第12話 光と影
教学所を辞したクウヤたち二人は、坂を駆け降りていく。浜風が吹き始め、クウヤたちの頬をなでる。その爽やかな風の中、クウヤは疑問に思っていることをソティスに聞いてみた。
「あの子たちはなんだったろう?ヒトじゃないみたいだったけど……?」
「一応、ヒトですわ。……部分的にですが」
足を止め、息を整えながらソティスはやや冷淡に答える。クウヤはそんなソティスの回答に違和感を感じた。
「部分的にヒトってどういうこと?」
「おそらく彼らは混血児です。片親がヒトで、もう片方がヒト以外なんでしょうね」
クウヤはもう一つ事態が飲み込めなかった。その様子を察してか、ソティスが説明を続ける。
「この街では様々な種族が生活しています。その中で異種族どうしで家族になるものも少なからずいます。そんな家庭に生まれた子供たちかもしれません」
「ふーん……。そうなんだ。それであんな子たちがいるんだ」
「お気づきでないかもしれませんが、私もそうですし……」
ふともれたソティスの発言に目を丸くするクウヤ。初めて聞いた事実に思考が停止し、二の句が告げなかった。
「……そこまで驚かれることはないと思いますが」
「いや、全然そんな雰囲気がなかったのでどういったらいいのかわからなくて……」
「そうですね。私はエルフの血のほうが濃いですから、ヒトの要素はあまり表には出ないからわらないかもしれませんね」
ソティスは目を伏せ物哀しげな表情になった。ふと過去に思いが至り、悲しい記憶が蘇ったようであった。クウヤはその表情を見て、何かを言おうとしたがやめる。
「ところで、あの子たちは何であんな所へ?」
クウヤはその場の雰囲気を変えようと話題を変えた。
「さぁ? なんとも言えませんが身なりからするとあんまり裕福な感じはしませんでしたから、食べ物を探していたかあるいは……」
「あるいは?」
「……口減らし」
「口減らし? 置き去りってこと?」
クウヤは想像もしていなかったソティスの答えに驚き、言葉をなくす。
「あくまで可能性の話です。事情を聞いたわけではないので断定は出来ません」
ソティスはいつもの様子で答えたが、微妙に目付きが鋭かった。
「それに彼らが口減らしであっても運が良ければ、森の奥深くにあるというはぐれ者の村に保護されるかもしれません。ただ、あくまで噂ですが……」
クウヤの動転する様子をみて、ソティスは慰め程度の話をしてみる。
「……どっちにしても、希望のある話じゃないね」
すこし落ち着いたクウヤはソティスに答える。
「さてさて、休憩は終わりにしましょう。早く屋敷に戻らないと心配されますよ。それに子供たちの件、子爵様に報告しなければなりませんし」
「分かった、行こうか」
クウヤたち二人は広場に向けて駈け出した。広場はいくつかの屋台が商売の準備を始めていて、行きの時より賑わいを見せていた。港は商船が接岸したらしく、水夫や荷役たちがアリのように荷を積み下ろしていた。市場も開き、様々な商品を売り買いし始めた声が次第に大きくなっていた。
クウヤは見慣れない街の風景に驚き、心惹かれる。いままで一日殆ど屋敷の外に出ないクウヤにとっては物珍しいものばかりで、森の中であった子供たちのことなどすっかり頭の中から消え去るほど新鮮な経験だった。クウヤたち二人はそんな広場を歩いて行く。
広場の屋台には様々な物珍しい魚介類、野菜、色とりどりの果物などが並べられ、それらが日の光に照らされ、その色彩の鮮やかさをさらに鮮やかなものにしていた。その色彩がクウヤの興味を更に引く。
「クウヤ様急ぎますよ」
クウヤの様子にやや業を煮やしたソティスが歩みをすすめるよう促す。ソティスは多少周囲をうかがいながら、歩みを早める。クウヤにしてみれば後ろ髪引かれる思いではあったが、仕方なく歩みをすすめる。
クウヤたち二人は駆け足で屋敷までの階段を登ってゆく。階段の中ほどでクウヤは立ち止まり、振り返って街の様子を見る。街は遠くの海の碧に照らされ、光っているように見えた。特に光る海を背景にする建物の影のコントラストが非常に強い印象を与える。
「クウヤ様どうされました?」
ソティスの問いかけに、少し考えてクウヤは答える。
「いや、あそこにいっぱいのヒトが暮らしているのかなと思うとなんだか不思議な気がして……。いろんな人がいろんなことをしているんだろうなぁ……」
「そうですね。大勢のヒトがひしめき合って、街で暮らしています。泣き、笑い、怒り、喜び、あそこで生きていると思います。……さて、さて、いきますよ」
