ACT.30.5 優也(ヴェノム)回想録・刑事編

━━小さい頃は、あまり帰宅しない親父がテレビで活躍していて自慢だったんだ━━



普通なら、父親が家庭を顧みないで仕事をしているってだけで嫌いがちだよな。でも、テレビのニュースで親父を見ない日はなかった。


……敏腕警部・桜庭さくらば海渡かいと。ニュースは、親父を誉めちぎった。何も知らない俺は純粋に受け止め、親父を尊敬して自慢にしていた。


元来俺は人を疑わない。信じることが最大の賛辞とともに信頼を得るものだと思っていた。だから俺は親父が帰ってこなくても淋しくなかったし、会いたかったら自分の力で彼の場所に行けばいい。

そう、刑事になればいい。親父の近くで、親父をサポート出来るくらいの実力を持てばいい。そのために努力を怠らなかった。

大卒で警察学校に入学。がむしゃらに勉強し、少しでも親父の自慢になるためにトップで卒業。更に学内剣道も誰も俺には敵わなかった。努力は報われる。きっと親父も認めてくれる。近くで親父の活躍をサポート出来る。


そのときはホントにそう思ってた。


俺が配属されたのは、警察庁捜査一課。いきなりの花形部署。浮かれていた。……警視になっていた親父の采配とも知らずに。


「よく来たな。歓迎する。」


そんな淡白な台詞と共に与えられた役職は、ドラマによくあるキャリアのお飾り警部。俺は現場に出してもらえなかった。


「桜庭軽視のご子息に間違いがあってはなりませんからな。」


周りは俺を持て囃した。……俺は何のためにこの道を選んだのか、悩み始めていた。間違いってなんだ?勲章になる怪我さえも親父に顔向け出来ないのか?殉職にでもなったら話はわかる。だけど、何もできないままじゃ意味がない。


悶々とした日々を過ごす中、俺は知ってはならない事実を目撃した。


入署してから一年ほど経ったある日。

時刻は夕方、夕日が差し込む静かな署内。俺は親父に頼むつもりだった。少しでもいい、現場に出たいと。

……親父の執務室が少し開いていた。ドアノブに触れるのを躊躇っていた俺の耳に、室内から声がした。


、ちゃんと処理できたのか?」


「はい、抜かりなく、滞りなく済んでおります。しかし、であちらが納得するとは。」


例の事件?示談金?


「……形だけだからだ。あちらもこれ以上腹を探られては困るんだよ。」


俺は愕然とした。あんなに尊敬していた親父が酷く憎くなった。ドラマが現実になるなんて。


「で?軽視。警視総監の椅子はいつになるのでしょう?」


「そう急ぐな。この椅子に早く座りたい気持ちはわからなくはないが、もう少しいさせてくれ。まぁなに、あと数年だ。……この椅子を手に入れた時同様に、引退して頂くさ。」


なにかはわからない。でも良くないことをして手に入れた、そう脳内で警告音が鳴る。


「ははは、楽しみでしてね。それはそうと、ご子息はどうなさるおつもりで?現場を夢見る若者です。あまり椅子に縛り付けておくと、お暴れになりませんかな?道場で負けなしだったそうじゃないですか。」


いきなり俺の話題になった。


「ああ、困ったものだよ。あんなに歩出されて刑事になるなんて。真実なんていくらでも塗り替えられるのにな。まぁ、あれでも優秀な私の血を引いた子だ。これからもを演じていくさ。あの子の経歴は私に箔をつけてくれた。私のために頑張ったんだ。……そろそろご褒美を与えてやらないとな。」


俺は親父のことをなにも知らなかった。知る機械もなかった。テレビの中の親父が、俺の知る親父のすべてだったと知らしめられた瞬間だった。


「ええ、ええ。とても優秀なご子息です。して、ご褒美とは?」


「あるに出向かせる。捜査にな。」


「ほう、お優しいお父様でらっしゃいますな。ご子息もさぞ、喜ばれるでしょう。念願の現場に出られるのですから。」


そのあとも何か話していたようだが、聞いていられなかった。親父が理想とは真逆の存在だった事実が俺を苛む。


『理想だけでは夢は語れない』


……語れる存在になりたかった。だけど、俺には無理だ。正義の仕事の裏側をまざまざと見せつけられたんだ。仕方ないだろ。



数日後、辞令が下った。


「やった!桜庭警部!現場ですよ!」


何も知らない入りたての新米刑事の青年・伍嶋ごとう麻人あさとが、心底嬉しそうに俺を見る。こいつにとっても初めての現場。俺のように、いや俺以上にドラマに憧れてこの世界にきたやつだ。

この前の話を聞かなかったら、一緒にはしゃげていただろう。


……俺は喜べなかった。されたものに価値なんかないんだ。



現場はおあつらえ向きの廃工場。緊迫した空気の中、脱獄犯を探す。


「……刑事ドラマにありそうなシチュエーションですね。」


そう、あまりに出来すぎていた。だからこそ、違和感が俺を襲う。


「……黙ってろ。何かおかしい。」


俺の言葉が理解できなくとも、今はお喋りをしていていい状況ではないことは理解したらしく、黙ってくれた。


「警部!いました!ヤツです!谷沢やざわがいました!」


場数を踏んでいるベテランの刑事・刈谷かりや尚輝なおきが、俺に位置を指し示した。……指された場所に、ドラム缶に隠れた若い男がこちらを伺っている。嫌な予感が拭えないまま、俺は声を荒げた。


