ほら早く!」


 ソーンの迫力と苛立ちに恐怖感を覚えた他の子供達はクウヤと同じように服を脱ぎだした。全員服を脱ぎ、脱いだ服をまとめかごの中に入れると、ソーンが次の指示を出した。


「さぁ、こっちへ来て一列に並びなさい。並んだら、両手は体の横につけて真っ直ぐ立つこと。さぁ、早くしてちょうだい!」


 そう言われて、クウヤたち一団は言われたとおりにならび、気をつけの姿勢になる。ただ、ずんぐりむっくりの“青のイチ”と猫もどきの“青のヨン”は胸と股間を隠し、もじもじしている。そんな様子をソーンは見逃さなかった。彼女の平手が二人の頬を捉える。


「なんで指示通りしないの!! わたしはそんなことしていいいと許可してませんよ!」


 そういいつつ、彼女の平手が幾度と無く二人の頬を打ち据えた。クウヤを含め、その様子に驚愕し、恐れおののく。その様子をみてソーンは満足そうに目を細め、子供たちを蛇が獲物を狙うような目線で見据える。


「わかった? ここでは私の指示は絶対。指示の聞けない子はこんな目に会います。よーく覚えておくように」


 そういったソーンの表情は明らかに恍惚とした満足感が現れていた。他の子たちが打ち据えられた子たちを支え、立ち上がらせた。二人の子たちは平手の痛みと恐怖と恥ずかしさにうつむき、涙をこらえていた。そんな様子を見ていたクウヤはそこで、打ち据えられた二人が女の子であることに気づく。二人の胸がわずかだがニつのふくらみがあり、突起のない局部がそのことを物語っていた。クウヤはソーンに怒りを覚えたが、自分が潜入調査中ということで何とか怒りを押さえ込んだ。


「ほんと、出来の悪い子たちね。やはりスラムの子はゴミね。こんな単純な指示も聞けないのだから……。ほんと嫌になるわ、付き合わされるこっちの身にもなってよね」


 言葉とは裏腹にソーンは恍惚の表情で子供たちを言葉責めにする。またそのことが彼女を興奮させているようであった。クウヤたちも二人の女の子ほどではないが辱めを受けていることがなんとなく感じられた。二人の女の子にしてみれば、なおのこと屈辱的な状況だろう。


「……さて。どうぞ、いつものお願いね」


 ソーンは部屋の中にいたヴェリタの研究員と思しき連中に声をかける。そうすると徐に連中は子供たちを取り囲み、脂ぎった視線でクウヤたちを観察しはじめた。中にはクウヤたちの体をベタベタと触りだすのもいた。子供たちは思わず体をよじり出す。


「なにしているの! 動いちゃダメでしょう!」


 ソーンがその様子を見て、怒鳴る。その声にクウヤたちは怯え、部屋の中にいた連中のされるがまま、じっと耐えるしかなかった。


(なんだよここ……何されるんだここで?)


 ……クウヤたちの地獄の宴はまだ始まったばかりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る