ソティスは多少感傷に浸りつつも、自分の役目を想いだしたように、クウヤを促す。クウヤたち二人は再び屋敷に向かった。
――――☆――――☆――――
「話は分かった。ご苦労だったな」
子爵の執務室で、クウヤら二人はことの顛末を子爵に語った。子爵は何かを考えながら、沈黙していた。クウヤはなにか言いたげにそわそわしていた。
「どうしたクウヤ? なにか言うことがあるのか?」
子爵はクウヤの落ち着かない様子に気づき、話をふる。クウヤは戸惑いながら、質問する。
「今朝の子供たちは口減らしなんですか?」
「口減らし? 何のことだ?」
子爵の質問にクウヤに変わってソティスが説明する。
「……なるほど、そういうことか。まぁ口減らしかどうかは調べてみないとわからんが、現状のリクドーではそこまでひどくはないはずだ。食料なども順調に入荷しているし、貧民救済もそれなりにやっているからな。この街で口減らしを行わなければならない状況はそうそうないぞ」
子爵はクウヤに胸を張って説明する。その言葉を聞いて、クウヤはやや落ち着きを取り戻した。
「クウヤ、お前は先に着替えてこい。ソティスは残れ。話がある」
子爵がそういうとクウヤはすごすごと自室へ向かう。残されたソティスと子爵が相対する。
「ソティス、お前の真意が聞きたい」
子爵が口火を切り、ソティスに問う。
「何故に口減らしの話をクウヤにしたのだ。クウヤにはまだ理解できる話ではないと思うが? 違うか」
子爵が冷淡にソティスに問うたが、ソティスは沈黙を守っている。
「……確かに、この街の醜業に付いている連中の中には食い詰めて子供を捨てたり、人買いに売り払うのは日常茶飯事だ。ただ、クウヤにはもっと間接的な形で教えることはできなかったのか?」
ソティスはただうつむいて、子爵の話を聞いている。その手は強く握られ、何事かを耐えているようでもあった。
「……私はただ……」
「私はただ? なんだ?」
「……昔を思い出して、耐えられなかったのかもしれません。あの幼い時の恐怖と怒りがあの怯える子供たちを見ていると心の奥底から湧き出てきて抑えが効かなくなります」
重い口をようやく開いたソティスは訥々と自分の思いを語りだした。子爵もただ静かにそれを聞いていた。
「クウヤ様には少し重いことだったかもしれません。私にはまだ完全に抑えの利くことではありません。記憶の奥底にある恐怖と怒りはどんなに抑えこんでも、ちょっとした拍子に表に出てしまいます」
ソティスの弁を静かに聞いていた子爵は顔をやや伏せ、苦虫を噛み潰した様な表情をしていた。それでもソティスの話は最後まで聞こうと先を促す。
「……なるほどな。また同じようなことがあれば、昔を思い出すと……そういうことだな」
子爵が確認するとソティスは無表情に首肯する。
「お前の過去を考えると、気持ちは分からないでもないが、もう少し発言は慎重にしてくれ。あまり口減らしの話が広まると、街の評判にも関わるし、司政官としてのわしの立場がない。それより何より、公爵閣下の思し召しの慈善事業の意義も問われかねない。そうなったら、公爵閣下の慈善事業を取り仕切る我が家の責任問題にも発展しかねない。気を付けてくれよ」
ソティスは何か反論したそうであったが、あえて反論せず黙って首肯した。
「まぁ、慎重にしてくれればいい。闇のことは闇に任せていればどうにかなる。お前はクウヤの安全確保と健全な成長にのみ努力してくれればいい」
ソティスは子爵の裏に大いに含みのある言葉に、ありえないほど酷い苦渋に満ちた表情になったが、彼女の立場上、子爵の言葉を否定できず首肯するしかなかった。ソティスは公爵の思惑についてもかなりの部分見聞きしてきた以上、公爵の意向などにどのような裏があろうと逆らうことはできなった。
「……わかってくれればそれでいい。まだ当分、苦労をかけるな。……すまない」
突然の子爵の言葉に当惑するソティス。返す言葉うまく見つからなかった。
「もう行っていいぞ。クウヤを頼む」
ソティスは頷いて踵を返した。
「光が強ければ、その分影も濃いというがこの街ほどそれがはっきりしているところはないだろうな……」
ソティスが出ていったあと子爵は独りつぶやく。外は日が高く上り、一段と光が溢れていた。海の蒼さが輝きを増し、家々の影がはっきりとした黒い塊となっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます