第14話 襲撃

屋敷についたクウヤたち二人は周囲を警戒し、正門ではなく裏口へ回った。周囲には追跡者の気配はなかったが二人は気配を殺して屋敷内へ入った。


「追っかけてきた人は誰だったのだろう? 心当たりはある?」

「さぁ? 心当たりが多くてどれか特定できません。それよりも度々こんなことがあるようなら、訓練どころか教学所へ通うことも難しくなります」


「……」

「……………クウヤ様、ちょっと喜びましたね」


 クウヤは何も喋らなかったが、僅かに口元が緩んだのをソティスは見逃さなかった。クウヤは大いに慌てて否定する。


「今回の問題が解決しないと当分外出は禁止ですが、それでも?」


 ソティスが冷たく言い放つ。クウヤは更に動揺し、何を言っていいのかわからなかった。クウヤとしては魔術などの鍛錬は嫌だったが、朝日にきらめく波などを見ることできなくなることはもっと嫌だった。とはいうものの、クウヤが何をできるわけでもなく、ただうろたえるしかなかった。クウヤ自身もなぜだか分かっていなかったが、目に涙を浮かべていた。


「どうしたら……」

「まぁ、しばらくは向うの出方を見るしかないですね。むこうの出方次第でしょう。父上様も動いてくださるでしょうし、しばらくの辛抱だと思いますわ」


 なぜかひどく落ち込み動揺し涙目になるクウヤを見て、ソティスは言い過ぎたと思いクウヤを慰める。涙目になりながら、クウヤは同意する。そんなクウヤをみてソティスは内心胸をなでおろしたが、涙目になる理由がいまいち理解できなかった。そんなやり取りをしながら、二人は子爵の私室へ向かう。とにかく今朝の出来事を報告して、今後について相談しなければならなかった。扉を開けると子爵はすでに執務を行なっていた。


「どうした、こんな時間に。なにかあったか?」


 多少いぶかしげな表情をしたものの、子爵はいつものように深く腰掛け二人に語りかける。二人は今朝起きた出来事を子爵に話し、今後の対応について相談した。


「その追跡者の正体は掴んでいるのか?」

「いえ、気配だけで正体までは……」


 ソティスの言葉を聞き、子爵は眉をひそめ何やら思案する。


(ソティスほどのものが気配しかつかめないとは……。厄介なことにならなければよいが)


「子爵、いかが致しましょうか?」


 思案中の子爵の思考を断ち切るようにソティスが尋ねる。子爵はソティスを一瞥したものの、即答はしない。


「……当面は様子を見る。街は手のものに捜索させる。それからお前たちは奴らの正体がはっきりするまで、屋敷から出るな。わかったな」


 少し間をあけて、徐に口を開いた子爵から発せられた言葉は概ねソティスが想像した通りものであり、クウヤたち二人はまんじりともせず、その言葉を聞いていた。


「そういうことだ。屋敷内でなんとかしろ。」


 子爵はそう言い終わると、配下を呼び始めた。部下への指示やその他雑務に忙殺される子爵を見たクウヤたち二人は、すごすごと子爵の部屋を出た。当面することがなくなり、二人は今後のことを考えようと図書室へ向かうことにした。

 二人は今後のことも含めて、姿なき追跡者についてあれこれ推測しながら、廊下を図書室に向かって歩く。図書室に入ってあの時の事を話し合いだした。


「……そういえば、あの時、空とんだけど、あの魔法ってどうやるの?」

「あれは風の力の制御が出来れば比較的簡単です。まずは風の制御を覚えてくださいね。幾つか解説書を探してみましょうか?」

「そんな本があるの?」


 と言いつつ二人は本棚を物色し始めながら、世間話に花を咲かせる。ソティスは本を手に取り、クウヤに見せながら、細々と解説する。あわせて魔法による攻撃法などソティスはクウヤに教えた。そんな感じで本題であったはずの追跡者のことはどこかへ行き、別の話題になっていた。そんなどこか他愛のない話題に移っていった時に、事件は起きた。


 突如、すざまじい大音響と衝撃が屋敷全体を揺るがす。地の底から湧き上がったような轟音と振動に屋敷内の人間が虚を突かれ、事態が理解できない。天井から塵や埃が落ち視界が奪われる。廊下の窓は振動で揺さぶられ、この世のものとも思えないような不協和音を奏でる。図書室のクウヤたち二人は足元から揺さぶられ、立っているのがやっとであった。衝撃によって揺さぶられた本棚から本が雪崩のように二人に覆いかぶさる。二人はもがき、本の雪崩の中からどうにかして這い出る。やっとの思いで図書室の外へ出ると外も騒然していた。執事やメイドたちが右往左往し、まさに蜘蛛の子を散らすように逃げまわっていた。


「おちつけぇ! 現状を報告せよ!」


 子爵が声を張り上げ、事態の沈静化を図る。一括された屋敷の人間が次第に組織化され冷静さを取り戻していった。そんな喧騒中にクウヤとソティスの二人がいた。


「いったい何が起きたのだろう?」

「わかりませんが、あの大音響と振動からすると何かが爆発したのかもしれません」

「爆発?」


 ソティスの冷徹な現状分析が理解し難いクウヤは思わず声を上げる。クウヤはあたりを見渡し、爆発の痕跡を探した。しかし、舞い上がった塵などで視界が悪く自分の周辺も満足に確認できなかった。


「負傷者はいないか? いたら速やかに医務室へ運べ! 手すきのものは食堂へ一旦あつまれ!」


 子爵の号令一下、烏合の衆であった使用人たちがアリのように統制のとれた動きに変わる。図書室の扉の前に立ち尽くすクウヤたち二人に気づいた子爵は二人に気づき、食堂へ移動するよう指示する。二人は指示に従い、手すきの使用人と一緒に食堂へ移動する。


「けが人が少ないといいですね」

「そうだね、けが人は少ない方いいもんね」


 食堂へ向かうクウヤたち二人は周りの様子を見て、人的被害の少ないことを祈る。


 まもなく二人は食堂についた。食堂では使用人たちが忙しく出入りしていた。食堂に入るなり、凄惨せいさんな光景に息を呑んだ。食堂には医務室へ収容しきれなかった怪我をした使用人たちが運び込まれていたが、その衣服は血に塗れ、ズタズタに切り裂かれていた。その一方で痛々しいばかりに止血帯を巻かれた使用人たちがぐったりとして椅子に座っていた。


「……ひどい」


 クウヤはその光景に絶句し呆然と立ち尽くした。ソティスはまゆ一つ動かさず、その光景を無表情に眺めていた。


「大丈夫だったか、ふたりとも!」


 食堂で立ち尽くしていた二人の背後から、子爵が声をかける。ひと通り使用人たちに指示を終え、けが人の様子などを見回っている最中だった。子爵は食堂へ入り、怪我をした使用人たちの様子を見回り励ます。クウヤたち二人は子爵の後を追う。子爵は執事長を捕まえ状況を確認する。二人もそれに付き合い、話を静かに聞いている。


「……破壊工作ということか」


 子爵は執事長の話を聞き終わると静かに呟いた。

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