「総員、位置につけ!……谷沢!観念して出てこい!今出てくるなら自首と見なす!」


拳銃を皆で構え、銃口を谷沢に集中させる。



……そのときだった。



「見ねえ顔だな……。?!てめぇ、桜庭に似てんな……、そうか、そういうことかよ!」


谷沢が意味深なことを叫ぶ。


「よ、余計なことを言うな!」


刈谷がいきなり発砲した。


「ばっ!あっぶね!って約束だろが!何撃ってやがんだよ!おっさん!」


俺は悟った。悟るしかなかった。こいつは脱獄犯じゃない。

親父は俺の経歴にを飾って、自分の躍進のために利用するつもりなんだと悟った。


「……ざけんな。こんなことで喜ぶかよ。ガキじゃねぇんだからよぉ。」


刈谷を睨む。そいつは計画が潰れただけではないことを悟り、頭を抱えていた。


「止めだ、止めだ!悪いがひよっこのイケメン坊っちゃんの手柄何かになりたくなんかない。……とんずらこかせてもらうわ。じゃぁな!」


くるりと方向転換をすると、谷沢は逃げ出した。


「ま、待て!!!!」


隣で発砲音が響く。……伍嶋が顔面蒼白になりながら、拳銃を撃っていた。思いっきり外してはいたが。


「よくわからないけど、警部が捕まえなきゃいけない相手なら捕まえなきゃ!て、抵抗はやめろ!つ、次は当てます!」


ぶるぶると震えながら構え続けている。たぶん、伍嶋には知らされていない。バカ正直なこいつに話せば抗議されるのが見え見えだからだ。パニックを起こしながらも、気丈に立っている。


「ちっ!慣れないハジキ使ってんじゃねぇよ!ガキが!」


谷沢が連続で発砲した。まさかのヤラセで拳銃を持たせるなんて自殺行為に他ならない。


「警部!!」


……俺は何が起きたか、把握するのに時間が掛かった。

谷沢は撃っていた。伍嶋が俺に抱き着き、二人で倒れる。……伍嶋が動かない。


「伍嶋?伍嶋?!」


揺り動かそうとした瞬間、生温いものを感じた。……伍嶋の腹から血が滴っていた。


「な、何で庇った!?」


「へ、へ……。警部、ご無事ですか?これ……で、どんな理由でも……谷沢は捕まり……ます、よ。警部に怪我、させたくなかったし。」


そのまま気を失った。


「……刈谷、弁解は後で聞く。伍嶋を早く搬送しろ。死なせたら、許さねぇ。」


刈谷は俺の剣幕に声も出せないまま、伍嶋を抱えた。


俺は頭を上げた。


「くそっ!刑期どころか、死刑囚は真っ平だぜ!」


走り出す谷沢。他の刑事たちも追う。


「てめぇらは伍嶋を搬送しにいけ!死なせたら、同罪だ!」


このときの俺は、完全にキレていた。誰もが青ざめ、刈谷を追っていった。

見送りもせず、俺は駆け出す。


「谷沢、てめぇ!無傷で逃げられると思うんじゃねぇぞ!」


「アホか!俺をで何度もぶちこんだ野郎の息子にまで捕まってたまるかよ!前科抹消くらいじゃ割に合わねぇっての!」


「親父がしたことは謝る!すまなかった!だが俺は俺であって、親父じゃねぇ!!てめぇもてめぇで、誤解されるようなことしたんじゃねぇのか?!吐かせてやるからな!そして………、伍嶋にしたことを塀の向こうで後悔しやがれ!」


あっという間に追い付き、襟首を乱暴に引き寄せる。そのまま谷沢は、バランスが取れずに転んだ。間髪入れずに胸ぐらを掴む。


「悪いな、谷沢。俺、剣道で鍛えたから足と力には自信あるんだよ。」


息を切らせた谷沢に、呼吸一つ乱さない俺。勝負はついた。



◇◆◇◆◇◆◇◆



谷沢は、取調室で洗いざらい吐いた。

麻薬を買おうとした現場や喧嘩の現場で、親父に何度も捕まったらしい。すべて未遂だから冤罪だとほざく。ただのチンピラには代わりないが、犯罪は犯罪だ。警察は未然に防ぐことを大前提にしているのだから。


「伍嶋が死んだら、死刑囚確定だな。」


その一言を最後に、もう言い訳をしなくなった。




当の伍嶋はと言うと、警察病院に搬送され、一命を取り止めた。


……しかし、昏睡状態で目が覚めていない。それは俺が、この世界ゲームに来る直前も変わらず。




◇◆◇◆◇◆◇




俺は取り敢えず伍嶋の無事を知った日に、無理矢理親父に辞表を叩きつけて警視庁を辞めた。




◇◆◇◆◇◆◇


俺は探している。この世界ゲームにいるはずの伍嶋を。親父を脅して手に入れた捜査資料に、伍嶋の名前を発見したから。

あの捜査資料は未完成だった。行方不明者は本の一部しか把握されていなかった。まさかの警察病院からの誘拐で、早期に伍嶋が誘拐されたことがわかったらしい。

だから、クリストファーやゲオルグについてはまだなかった。覚えている限りで照らし合わせても符合しなかった。

こいつらも絶対助ける。





━━伍嶋、出会えたら今度は俺がおまえを守ってやるからな━━




優也(ヴェノム)回想録・刑事編了

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