第13話 追跡者の気配

 あの子供たちにあってから、数日過ぎた。クウヤは何事もなかったかのように毎日、早朝訓練をこなしていた。当然、ソティスも一緒にいたが、お互いにあの子供たちのことには触れることはなかった。ただ変わったといえば、初日通った教学所への道は通らず、別の道を通るようになったことだった。

 

(あの子たちはどうしているのだろう?)


 クウヤは屋敷から降りる坂でいつものように駆けながら思う。子爵に報告の後、子爵は何やら内々に動いていたようではあったが、その内容についてクウヤがうかがい知る事はできなかった。クウヤにとってそのような秘密主義的な動きは納得できるものではなかった。そのような考え事をしていることにソティスが気づく。


「クウヤ様、考え事しながら走ると危ないですよ。考え事は後でお願いします」


 さり気なくソティスにたしなめられたクウヤは不承不承ながら、考え事を一時やめることにした。


「クウヤ様、まだあの時の子供たちのことを気にされているのですか?」


 ソティスはクウヤがこの件に興味をひかれていることに懸念を持っていた。この街の闇の部分に興味を持ち、クウヤが接触する可能性が高まることを考えると、クウヤの置かれた立場からすれば危険な傾向であった。ソティスは出来ればそういった危険性を減らしたかった。

 

「そうは言うけど、なんだか気になって…」


 クウヤにしてみれば、自分のあずかり知らないところで理解しがたい理不尽が存在していることが気に入らなかった。また自分の父親が問題無いと言いながら、その裏で怪しげな行動をとっていることも理解できる範囲を超えていた。ただそのことをクウヤ自身それほどはっきり自覚していなかった。


「もうそのことは子爵様がうまく処理しくださるでしょうから、クウヤ様はもっと他のことを考えるようにしてください」


 いい加減この話を終わりにしたかったソティスは多少強引に区切りをつけ、この話を打ち切る。それでもクウヤは納得出来ないのかぐずる。


「でもさぁ、ソティスぅ…」


「『でもさぁ』じゃありませんっ! いきますよっ!」


 珍しくソティスが苛立ち、強い言葉でクウヤの言葉を遮る。驚いたクウヤは呆然とし、目が泳ぐ。ソティスも言い過ぎたのがわかり、そそくさとその場所を立ち去ろうとする。クウヤも何が何だかわからないまま置いて行かれるのが嫌だったので、すごすごとソティスの後を追い始める。


 クウヤたち二人は何も言わず黙々と街を駆けていく。いつものように日の出前の青紫色の空と群青の海に向かって駆けていった。いつものように街はまだひっそりしており、人影も無く、無人の建物が群青の海に向かって並んでいるようでもあった。


 クウヤがふと遠くの風景が目に入る。広場には小さな人影がいくつか見える。この時間に広場で人影が見えることはめずらしいことだった。ソティスは人影を認めると、人影を避けるように路地に入ろうとした。クウヤは広場の人影を横目に見ながら、ソティスについていった。


「いま、広場に人がいなかった?」


「何人かいたようですね。それが何か?」


 相変わらずそっけなく答えるソティスにクウヤは苦笑いしながら次の言葉を続ける。


「なんだか子供のようだったけど……、この前の子たちかな?」


「さぁ?でも、この前の子たちなら何で広場にいるのです?」


「この前のお礼がしたかった……とか」


「まさか。……さぁ行きますよ」


 あっさりとソティスに自分の考えを否定されたクウヤは少しむくれた。


「……そうかなぁ、僕はそう思わないんだけどなぁ……」


 クウヤはなおも自分の考えに固執する。そのようなやり取りをしていると、件の人影が近づいてくる気配がした。


「とにかく、行きますよ」


 ソティスが強引に話を打ち切り、移動を始めた。クウヤも仕方なくそれに続く。しかしクウヤたちを追跡している気配は消えなかった。


「へんだな? なんでついてくるのだろう?」


「クウヤ様、急ぎますよ」


 気配が消えないことにソティスは危惧を覚え、足早にその場所を立ち去ろうとする。それでもなお、追跡されている気配は消えなかった。


「クウヤ様、屋敷へ戻りましょう」


「へ? なんで?」


「説明はあと、いそぎます」


 二人は屋敷に向けて駈け出した。追跡する気配もそれに合わせ動き出す。


「……チッ! 振りきれない……!」


 ソティスは焦りからか珍しく悪態をつき、先を急ぐ。


「クウヤ様、飛びます。舌を噛まないように!」


そういうとソティスは詠唱を始め、クウヤと彼女自身に浮遊の魔法をかけた。かけ終わると同時に二人は宙に舞い上がった。舞い上がった二人は屋根の上に静かに舞い降り、身を隠した。追跡する気配は未だ消えなかった。


(しつこいわね……)


 追跡する気配の執拗さに辟易したソティスは内心悪態をつく。クウヤはただそんなソティスを呆然と見つめるだけだった。


「どうなってるの?」


「しばらく様子を見ましょう。幸い、こちらの位置はあちらには気づかれていないようですから」


「……そう」


 事態の推移についていけていないクウヤはソティスに尋ねるが、満足のいく答えはソティスからは得られなかった。仕方なくクウヤはあたりの風景を眺めた。ちょうど朝日が昇り、空がだいぶん明るくなっていた。それと対照的に家々の路地が深い谷間のように黒々とした筋を街に刻んでいく。また夜の闇を移し、濃い藍色だった海が次第に紺碧の海へ変化していった。


「かなり明るくなりましたから、そろそろ行きますか」


 ソティスが漫然と眺めるクウヤに語りかけた。


「もういいの?」


「えぇ、とりあえず追手の気配はありません」


「分かった。行こうか」


 再びソティスが魔法を発動、二人は屋根の上から人気のない路地へ舞い降りた。二人は慎重にあたりを伺う。あたりには追手の気配はなく、いつもの朝の静寂に包まれていた。表通りは人の行き交う姿が増え始め、いつもの喧騒が戻り始めていた。二人はその喧騒に紛れ込んだ。


「どこへ行くの?」


「一旦屋敷へ戻りましょう、クウヤ様」


 ソティスが足早に屋敷へ向かい出す。クウヤはそれに続きながら、ことの顛末を考える。


(一体どうしたというのだろう?今日のソティスはなんか変……)


 様々な思いを胸に屋敷への帰路をとるクウヤたちであった。

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